山 本 あ け み  ~杉並区の緑ゆたかな環境をこどもたちへ~         

杉並区議会議員 

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最愛のピアニスト、ウォン ウィン ツァンさんのコンサートに行ってきました。

2018-12-01 | 「あれこれ」のこと

このところ、区政に関しての投稿ばかりでしたので、自分事をちょっとだけ。

およそ25年くらい前の事。

渋谷の公園通りから地下に降りたところにジャン・ジャンというライブハウスがあって、美輪明宏さんやイッセー尾形さん、淡谷のり子さんなどがライブをされていました。狭いスペースだったけれどアーティストとの距離感がたまらない空間。当時はインテリアコーディネーターの仕事をしていた頃で、小劇場系の演劇などが好きで機会を見つけて見に行っていました。※ジャンジャン http://jeanjean1969.web.fc2.com/

知人のご主人が舞踏系のダンサーで、体中を金粉で塗ってのダンスとピアノとのセッションをするから見に来ない?と誘われ、ジャン・ジャンに行ったのですが、その時のピアニストがウォン ウィン ツァンさんでした。

 


金粉ダンサーのあまりの迫力に衝撃を受けながらも、グランドピアノを立ち上がって弾むように弾くピアニストの印象は鮮烈でした。その時1枚のCDを買い、家に帰ってから聴いていました。最初に買ったCDの名前は思い出せないなぁ。

※写真:ウォン ウィン ツァンさん

 

その後、ウォンさんのピアノはNHKのドキュメンタリーなどのBGMになっていて、度々耳にするようになって行ったけれど、CDから紡ぎだされる繊細さ、ノスタルジックでもあり、心にしみるソロピアノの世界に、独身の頃はどっぷりと10年くらい浸っていて、もうすっかり身体の一部になるくらいに聴いていました。コンサートにも行っていました。


私たちの世代は、世の中がアナログからデジタルにどんどんと変わっていたのを実体験していて、以前は考えられなかった事が起きたりしています。私にとってはウォンさんとの繋がりもその一つ。

2~3年前だったか、Facebookでウォンさんを見つけ、思い切ってお友達申請をさせて頂きました。Facebook上で何回かやり取りをさせて頂いていましたが、先日、ウォンさんが70歳を過ぎ、これまで作り出してきたピアノの世界を希望するアーティストとのコラボによって大放出してくれるという投稿がありました。ファンにとっては何とも贅沢なもの。先日伺った、阿佐ヶ谷のライブハウスでのオーボエ奏者の方とのコラボが実現したのもこの投稿がきっかけだったようです。

 

※写真左より:ウォン美音志さん、山縣富弓さん、山縣有斗さん、山本あけみ、ウォン ウィン ツァンさん


『瞑想のゆくえ』と題した、ウォンさんのピアノ、オーボエのtomocaさん、ギタリストのウォン美音志さんの2時間のセッションには会場いっぱいのお客様。キャンドルに囲まれたひっそりとした心地よい空間でした。演奏が始まったと思うと、思うようにセッション出来ずにまたやり直しなんてこともあって、リラックスしながら聴く事が出来ました。でも、日常的にセッションをしている訳では無いのに、こんなに息がぴったりと合い、世界観を作り出せるなんてすごいです。


※オーボエtomocaさん、Facebookより

 

ウォンさんのお話の中には、NHKの「こころの時代」などドキュメンタリーのBGMに関してや、ソマリアの少年兵の現実に衝撃を受けたお話、また私が大好きな「光君のプレゼント」という曲が出来たエピソードなどがあって、何度も聴いていた曲がこの世に生まれた背景が聴けたのも嬉しかったです。

※光君のプレゼント →https://www.youtube.com/watch?v=ZXZMITFcdwM

 

大好きなウォンさんの真骨頂でもある即興演奏のパートが無かったのは少々残念だったけれど、こんなに間近に座り、即興演奏まで聴いてしまったら、立ち上がれないくらいの衝撃を受けてしまうだろうなと想像していたので、まあ、無かったのも良かったのかも。。。などとあれこれ考えながら帰路につきました。

※即興演奏の様子→https://www.youtube.com/watch?v=YImudNl1f64

 

実は私も仲間と共に朗読とセッションして頂けないか、果敢にもアタック中なのです!実現したいな!!


