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王統

2020年02月05日 00時00分43秒 | 日記

  王統とは

琉球の正史である中山世管鑑(1650年)や

中山世譜(1697~1724年)

 

球陽(1743~1876年)などに国の始まりと

国を統治した六つの王統が記述されている

 

天孫王統・瞬天王統・英祖王統・察度王統

尚氏第一王統・尚氏第二王統である

 

この六つの王統が国の始まりから

明治12年(1879年)4月4日の廃藩置県まで

琉球国を統治したと成っている

 

天孫王統とは、正史によると

最高神天帝が、女神アマミク(阿麻美久)に

島々を創造するように命じ

 

後の天帝は自分の子である男女を天降りさせ

二人から三男二女が誕生した

 

長男は国を治める国王の始祖

次男は地方按司(領主)の祖

三男は百姓の祖に

 

長女はノロの最高位聞得大君祖

次女は地方のノロの祖となったと記されている

 

長男は天孫氏と称した、この王統は二十五代続いて

17、802年間琉球国を統治したとある

 

歴史書には、王の姓名、統治年代などの記述が何もない

天孫王統は神話の域を出ない

 

何故か琉球の島々を創造した「アマミク」が

暮らしたとされる洞窟や墓、祠など

 

沖縄の至る処に多数存在している

また天孫氏の子孫であるとする宗家も数件ある

 

天孫氏二十五代王の時、家臣の利勇によって殺害され

利勇、自ら王位に付き中山王と称した、1186年の頃

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