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読書の森

幸福な時間 その6

両親の仲はとても良い。事情を知る俺から見れば良すぎる位だ。喧嘩をしたところを俺は見た事がない。
父(義父)は仕事人間で休日出勤などざらにある。親子で語り合う時間もそれほど無いが、俺の将来の幸せを彼なりに考えていてくれる。いわゆる中流以上の家庭が持つエリート主義などカケラも持たない。母も右へ倣えだ。
何故かこうなると、一人息子の自分はかえって負担を感じる。親が「やいのやいの」強いるから反抗して、、だからプレシャーが強くて受験に失敗と言うパターンは俺の場合は取りようがないからだ。


俺はともかく一流と言われるその私大入試に合格して早く理想(?)の親許を離れたくて仕方ない。自分に正直に生きたい。
両親の何かが嘘っぽいからだ。いつもいつも仲良く出来る同居者など俺は信じない。
本音で喧嘩する相手が欲しい。

俺の本当の父親の自死の真相が精神病によるものなんて信じたくない。
病気の顔を見せたくないのか、本当の父親の顔を写真でも見た事がない、親のアルバムを見ても一枚もその写真が貼っていない。

結果、俺の心の中で変な想像が出来上がってしまった。
ひょっとして父は義父に殺されてしまったのでは無いか?殺人の動機は母だ。
今はすっかり所帯染みて可憐な乙女の面影など探すべくも無いが、女学生の母は如何にも清潔そうな女生徒だし、高等学校生の義父は凛々しく男らしい。

鏡に映した己の顔は、どちらにもあまり似ていない。如何にも気難しそうなニキビ面で、学生時代の母のような愛らしさも父のような若々しさも無い。
おそらく本当の父親はこのように人好きのしない顔だったのでは無いか?

話によると両親は近所同士だったそうだ。つまりいつも顔を見合す仲だった。
兄弟が同時に母を好きになって、兄(本当の父)が結婚を申し込んだとする、、、。
勿論その時は病いにかかってはいない筈だ。一応結婚してるのだから。
愛し合った二人(今の両親)の仲は実らぬ内に裂かれて、それでも思いは消えなかった、とすれば。

陳腐な推理小説みたいな俺の妄想が膨らんだ。
この謎を解きたいが、答えが出るのが酷く怖い。

そんな時心に芽生えた甘い感情は俺に慰安をもたらしてくれた。
藍沢と馬鹿話する中で冗談のように紗栄子の話題を出す。
藍沢はそれが癖のちょっと唇の端を歪める笑いを見せて俺をからかったものだ。

その時の俺は、この男には絶対勝てると思った。出世にも選ぶ女性にも、将来の生活で何かも彼より優れた人間になれるだろう。
それは確かだったかも知れないが、果たしてそれが勝った事になるのだろうか?
突拍子もない思いが湧く。

「もしかして、藍沢も紗栄子が好きだったのではないか?俺が紗栄子と近づく事で自分も紗栄子の近くにいられると、、、」

受験勉強なんかほっとけで、休日の午後、畳にゴロリと寝転んだ俺の頭の中で妄想が走り回った。


両親は又お仲のよろしい事で、二人だけで映画鑑賞に出かけている。古い名画である。
確か『レベッカ』とか言ってた。

家にあった洋画図鑑その粗筋を調べて俺はぞっとした。先妻の影に怯える美しい後妻が主人公のミステリーだ。レベッカは先妻の名前でその死の真相を探る話。

ゴロゴロしてると変な妄想で押しつぶされそうで、俺はポケットに財布を突っ込んで外に出た。
秋の陽は釣瓶落としというが、実に美しい夕焼けである。
グラデーションが豊かで空は芸術家だと思う。

どんな事でも良い、俺の中のモヤモヤする得体の知れぬ衝動を収める為に、俺は駅に続く商店街に設置された電話ボックスの中に入った。
「ダメだ。こんな時、してはダメだ」と理性の声(?)が囁くが、やめられない。
俺は財布の中のメモを取り出す。
大塚紗栄子の電話番号がそこに記してある。






読んでいただき心から感謝します。 宜しければポツンと押して下さいませ❣️

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