Avaloncity Central Park

不肖「信頼出来ない語り手」明智紫苑の我楽多ブログです。主に自作小説とカスタマイズドールを扱いますが、エッセイもあります。

天道是か非か?

2018-02-28 12:00:00 | ネタ袋
 韓信「おい、お前よぅ…?」
 ランスロット「な、何だ!?」
 韓信「なして、お前は俺や源義経みたいに破滅せずに済んだんだ? 理不尽じゃないか、ん~~?」
 ランスロット「そんな事を言われても困るのだが…?」
 韓信「少なくとも、お前みたいな野郎は商鞅の『おっさんキック』を食らった上に、石田三成に柿をぶつけられるくらいの罰を喰らうべきじゃないのか? ん~~?」
 商鞅「足が汚れる」
 石田三成「柿がもったいない」
 ランスロット「……」
 韓信「…ヒドい言われようだなぁ。同情するよ」

 んで、大谷吉継がゲーテのファウスト博士に梨をぶつけるのね。何だそりゃ!?

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主張自体は納得出来ても、その言い方は感心出来ないね

2018-02-27 12:00:00 | 気になる誰か
 私は「腐女子批判」をテーマにしたブログを発見した。私はあえてそのブログのタイトルやアドレスなどは出さないが、そのブログの基本的な主張には、おおむね同意(もしくは共感)する。腐女子の多くは基本的に異性愛者であり、異性愛女性としてのエゴイズムゆえに自分以外の女(実在しない二次元女性キャラクターさえも含めて)が嫌いで、排除したがるという印象は私も感じる。しかし、腐女子の多くは細木数子や木嶋佳苗よりも「ヘテロ女」としての欲望が屈折している。むしろ、細木数子や木嶋佳苗のような「ストレートな」同性嫌いの異性愛女性の方が分かりやすい。
 問題は、そのブロガーさんの腐女子批判の「行き過ぎた」表現だ。精神障害者に対する差別を腐女子批判の道具にする(すなわち、腐女子を精神障害者と同一視する)のは卑怯だ。自らのミソジニーを腐女子に投影しているのに気づいている様子がないのも疑問だ。さらには、フェミニズムやフェミニストを貶めるために腐女子批判を道具にするのも気に入らない。
 まあ、問題のブログはオタク男性批判本『嫌オタク流』の腐女子版なのだが、『嫌オタク流』におけるオタク男性批判と、問題のブログの腐女子批判は十中八九同じである。自らのポルノ的な欲望を「純愛物語」にでっち上げるのが非難されているのだ。某掲示板での誰かのコメントにもあったように、異性愛だろうが同性愛だろうが、何でもかんでも無理やり恋愛やセックスと結びつけるのは気持ち悪い。なぜ、純粋な友情物語を純粋に友情物語としてとらえられないのか? どこぞやのミソジニー男の「女には友情(という概念)がない」という偏見を強めるだけだろう。

 誰かや何かを批判するのに、「精神障害者」や「慰安婦」などと例えるのは、ウケ狙いにもほどがある。私は反戦・護憲派だけど、ネトウヨなどの差別主義者に対してそのようなドギツい表現はしたくない。私がツイッターで見かけるフェミニストの方々の中にはミソジニー男性を「クソオス」呼ばわりしている人たちがいるが、それはあまりにも無作法過ぎて、腐女子並びに前述の腐女子批判のブロガーさんと変わりないだろう。

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恐るべき「姥皮女」薄姫

2018-02-26 12:00:00 | 歴史人物批評

 私が昔働いていた工場で同僚だった女性がいた。その人は旦那さんとの離婚訴訟があったのだが、担当弁護士さんから「下手に毅然とした姿勢を取るとかえって不利になりますよ」と忠告されたそうだ。そして、問題の元旦那さんはうまい具合に(?)弱々しい姿勢を取っていたらしい。

 んで、私は思った。

 長宗我部元親が大河ドラマの主役になれないのは、ズバリ、あの前漢の呂后と同じ事をやらかしたからではないのか? いや、「人豚」ではない。自分の息子と孫娘(実の叔父と姪の関係)を結婚させたのがマズいからでないかい? 何しろ、テレビで古代エジプト特番を放送しても、当時の王族の近親結婚についてほとんど触れないからねぇ…? クリスチャン・ジャック氏の古代エジプト小説でも、うまい具合にその辺を避けているし。
 いや、元親は関係ない。古代エジプトネタも関係ない。問題は呂后だ。呂后は夫劉邦の愛妾だった戚夫人を虐殺したし、他の側室たちをも粛清したが、なぜか薄姫とその息子(後の文帝)を殺さなかった。なぜ? ただ単に、薄姫が高祖劉邦に愛されなかったから、呂后は彼女を敵視しなかったのだろうが、果たして、それだけか?
 劉邦の庶長子劉肥は、呂后に毒殺されそうだったが、異母弟(呂后の息子)恵帝にかばわれて陰謀を知り、酔ったフリをして退席し、後に呂后の娘(恵帝の姉で、恵帝の皇后になった女性の母親)に自分の領地の一部を献上し、粛清をまぬがれた。まるで、鴻門の会の再現ではないのか?

