思いつくままに書いています

間口は広くても、極めて浅い趣味の世界です。
御用とお急ぎでない方は、ごゆっくりどうぞ。

ヨメさんが病院に緊急搬送されました その2

2018年01月17日 | 日記
1月17日(水)

Fの緊急入院から2日目です。

殆ど寝ていなくても、気持ちが高ぶっているのか眠くなく、毎朝Fが作ってくれていたのと同じ朝食を作って食べ(思い出してまた辛いですが)、とりあえず近く会う予定だった友人たちに会えない旨の簡単なメールを送りました。

イギリスにいる娘から、メールの返事がきました。驚いていましたが、まだ帰らなくてもいいと返事しました。

危篤状態というわけではないし、彼女も近く職場が変わることになり、何かと多忙なことが分かっていたからです。

そのあと、前日交わした約束どおり、朝10時に病棟に行きました。

担当医の先生はもう待ってくれていて、2回目のCTスキャンの結果、まだ出血が止まっていない!ので、明日18日の朝9時30分から開頭手術をするといわれました。

大ショックでした。

そして手術の概要の説明を受け、必要な同意書と申告書を書きました。


その後ベッドサイドに行っても、前回14年前と違ってFの意識の状態は芳しくありません。前回はこの時点でもう話せていました。

でも声をかけると心拍数と血圧が跳ね上がり、目の前にかざした手を追うような眼の動きもあるので、わかっているのかなとも思ったり。

時々目頭に涙が溜まったりするので、悲しいという感情が湧いてきているのか、それとも状態がよほどきついのかなとも思って、また辛くなります。

しばらく声をかけたり見守ってから、いったん帰宅することにしました。

途中Fが倒れたデイケア施設に寄って、預かってもらっていた電動アシスト車椅子と洗面道具などを受け取り、自宅近くのコンビニで昼食用の菓子パンとサンドイッチ、夕食用の麻婆丼を買って自宅へ。

お昼ですが、全然食欲はありません。それでも、なんとか菓子パンを牛乳で流し込むように食べて昼食としました。

この時点で、ガス給湯機が壊れている!ことに気づきました。

何度かON・OFFを繰り返しても治らないので、すぐ業者に連絡。

夕方5時ごろ点検に来てもらうことになりました。

まさに泣きっ面にハチ。

その後、2月に予定していた兵庫芸文センターでの2回の観劇のため事前予約していた、例の車椅子昇降機をキャンセル。

続いて、同じく2月の梅芸での黒蜥蜴観劇のため確保していた車いす席もキャンセル。

宝塚も、月組公演のチケットを買っていましたが、これはFの知人に譲り、代わりに観てもらうことにしました。

「2月は久しぶりに観劇月間やね」とうれしそうに話していたので、本当に悲しいです。

残ったチケットは仲介サイトで売却することにして、本人確認の更新手続きをしました。

それと、今週木曜日に開催される月一の花アレンジ講習も出席できない旨先生にメールしました。

詳しい容態を知らせなかったので、単なる体調不良と思ったのか、先生から「もう材料を手配済みなので、引き取ってほしい」といわれ、「材料代はお支払いするので、花は処分してほしい」と伝えました。

そのあと、朝持っていくのを忘れていたFの服用中の薬の現物をもって病院へ行きました。

しかしFは依然として反応はあまりありません。

見ているとますます辛くなるので、1時間足らず話しかけたり手足に触れたりした後、帰宅しました。

夕食に、コンビニの麻婆丼を温めて食べ始めましたが、まったく味がわかりません。でもなんとか食べ終えたら、大阪ガスの代理店のサービス担当者が来てくれました。

しばらく点検していましたが、給湯はできるが再加熱用のボイラーが壊れているので取り換えが必要とのことです。

前回の交換から15年ぐらい使ったかなというタイミングの故障。

やはりタイマーが設定されているような気がします。

とりあえず給湯機能は使えるので、なんとか風呂は入れるし、洗面や調理はできるが、やはり追い炊きできないと困るので、見積もりを依頼しました。

そのあと、どうしてもFが気になるので、7時過ぎにまた病院へ。

8時までベッドサイドから、Fに声をかけたり体に触れたりしていました。

声をかけるとすぐ心拍数と血圧が高くなるので、何らかの形で反応しているようでうれしいのですが、数値が高くなるのは気になるし、痰がたまりやすくなっているのか、ゼイゼイと苦しそうなので、安静させようと一時間で切り上げて帰宅しました。

