Avaloncity Central Park

不肖「信頼出来ない語り手」明智紫苑の我楽多ブログです。主に自作小説とカスタマイズドールを扱いますが、エッセイもあります。

イヤミスならぬ「イヤ歴」

2017-08-31 12:00:00 | 読書
 小説業界には「イヤミス」というジャンルがある。これは「イヤな後味のある」ミステリー小説を意味する呼び名だが、これの歴史小説版「イヤ歴」というジャンルもあるのではないかと思う。すなわち、イヤな後味のある歴史小説だ。
 私が思うに、現在の歴史小説界における「イヤ歴」作家の代表者は塚本靑史氏だ。塚本氏はアンチが少なくないが、それは塚本氏の作品の多くが「イヤ歴」だからだろう。塚本作品は宮城谷昌光氏の小説と比較された上で不当に過小評価されているような気がするが、まあ、確かに色々とボロがあったりする(例えば、漫画『キングダム』で最後の斉王「田建」が「王建王」と呼ばれているのと似たようなミスが見られたりするのね)。しかし、塚本作品に対する批判の多くは、そういう細かいミスに対する非難よりもむしろ、作風の臭みに対する非難だろう。

 宮城谷作品は歴史小説に対して「癒し」を求める人を引きつけるのだろう。さらに、歴史小説というジャンル自体が、単なるエンターテイメントではなく「人生の教科書」などと的外れな扱いで読まれてしまうという現象もある。しかし、歴史小説はあくまでも小説であり、漫画や映画などと同じく娯楽の一つに過ぎない。かつてミック・ジャガーは「ポップスで革命が起こるほど世間は甘くない」と言ったらしいが、同じように、歴史小説で人格が向上するほど人間は甘くない。歴史小説なんて、ホラー映画やエロ漫画と同じく娯楽の一種に過ぎないよ?

 私が塚本作品をひいきするのは、単に宮城谷作品が体現する「優等生」イメージに対して反発があるからに過ぎない。キリスト教の聖女たちの頂点である聖母マリアよりも、善悪両面合わせ持つ人間臭い多神教の女神様たちに魅力を感じるのと似たようなものだ。私にとっては宮城谷作品のお説教臭さは実にうっとうしいので、その反動として塚本作品の露悪趣味に惹かれてしまうのだ。

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「妹」とは何か

2017-08-30 12:00:00 | 人間関係
 私は四人兄弟の次女である。しかし、本来は一人っ子だった。私が小学2年生の頃に母親が再婚して血のつながらない兄と姉が出来、2年後に種違いの弟が生まれた。
 昔、ある番組で「人は兄弟姉妹順である程度性格が決まる」という説が紹介されたが、これは血液型占いなんかよりもはるかに説得力がある。なぜなら、人間の性格とは他者との関係性に左右されて形成される要素が大きいのだから、兄弟姉妹順で性格がある程度決まっても不思議ではない。
 私は一人っ子として育った時期がある程度あるので、「姉キャラ」「妹キャラ」という要素はそんなに強くないだろうが、どうも私は年下の同性に対して苦手意識がある。従妹たちとは特に仲は良くないし、母親の交友関係を通じて出来た年下の女友達との関係も精神的に疲れるものだった。

 いわゆるオタク男性には「妹キャラ」に萌える人が少なくないが、おそらくそんな人たちには実際には妹はいないだろう。実妹・義妹のいずれにしろ、実生活で妹がいる男性は「妹」という概念に対して余計な幻想を抱かないだろう。いや、どんな物事にも例外があるか。

 桐野夏生氏の小説『グロテスク』は東電OL殺人事件をモチーフにしたものだが、これには「外見」「ヒエラルキー」「レイシズム」などのテーマがある。しかし、他にも注目すべき要素がある。ズバリ、「妹」という概念だ。この小説は「妹」という存在に対する男女の見方の違いが描かれている。
 メインの語り手「わたし」は自分が白人の血を引くのを鼻にかけているが、純日本人が「ハーフ」の女性に対して期待するような美貌を持たない。その代わり、自分の分までたっぷりと美貌を身に着けている妹ユリコを憎んでいる。しかし、そのユリコを殺した犯人である中国人男性チャンは自分の実の(ユリコと同じく美女だったらしい)妹に対して単なる兄弟愛以上の感情(もっとハッキリ言うなら欲望)を抱いていた。
 この小説の「わたし」がユリコを憎んでいたのは、同性同士としての嫉妬や劣等感ゆえである。しかし、「わたし」の妹への悪感情とはチャンの「妹萌え」と紙一重だ。ズバリ、「わたし」のユリコに対する憎しみとはレズビアン的かつ近親相姦的な欲望の裏返しなのだ。その証拠に、彼女は妹の忘れ形見であり、自分の甥である美少年を溺愛するのだ。