以上

 

 

 

 

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節目の誕生日を迎えて。

2015-01-23 | 「あれこれ」のこと

昨日は50歳の誕生日でした。

たくさんのお祝いのメッセージをいただきありがとうございました。

 

それぞれの夢に向かって突き進んでいた10代、20代、30代、

40歳からは本当にやっかいだった自分自身をやっと乗り越え、

家族や周りの人、そして区民のかたがたの生活へといった具合に、

視線を向ける先がぐるっと変わったのを自分で感じながらの10年間でした。

 

そして50歳、もう半世紀も生きてきたのかと思いながらも、

まだ過去を振り返るには早いと思っています。

 

やっと自分軸で考える事ができるようになったかなと思いつつ、

周りの人の支えによって自分が成り立っている事、

たくさんのアドバイスをしてくれる人がいる事、

家族が一番好き、

などを大切にこれからもやって行こうと感じています。

 

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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私論「政務活動費について」

2014-09-24 | 「あれこれ」のこと

※しばらくブログを休止していましたが、現職議員としての考えをまとまった形でお示しする必要があると考え再開をさせていただきます。

 

昨今、政務活動費について、他自治体の議員があられもない姿で泣いているセンセーショナルな映像と伴に、ややもするとバッシングの対象になっていることを憂慮しています。

私が当選をさせていただいた時には既に杉並区では政務活動費の使途基準があり、それに則って使用し報告をさせていただいています。大切な区民の税金から拠出をして頂いているので自分のお金という感覚は全く無く、出来るだけ実りのあるものにしていくよう、また、細かく報告をしていこうと考え努力しています。

政務活動費は区議報酬とは別に政務に関わる必要経費を、ある枠の中で計上するものと考えていて、会社で言えばコピーやファイル代、印刷代、ガソリン代などの必要経費であって存在自体は正当性があると考えています。

というか、必要経費が無くて活動は出来ないです。要はその使い方、活動の中身だと思います。それに正当性があるかどうか。

私は主に区政の報告として年4回、区政報告を発行しておりその為の費用や区に提言する為の政策を立てるための調査費用なども計上しています。

杉並オンブズマンの方などが公開された内容を独自の審査基準で審査し、住民監査請求としていただいたものに関しては誠意を持って回答し、それ以上の請求が無い事からご理解をいただいていると考えています。

と、至ってまじめに考えていたところ、ややもすると詐欺行為にあたる事例のニュースを見るたびに「一緒にして欲しくない!」と思ってしまいます。自分の子どもがママは悪い事をしているの?などと捉えてしまう悪影響を考えると正直落ち込みます。

杉並区の使途基準の中には私の考えとは相容れないような、例えば「飲食を伴う会合に関しては会費が明記されている案内状があれば区民意見聴取として半額までを計上してよい。」というものがありますが、お酒の席で区民意見聴取をする必要があるのか疑問があるのと区民からのご理解が得られないと考えてこれまで計上を控えています。

また、これまで区議になってから個人的なつながりで教育環境や環境施策などの海外視察をしていますが、日程には観光が含まれる事と、掛かる費用に対して区政に必ずしも反映できるとは限らず、これも区民からのご理解を得るのは難しいと考え計上していません。

今回の一連のニュースなどで疑問をもたれた方には是非とも公開された報告を見ていただきたいところです。政務活動費を使っていないから良い区議なのか?とは一概に言えないと考えます。

おそらくは区議の考え、活動の内容、その真剣さが一目瞭然なのではないでしょうか?

