明石混声合唱団のマネージャー日記

明石混声合唱団のマネージャーのうだうだ話を掲載

1月17日

2013-01-17 22:21:13 | Weblog
阪神淡路大震災から18年がたちました。
市役所へのあいさつ回りで神戸市役所に行くと、
まだ炊き出しのテントが張られたままでした。
今日も東遊園地で記念の集いがあったのでしょう。

思えばあの日、江井島での揺れもかなりひどく、
サイドボードの上に載せてあったカンパリの瓶が落ち、
布団の上は明るくなってみると真っ赤でした。
長男が休みでまだ徳島へ帰らずに寝ており、
布団の上には食器棚に置いてあった食器が散らばっていましたが
とっさに布団をかぶっておりけがはありませんでした。

震源が淡路と放送されたので、淡路よりの距離が江井島より遠い
神戸の両親の家(店)は無事だろうと思っていると、店が燃えていると、
店の近くに住んでいた、透析病院の看護師が連絡してくれました。
両親は外へ出ているとわかり一安心。
でもテレビの放送で、店のほうに火が回っているのが映し出され、
あっけにとられました。一生かかり、一から築いた店があっという間に燃えたのですから
両親の気持ちは耐えられないものだったと思います。
震災関連死とは言えないまでも、こうしたショックが死期を早めたと思います。

私も店を再建するまで、5年の間間借りをして仕事をしましたが、
この間に車を何台事故でつぶしたでしょう。
知らず知らずのうちに心が不安定になっていたのかもしれません。

長田のほうではまだ復興しきったとは言えないところもあります。
東北の人たちの中にも私の両親と同じような人がこれから出てくるかもしれないし、
復興だって遠い先になるかもしれませんが、
いつまでも震災のことを忘れず、応援したげましょう。