 私に妹がいなかったのは幸いだ。なぜなら私は、世間一般の同性に対する劣等感の塊だからだ。自らの女としての自信のなさゆえに、私は「妹キャラ」的な女性像を嫌う。私は以前、Yahoo!知恵袋の某カテゴリーで、ある若い女性ユーザーと親しくなったが、彼女は「妹キャラ」や「理想の娘」イメージを売り物にして男性常連さんたちに取り入ってチヤホヤされていたので、私は彼女とケンカ別れした。すでに夫と息子がいる身でありながらも、未婚子なしの私を差し置いて「オタサーの姫」と「名誉男性」双方の役得を得ていい気になっている。そんな同性に対して反感を抱くのは、女として当然の心理である。
 私は「妹キャラ」で男に媚びる女が嫌いだが、同様の理由でファザコン女も嫌いだ。なぜなら私は物心つく前に実父と死に別れた上に、母親の再婚相手である継父といがみ合っていたので「ファザコン」にはなれなかったのだ。当然、ファザコンアピールで自らを「育ちが良くて恵まれた女」に見せかける女が目障りだ。マザコン男は異性である分、他人事だからどうでも良いが、ファザコン女は同性である分、近親憎悪を抱かせるので好きにはなれない。

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ギザギザハートの子守唄

2017-08-29 12:00:00 | 音楽
 私が十代の頃に大人気だったバンドにチェッカーズがいた。あの藤井フミヤ氏がいたバンドだ。当時の彼らの人気はアイドル的だったが、しかし私は彼らが嫌いではなかった。
 当時の私の価値観からすれば、アイドル的な存在とは嫌悪の対象だったハズである。しかし、私はチェッカーズというバンドは嫌いではなかったし、むしろ(ファンになるほどではないが)好きだった。なぜなら、あのバンドの楽曲のクオリティが高かったからである。良い意味で歌謡曲的な味わいが絶妙な風味を楽曲に加えていたのだ。その「歌謡曲的な」要素が薄れてからの時期の曲も良いが、やはりチェッカーズといえば初期の楽曲である。

 まあ、当時の私は意気がって「アンチミーハー」を気取っていたが、今となっては結局はミーハーだったと自覚している。そもそも「アンチミーハー」を気取りたがる時点で十分ミーハーだ。それに、かつての私はアイドルポップスというジャンルを見下していたが、実際にはこの分野でも好きな楽曲は色々とあったのだ。

 私がチェッカーズを好きだった理由は楽曲のクオリティの高さだけではない。私には「多人数バンド萌え」という傾向がある。私の「多人数バンド萌え」の原点とはサザンオールスターズだが、多人数バンドは「座って演奏するキーボーディスト」がいてほしいのだ。その点、キーボーディストがレギュラーメンバーとして存在しなかったチェッカーズはちょっと物足りなかったが、なぜ私が「立って演奏するキーボーディスト」が苦手なのかは、何だか見ていて落ち着かないからである。私はキーボーディストに対しては歴史上の軍師タイプ(例えば前漢の張良さん辺りね)のキャラクターイメージを求めているので、そんなこだわりがあるのだ。
 他にチェッカーズの魅力の一つにサックス奏者の存在がある。この点はバービーボーイズも同じだったが、「ホーンセクションが入っている」というのも私の「多人数バンド萌え」にはちょうど良い。だから、当然米米クラブも「ツボ」だった。

 私は多人数バンドが好きだが、少数精鋭のスリーピースバンドも嫌いではない。スリーピースバンドで一番好きなのはスティングがいたポリスだが、少数精鋭ならではの魅力があるのだ。

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自分が女だからこそ他の女が敵になる

2017-08-28 12:00:00 | ジェンダー/セクシュアリティ
 ある女性がいる。この人は高学歴高職歴のトランスジェンダー女性なのだが、「アンチフェミニスト」を自称していた。しかし、彼女は彼女自身の流儀で「フェミニスト」らしい。確かにフェミニズムは一人一派なのだし、アメリカの社会学者カミール・パーリア氏のような「アンチフェミニスト・フェミニスト」もいる。そして、私の「フェミニズム」はある程度パーリア氏の影響を受けている。
 問題の女性は「女嫌いのフェミニスト」という複雑怪奇な内面の人のようだ。彼女は「自分は男性不信の反動で、同族嫌悪でフェミニストや男嫌いの女性を非難していたのだ」と語っていた。もしそれが事実ならば、私自身の他の女性たちに対する愛憎半ばする複雑な気持ちとそっくりだ。だからこそ、私にとって彼女は同族嫌悪の対象だったのだ。

