アリンコ日記

あの暑かった2004の夏から数年、夢中になっていたアリ飼いの記録です。もうすっかりアリンコ生活をしていません・・・。

卵でてこい

2016-06-27 20:59:36 | 25 初心の12年目
せっかく思い出し思い出し石膏蟻巣をつくって差し上げたのに、当初からトビー様はまったく落ち着かない。
蟻巣の半分を暗くしてやると、明るい方に寄って来る。
これは・・・未婚? 未交尾なの?
お腹ちっちゃいし。
いやーん、初心にかえったら、2004年のアリンコ様(最初の未交尾メス)のところから、もっかいやらないといけないの?

やや暗いキモチになっていたところ、先ほど。

卵でてこいのポーズ
アリというものは、うまく写真が取れない位置で良いポーズをしがちな生き物です。

あああ、トビー様、産む気になられましたか。
ぜひぜひ、そのままお続けください。

・・・石膏に彫った穴のところには、やっぱり入ってはくれないのね。ちぇ。


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アリンコ、ただいまー

2016-06-26 23:44:50 | 25 初心の12年目
いやー、昨年中に最後のケアリチームを「うっかり」してしまいまして(ごめんなさいごめんなさい)、ついにアリ0(ゼロ)生活になっておりました。
本日は、年に一度、アリンコのことをしっかり思い出す日(for me)でおなじみの「浜離宮アリンコ観察会」(主催:シン・ハンさん)でありました。
ここんとこ老眼の進行具合がハンパないのも手伝って、見るアリ見るアリみーんな小っちゃくって、どれが何やらさっぱり分からず。
ぱっと見て分かるのは、クロヤマ(クロヤマアリ)とクロオオ(クロオオアリ)の2種のみ。
愛するトビシワ(トビイロシワアリ)すら、「トビケ(トビイロケアリ)?」「アミメ(アミメアリ)?」と見分けがつかないありさま。いやもう、情けないったら。
しかし、「アリを見る目を養うには観察会へ行け」のコトワザどおり、「これ何?」「これは?」を連発して、やさしい参加者のみなさん(主としているまえかわさん)に同定を強要するうち、ちょっとだけカンが戻ってきた。
終盤には、なんとか「トビシワ」「トビケ」「アミメ」(私好みの3種)が分かるようになり、おまけに「トビケっぽいけど黒くて速くて長いヤツ」=ケブカアメイロアリが「トビケじゃない」ことまで分かった! 進歩した!
神様はごほうびに、観察会終盤でオオズアリを見せてくれた! いやっほう! プクプクちゃん!(12年前にひとりで盛り上がってた種)
たぶん兵アリ(大頭)を肉眼で見たのは初めてなんじゃないか。

心が美しい人には見えるよね? (下が頭だよ?)


そして、いつものように! 新しい女王様が私のもとに来ました(親切な参加者の方が持ってきてくださったのをいただいた)!
他力本願。悪人も往生できるのです。
はい、私も心を入れ替えますよ。ちゃんとします。初心にかえってね、トビシワのコロニーを育てるのです。

トビシワ16-1号 トビー
あああっ、懐かしい! ボケボケ写真!


女の子だからピンクの石膏蟻巣

何年ぶりかで石膏を彫った! 石膏を敷いただけの蟻巣がまだ残っててよかった!
とりあえず、絶妙な力加減で潰さないようにやっつけた蚊を与えてみたが、トビー様は触覚で確認したのちにガン無視なさったので、速攻で撤去した。

さて、リハビリだー。


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「昆虫はすごい」

2014-12-22 22:31:52 | アリ本
光文社新書710 「昆虫はすごい」
丸山宗利 著/光文社


あああ、愛の書がまた出版されてしまった。しかも売れ売れ。
「アリの巣の生きもの図鑑」で見せつけられた愛と博学と美麗写真が、一般向け新書として780円+税で近所の書店のレジ脇に! かつてのチロルチョコきなこ味のように! こっ、これは買わざるを得ないでしょう!

Amazonの表紙写真は帯を外しているので光文社新書の統一デザインカバー、
光文社サイトの表紙写真はカバー+初版1刷の帯つきだが、
左に掲げたのは私が買ったいわゆる“全面カバー帯”(カバーよりも約3ミリ短いだけなのに“帯”と言い張ってるやつ)バージョンである。
なぜ新書(しかも虫本)で全面カバー帯などというお祭り騒ぎ? メディアミックス? 映画化?
いわく、「発売直後で大増刷!!」だそうである。奥付を見ると、1刷が2014年8月20日で、この本は10月20日の5刷・・・!! うわー、ほんとだ! すげー! そりゃお祭りだ!

