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察度王統【1】

2020年03月15日 00時00分23秒 | 日記

 察度とは琉球の正史である中山世鑑や中山世譜

球陽などに記されている察度王統の初代王

 

察度は1321年、浦添間切謝名村の奥間親方と天女との

間に誕生したとされている、神号大真物(うふももの)

 

察度は英祖王統五代西威王の死去に伴い

それまで世子制で王位を継承されて来たが

 

その頃、国は乱れ疲弊したしていたため

国の安寧を得んと臣下、諸侯らの推挙により

 

知徳に優れた察度が中山王に即位した

察度三十歳のときであった

 

1372年、明王朝大祖洪武帝の使者楊載が来琉して

明国に入貢するよう察度に迫った

 

察度はそれに応じて異母兄弟の泰期を遣わし

明王朝との朝貢体制関係に入った

 

その八年後南山王も1380年、北山王も1383年に朝貢した

 

察度は日本や高麗、東南アジアの国々と貿易を行い

琉球に経済的基礎と文化の発展に大きな功績を残した

 

察度王統との世子である武寧が後に二代目を継承する

この武寧が琉球国で始めて明王朝の冊封を受け

 

君臣関係体制になった

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