バイカーな事実が消えるくらいバイクに乗ってないものの、
なんとなくの淋しさから、バイカーな服装です。
ということで、今日は会社帰りピザ屋さんに行く予定でしたが、
お友達さんのお仕事が終わらずに、とぼとぼと帰宅することに。
こうしてお仕事で約束が守れないとき、
相手から、ごめん、という言葉を聞くことが多いです。
ただ、約束が守れないのは、お仕事のせいなわけで、
自分も悔しいのに、ごめん、と言うのはどうにも悲しい気がして。
その心境を思うと言葉を貰った私も、とても申し訳ない気持ちになって、
理由が他にある、ごめん、は悲しみの連鎖になってしまう気がします。
そう思うと、待ってくれてありがとう、と言った方が、
良い悪いなく、お互いに温かい気持ちになれるのかな、とも思えて。
理由が他にある謝罪はやりきれない気持ちになりますけど、
相手への感謝の気持ちは確かにあるもので嘘じゃないですからね。
嘘のない、気持ちのままを伝えることが、
なによりも素敵なような気がします。
言葉には言霊と呼ばれるくらい力があると思うので、
なるたけプラスの言葉を主に使うべきな気がします。
お仕事ギリギリまで頑張ってくれてありがとう、
都合があったらまた行こうね、そんな言葉を返したいと思います。
なんとなくの淋しさから、バイカーな服装です。
ということで、今日は会社帰りピザ屋さんに行く予定でしたが、
お友達さんのお仕事が終わらずに、とぼとぼと帰宅することに。
こうしてお仕事で約束が守れないとき、
相手から、ごめん、という言葉を聞くことが多いです。
ただ、約束が守れないのは、お仕事のせいなわけで、
自分も悔しいのに、ごめん、と言うのはどうにも悲しい気がして。
その心境を思うと言葉を貰った私も、とても申し訳ない気持ちになって、
理由が他にある、ごめん、は悲しみの連鎖になってしまう気がします。
そう思うと、待ってくれてありがとう、と言った方が、
良い悪いなく、お互いに温かい気持ちになれるのかな、とも思えて。
理由が他にある謝罪はやりきれない気持ちになりますけど、
相手への感謝の気持ちは確かにあるもので嘘じゃないですからね。
嘘のない、気持ちのままを伝えることが、
なによりも素敵なような気がします。
言葉には言霊と呼ばれるくらい力があると思うので、
なるたけプラスの言葉を主に使うべきな気がします。
お仕事ギリギリまで頑張ってくれてありがとう、
都合があったらまた行こうね、そんな言葉を返したいと思います。