キャッチーだけど平板な書名(まあ、新書だからこんな感じよね)も何するものぞ、しょっぱなからトップスピードで広い昆虫界を見渡して、スパリスパリと「すごい」ところを切り出してくれる。何しろ文章が簡潔で小気味よい。吟味された言葉の中にギュギュッと情報が詰まっている。あやふや~なところがない人にしか書けない文章。
私にとって昆虫の世界というのは(ていうか、アリだけに関しても)、茫漠たるムニャムニャが地平線まで広がってるイメージだったのが、冒頭の「昆虫ってなに?」(16頁)だけでもう、なんか全部分かったような気になった。私の蒙は啓かれた!(気のせいだけどな)

こんなに簡潔にたくさんのことを並べ立てているにも関わらず、この本は、類書によく見られるような「いろんな昆虫のすごいところ(=小ネタ)を集めてみました」という本ではない。帯の「一気読みできる面白さで大好評!」という煽り文句からもうっすらと匂ってくるが、ブツ切り情報ではなくて、昆虫のすごさを筋道立てて教えてもらえる本だ。「これ知ってる」「あれ知ってる」ではなくて、著者の愛する昆虫というものがいかにすごくてステキなものであるかを、「そもそも」から「たとえば」まで縦横無尽に言葉を尽くして諄々と説く、そういう本なのである。いやもう、説得されまくり。
そしてやっぱり、言葉の端々に愛とヨロコビが満ちている。美麗写真にも「オレのカワイコちゃんのベストショット」的なこだわりを感じる(単に解説するためだけに、あんなにライティングや角度に凝る訳がない!)。

そんな著者の愛に引きずられて、実物を見たら絶対にヒくに違いないようなムシたちを、ステキな気分で見つめ始めてしまったワタクシ。愛は伝染する。ああ、オソロシイ。
これは絶対、美麗写真の作用が大きい。どんなに甘言を弄されようとも、ムシを見たときの「ひ~」という感じは反射的なものだから、そうそう拭えるものではない。でもあんなにキラキラした写真を見せられては、「かっ、かわいいのかも? ステキなのかも?」と騙されてしまう。
ストッパーになったのは、カラーの口絵が8ページだけだったこと。残りのステキ写真は白黒だし、紙が薄いから裏写りもするしで、老眼の私にはよく見えないものも多い。ああっ、これで私、引き返せる!
・・・次の春(新学期)か夏(夏休み自由研究)までに光文社が儲かったら(もう儲かってるよね、きっと)、改訂2版で「口絵カラーページ増量」か、もっと奮発して「全ページカラー化」すればいいのに。洗脳力アップだ!

さっき「昆虫はすごい」という書名を、本屋で最初に見たときの気分のままクサしてしまったが、それはヘボ役者の棒読み口調で脳内音読したせいである。
その直後、「昆虫はすごい」の下にある「丸山宗利」が目に入って、急遽、私の脳内音声生成作業に修正要請が出た。これは丸山氏の熱情のこもった声音(聞いたわけではないが、わかる)で「昆虫はすごい」、と演らなくちゃならんのである。名優の名台詞調でもなく、ホンマモンの息で「昆虫はすごい」。脳内で上手に生成できれば、すばらしいタイトルなのであります。・・・伝わらないかなー。

というわけで、すっかり著者丸山宗利氏にメロメロです。
こんなに愛と情熱と知性がみなぎっちゃってたら、次の福岡伸一になっちゃうのでは?
メディアに出まくりになっちゃって、研究がオロソカになっちゃうのでは?
ああっ、それはダメ! メディアに出まくりまではいいけど、オロソカはイヤ!
だって、ムシには分からないことがまだいっぱいあるんですもの。
そして、いろいろと難しい研究をしつつ、私のように努力もしないでオイシイところだけ口開けて待ってるイタイケなヒナ鳥に、ステキな愛を注いでほしい。・・・なるべく一般向けな感じで!


【追記】
なお、ウチの近所の別の書店では、まだ1刷を置いていました。ヒカリモノ(エメラルドセナガアナバチなのかしら?)の表紙のほうがお好みの方は探してみるといいかも。Amazonじゃきっと選ばせてもらえないから。がんばれ、町の本屋さん!

【追記 その2】
全面帯でビビってたら、さらにその上を行く「追加帯」なるものが!
なんだそれ! 書籍デザインのカタストロフ・・・。

【追記 その3】
おかげでアリのことを思い出して、ツッチー【ケアリ12-1号】にハチミツをやってみた。たぶん3ヶ月ぶりくらい。
生きてるよ! 幼虫もいるよ!
やっぱり昆虫はすごいね!(無垢なヨロコビにあふれた笑顔で)
でもお母さんのお腹はペチャンコだよ!(やや反省)

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10年目の決意

2014-05-06 01:11:37 | 24 なんと!10年目
決めたっ!
世の金沢史郎くんたちを救うために(大きく出た)、アリ知識ノートのプロジェクトを再始動するっ。
(「挫折してもいいのだ!」という言い訳はすでに用意してあるっ)

まあ、昨年のケアリ13-1号ステちゃんはすでにステっちゃって(医療者の隠語)、ケアリ12-1号ツッチー一家が細々と命をつないでいるだけという状況のアリ飼いではあるのだが。
ごめんちゃい、ごめんちゃい。
でもツッチーんとこは、繭もあってけっこう元気なのよ。ほんとよ。

