明鏡   

創作/活動を行う為の資金/募金の振込先 西日本シティ銀行 筑紫通り支店714 口座番号0544327  近藤明子

太宰府天満宮の茅葺と庭

2019-03-11 22:53:58 | 茅葺
先日、太宰府天満宮の宮司さんの御宅の茅葺の屋根の補修をさせていただいた。

先輩の上村さんの手を見ながら、すみの茅の手入れのやり方を拝見しながら、茅や足場を運んだり、道具を用意したりとめまぐるしく動いていると、庭を手入れされている方がおられ、お話をさせていただいた。

美しい庭と美しい茅葺の屋根。

そこにおられる方々の内面がじわりとゆるりとにじみ出ているようで、隅々まで行き届いたものの美しさは一日一日の積み重ねだと改めて思い至った次第であった。

禰宜の方に、二年前、ちょうど、茅葺の仕事に携わるようになる直前に、菅原道眞公の住んでいたとされる家の跡が見つかったという話をお聞きしていたが、まだ、その場所に行き着いていないことをお話しすると、丁寧に教えていただいた。

何かのご縁で偶然、住んでいた家のことを知ったからには、今度、そこに伺い、かつては茅葺だったかもしれないと言われていた建物を拝見させていただき、道眞公の思いのような存在のようなものを、時代を超えて感じてみたいと思われた。
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イチゴと沈丁花とろうそく

2019-03-11 20:40:26 | 詩小説
八年前の今日
父がいた家でうたた寝をしていた
子供の用事で立ち寄って疲れて眠ってしまったのだ

あの日も父の介護と子供の世話で寝不足だった
どうしても外に出たいと父が言うので
退屈していた父を外に連れ出したのだった
八百屋でイチゴを孫に買うんだという父の願いを
ありがたいと思いつつ
疲れて眠い目をこすりながら赤いイチゴを見ていた
ヘルメットをかぶった男が八百屋に入ってきて
東日本で大きな地震があったらしい
と店の人に話していた
イチゴのつぶつぶが妙にくっきりと見えて一気に目が覚めた気がした
イチゴはなの母の笑い顔が浮かんだ
母に電話をしたが
つながらなかった
東京も危ない
母や親戚の者たちが無事かを確かめずにはいられなかったのだ

うたた寝から目が覚めて
どこからか沈丁花の花の匂いがしてきたような
幻の匂い 匂いの幻のような歌が聴こえるような気がしていた

息子よ
ここは荒れ果てた砂漠だよ
咲くはずだった沈丁花の代わりにお前は生まれたよ
お前に見せるはずだった思い出全部割れちゃった
どこまで行こうかどこまでも続くレンゲの海
息子よお前が生まれる少し前
希望の全てが朽ち果ててみんな泣いていたんだよ
ごめんね息子よ
新しい鉢を買ってきたよ
お前に見せるはずだった
小さな小さな沈丁花
どこまで行こうか どこまでも続く水平線

夜明け前に夜の淵にあっても心にろうそくを灯す歌と一緒に
手をつなぐように歌ってほしいのだった
どこかで救われている人がいますように
ここで救われているものがいるように
心を満たすように
手をつなぐように歌ってほしいのだった




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「安国寺集落遺跡公園弥生のムラ」

2019-03-05 21:06:36 | 茅葺
安国寺集落遺跡公園弥生のムラの葺き替えが終わった。

さか葺きは、初めてだったので、勉強になった。

通常は、もとが屋根の表面を覆うのだが、さか葺きの場合、葉の多い穂先で覆う。

昔の人が着ていた、みのがさのような風情である。

風になびく穂先が揺れて、弥生時代には、こうやって、近くにあった茅で、壁や屋根を葺いていたと想像できるが、遺跡から発掘されたものに、木の幹や枝があり、土台は結構、しっかりしていたのではないかと思われた。

茅をどう葺いていたかは、想像の範疇に入るが、それほど、違わないのではないかと思うが、風になびく、茅の屋根の下で寝転ぶと心地よく、少し肌寒いながらも、つくしがニョキニョキと生えてくる大地と近い暮らしも、いいものだと思われた。

