週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

#100 -’19. 清澄庭園を歩いて

2019年04月14日 16時48分32秒 | 都内の公園&近郊の公園
生まれ育った地からしても縁がない訳でもないが、何故か一度もお邪魔した事がなかった都立清澄庭園です。
お邪魔したのは4月12日の金曜日です。
都内のサクラは殆ど散って葉桜になり始めていますが、こちら清澄庭園は桜で有名なわけではありません。
回遊式林泉庭園で有名ですから最初から桜は気に掛けて居ませんでした。
それでも、晴天の日の庭を歩くのと曇天の日に歩くのでは写真には大きな違いがあります。
途中に傘をさす事もありましたが、パラツク程度で収まりましたので良かったです。

清澄庭園で頂いたパンフレットから説明文を引用させて頂きます。

都指定名勝
清澄庭園 Kiyosumi Gardens
岩崎家三代が築いた名石の庭
緑陰の水面に歴史を移す 明治の代表的「回遊式林泉水庭園」。
全国の名石を配した池を巡れば、四季折々の表情が楽しめます。

一説には江戸の豪商、紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と伝えられています。
享保年間(1716~1735)年に下総国、関宿藩主の久世大和守の下屋敷となり庭園ものが作られました。
明治11年(1878)年に岩崎弥太郎がこの邸地を含め一帯約三万坪を取得し社員の慰安や貴賓を招待する場所として造園を計画、明治13年に「深川親睦園」を開園しました。その後も造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水をはじめ築山、周囲には全国から取り寄せた名石を配して明治の庭園を代表する「回遊式林泉庭園」として完成しました。関東大震災後大正13年、震災被害の比較的すくない東半分が岩崎家から東京市に寄付され、「清澄庭園」として復旧整備して昭和7年(1937年)7月に東京市の公園として開園しました。また、昭和52年には庭園の西側に隣接する敷地を開放公園として追加開園しました。昭和54年(1979)3月31日に「清澄庭園」は東京都の名勝にされています。

以下省略

都営大江戸線の清澄白河駅を降りてこちらへ。
江東区は都内にあっては碁盤の目に区画整理された道路なのでどちらかと言うと分かり易いです。
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日本の方より外国の方の方が多い感じでした。
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無料でも良いのではないかとおもいますが、夜間禁止で施錠管理する理由付けでしょうか。
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道路を挟んだ西側には無料の公園があります。
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中央の池を挟んだ回遊式日本庭園です。
池の名前が大泉水で、中央の数寄屋造りの家屋は涼亭です。
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磯渡りとの名称がついていますから、池ではなく真ん中の水は大洋を表し岸辺は海岸なのかも。
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結婚式のポスター用か本当の新郎新婦かは分かりませんが、感じ的には写真撮影しているだけのようでした。
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大泉水池には水鳥か沢山群れていました。
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自由広場の所には桜が咲いていました。
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花菖蒲が植えられている隣のところにはシャガが沢山咲いていました。
大好きな花です。
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大正記念館の屋根越しに見える建物は中村高校の校舎です。
素敵なお庭が眼下に見えますから羨ましい事。
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大木が朽ち果てて切り倒された脇から若葉が伸びて来ています。
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峠の我が家の庭にも沢山植栽したドウダンツツジが咲いていました。
スズランの如く可愛らしい花を咲かせます。
秋の紅葉は真っ赤なパステルカラーに染まりそれは綺麗です。
白駒池の紅葉も大きなドウダンツツジの古木かと思います。
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ツツジか皐月でしょうか。
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大正記念館が先の戦争で焼失してしまい、再建を記念して高松宮さまが記念植樹されたもののようです。
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