Avaloncity Central Park

不肖「信頼出来ない語り手」明智紫苑の我楽多ブログです。主に自作小説とカスタマイズドールを扱いますが、エッセイもあります。

董卓野郎

2017-09-30 12:00:00 | ネタ袋
俺は 俺は おーれ~は~
董卓野郎さ
太いんだ
政治力など ゼロなんだ
洛陽 メラメラ 燃える街
イカスあの娘を 見つけたら
劉邦のように 劉邦のように
口説きだせ

俺は 俺は おーれ~は~
董卓野郎さ
重いんだ
戦は飯より楽しみだ
大地を揺さぶる大虐殺
腹が立ったら 思い切り
項羽のように 項羽のように
埋め立てろ

俺は 俺は おーれ~は~
董卓野郎さ
デブなんだ
絶食ダイエットは ダメなんだ
腹を空かせて耐えるよりも
うまい 豚の丸焼きを
(斉の)桓公のように 桓公のように
食い尽くせ

 これは昔のラジオ番組「赤坂泰彦のミリオンナイツ」でカルト的な人気があったコーナー「うさんくさいポップス」で紹介されていた「新宿野郎」という曲の替え歌である。うさんくさいポップス関連のネタはユーチューブにいくつかあるので、興味のある方はどうぞ。まあ、赤坂氏のツッコミあってこそ面白いとも言えるが。ちなみに原曲の歌詞の「エレキ」はエレキギターではなく磁石の事である。
 かつてミリオンナイツがあった時間帯は、今は「School of Lock」という番組を放送しているが、メインターゲットは十代の学生さんたちだ。何だか初々しいし、微笑ましい。思えば遠くへ来たもんだ。あたしゃ、四捨五入すりゃ半世紀も生きてるんだぜ!? それなのに、己のブログではこんなアホネタを書いている。良い子のみんなはこんな大人になっちゃダメだよ(笑)。

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そりゃ不当だべや

2017-09-29 12:00:00 | 仕事・職業
 ちょっと前に某女性ライターさん(最近では社会学者を自称しているらしいが)が介護士蔑視発言をしてヒンシュクを買っていたらしい。まあ、あの人は炎上商法をしているのだろうが、介護士を蔑視しているのはこの人だけではない。さらに、介護士だけでなく、家政婦も色眼鏡で見られる事が多い職業だ。
 例えば、女性が結婚願望のある男性に対して「結婚しないで家政婦を雇え」などと言い放つのは、明らかに家政婦に対する冒涜だ(単なる侮辱ではなく「冒涜」と言っても過言ではないくらいの悪意がある)。さらに、女性自身(雑誌に非ず)による女性蔑視でもある。そもそも、今時結婚願望のある男性の多くは共働き夫婦を望んでいるようだし、専業主婦願望のある女性の婚活は難しい。

 家政婦に対する偏見はテレビドラマなどの悪影響もあるが、介護士や家政婦に対する蔑視は多分、「嫁」的な存在を見下す意識に基づくのではないだろうか? 「嫁」的な存在を見下す意識を抱くのは男性だけではない。前述の「結婚しないで家政婦を雇え」と男性に言い放つ女性も「嫁」的な存在を見下す人間の典型だ。そして、オタク文化における「メイド萌え」もまた、男の「女を『下』に見たい」欲求に基づいているのだろう。
 多分、木嶋佳苗の一連の事件は、古典的なジェンダー観を持つ男性たちの「嫁」幻想につけこむものだっただろう。少なくとも、もっと若い世代の(ある程度進歩的な価値観を持つ「リア充」の)男性たちはそう簡単には「木嶋佳苗」的な女性像には騙されないだろう。

 介護士や家政婦は不当に第三者に見下される事が少なくない職業だが、他にも色々と不当な見方をされている職業は色々とある(ガテン系もそうだ)。昔の某漫画なんて、学校の用務員さんを蔑視する話を糾弾されたもんね。

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小さい? それがどうした?

2017-09-28 12:00:00 | ファッション/美容
 アイヌ文化を題材にした人気漫画『ゴールデンカムイ』のヒロインであるアシㇼパさんは、現代で言えば小学校高学年か中学生くらいの歳なのに、ずいぶんと体が小柄だ。なぜ!? まあ、年齢設定よりも幼い姿として描く事によって性的な匂いが出ないようにしているのかもしれないね。
 私(身長約150cm)より小柄な成人女性の多くは年配の方々だ。ある程度若い女性が私より小柄なのは稀である。アメリカの女性ラッパーリル・キムは私より背が低いらしいが、小柄な体であんなに色気ムンムン(死語)なのは、日本人女性ではなかなかいない。ただ、私が以前近所のスーパーに買い物に行った際にすれ違った若い女性が私より背が低かったのだが、その小麦色の肌色のせいか(要するにリル・キムを連想させたのだ)、やたらと色気を放っていたのだ。なるほど、色気と身長は全くの別次元なんだね。
 しかし、ある女性ライターさんの本には「私がミニスカートをはいていたら、誰かから『チビの分際でミニスカはくなんて頭おかしいんじゃねぇか』と罵られた」と書いてあった。とんでもないセクハラ暴言だが、その女性ライターさん相手にそんな暴言を吐いたセクハラ野郎にとっては「チビの女がいっちょ前に『女の色気』を売り物にするのは『生意気』だ」という事だったのだろう。とりあえず、そのセクハラ野郎はそのライターさんとリル・キムに謝れ。