 

 

【木曜茶話会・もくようさわかい】

毎月第4木曜日に区民意見交換会を開催中。

次回は平成26年10月23日(木)19時から、高井戸地域区民センターで開催します。

 【区政報告】

年4回区政報告を作成しております。郵送ご希望の方は住所・お名前をお知らせください。

これまでの区政報告 →http://yamamotoakemi.web.fc2.com/

 【民主党員・サポーター募集】

http://www.dpj.or.jp/info/volunteer

 【お問い合わせ】

yamamoto.akemi1965@gmail.com

 

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2013年 大晦日 今年を振り返って

2013-12-31 | 「あれこれ」のこと

 

大晦日の夜、皆様いかがお過ごしですか?

東京の年末は晴天に恵まれ、大掃除ははかどりましたが、やや積み残しのある年越しとなりました。

 

今年を振り返ると、都議会議員と参議院の選挙と2つの大きな選挙応援を経験し、

昨年末の衆議院議員選挙を含め、これで一通りの選挙を経験した事になりました。

それぞれ戦うフィールドは違うけれど、日ごろを大事にして地道に活動を続けていた人は強いという印象を持ち、

大変勉強になりました。

 

議員活動では、

・建築士会入会を通じて、また、社会人教育やNPOなどで活動をしている区民の方と多く知り合い、

 様々な形で社会や杉並区に貢献していらっしゃる様子を知る事ができた事

・久我山をスマートコミュニティのモデル地区にしていくという、推進してきた政策が軌道に乗ってきた事

・月1回開催の区民意見交換会「木曜茶話会(もくようさわかい)」が1周年を迎え

 ご参加いただける方も多くなってきた事

などが大きな成果と考えています。

 

国政においては「特定秘密保護法案」が国民の反対むなしく可決されたことには大変な危機感を持っています。

ねじれが解消し、巨大与党独裁の体制がはっきりして来ており、

力不足だったとはいえ選挙を勝利できず、結果としてそれを許した事は大変歯がゆいです。

地方議員である私としては、せめて自分の議席は自分で守りきる、そして区民福祉向上の為に尽力をしていく、

と決意を新たにしています。

 

何はともあれ、家族が健康で過ごせた事に感謝をし、

今年を振り返りつつ、来年をより充実したものにして行こうと

思いをめぐらせるお正月にしようと思います。

 

ブログをご覧いただいた皆様へ、本当にありがとうございました。

どうぞ良いお年をお迎えください。

また来年もよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

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わが子の保育園時代を振り返って

2013-02-26 | 「あれこれ」のこと

私の子どもは杉並区立上高井戸保育園に1,2歳の時にお世話になっていました。

残念ながらこの園は今年の6月で閉園ですが、

上高井戸2丁目に高齢者施設と併設で人数も増え、

私立の認可保育園としてリニューアルされる予定です。

 

上高井戸保育園は施設は古いものの、日当たりの良い園庭があり、

そこで写真のような家族で集まれる運動会や夏祭りを催してくれました。

1歳から5歳まで全員で40人強と人数が少なく、

我が子と同じ年齢のクラスは8人でした。

アットホームな手厚い対応をしてくれる良いところでした。

ハイハイが出来るくらいから一緒だった近所のお子さんの

成長した姿を見ると、その頃を思い出し感慨深いです。

 

そして3歳からは近隣の私立幼稚園に入園をしました。

上高井戸保育園での様子を保母さんから伺うと、

人見知り場所見知りが他のお子さんより激しいと聞き、

大変ショックを受けたのがきっかけでした。

それまで私が気づいてあげられなかった事にもショックでした。

年の近い兄弟が居ないこともあって心配は募り、

少しでも多くの同年代の子どもたちが居る中で、

わいわいと過ごす幼少期をおくらせてやりたいと考え

急遽、幼稚園への転園を決意しました。

 

その頃、私は美大の通信課程に編入したばかりで、

子育て&仕事(インテリアコーディネーター)&家事&勉強と

毎日子どもを寝かし付けた後には寝室の隣にある事務所で

もくもくと仕事や課題をこなしていたのを覚えています。

そんな中での幼稚園への転園は、私にとっては大きな決断でした。

 