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マニアの道

2014-05-05 22:03:49 | 24 なんと!10年目
先の記事でこのブログを久々に更新したのは、今朝友人から「家にアリがいた!」というメールをもらったのと、関西のアリ仲間から「地震大丈夫?」という連絡をいただいたこと、それに昼間に偶然つけたEテレ(旧NHK教育ね)の「視点・論点」という10分間のアバンギャルド番組で「へんないきもの」シリーズの早川いくを氏が「『へんないきもの』への認識の変遷」を語るのを見てしまって、「こっ、これは、アリのせかいが私を呼んでいる・・・!」と感じたからなのであった。

早川氏の「視点・論点」はNHKオンデマンドの見逃し番組に登録されていて、108円払えばたぶん5月18日まで視聴可であることから、本ブログ読者の皆さまには氏の語り口と番組演出(政見放送を想像されたい)のギャップをぜひとも味わっていただきたいが、その内容を要約すれば以下のようになる。
・・・要約というより抜粋ですんません。(録画してメモとりながら見ました)

昨今、ダイオウイカ・ダイオウグソクムシといった深海生物やハダカデバネズミ等、かつては嫌悪の対象ともなっていた生物が人気となっている。
自著「へんないきもの」はベストセラーとなったが、その読者の多くは女性であり、寄せられた感想には「癒された」というものが多い。かつて研究者とマニアの興味しか惹かなかった「へんないきもの」が一般社会への広がりを見せている。
これは価値観の多様化――「キモかわいい」やら、「オタク」の市民権獲得など――を示していると考えられる。
しかし、「癒される」という感想の裏には、「他とまったく違う奇妙な生き物が実際に存在し、生きているという事実」に対するシンパシーがあるのではないか。
むしろ社会の中での同調圧力の高まりに対抗するための、自己肯定の根拠として「へんないきもの」に人気が集まっているのではないか。
生物は人間がどう思うかにはお構いなく、それぞれの環境の中でしのぎを削って生きているだけである。人間の側の一方的な思いは、生物に投影した自己を見ているに過ぎない。


まったく同感。
その気持ちの表れが「少年少女漂流記」の感想文に出てしまっているくらいである(パクりって言わないで!)。
自己肯定の根拠としての生物(の形態や生態)、というのは、一見、逃避行動のようにも思えるが、そんなことはない。・・・ないのよっ!
不肖ワタクシが何かやらかした場合の自己肯定作業:(答えがNoの場合、次へ)
 1.それはその場の行動として許されるか?
 2.それは社会人として許されるか?
 3.それは人として許されるか?
 4.それはイキモノとして許されるか?
まあ、「人に迷惑をかけてない」のが大前提だが、たいがい、4番目にはYesになるので、オールオッケーなのである。おほほほほ。
そしてそれは、そんなに間違ってないと思う。
社会人としてNGというのは(場合によっては「人として」でも)、文化的・社会的環境によって変化する。
より普遍的な観点からモノゴトを見るのが、肝要なのである(自己肯定作業には)。

たとえば、「何をやってもうまくいかないワタクシ」→何回でもやり直せばいいのだ!または、あきらめてもいいのだ!
たとえば、「誰の役にも立っていないワタクシ」→ニッチがあれば、そこで生息すればいいのだ!
(ニッチ:生息できるような環境の”隙間”)
たとえば、「生活の先行きが見えないワタクシ」→とりあえず今日を粛々と生きればいいのだ!
たとえば、「いつか死んでしまうワタクシ」→そのときはあっけらかんと死ねばいいのだ!
・・・早川氏が天才・赤塚不二夫氏のウナギイヌの話をしていたためにバカボンパパ口調になってしまったが、世のしんどそうな顔して歩いている人たちに、声を大にして、あるいはせめてテレパシーで伝えたい。

動物園でサルやペンギンやクマが人気なことからも分かるとおり、あるいは、先端科学のあれやこれやでも言われているとおり、ヒトは何を見ても結局「ヒトとは何か」という問いを考えたがるものらしい。
情報化社会で地球が小さくなってしまったとかで、居場所のない人たちが夢想すべき「ここではないどこか」を夢想する余地が減ってしまった。
社会の健全化も「アウトローとして生きる」という道をより険しいものにしている。
「へんないきもの」(とかアリとか)の生き方に自己を仮託するだけでなく、彼らの生態をより深く見つめることで、「ヘンなものはどうやったら生き延びられるか」とか、あるいはもう一歩進めて「ヘンなものを内包したシステム(社会)をいかに構築すべきか」というところへ、早くたどり着けるといいんだけどなぁ。

ということで、行き場のない人たちはみんな「アリのせかい」にやってきて、そのうちの何人かが生態の解明なんかに成功してくれるといいと思う。 ←結局自分の興味のためだっ。(イキモノとして正当な行動)

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