 多分、問題のセクハラ野郎にとっては、背の低い女は「一人前の女」ではないのだろう。しかし、私が時々街で見かける自分より背が低い年配女性の多くは、若い頃はちゃんと「女」扱いされて異性愛活動が出来ていたハズである。そもそも、昔の女性のほとんどは、本人の容姿やセクシュアリティとは無関係に「強制的異性愛」の圧力によって「人妻」になっていただろう。
 西洋的な肉体美信仰が我が国に入ってくる以前は、「美人」とはあくまでも「顔の美しい人」だっただろう。しかし、肉体美信仰が導入される事によって、さほど美しい顔立ちではない女性が肉体美によって「名誉美人」に成り上がる事が可能になった。さらに、顔立ちだけでなく、背の高さなどの肉体美が重視される事によって、「小女」の恋愛市場(というか、外見的判断基準)での立場は昔よりも弱くなった。いや、男性との関係よりもむしろ、同性同士の関係での立場が弱くなった。

 そういえば、さらにとんでもない話がある。ある外国人女性観光客が日本人の女の子たちの集団を見て「あの子たち、脚が短くてかわいい!」と言ったらしい。要するに、相手を「同性同士として対等」だとは思っていないからこそ、そのような無邪気な失言をしてしまったのだろう。ハッキリ言って、右寄りではない私にとっても国辱ものの暴言である。

《追記》
 私はなぜ、アシㇼパさんの体格が現代の平均的な女子中学生(いや、まだ小学校高学年くらいかもしれないが)よりもずっと小柄なのか疑問に思っていたが、ある仮説にたどり着いた。ずばり、作者の野田サトル氏は、アシㇼパさんが「オタサーの姫」的な雰囲気をかもし出さないために、あえて当人を実年齢よりも幼く小柄に描いているのではないだろうか?
 この漫画では、他にめぼしい女性キャラクターというと、アイヌの成人女性インカㇻマッさんと和人の成人女性蝮のお銀くらいで、あとはあくまでも、さほど目立たない脇役だ(家永さんはあくまでも女装版ハンニバル・レクターであって、女性キャラクターではないよ)。圧倒的に男性キャラクターが多い分、ヒロインが「オタサーの姫」並びに「名誉男性」的な「臭み」を帯びてしまう危険性がある。そんな嫌味な事態を避けるためにも、ヒロインであるアシㇼパさんは「女」未満の子供のイメージで描かれているのではないかと、私は思う。

 鳥山明氏がアラレちゃんを幼く描いたのは、おそらくは恋愛描写が苦手なのと関係しているのかもしれないが、アシㇼパさんの体格の幼さにも、もしかするとそういう理由があるかもしれない。

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「影」に唾吐く

2017-09-27 12:00:00 | ジェンダー/セクシュアリティ
 まず初めに言っておく。私はフェミニストの女だ。だからこそ、自分とは違う流派のフェミニストの主張に対して異議を唱えたくなる。いわゆる「女の敵は女」という図式は、皮肉にもフェミニストの女性同士の関係にこそ当てはまってしまうのだ。
 私はフェミニストの女性が同性の悪口を言う際に「名誉男性」という言葉を使うのが卑怯だと思うのだ。少なくとも、フェミニストではない(主に異性愛者の)女性は、同性の悪口を言う際にわざわざ相手を「名誉男性」呼ばわりはしない。自分が気に食わない同性を「同性ではない」扱いするのは、まさしくトカゲの尻尾切りではないか? 卑怯だな。自分自身が持っている「女性ならではのミソジニー」に対してカマトトぶるのは卑怯だ。素直に、自分よりも恵まれた同性に対する嫉妬や劣等感を自覚すべきだ!
 フェミニストだけではない。いや、女性だけではない。男女共に、自分よりも恵まれた同性に対する嫉妬や劣等感を異性蔑視でごまかすのは卑怯だ。そんな人たちの多くは多分、同性間格差(ホモソーシャル・カースト)で負け組の立場にあるのだろう。あらゆる面で勝ち組の立場にある男女は、わざわざそんなマイナス感情に取り憑かれる必要はない。