この幼稚園は三鷹市、世田谷区からも園児が通っていて、

3、4、5歳で300人近くというマンモス園です。

当然、入園式のあまりの人の多さに我が子はおお泣き、恐怖に震えていました。

他のお子さんが椅子に座る中、私にずっとしがみ付いていました。

夜には知恵熱を出し、無理をさせてしまったかと心が痛みました。

 

”保育園と幼稚園”では”保育者と先生”という立場の違いが接し方に現れます。

今までとは違う環境に子どもは随分戸惑いもあったと思います。 

 

この幼稚園は働くママにも十分対応してくれていて、

朝と夕保育、夕保育の間にピアノやお茶、体操、美術などの習い事も園内で出来ます。

そして小学生になるとアフタースクールも用意されているので、

園丸ごと幼少期を過ごすための受け皿を用意してくれているという感じです。

そこに行けば、安心して過ごすことが出来るという感覚が持てる場所は

子どもにとっても親にとってもかけがえの無いものです。

 

あんなに人見知り場所見知りが激しかったことが嘘のよう、

今では気にならなくなりました。

保育園から幼稚園に変わるというのは、簡単なことでは無かったですが、

今では良かったと考えてます。

 

今朝の東京新聞に23区の認可保育園に入れないお子さんの数が今年1万9千人にのぼり、

5年間で2,6倍に達したと書かれていました。

その中でも杉並区は認可保育園に入れない割合が62%と

最も入りづらい自治体として掲載されました。

この問題に直面しているママたちの事を思うと、なんとか杉並区が発表した緊急措置が

充足率に貢献することを願っています。

 

一方で、認可保育園は広さ・保育者とも充実していることは重々理解をしていますが、

それ以外は全て認めない、という方向性には大変違和感があります

厚生労働省の認可保育園としての基準は厳しいにも関わらず、

その基準を満たさないと補助金が下りないという制度を見直しをしていかないと、

23区で認可保育園は増えていかない現状からすると、東京都の認証保育園や

手厚い対応を目指している認可外保育園も必要と考えています。

区有地を探しても、住宅密集地ではそうそう簡単にはいかないのが現状です。

 

今回の一般質問で杉並区に提言をしたように、

・私立認可保育園の積極的な増設

・私立幼稚園の預かり保育の実施(お世話になった、あの幼稚園のような)

など、”子どもの保育環境を第一に考えた増設”に向けて

じっくりと取り組みを進めていって貰いたいとして、

今後とも区への働きかけなど、課題解決に取り組んでいきます。

p.s.保育園の頃は、いつも抱っこ。

 

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終戦記念日に想うこと

2012-08-15 | 「あれこれ」のこと

私の父は昭和8年生まれ、終戦のときは12歳でした。

それから20年経って私が生まれました。

 

物心ついて歴史を学んだときに、

ほんの20年前まで日本はあの戦争をしていたのだと

知ったときの驚きはいまだに頭から離れません。

 

父の実家は茨城県の農家で、11人兄弟、6男生まれ。

大学進学から東京に住まい、家庭を持ちました。

 

お盆のお墓参りには親戚が三々五々と集まり、

本家では毎年の年中行事で賑わいます。

 

歴史はひとつづき、小さいころの話から時には戦時中の話が飛び出すこともあり、

今は映像でしか見ることが無くなった戦中、戦後のむごたらしい時代を

血がつながった親戚が同時代に体験してきたのかと、

改めて身近に感じます。

 

父の兄は志願をして特攻隊の訓練を受け、終戦を迎えその意を遂げずに

帰宅したと聞きます。

帰ってきたときの伯父の門を入るときのためらった様子、

お国のために命を尽くして戦うことが出来なかった

悔しさをいつも話してくれます。

 

いつまでも日本人が忘れてはいけない戦争の傷跡、

それを肌で感じることが出来ることは

私にとっては大変ありがたいことだといつも考えながら

終戦記念日を過ごしてます。

 

甲子園の試合を中断して正午にNHKから流れる黙祷の時間、

日本国中の人が二度と繰り返してはいけない悲劇を、

これから先も一瞬の黙祷にささげ続けていけることを願っています。

 

 

 

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子供の行事に参加できなかった!!!

