絆と友(人間としての教育、社会にあっての教育)

教育の在り方は時代と共に問われるべきことだと思う。

仲間

2018-06-30 22:00:34 | 社会理念、自論
それまでの自分は仲間たちにずいぶんと助けられていたように思う。社会に出れば甘えてばかりはいられない。自分のことは自分でやらなくてはならない自分の人生が大切ならば自分の考えをしっかり持つことが肝要なのである。自分なりの答えを出していくことが大事になる。自分の考えがないと何が違うのか理解できない、社会の常識、大人たちの考えや外国の習慣まで自分の考えとその周りの考えなのである。
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自立する時

2018-06-30 01:27:50 | 社会理念、自論
社会が進学一本道みたいな時代に自分の好きな道を選ぶというのはかなり勇気のいることです。マニュアル化やシステム化されている中で自分なりの生き方を作っていくなんてどんな世界の人でも大変なことだと思います。男18歳いまが決めどきとかってに思っていた。ここからいろんなことが始まったようです。若かったなぁ!
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可能性

2018-06-28 20:34:43 | 社会理念、自論
人には人格とともに可能性というものがある、社会の進歩と同時に個々の可能性も現実的なものになってほしいものである。独立性、個々の可能性は独立性も兼ね合わせて持っているものである。自分を信じることの大切さがそこにある。危険な賭けをすることではない、確実な自分の人生を導きだすものである。
あっサッカーポーランドに負けちゃったね、勝って決勝に進出して欲しかったんだけどこれも勝負ってことか。
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能力

2018-06-27 21:19:44 | 社会理念、自論
仕事というのは自分の能力を伸ばすものと思っていたが現実は少し違う。社会に出ればわかることだが社会の求めるものに能力を合わせられるかどうかなのである。本来社会とはひとの集まりでそれをまとめるのが組織ではないだろうか、人という能力で人を動かすことができるってことにならなければいけなくはないだろうか。個々に人格というものがあるではないか。それで能力の区分ができるものではないか。個々の能力で定めることが出来ないしくみになっている。会社や社会にそれでの判断がないというのは非常に虚しい想いがする。そしてそれぞれの能力からの共有するものが社会にないのはそれぞれの人たちが孤立してしまいそうである。一日一日が非常に疲れる、何か無駄に時間を費やしてるに過ぎないではないか。18歳の日々はなんの充足感のない毎日になっていった。ずいぶん遅れてだが彼女の生理がきた。
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18歳、子供の言い分

2018-06-26 20:59:03 | 社会理念、自論
やっと社会の中に入ったと同時に大人たちの言いなりにはなりたくなかった。納得も理解も出来なかった、彼女もいたがまだその彼女は高校生だった。自由になったような気持ちになったが気持ちだけだった。現実は自分の考えを捻じ曲げていくようでつまらない日々を送ることとなる。何か自分に持たなくてはならないことに気がつき始める。要するに実力不足なのである。やれること、やりたいことがいっぱいあった。その時、彼女の口から生理がこないとを告げられる。一瞬のうちに自分の感情に疑いをかけるようになる。できるのか?責任を負うことが。18歳、子供の言い分はただの言い分だけだった。
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