 フェミニストがミソジニー男性を非難する際に「女体好きの女嫌い」という言葉を使う事がある。女性嫌悪の大半は「女心嫌悪」だ。だから、若い美人もそれなりに女性嫌悪の対象になる。では、「女体好きの女嫌い」の対義語というか対立概念は何か? それは多分「男体好きの男嫌い」ではなく「男のステータス好きの男嫌い」だろう。
 あるサイトに、ある女性犯罪者についての記事があった。その記事には「彼女は男そのものに関心があった」と書いてあった。サイトの管理人さんがわざわざそのような書き方をしたのは、世間一般の「異性愛者」の大半が実は「異性」そのものではなく「異性」が表している別の何かに惹かれているからなのだろう。つまり、本当に「異性」そのものが好きな異性愛者はむしろ少数派なのだ。

 話を前述の同性を「名誉男性」呼ばわりするフェミニストの女性に戻すが、自分が嫌いな同性に対しては「同じ女だからこそ嫌いだ」と言う方がよっぽど潔い。自分が気に食わない同性を異性に見立てて切り捨てる(例えば、男性が同性に対して「女の腐ったような奴」呼ばわりする)のは卑怯だ。それに、人間が他人の中でも特に同性を嫌うのは、大なり小なり自己嫌悪を相手に投影している状態なのだ。ユング心理学で言う「シャドウ」だよね。

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換算すると…?

2017-09-26 12:00:00 | ファッション/美容
 あるツイッターユーザーさんが「某男性俳優はイケメン扱いされているが、あの程度の顔立ちで女だったら美人扱いはされないだろう」と言っていた。さらに「某女性タレントが男だったら、さほど不細工扱いはされなかっただろう」ともおっしゃった。これらのご意見に対して「男の魅力と女の魅力は別物だから、その比較自体が的外れだ」という批判がありそうだが、件の女性ツイッタラーさんの主張は「世間一般の女性の容姿に対する評価が厳しいのに対して、男性の容姿に対する評価は甘過ぎる」というものだった。確かにね。
 しかし、男性の場合、多少外見的にさえなくても、社会的地位や能力や経済力や「男らしさ」イメージなどによって補える。それに、多くの男性が「自分の容姿よりも相手の容姿の方が大事」なのに対して、多くの女性は「相手の容姿よりも自分の容姿の方が大事」なのだ(だからこそ、美女と野獣カップルは意外と多い)。仮にどれだけイケメンな男性をパートナーに出来ても、自分自身がブスなら、自らの「女」には満足しづらい。女が「美しくなりたい」と願うのは、自分自身に満足出来るようになりたいからなのだ。だからこそ、男性関係とは無関係に自らの魅力を磨きたいのだ。
 某「整形美女サイボーグ」モデルさんが美容整形手術を繰り返すのは、他人の評価とは無関係に、自己満足を求めているからである。精神科医の斎藤環氏は「男性は所有原理が強く、女性は関係原理が強い」という仮説を立てたが、問題の女性モデルさんはむしろ、自らの肉体に対する所有原理で整形手術を受け続けるのだろう(クルマ好きの男性が車のカスタムパーツにこだわるのと同じだが、当のモデルさん自身も自らの美容整形手術を「カスタム」と表現する)。関係原理の方が強ければ、もっと「一般ウケ」する容姿に整形したがるのが自然だ。

 今時の若い人たち(いや、若者というにはトウが立っている人たちもいるが)が使う俗語に「顔面偏差値」という言葉がある。しかし、人間の美意識とは、数字という一見客観性の権化のような文字では測れない。そもそも「数字」に対して何らかの意味を持たせるのは人間の主観である(例えば、体重やスリーサイズがいい例だ)。「顔面偏差値」とやらは、例えるなら実際の気温ではなく「体感気温」である。人それぞれ、他人の容姿や性格に対する評価の物差しは違う。性格の良し悪しもまた、外見と同じく個人の好み次第で評価が違ってくるのだ。

 外見や性格だけの問題ではない。人間の年齢が持つ意味もまた、時代によって違う。昔は十代女性が結婚して子供を生むのは珍しくなかったが、現代の感覚だと「未成熟な母体に子供を産ませるのは無茶だ」と思える。ましてや、医療技術が発達していない時代ならなおさらだ。
 織田信長の「人間五十年」とは、現代の日本人の年齢に換算するならば少なくとも60歳くらいだろう。中国・春秋時代の晋の文公(いわゆる重耳)は60代で君主になったが、現代人年齢に換算するなら70歳前後だろう。そして、19歳で処刑されたジャンヌ・ダルクは…や、やめよう。失敬!

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