2011-11-30 | 「あれこれ」のこと

先日、子供が通う久我山幼稚園でお茶のお教室の参観日がありました。


議会中のため、出席できず、子供には何日か前から

「出席できなくてごめんね。」と話をしていたのですが、

その時はぴんと来なかったのか、嫌がる様子も無かったのですが、


いざ当日、ママ友達から

「お茶の時間になんだかほっぺが赤くて、目がウルウルしていたよ。」

とメールが入り、もしや熱が出たのかと思い電話をしてみると、、、


お茶の時間が始まり、他のお友達のママは来ているのを見て、

急に悲しくなってしまったとのこと。


必死に涙をこらえていたので、ほっぺは赤く、目がウルウルしていたのです。


その日の夕方幼稚園にいつも通り迎えに行くと、

何事も無かったような顔をしているものの、

私と目を合わせてくれない!!


男の子なので、あれこれとその日にあったことを話してくれないのは

以前から気づいていたのですが、

いっそこの日は、

「ママのばか!他のママは来ていたのに、ママだけいなくてすごく淋しかった!!」

とでもヤジってくれたほうが気が楽でした。


その事に触れようともしない様子を見て、

公務とはいえ、本当にかわいそうな事をしたと思いました。

 


 

 

 

 

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思い出深い「シュシュ」、インテリアコーディネーター時代のこと

2011-10-20 | 「あれこれ」のこと

25歳から20年間、インテリアコーディネーターとして戸建注文住宅を設計してきました。

一般のお客様の住宅を200棟以上、モデルハウス・店舗を20棟位担当させていただきました。

机上のプランだけでなく、建築現場へも500回以上は足を運び、

暑い日の現場は結構大変でしたが、今から思うと楽しいひと時代を過ごしました。


昨日、久我山幼稚園のママ友から私が担当したモデルハウスをご覧いただいたのが

きっかけでその会社の住宅を建てることにした、との嬉しいお話をうかがうことが出来ました。

ご覧頂いたのは駒沢公園第二モデルハウスです。 

http://shutoken.mitsuihome.co.jp/modelhouse/mh_spec.php?id=9

 

幼稚園や学校の先生をしていたなら、以前に卒業をした生徒さんと偶然にもお会いするような、

そんな昔を懐かしむ思いがしました。

 

下記のインテリアは私が商品開発から携わり、

モデルハウスのプランニングまで手がけた最後の物件になりました。

プランニングは全てのインテリアの範囲にわたり、

カラースキムから家具、照明、カーテンのチョイス、小物選びまでと

オープンを迎えるまで1年以上がかかる大仕事でした。

ご興味のある方は是非、ホームページをのぞいてみてくださいませ。

三井ホーム株式会社ホームページより引用

港南台モデルハウス「シュシュ」

http://www.mitsuihome.co.jp/product/chouchou/special/

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久我山幼稚園最後の運動会でした!

2011-10-10 | 「あれこれ」のこと

昨日は久我山幼稚園の運動会でした。

約300人の園児と先生方、そして祖父母・兄弟姉妹を合わせると

約1000人近くが集う大運動会です。


秋晴れの中、、クラスのママたちとキャーキャー言いながら

きいろのボンボンを振ってリレーを応援する楽しさ、

そして成長したわが子を見る楽しさは格別のものでした。


働きながら行事が多い幼稚園に通わせるのは心配だったけれど、

参加に追われながらもなんとか続けることが出来てよかったな、

などと年少組みから一緒だった他のお子さんの成長する姿を見ながら

しみじみしてしまいました。


残すところあと半年。

小学校は別々になってしまうお友達もいるけれど、

離れ離れになってもずっと成長を楽しみにしていきたいと思っています。

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北海道の原発再開を憂う

2011-08-22 | 「あれこれ」のこと

北海道の高橋知事が原発の営業運転の再開を容認するとのニュースが流れています。

旧体制の中から当選をしてきた経産省のOBとのことなので、

今回の行動は十分予想されることでしたが、ショックでした。


東日本大震災が原因となった福島県の原発事故がもたらした結果をどう考えているのか?