 多分、薄姫も劉肥と同じく、鴻門の会もどきの状況で弱気なキャラクターを演じて呂后を安心/油断させたのだろう。おそらく、「残虐な悪女」になる前の呂后は元々サバサバした姉御肌タイプの女性だったのだろう。戦国七雄の魏王室の血を引く薄姫は、女社会における「政治力」を磨いてきたのだろうが(余談だが、男性である韓非子が下手な現代人女性フェミニストよりもはるかに「女社会」の厳しさを知っていたのは、王家の一員として後宮で育ったからである)、戚夫人はただ劉邦に依存するしかなかった。
 作家の中村うさぎ氏は、女性の女社会における保身術を日本の昔話になぞらえて「姥皮」と表現した。他の女性たちの嫉妬心やその他諸々の悪感情を煽らないために、わざと自らの女性としての魅力の「ドレスダウン」をする姿勢を取るものだ。例えば、他の女性から「あなた、胸大きいね?」と言われると、すかさず己の腹の皮をつかんで「お腹の方が立派だよ〜!」と言って自らを笑い者に仕立て上げるような演技である。
 うさぎさんはこの「姥皮」を日本人女性特有の保身術ではないかと仮定したが、私は薄姫は(意外と単純な)呂后を欺くために「姥皮」をかぶっていたのではないかと思う。呂后は、自分の夫のライバルだった項羽と同じく、自分より「弱い」人間に対して寛容だったのかもしれない。そんな彼女にとっては、戚夫人は同性としてかなりの「強敵」だったのだろう。

 多分、薄姫は女社会での保身術を持たない戚夫人(やその他同性たち)を反面教師にして生き延びたのだろう。そして、その賢明さが名君文帝を育てたのだろう。もしかすると、彼女は呂后以上に恐ろしい女性だったのかもしれない。

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「ホラー」は性悪説?

2018-02-25 12:00:00 | オカルト/スピリチュアル
 かつて、私のアメブロ時代の元ブロ友さんの一人が「ホラーは性悪説に基づいているから嫌いだ」とおっしゃった。なるほど、目の付けどころが違う。
 普通、ホラーものが嫌いな人は「怖いのが苦手だから」という理由を述べる。怖いから、とにかく嫌。率直にそう思うのが「ホラー嫌い」の心情である。しかし、件の元ブロ友さんは哲学をテーマにしたブログを書いていただけあり(!?)、ずいぶんと意外性のある理由を挙げたのだ。

 しかし、だ。ホラー(horror)という単語が「恐怖」という意味であるという時点で、件のブロガーさんの主張は的外れではない。我々人間の「恐怖心」とは根本的に性悪説に基づいているのではないのか?
 人が他人に対して恐怖心を抱くのは、相手についてよく知らないゆえの事が少なくない。同じ事は差別にも言える。差別は無知が原因となる事が多い。しかし、私が思うに、差別の根本的な理由は他者への優越欲求であり、無知は単なる口実に過ぎない場合は少なくない。
 そこで私はさらに思う。今さらオカルト的なカラクリでホラー物語を作るのは難しい。現代の日本人の大半は「御霊信仰」など信じていない(さもなくば、いじめなどの犯罪の凶悪化は理解出来ない)。ただ、「ネタ」として消費するだけでしかない。むしろ、今、生身の人間として生きている人間自身の心理こそがホラーフィクションの題材にふさわしい。

 ただ、今の日本の状況、さらには世界全体が「ホラー」である。ノストラダムスの大予言は今世紀に突入してからは単なるフィクションに過ぎなくなったが、それでも現在のこの世界の状況は終末思想の延長線上にある。その「現実」こそが究極の「ホラー」だろう。

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女がロックで飯を食う難しさ

2018-02-24 12:00:00 | 音楽

 ある本に、日本の音楽業界ではなぜ「大人の女性のロック」が確立されないのかという考察記事が載っていた。詳しくはよく覚えていないが、大体こんな内容だったように思える。
①女性ミュージシャンがやりたい事と、世間が本人に対して求めるイメージの食い違い。
②身も蓋もない事だが、もっと単刀直入に、女性ミュージシャン自身の「女性としての『旬』」が問題になるから。
 なるほど、確かに日本の音楽業界では、女性のロックミュージシャンに対しては「大人の女」としての魅力よりも「少女性」が求められる事が多い。デビューした時点で既婚子持ちだったシーナ&ザ・ロケッツのシーナさんみたいな人は例外中の例外だろう。そんなシーナさんとは対照的なのが相川七瀬だった。デビューして間もない頃の相川さんは「女性ロッカー」というよりも「少女ロッカー」のイメージが強かったが、『夢見る少女じゃいられない』年齢になってからはすっかり過去の人になってしまった。

 そう、日本では、女がロックで飯を食うのは難しい。

 ロック=若者の音楽なんて図式は古くなったが、それはほぼ、あくまでもミュージシャンやリスナーが「男性」に限定される。少なくとも、我が国においては。何しろ日本は世界屈指の「ロリコン大国」なのだ。「少女性」を武器にせずに人気者になったSuperflyはあくまでも例外的な女性ロックミュージシャンである。
 そんな色々とややこしいロックミュージックと比べると、R&B系の女性ミュージシャンは「少女性」を求められない分、女性として楽かもしれない(まあ、そもそもロリコン男がわざわざ好みそうな音楽ジャンルではないだろうし)。引退を決めた安室奈美恵がそれまで健闘したのは、いわゆる「ロックの人」ではないからこそ、男性リスナーたちに「少女性」をいつまでも要求される事がなかったからだろう。

 今は様々な女性アイドルグループが百花繚乱状態なのだから、今さら女性ロックミュージシャンに対して「少女性」を求める/押し付ける必要はないだろう。椎名林檎は「大人の女性ロックミュージシャン」として活躍しているし、日本人はもっと「大人の女のロック」を正当に評価すべきだろう。

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