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英祖王統【3】

2020年03月05日 00時00分23秒 | 日記

 初代英祖王の数々の業績と盛徳によって

国は富み、国は平和に治まった英祖は1299年に他界し

 

長男大成が二代目中山王に即位し

1308年62歳で死去

 

1309年大成の次男英慈が三代目として即位

この時代までは平穏な時だった

1313年46歳で死去する

 

1313年英慈王の四男玉城が四代目として即位するが

玉城王は国政を顧みず、酒、色欲、道楽に溺れた生活

 

そのため家臣、民衆は彼から離れ

国は三つに分裂し英祖王統滅亡の一因となった

 

勢力地域は中山王として

現在の読谷、北谷、中城、那覇そして浦添地域を支配した

 

それより北側は北山王と呼ばれた今帰仁按司(領主)が支配

南側地域は南山王と呼ばれた大里按司が支配

 

その頃の琉球は争い事の絶えない戦国時代となって行く

1336年玉城王41歳で死去

 

1336年玉城王の世子西威が五代目を十歳頃即位

だが先代が崩した国威は回復することなく

 

英祖王統は滅亡へと向かう

1349年西威王は22歳で死去

 

後の跡継ぎを一部の臣下が5歳の世継ぎを

即位させようとしたが

 

多勢は、国の安寧のため世子制を廃止し

民衆から信望の厚かった察度を擁立した

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