はてなばばあ

気まぐれに自分メモ的に書いてます。

東京タワー

2009年05月09日 | 音楽のはなし
民放の映画は、CMがうっとおしいので嫌いですが、観てしまった・・・

原作は、前に読んで大泣きしましたが、映画版もよかった。
東京のネオン街が、つい最近見て来た風景と重なった。

こんな田舎に住んでからは、久々に都会に出ると、すごく客観的に街を眺めるクセがついて、街行く人の背景なんかを想像してしまう。ネオンのある風景も、普段接していない分、新鮮で映画を見る感覚。そういう同じような感覚に思えるシーンがあった。ただネオンに光る夜の街を流して撮ってるだけのシーンなんだけど、ジーンとくるものがあった。

そんな感じで見ていたんだけど、後半で、オカンが抗ガン治療に入る頃は、清志郎と重なってしまった・・・・頭でわかってるつもりだけど、やっぱしんどかっただろうなー。自分は、命にかかわるような病気ではなかったけど、死ぬほどの痛みと戦ってきた経験があり、そいつは悪魔のように忍び寄ってきては、時間がすぎれば去っていった。自分の場合は、永遠に持続する痛みではなく定期的に波がおしよせてくるだけだったけど、腹を包丁でぶった切って痛みの元を取り出したい衝動にかられることもあった。西洋医学、東洋医学、自然療法、ありとあらゆる研究もして、良いといわれることは試しまくった。でも結局手術して取り除く以外に道はなかった。絶対完治というわけではないし、さんざんキツい薬つかったりしてきたので、身体能力落ちてるかもしれませんが、今こうして元気に毎日暮らしていけるようになっただけで充分です。こんなちっぽけな病気ですら、やわな自分は辛くて泣いてたのに、命にかかわる病気になって、そいつと戦っていた清志郎他、その他大勢の方たちは、どんなにしんどくて辛かっただろう・・・清志郎が、ファンクラブ通信で「いろんな治療やいろんな本を薦めてくれたり、コレで治りました。とかいうのやめてくんないかなー。治るひともいるし、治らないひともいるんだよね。病気も人それぞれなんだよねー。」ってな内容(ニュアンスです。すいません。)を言ってたことがあって、すごくすごく共感したことがありました。それと同時に、辛いだろうなー。しんどいだろうなー。はがゆいだろうなー。って勝手に想像してました。だから、訃報を聞いた時は、「お疲れさまでした。」って思ったのでした。

そんな自分ですが、日にちがたつにつれて、いろんな思い出があふれてきて、熱い気持ちになってみたりもして、ああ、お別れなんだなー。って実感がわいてきました。もちろん、ただの1ファンの立場ですけどね。

今日は、告別式です。遠くから見送りたいです。
自分の中のひとつの時代も卒業です。

センチな日記もおしまい。ちゃん、ちゃん。