お素敵微妙な蝋人形を堪能し、すぐ近くに群れまくってる史跡群へ。
萩自体、ものすごく「史跡密集地帯」なんだけど、中でもここはすごいw
まずは吉田稔麿誕生地の碑なんですが、車が置けないので、見たい人は一歩先に神社を徒歩で出て、車部隊は5分遅れでおっかけて拾うことに…。
その「栄太(稔麿)誕生地の碑」は↓で紹介済みで、ついでにお墓も同じ記事で紹介済み。
「吉田稔麿と屠勇隊」
先発隊がいない!と思ったら、敷地の奥の方まで入り込んでて
「空き家になっちょる!!」
と、やたらそこが欲しそうなきーこさんであった。
そらほしいわな!
先発隊を車で拾って、通りすぎるのが伊藤博文の家。今回はスルー
「青空に茅葺きの伊藤くんち」
そして、元祖松下村塾である、玉木文之進旧宅。
「吉田松陰と松下村塾」
ここに、狭いながらも駐車場ができててびっくりだ。
そして、通称「団子岩」という、高台へ…。
徒歩で上がる豪傑や、チャリで上がる勇者もいますが、普通の人間は車がオススメです。
ここを往復しまくっていた松陰先生に脱帽です。
この高台は「吉田松陰誕生地」と「杉家&松陰門下生墓地」と「高杉晋作の庵あとの碑」があるという濃密な場所です。
そう、高杉は、一時ボーサンになって庵をむすんでましたが、それがここ。
先生んちのほとんど隣w
この碑は紹介していないので、改めて別項目にして書こうと思います。
ここのお墓、紹介済みなんですよね。
義助は
「久坂玄瑞のお墓@萩」
ちんさくは
「高杉晋作、萩のお墓」
栄太(稔麿)は、誕生地の記事のところに一緒に載せてます。
・・・って、どうして九一のお墓はここにないの??
なんかーー。納得できんーーーーー
え?
私、先生のお墓、載せてないっ??
いくら検索しても出ない!
うっそーん!
あたりまえすぎて落としちゃってたんだろうか。ありえねえよ…
こちらでございます。
門人の名がたくさん刻まれています。
今回、お供えにお酒を5つ持ってきました。
きーこさんに九一と栄太に供えてもらい、さくらさんに義助(久坂)に供えてもらい、私が晋作と先生に供えました~。
晋作の墓に酒がなかった。盆っつーのにどうよ!
持ってって良かったなり。
この墓地からさらにちょっと上がったところにあるのが↓
「吉田松陰誕生地」
今回上がってません。
「行く?ガタの碑あるけど」
「行かん」
・・・・終了。
しっかし、九一弥市の墓のある長寿寺といい、ここの墓所といい、まっったく普通の人も同じエリアにお墓がある人がいて、お盆なのでお参りに来てたりします。
・・・うらやましいじゃないか!
くっそー、去年墓建ててしもーた。
周布町の共同墓地に空きがないか調べればよかった!
周布さんと同じ墓地・・・うおおおお(盛り上がってどうする)。
では、山を下って萩最後の訪問地、顕義園に行きます。
私が一度も到達できたことのない秘境ですw
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萩自体、ものすごく「史跡密集地帯」なんだけど、中でもここはすごいw
まずは吉田稔麿誕生地の碑なんですが、車が置けないので、見たい人は一歩先に神社を徒歩で出て、車部隊は5分遅れでおっかけて拾うことに…。
その「栄太(稔麿)誕生地の碑」は↓で紹介済みで、ついでにお墓も同じ記事で紹介済み。
「吉田稔麿と屠勇隊」
先発隊がいない!と思ったら、敷地の奥の方まで入り込んでて
「空き家になっちょる!!」
と、やたらそこが欲しそうなきーこさんであった。
そらほしいわな!
先発隊を車で拾って、通りすぎるのが伊藤博文の家。今回はスルー
「青空に茅葺きの伊藤くんち」
そして、元祖松下村塾である、玉木文之進旧宅。
「吉田松陰と松下村塾」
ここに、狭いながらも駐車場ができててびっくりだ。
そして、通称「団子岩」という、高台へ…。
徒歩で上がる豪傑や、チャリで上がる勇者もいますが、普通の人間は車がオススメです。
ここを往復しまくっていた松陰先生に脱帽です。
この高台は「吉田松陰誕生地」と「杉家&松陰門下生墓地」と「高杉晋作の庵あとの碑」があるという濃密な場所です。
そう、高杉は、一時ボーサンになって庵をむすんでましたが、それがここ。
先生んちのほとんど隣w
この碑は紹介していないので、改めて別項目にして書こうと思います。
ここのお墓、紹介済みなんですよね。
義助は
「久坂玄瑞のお墓@萩」
ちんさくは
「高杉晋作、萩のお墓」
栄太(稔麿)は、誕生地の記事のところに一緒に載せてます。
・・・って、どうして九一のお墓はここにないの??
なんかーー。納得できんーーーーー
え?
私、先生のお墓、載せてないっ??
いくら検索しても出ない!
うっそーん!
あたりまえすぎて落としちゃってたんだろうか。ありえねえよ…
こちらでございます。
門人の名がたくさん刻まれています。
今回、お供えにお酒を5つ持ってきました。
きーこさんに九一と栄太に供えてもらい、さくらさんに義助(久坂)に供えてもらい、私が晋作と先生に供えました~。
晋作の墓に酒がなかった。盆っつーのにどうよ!
持ってって良かったなり。
この墓地からさらにちょっと上がったところにあるのが↓
「吉田松陰誕生地」
今回上がってません。
「行く?ガタの碑あるけど」
「行かん」
・・・・終了。
しっかし、九一弥市の墓のある長寿寺といい、ここの墓所といい、まっったく普通の人も同じエリアにお墓がある人がいて、お盆なのでお参りに来てたりします。
・・・うらやましいじゃないか!
くっそー、去年墓建ててしもーた。
周布町の共同墓地に空きがないか調べればよかった!
周布さんと同じ墓地・・・うおおおお(盛り上がってどうする)。
では、山を下って萩最後の訪問地、顕義園に行きます。
私が一度も到達できたことのない秘境ですw
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