50歳からの海外移住生活

風とカモメの街に暮らして                               

阪神大震災の日、あの日は・・・

2016-01-17 09:37:29 | 海外生活
1995年、1月17日、

あの頃、私は大阪の枚方市に住んでおりました。

恐かったのですが、電車が止まっていたら、行けないという言い訳できたのですが。あいにく京阪電車だけが動いていたので、仕方なく仕事に行きました。

事務所は、ビルの8階だったと思います。
京阪電車の北浜で降りて、いつものように、南森町方面に歩いて行きました。

会社に辿り着くまでの間、恐ろしい光景を目にしました。
崩れ落ちたビル、窓ガラスがすべて、壊れて、落ちているビル、ガス漏れの臭い、サイレンがひっきりなしに鳴っていました。

会社のあるビルに着き、馬鹿な私は、エレベータに乗ろうとしたら、守衛さんに、「動いていません」と言われました。

上司にどうするか相談しようと思って電話したら、「オフィスの中に入って様子を見てきてほしい。重要な書類もあるんだ」と言われ、仕方なく、階段で、8階まで、昇って行きました。

オフィスのドアを開けた途端、何もかもが、セピア色に染まっていて、棚のものは、すべて、崩れ落ち、散乱していました。

それは、それは、恐ろしい光景でした。

神戸に住んでる人に比べたら、どうってことないでしょうけど、恐ろしさのあまり、足が震えました。

そして、階段を駆け下り、母に電話すると、「あんた、何してるの!?そんなとこで!
電車なくなったら、どうするの!はよ、家に帰りなさい!」と言われ、そうだ、家に帰らないとと思って、淀屋橋方面に向かって歩き始めました。
その間も、余震が起こったりして、生きた心地しませんでした。

上司の言いつけに背いたことで、ちょっと心配でしたが、母の言ってくれた言葉で、目が覚めました。

友人が、あのテレビのニュースで何度も出た、曲がりくねって折れた高速道路の近くに、今も住んでいます。
彼女も、あの時のことを思い出すと、恐怖だと言ってました。
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