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首里城 【2】

2020年01月20日 00時00分27秒 | 日記

 首里グシクの築城年代を示す史料はほとんどない

近年の発掘調査から、最古の遺構は

十三世紀頃からグシクとして、用いられたとされている

 

十四世紀頃に中山王察度が浦添より移り居城とした

その子武寧も王城としたと言う、伝承されている

 

佐敷グシクを拠点に勢力拡大していた

佐敷按司尚巴志が、中山武寧王を攻め滅ぼし

尚巴志の父が中山王に即位する

 

その後尚巴志は1416年北山攀安知を攻め滅ぼした

1429年に南山他魯海も攻め滅ぼし三山を統一した

 

尚巴志は父の死後、中山王二代目に即位した

尚氏第一王統の始まりである

 

首里城は琉球国の王城に成り城は増築されている

琉球は明国とは朝貢外交、日本、高麗、東南アジア諸国との貿易などで

首里グシクは琉球国の政治、経済の中心と成って行く

 

第一王統は七代、六十三年(1406∼1469年)続き

その間首里城は増建され拡大していく

 

城域内には巨大な王族の墓陵王陵(たまうるぅん)

王一族菩提寺の円覚寺、園比屋御嶽門、弁財天堂

龍潭、そして龍通、王宮の生活水、飲料水として使われた

 

首里城は軍事目的よりも政治、外交を担うグシクとして

増建、整備されていく

 

そして第二王統に成り十九代続き四百三年、両王統を合わせて

四百六十六年以上首里グシクは琉球国の中心地であった

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