湿地であるため、豊かな土壌が作られていたのではないだろうか。
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どうか安らかに

2019-02-25 19:39:39 | 茅葺
国東の鬼は仏様になったという
鬼・怒鳴門さんも仏様になったという
同じ日に父と同い年だった鬼ではなく
紳士のしのくまさんも仏様になったという
誰もが仏様になられるのはいつかわからないが
どうか安らかにお休みください
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「柳川川下りと囲炉裏」

2019-02-12 22:41:45 | 茅葺
柳川の川下りの会社をされている工藤さんの御宅の屋根が出来上がり、川下りをさせていただいたのち、御宅の囲炉裏を囲んでの温かい寄せなべを皆さんでいただく。

柳川での川下りは初めてであった。

船頭さんのよく通る歌をお聞きしながら、いつもは川の横の道を歩いていた景色の中の川の上をたゆたう。

この時間は水の時間のようで、土の時間、石の時間とは違う、時の間をたゆたう。


そののち、囲炉裏の火を囲み、みなさんと美味しい鍋をいただく。

設計士の山口さんご夫婦もいらっしゃり、気さくな、温かい時間をいただいた。

また会いましょうと言ってくださり、ありがたい出会いであった。
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「福厳寺と檀一雄」

2019-01-26 21:07:18 | 茅葺
 最近、先輩のみなさんといく夜の散歩の途中で福厳寺の鐘をつかせていただいたり、お話を聞く機会があった。

 ご住職は、最初に檀一雄のお墓に参った時には、お話にならなかったのだが、夜の鐘を何度か鳴らさせていただくうちに、思い出したようにボツボツと檀一雄に関するお話をしてくださるようになった。

 檀一雄の小説にも描かれているリツ子さんのお墓を掘り、檀一雄のお墓に一緒に埋めたという。

 檀一雄の家族が一緒にお墓に入っているのを見ると、人が亡くなるということを改めて考えてしまった。

 生前の河合隼雄氏がいい歌であると紹介していたという、お墓の前で泣かないでくださいというような歌詞の曲もあったが、そこに魂のようなものはないのかもしれないが、石碑として、そこに残しているようにも思えた。

 檀一雄のお墓に書かれた詩のようなものは、ご子息の太郎さんの連れ合いの方が書かれたものだとも言われていた。

 貴重なお話を聞かせていただき、ありがたいことであった。
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「女子会」

2019-01-19 03:32:09 | 茅葺
女子会という名の飲み会をした。

一級建築士の北島さんとじっくりお話をする機会に恵まれた。

古民家の保存に熱心に取り組まれていて、その姿勢は同じ類のものを共有するもののそれであると確信した。

佐賀では基本的に鎌とコテを使うのは存じ上げていたが、我々は、かやを引っ張り出すカラスあるいはやっとこ、引っ張り出しなどと呼んでいるものや軒叩き、羽子板のようなもの、片手使いのほめいた、両手づき、縄を撮る時にかやを押し広げるためのこじ開けなど用途によって、使い分けていたりするので、シンプルさを追求するか、用途に合わせて使い勝手を追求するかは、それぞれの慣れ親しんだ方法であり、どちらがいいなどはなく、それぞれの個性であると、思われた。

それぞれの身の上話などもしながら、いろいろあるものの、幸せは今作るものだという点で、一致した。

我々は好きなことにができて幸せである。

人生を充実し楽しむために生まれてきて、ここに居られることに、感謝した。


あっという間に時間が過ぎて、また、建築の話で、いつまでも話していられる仲間を得て、まことにありがたいと、思われた。
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「ほりわり」

2019-01-15 20:41:26 | 茅葺
先日、施主の工藤さんのお店でお食事会を開いてくださり、美味しい鰻料理をいただいたときのことである。

「ほりわり」という、柳川文芸クラブの同人誌をいただいた。

工藤さんも、短編などを書かれるということで、自分も詩や小説を書き続けてきたものとして、同じ思いを共有できたことが、誠にありがたいことであった。

工藤さんの、語りは、景色が見えてくるようで、個人的な体験として、遠い国の、ゴーギャンの楽園のような場所を探して、山のてっぺんまでたどり着いたと思ったら、下着の広告看板があったという、落語のようなオチもお聞かせしてもらったこともあるが、歴史軸の語りも深く見通されていて、柳川から、世界まで、身近なものから、大きな広いものまで見ているようで、いろいろと学ばせていただき、是非、今度、詩か小説を書かせていただきたいと思われた。
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「職人」とは何か。

