狭間に揺れて

どうか英雄とならぬように。英雄の志を起さぬように力のないわたしをお守りくださいまし。‪‬‬‬‪‬(芥川龍之介)

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「住所特定中」なぜ非難の的に デマに踊るネットの正義(朝日新聞 2018年5月1日)

2018-05-01 | 虚しきもの(時事・国内)
「みる・きく・はなす」はいま 発した先に

「結婚ですか?」。

昨年5月、慶応大教授だった曽根泰教さん(70)=政治学=は、多くの教え子や同僚から尋ねられた。自身の結婚を報告する作家の手記が週刊誌に載った直後。手記は結婚相手を「元大学教授」で「S」とイニシャルで記していた。

「Sは曽根教授?」。そんな記事がブログなどに書かれた。記事は少なくとも40本あった。

手記で書かれた「S」さんとは年齢が近く、職業が同じ。だが手記でSさんは「元教授」でパズルが趣味とされた。曽根さんは当時現役の教授で趣味も違う。

長年の友人の北川正恭・元三重県知事(73)からも「黙っていやがって」と笑い交じりに言われた。他の人から「おめでとう」と祝福する年賀状も届いた。北川さんは取材に「友人から結婚のうわさを聞き、ネットで多数の見出しを見て、ひょっとしてと思ってしまった」と話す。

曽根さんは弁護士を通じて記事の削除を求め、33本が削除された。「実害はないでしょうとみんな言う。でも、自分が自分でなくなったようで不快です」。

誤った情報の拡散は、時に人々の日常を脅かす。

関東地方の70代の男性の自宅に昨年秋、ネット通販業者から注文していない商品が届いた。続いて請求していない住宅や保険、宗教団体の資料が大量に来た。

匿名で届いた手紙や年賀状には、名字は同じだが知らない人の名前が書かれ、「ふざけるな」「許さない」「どこまでも追い続ける」とあった。

「誰がなぜ?」。男性がネットで調べると、過激な動画などで非難されていた人物の父親と間違われ、名前、住所、電話番号がさらされていた。非難されていた人物の実家が自分の自宅に近いとされ、掲示板には「住所特定中!」の文字が躍っていた。

次は何が来るかと、家族はおびえ、それが3カ月続いた。「無関係だ」と投稿したかったが、さらに炎上すると周囲に止められた。

掲示板管理者に依頼して、住所が書かれた投稿の一部は削除されたが、すべては消えていない。男性は「なぜこんなことをするのか。そもそも私は関係がない」と言う。今も毎日、ネットをのぞく。

昨年10月、神奈川県内の東名高速で夫婦が死亡した事故をめぐっても、誤った情報に基づく匿名の「攻撃」があった。車の進路をふさいで事故を引き起こした疑いで容疑者が逮捕された翌日以降、北九州市の建設会社社長、石橋秀文さん(47)はネット掲示板などで「容疑者の父」とされ、住所をさらされた。容疑者と名字が同じで住所が近いだけで、決めつけられた。

石橋さんは掲示板で「容疑者とはまったく関係ない」と反論した。友人も、住所をさらしたツイッターの投稿に「デマだ」と書き込んでくれた。すると、「うそをついている」「関係ないことの根拠を出せ」とさらに攻撃された。

会社への無言電話がやまず、1週間後、石橋さんは実名でメディアの取材を受け、デマだと説明した。すると今度は、住所をさらした人物を「逮捕されるぞ」「震えて眠れ」と非難する投稿が続いた。3月末、石橋さんは名誉毀損容疑で警察に告訴状を出した。

ネット上で、名前や住所を特定し、さらす動きが止まらない。ネットのトラブルに詳しい深沢諭史弁護士(35)は「相手のSNSの投稿をたどることで住所などを探しやすくなっている」と語る。

昨年、面識のない人の住所を掲示板に書き込んだ会社員の女性から相談を受けた。会社経営やタレント活動をしている女性著名人のブログを見て、生活ぶりが派手だと感じ、自宅や近所の風景の写真などから特定されていた住所を拡散したという。「詐欺師だ」という趣旨の中傷も書いた。著名人側から発信者情報の開示請求があったとプロバイダーに伝えられたという。

相談に来た女性は「正しいことだと思ってやった」と言っていたが、法的責任を問われる可能性があると伝えると、「もうやらない」と後悔していた。だが、相談者の中には「自分の行いは正義だ」と主張し続ける人もいるという。

みなで誰かを攻撃する「一体感」、特定に成功して受ける「評価」。それらに酔っているだけではないかと、深沢さんには映る。
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