北海道の原発だけは特別で、事故は起こさないということなのか?

福島県内の被災地をくまなく視察し、避難を余儀なくされた方々を見舞い、

いったん事故が起きてしまった場合の事の重大さを認識しての決断なのか?

大いに疑問です。


今の段階で営業再開を決定することは、未だに放射能の恐怖にさらされて暮らしている

私たちにとっては到底理解できません。愚弄されているとさえ感じます。


また、震災のニュースで日々感じることは、

大手マスメディアが都合のよい方向でしか報道していないのはないか?

とたびたび感じること。

今回の営業再開のニュースと一緒に流れた一般市民の感想でも、

地元の経済活動を優先させたコメントだけしかなく、

思考をコントロールしていこうという怖い感じを受けました。


経済活動が大事なのは当然のことですが、

それは少なくとも全ての国民の安全の上に成り立つのではないでしょうか?

 

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お盆休みは家族を振り返る良い時期ですね。

2011-08-18 | 「あれこれ」のこと

お盆休みにお墓参りをしてきました。

我が家は夫が名古屋出身、私は東京産まれですが、両親は茨城県出身です。


夫の名古屋のご両親のお墓にお参りに行くと、

私もこのお墓に入ることになるのだなとか、墓石の横に刻まれた先祖の名前を見て、

お会いしたことは無いものの”自分は嫁なのだな”と実感したりしています。

家族4人で手を合わせる一瞬のために名古屋まで足を運ぶのは簡単なことではないけれど、

”家族っていいな”と感じる瞬間でもあります。


八事霊園という山ひとつを開拓した霊園にはたくさんのお墓があり、

お線香の香りが絶えないこの時期には、いつもの生活を一休みして

先祖を想うというやわらかな時間があります。

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復興大臣の呆れた発言。

2011-07-05 | 「あれこれ」のこと

「この度の東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りしますとともに、
被災されました方々に心よりお見舞い申しあげます。

被災地の一日も早い復興を心よりお祈り申しあげます。」

 

この気持ちを全国民が強く持ち続け、被災地への息の長い復興支援をしていかなければならない。

その先陣を切るはずの復興大臣には最も重い責任が課されていると思っています。

 

昨日のニュースに映し出される復興大臣はそのことを僅かながらも感じているのか?

強い疑問と怒り、悔しさでいっぱいでした。

 

こんなことをしている間にも福島県では子どもの内部被曝が進み、避難所暮らしの人たちは

暑い時期を迎えながらも体育館の中でまだ大勢で暮らしているというのに。。。

 


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NHKグラウンドに桜が咲き始めました

2011-04-08 | 「あれこれ」のこと

 

のところの寒さで開花が遅れていたNHKグラウンドの桜もやっと咲き始めました。

そろそろほぼ満開、今年は咲き始めから満開までがものすごく早かった気がします。


先日はわが子供が通っている久我山幼稚園のママたちとひととき、

お花見を楽しみました。

クラスも性別もさまざま、

何の気なしに集まって三々五々帰っていく、

気兼ねないお付き合いをさせていただいています。

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少しずつですが、被害の全貌がわかってきたようです。

2011-04-07 | 「あれこれ」のこと

今回の東日本大震災の被害の全貌が段々と明らかになってきました。

 

死亡者数が把握できないという一瞬耳を疑う言葉の意味は

とても5歳のわが子には説明が出来ません。

 

今も尚、被災地で救援を続けている方々には本当に頭が下がる思いです。

 

戦後最大の災害を乗り越え、

「復興」を目指して私なりにがんばろうという思いでいっぱいです。

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春は入学・入園のシーズンです。

2011-04-06 | 「あれこれ」のこと

春は入学・入園のシーズンですね。

真新しい制服や制帽を見ると、こちらまでドキドキしてしまいます。


「おめでとう!がんばれ!!」と心の中でつぶやいています。


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