自動給湯できないので不便ですが、とりあえず風呂に入ることにしました。西洋式のバスのように、その都度湯を抜くことになりますが、3日ぶりの風呂で、体は休まりました。

風呂を出てから、明日のゴミ回収に出すため、家中のゴミを集めましたが、そんな日常の雑事でさえ、Fと交わしていた会話が思い出されて辛くなります。

寝る前に牛乳を温めて飲み、洗濯機から洗濯物を出していつもの通り干してから、ファンヒーターのタイマーをセットしてベッドに。

明日の手術が無事に終わるようにと願いながら寝ました。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヨメさんが病院に緊急搬送されました その1

2018年01月17日 | 日記


ヨメさんが14年ぶりに脳卒中を再発してしまいました。


2018年1月16日(火)の朝、私はいつものとおり、ヨメさん(以下とします)の乗ったデイケアサービスの送迎車を見送って、久しぶりの好天なので、新年初のドローン空撮に出かけて、正午丁度に帰宅しました。

家に入ると同時に電話が鳴り、また何かの勧誘かと思っていると「さまがデイケアサービス中に呂律が回らなくなって倒れ、こちらに緊急搬送されました。」という連絡。


青天の霹靂とはこのことです。


すぐ病院に駆けつけました。14年前と同じ病院です。

はHCUのベッドに横たわって目を閉じていました。

でも声をかけると薄目を開け、同時に心拍数と血圧が跳ね上がったので、聞こえているようにも見えました。

担当医の説明では、脳内出血の再発で、今回は右側の出血なので、健全だった左半身側も麻痺する恐れが高いということでした。

聞いているうちにどっと絶望感が押し寄せてきて、何も考えられなくなりました。


14年間頑張って、杖歩行で市内循環バスに乗って近くの駅に行ったり、右手が使えなくなっても、左手で絵手紙がきれいに描けるようになったり、言語機能もまったく障害が感じられない状態になっていたでした。


でも、そんな努力がいっぺんにご破算になってしまったかと思うと、一挙に涙腺がゆるんできました。


それを必死にこらえて、藁をもつかむような気持で、担当医の説明を受けました。

担当医の先生は驚くほど若く、でも丁寧にわかりやすく答えてくれて、信頼できそうで一安心でした。

パソコン内のCTの画像を使っての説明で、今後の手術としては二つあり、一つは前回同様、出血を外から吸引するもので、もう一つは頭蓋骨を開けて出血を除去し、止血処理をするというもの。

出血が止まっていたら前者、続いていたら後者になるということで、とりあえず明日再度CTを撮り、出血の状態を見て判断するということでした。

14年前で電子カルテのデータがないというので、私が前回は24cc出血したうち、21ccを吸引してもらったと言ったら、そうだとすると出血の量は現段階でも前回より多いとのこと。

とにかくすぐにでもCTを撮って、出血の状態を確認してほしいところですが、見極めにはある程度時間の経過が必要なので、明日撮るということなのでしょうね。

そのほかいろいろ説明を受けてから、入院に必要なものを提供してもらうため「手ぶらで入院」サービスの契約をしてから、とりあえずデイケアの荷物や衣類を持っていったん帰宅しました。

自宅で、の一番の近親者である弟夫婦に電話して概要を知らせた後、病院から依頼された、現在処方されている薬の明細と「お薬手帳」を探しました。

がいつも使っているバッグを見たらすぐ見つかりましたが、バッグの中のいろんなものを見ているだけでまた涙です。


夕方、明細と薬の手帳をもって再度病院へ行きましたが、薬の現物も必要とのことで、明日それは届けることにしました。

そのあとの様子を見ましたが、呼びかけてもあまり反応がないのが気がかりでした。



まあ倒れた直後で、鎮静剤も投与されているし、出血の影響もあるのだろうと自分に言い聞かせながら帰宅。

ようやく、朝食以外何も口にしていなかったことに気づいて、冷ごはんと冷凍のおかずをレンジで温めて食べようとしても、まったく食欲なし。

かくてはならじと、なんとかお茶漬けで流し込みました。

そのおかずもFが観劇とかで帰宅が遅くなったときのために買ってあったものなので、それを見たらまた辛くなってきます。

なんとかすべて片付けてから、の衣類と私の着替えたもの等を洗濯機に入れ、朝仕上がるようにタイマーをセット。

イギリスにいる娘にとりあえず状況をメールで知らせて、慌ただしかった1日の終わり。

いつもより早くベッドに入りましたが、やはり寝られず。

いろんなことがとりとめもなく浮かび、長い長い夜になってしまいました。

でももっとつらいのはです。


さん、また前のように、私もがんばるからね。   (続く)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする