ひょう吉の疑問

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「授業でいえない世界史」連載中。

『恕』の小沢一郎と『怒』の橋下徹

2011-12-13 11:25:29 | 小沢一郎

『恕』とは、『人の身の上や心情についての察し。また、その気持。思いやり。』と辞書にある。

『怒』については説明するまでもあるまい。

小沢一郎と橋下徹の違いはそれである。
意味するものがこうも違いながら、二つの漢字はよく似ている。

『女』の『口』に『心』と書いて『恕』となり、
『女』の『又』に『心』と書いて『怒』となる。

橋下徹は何に『怒』っているのか。
むろん小沢一郎にも『怒』はある。

それは多分、ロッキード事件にからむ田中角栄の失脚劇であろう。
小沢一郎はそのことに関して何も言わないが、ロッキード事件の公判はすべて傍聴している。
そのアメリカからの仕掛けとそれに取り込まれる日本の権力構造の腐敗に対するに憤りも大きいはずだ。

ロッキード事件から三十年以上経つ。
小沢一郎の『怒』はその間に徐々に昇華され『恕』に変わっていった。

そう考えると『恕』の根底には『怒』があるかも知れない。
ポイントは橋下徹に『怒』を『恕』に高めるほどの人間としての幅の広さがあるかどうかだろう。

橋下徹の『怒』の根底に何があるか見極める必要がある。
それが単に個人的な私憤に過ぎないのならば、小沢・橋下会談は物別れに終わるだろう。
しかし橋下徹の『怒』の裏に私憤を超えたものがあれば、これはおもしろいことになるかも知れない。

小沢一郎の眼力にかかっている。

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1 コメント

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心を揺り動かされました (ゆうこ)
2011-12-13 17:54:29
初めまして
 鋭く、そして深いお心を感じさせる洞察。感動のエントリをありがとう。
 ロッキードの裁判につき、小沢氏は「私の面倒を見てくれた政権の座にある人物が1日中、椅子に座らされて、1人でいるのは耐えられなかった」と云い、毎回終了までとどまり、田中元首相と目が合うのを待って深くお辞儀をしたと伝えられています。小沢一郎さんの厚い心ばえが胸に迫りました。
>これはおもしろいことになるかも知れない。
 ほんと、ちょっと、期待したいです♪ どちらも、「スケベ根性」出しちゃいけませんね。

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