 女嫌いのフェミニストがいるなら、当然「女嫌いのレズビアン」という一見矛盾した内面の女性もいるだろう。何しろ、女嫌いの異性愛男性はありふれているのだ(私は以前、Yahoo!知恵袋で「女の顔と体は好きだけど中身が嫌いだ」と主張する男性を見かけた事がある)。試しに検索してみると、案の定「同性としての女性は嫌いだが、恋愛対象としての女性は好き」なんてレズビアンの人がいた。
「レズビアンが女嫌いだなんてあり得ない」なんて思う人は少なからずいるだろうが、レズビアンは基本的に女性である。その基本からして異性愛の女性と変わらない。日本のフェミニストの代表的な存在である社会学者の上野千鶴子氏は、女性のミソジニーは基本的に「自己嫌悪」だと見なしている。この上野氏の仮定からして、レズビアンのミソジニーは理論的にあり得る。さらに、レズビアンも異性愛女性と同じく他の女性たちがライバルであり得るのだから、他者としての女性に対する嫌悪感もあり得る。
 異性愛者は異性愛者であるがゆえに、かえって異性に対して厳しくあり得る。なぜなら、自分にとって都合が悪い異性など無価値だからだ。それと似たような図式で同性に対して厳しい同性愛者がいるのは当然だろう。同性愛者は異性愛者に比べて同性に対して甘いなんて決めつけるのは安直過ぎる。

 以前私のブロ友さんだった女性ブロガーさんは「私はレズビアンだけど、自分より美しい女にしか惚れない」とおっしゃった。レズビアンだけではない。異性愛者の女性だって、男性が思う以上に美女に対して寛容だ。その代わり、女は男以上に「ブス」に対して厳しい。多くの男は単にブスの異性の外見を嫌うだけに過ぎないが、女は相手の内面をある程度想定した上でブスの同性を嫌うのだ。
 まずはメアリー・シェリー『フランケンシュタイン』の「怪物」の例がある。この人は男性の人造人間だが、醜い外見ゆえに迫害され、人間性を歪められてしまった。この「怪物」のような極端な例を挙げるまでもなく、自分の容姿に劣等感を抱く人間は、他者との比較ゆえに自らの人間性に影を落とす。
 女にとって「美女」とは理想の自己を投影出来るイメージだが、それに対して「ブス」とは「あってはならない自画像」だ。だからこそ、女は男以上にブスを嫌うのだ。理想の女性像というイメージを託された「美女」は余裕綽々で他の女性たちに対して優しいが、「あってはならない自己」のイメージを押し付けられている「ブス」は自分自身をも含めた全ての女たちを憎む。それが「美女」と「ブス」という二つのイメージの大きな違いだ。

 エッセイストの酒井順子氏は「女性に対してやたらと批判的な男性は女性性の強いタイプではないか」と仮定していたが、それはまさしく「女の敵は女」という陳腐であるがゆえに普遍的な言い回しの延長だ。それに、ユング心理学で言う「シャドー」というのがある。人間が自分自身のマイナス面を映し出しているような他者を嫌うのは、人として当然の心理である。

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戦場の女たち

2017-08-27 12:00:00 | 人間関係
 ツイッターなどに限らず、とかくネット上では異性蔑視投稿をする男女が多い。まあ、ネカマやネナベに扮して同性の悪口を言う男女もいるだろうが、性差別投稿はレイシズムなどにも負けず劣らず実に厄介だ。
 もちろん、それらに対して批判する人たちも少なくないが、その際に表現方法に気をつける必要がある。なぜなら、性差別投稿をしている相手に対する批判の仕方次第では、逆に自分が相手から「性差別ツイートをしている」という理由で違反報告されてしまう危険性があるからだ。
 女性蔑視ツイートを投稿している男性ユーザーを「クソオス」呼ばわりする女性ユーザーさんたちがいるが、まさしくその「クソオス」呼ばわりこそが「男性差別」として糾弾されてしまう余地がある。それを回避するためにも、自らの義憤の表現方法には細心の注意を払う必要があるのだ。

 それにしても、だ。男性のミソジニー(女性嫌悪)の多くが「都合の良い女」をも含めた広範囲に及ぶのに対して、女性のミサンドリー(男性嫌悪)の多くはもっぱら「都合が悪い男」に対するピンポイント攻撃という形を取る場合が多い。そりゃそうだ。自分にとって何らかのメリットがありそうな異性をわざわざ攻撃する必要なんてない。「男より女の方が『現実的』だ」という陳腐な物言いが見事に当てはまってしまうのね。

 同性愛カップルの場合はどうだか知らんが、異性愛カップルの片割れが浮気した場合のパートナーの姿勢について、「男は浮気した女を攻撃するが、女は男の浮気相手の女を攻撃する図式が多い」なんて話がある。そういえば、誰かが「女は敵を選ぶ」と言っていたね。ミサンドリーの対象にあえて「都合の良い男」を含めないのは、「女性ならではの現実主義」という事になるのか。
 私が以前ネット上で交流があった自称性的マイノリティの若い女性たちは、私に対して「あなたは極端な女性嫌いだ」「あなたも『女の敵は女』論者だとは残念だ」「偽フェミニスト」などと非難したが、私は義務教育時代から「女社会」の世知辛さに苦しんできたのだ。そんな私の恨みつらみを理解出来ないし、しようともしないとは、実に「幸せ」な御仁たちであるね。

 それに、どんなフェミニストにも一人くらいは嫌いな女はいるだろう? フェミニズムは一人一派だよ。

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