2019-01-15 18:33:05 | 茅葺
「職人」とは何か。

ということを、柳川まで訪ねてくださって、手伝ってくださった美山の瓜生さんがおっしゃっていた。

そこいらで働くプロの方々、例えば、レジ打ちの方も、ガソリンスタンドの方も、農家の方も、ある意味、職人と思っている。

ということ。また、

茅葺職人であるからと、肩肘張らずにやることが大切であり、驕りたかぶるようなことがあるとしたら、どうかと思う。

というようなこともおっしゃっていた。

目から鱗の言葉であった。

そんな謙虚で真摯な瓜生さんであったが、雨養生の時、雨だれの残ったブルーシートの上を、手を前に突き出し頭からウルトラマンのように加速しながら我々の目の前を滑り落ちていきつつも、くるりと軽やかに受身をして、ほっぺたにかすり傷を負ったくらいで満面の笑顔を見せて帰っていった強者であり、我々の柳川の現場に凄まじい伝説を作っていったのだった。
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「友達と彼女に会う」

2019-01-02 19:32:04 | 詩小説
久しぶりに幼馴染の友達に会えた。

こちらに帰ってきている、つかの間のことであったが、瞬時に、昔に戻れるエネルギーをお互い持ち続けていることに感謝である。

それぞれ違う場所にいながら、気持ちを持ち続けることができるからこそ、今からのことも、続いていけるようで、彼女たちと同じ時を過ごせたことに感謝である。

子供さんたちも大きくなっていて、友達のように話せるようになったのもうれしかった。

時が経って、また、楽しみが増えていくのがうれしかった。

それから、倅のふくふくとしたかわいい彼女さんと初めて会えたのも、うれしいことであった。

彼/女らにさちあれ。

今年もみちみちた日々を送れるように、想像を超えたみちみちた日々を楽しむことができるように。

心より願う。

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「善光寺と檀一雄」

2018-12-31 21:41:10 | 茅葺
善光寺に立ち寄った。

導かれるように、道を曲がった先に善光寺と檀一雄記念碑という看板が目に入った。

一人では行くことができなかったような、何ものかに導かれるような、であいであった。

檀一雄が息子のたろうと住んでいた時は、今は違っていたが、茅葺だったようである。

小高い山の上に、善光寺はあった。

最初に防空壕のような人工の洞穴の中のお地蔵さんたちにであい、大きな張りぼてのような閻魔大王の横に建った りつこ そのあい そのし の 執筆をした場というようなことを赤い字で記した碑にであい、ここにきたことを、坂道をふみふみし歩きながら夕日を見ながら、体全体で記憶した。
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「檀一雄と北原白秋」

2018-12-16 18:39:01 | 茅葺
施主さんの川下りの会社が御花の近くにあり、そこにご挨拶に伺ったときのことである。

柳川にゆかりがあったという檀一雄生誕百周年の本を手に入れ、泊まりの間に、ぽつぽつと読んでいた。

檀一雄のおじいさんが、酒を作っていた北原白秋の家などが火事になったのち、その周辺を買い取ったという。

同じ風景を二人は歩いて、生きていたのだ。

平家の落人が6騎たどり着いたというこの周辺をろっきゅうといい、漁師町としておおらかな土地柄もあって、一年悪さをして休学になっていた檀一雄の祖父母のところに転がり込んでいたときに、無頼な生き方の素地が育まれたと言ってもいいほど、壇はこの土地が好きで、性に合っていたようで、おそらく、川のほとりをぶらぶらとしながら、何か、獲物を探すように、匂いのする(うなぎの燻された匂いはここかしこにある)方に歩いては、出くわす何かを溜め込んでいったのだろう。

