新 ノ 城  Okinawa

おきなわを サラ・さらっと 視る

  

琉球開闢説話【6】

2019年08月10日 00時00分27秒 | 日記

  開闢 <1>

琉球の歴史書中山世鑑(1650年)と球陽(1743~1876年)

遺老瀬節伝(1743~1745年)などに編纂された国創り、人類創世説話

 

昔・大昔、最高神天帝が、アマミク(阿摩美久)を呼んで

この地上に神が鎮座すべき、霊処がある

 

しかし未だに島に成っていない

下界に降りて島を創でと命じた

 

アマミクは降りてみると霊地はあるが

東から西え、西から東えと、海の波が超えていくような状態であった

霊地は島に成っていなかった

 

そこでアマミクは、天に上がり

天帝に土・石・草木を下さるならば島を創りましょうと申し上げた

 

天帝は土・石・草木を与えた

アマミクは持ち下り、沖縄の島々を創造した

 

そうして神々を拝する霊地(御嶽)を造った

始めに国頭の辺戸に、アスムィ(安須森)御嶽

次に今帰仁今泊まりに、クバ御嶽

セーファ(斎場)御嶽を南城市知念

ヤブサツ(藪薩)御嶽は南城市玉城

アマツジ テンツギ(雨つづ天つづ)御嶽は南城市玉城、玉城グスく内

クボー御嶽を南城市知念久高島

シュイマダムイ(首里真玉森)御嶽を首里城内に

 

九つの御嶽を造ったとされているが

現在、この七つが、琉球開闢七御嶽として

沖縄の神聖な拝所として

沖縄の信仰を集めている

コメント   この記事についてブログを書く
« 琉球開闢説話【5】 | トップ | 琉球開闢説話【7】 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事