ひょう吉の疑問

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宗族と儒教

2009-06-10 16:12:43 | 世界史1 古代中国

中国には宗族という強い血縁集団があるが、
そういう血縁集団の強い社会のなかで、
親と子という家族ルールを発展させ、それを社会ルールにまで高めたのが儒教である。

それは親孝行の『孝』という観念を中心にしたものだが、
その『孝』の観念は親が生きている間にだけなされるものではなく、親が死んだ後までも続けられなければならないものであった。

従ってそれは死んだ親に対して子孫が行う祭祀となる。
それはいずれ自分が死んだあとも、自分も子孫によって祭祀を行ってもらえることになり、死後の世界を救済する宗教にまで発展した。

中国の社会ルールは血縁関係のルールをもとにして築かれる。
祖先の祭祀を行うことが人としての正しい道であり、
その正しい道を行える人には人としての『徳』が備わっているということになる。

この徳のある人によって天下が治められれば天下太平になるのである。

では天下を治める人が人としての徳を失った場合にはどうなるか。
天は、そういう人が天下を治めることを認めないのである。
その場合、民衆はそういう徳を失った為政者の政治を否定することができる。
だから中国にはしょっちゅう農民反乱が起きて王朝を崩壊させる。
農民反乱によって王朝が倒されることは、日本に見られないだけでなく、西洋でも見られないことで、中国独自のものである。

それほど『徳』というものが重視されたのである。

そうすると徳というものはどこから出てくるのかという話になって、
一つは、人間には自然なかたちで徳が備わっているという考えが出てくる。性善説というものである。

しかしそうではないという考え方もある。人間はもともと邪悪な心を持っていて、人間が徳を得るためにはその邪悪な心を抑えなければならないという考えである。これが性悪説である。
そのためには正しいことを形で表すことが大切だとされ、その形が『礼』となって現れるとした。
つまり形を強制するわけである。
これが後に『法家』の思想となる。

秦の始皇帝がこの法家思想を取り入れることによって全国を統一したことはよく知られている。

しかし秦は、法律によって人を縛るという考え方の行き過ぎによって民衆の支持を失いすぐに滅亡する。

ここでいえることは法律という一見儒教と無関係に見えるものでも、中国の場合には、人間の徳というものを導き出すための手段と考えられていることである。
つまり法律でさえ儒教思想から出てくるのである。
だから法治主義と徳治主義という一見矛盾するものが、共存できるのである。
それは儒教という一枚のコインの裏と表である。
儒教という枠組みのなかで矛盾なく共存しているのである。

ここに中国と西洋の法律に対する考え方の違いがある。
西洋では法律とは社会のルールであって、それが人間の人格と結びつくことはない。
だから西洋では時の為政者に人格を求めるということはない。
中国では為政者が徳を失えば天に見放されると考えたこととは大きな違いである。

中国では為政者ばかりではなく官僚にいたるまで徳が要求されるようになる。

法律を執行するのは官僚であるが、その官僚になるための試験である科挙は儒教の知識が要求された。
(このことと中国の官僚が本当に徳を備えていたかは別問題である。)

西洋では官僚に対して試験をすることも、また人間としての人格を求めることもなかった。

そのような違いがどこから発生するかを考えるとき、
中国が血縁集団の非常に強い国家であったのに対して、西洋では血縁組織が発展しなかったという違いが、大きな相違点として考えられるのではないかと思う。
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1 コメント

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Unknown (始めまして。)
2010-11-22 12:46:04
偶然 訪問させていただきました。

この間に都内で韓国の族譜の学習報告があり、
この基本の原型の参考になるものを探し閲覧させていただきました。

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