白秋もまた、酒の匂いを味方につけて、その芳しい菊美人のような透明な甘露のようなものを、体で熟成させていったと思われる。

壇が狩猟の詩人であるならば、白秋は醸造の詩人である。

などと思いながら、自分は屋根を葺くように詩を作り、詩を作るように屋根を葺くような、屋根葺詩人となるよう、精進したいと、希望した。
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「柳川と白秋と檀一雄と流れ星」

2018-12-15 22:44:38 | 茅葺
柳川の現場が始まった。

雨の日は日田に帰ってくるが、基本は柳川で泊まり込みで作業をすることとなる。

旅の身空のつかの間の夜の散歩の流れ星を見た。

ゆっくりと光が目の前を通って行った。

寒さに眩く何か夜の闇の奥深くに届く希望のようなものが見えたような。

そのあと、柳川の川のほとりを歩きながら、白秋の生家や檀一雄の記念碑、オノヨウコのおじいさんの家があったところや、戸島家のみんのす(馬の耳の形)のついた茅葺の屋根やお寺の茅葺の門などにもであえた。

歩く速さで生きているようで、星もそのゆっくりとした光でなぞってくれていたのだろうと思うと、星と魂の行き着くところは同じようで、わざと心配させる話ばかりするものとは一線を引いて光の方を向いているようで、それが、今ここで選んでいる道であった。
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「花筐と源氏供養」

2018-11-29 22:40:37 | 茅葺
水前寺公園の近くのいきなり団子を先輩におごってもらってほくほくして、その後、先輩方に教えてもらった仏像に金箔を貼ることができるというお土産やさんに向かい、店内を探索していると、なぜか観世流の古本で「花筐」があった。「源氏供養」も入っていたので、嬉しくなって、手にいれる。

檀一雄の「花筐」を探していて、ひょんなところで、別の、古いものである観世流に流れついた気がして、(実のところ、本家どり的なものだったのかもしれないが)まずは源流としての「花筐」へ遡り、読み解いてみなさいと言われた気がして、ありがたく、読ませてもらおうと思った。

さらには、古今和歌集は、源氏物語に影響を与えたとされるが、その影響をあたえられた源氏物語から、新古今和歌集が影響されたと言われており、古今和歌集→源氏物語→新古今和歌集への流れもあるようで、これはますます古典への世界へ、呼ばれたような気がした(まだ読んでいないのでわからないが、おそらく源氏は源氏でも平家と源氏の方だとは思うが源氏つながりということで)。

そういえば、今日、かやをやっとこ(からすともいう)で引っ張り出していたら、なぜか鳩の羽が一つ出てきた。からすから鳩が出てきたような、摩訶不思議なことがあった。小さくて可愛らしい羽だったので、ちょっと嬉しくなって、何かいいことがあるような気がして、古今伝授の間から?の贈り物??か、何か天からの???良いことの徴のようで、大事に持って帰ろうと思った。
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「吉野ヶ里と杉皮と古今伝授の間」

2018-11-28 22:10:45 | 茅葺
午前中は、作業場で杉皮切りを思う存分し、水前寺までやってきた。

昨日で、吉野ヶ里の検査が終わり、今日から水前寺公園内の古今伝授の間の現場に入るも、雨にて、現場確認をして、明日に備える。


吉野ヶ里の今年最後の現場では、川上先生が来られて、チェックをされていた。
痛み具合を三段階に分けて査定する、例えば、けらば、平めん、軒、しゅうぎ、棟、など部分ごとに評価査定するとともに、年数はもとより、日の当たりやすい場所かどうか、風の当たりやすい場所かどうか、家屋の密集した場所かどうか、などの環境の影響も考慮したデータを取れば、いい?論文が書けそうであるとおっしゃっていた。

自分も、何か、自分なりにできる資料を今後のために作っていきたいと思った。


今日は、みなさんと美味しい夕食を食べた後、散歩し、宿で昆布茶やコーヒーを飲んだりしてまったりし、先日、古本屋で手にいれた古今和歌集を読み始めた。

ネットでも見られるんじゃないかと言われたが、分厚い古い本で読んでみたかったので、時と本の重みを味わいつつ、楽しみたいと思う。
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