特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター 公式ブログ

2011年3月17日の設立から7年。孤児遺児応援活動、現地ボランティア活動等、現在進行形で被災者応援活動を行っています。

[岡山応援 第10報] 笠岡・矢掛ボランティア活動第一陣活動報告

2018年07月25日 08時41分59秒 | 平成30年7月豪雨ボランティア

代表の久田@笠岡です。
本日(7月25日)で、笠岡滞在通算8日目です。

遅くなりましたが、第一陣の笠岡・矢掛ボランティア活動を報告します。

集合時間は7月20日(金)午後11時、東別院境内のお茶場。
ずいぶん遅い集合時間ですが、受け手続きボランティアさんをはじめ15人以上の方が見送ってくださいました。
ありがとうございます。

バスが出発したのは午後11時40分。もう遅い時間ですから、簡単に活動を紹介して、消灯です。
いつもなら、1時間くらいいろいろと話してしまいますが、そんな時間はありません。
参加者は高校1年生から、78歳の島岡さん、勝谷さんまで、いつものように幅広い世代。男性29人、女性15人です。
今日から夏休みということもあり、高校生が10人が参加。滝高校(江南市)からはなんと6人も。
初参加の方と経験者はほぼ同数。
北海道、茨城、静岡から参加された方もいらっしゃいました。
休憩は大津SA、白鳥PA(兵庫県)、吉備SA(岡山県)。
因みに、島岡さんが吉備SAで午前5時に召し上がられた朝食はカツカレー!いつも以上にすごいです。

時間調整をして、午前8時に笠岡市の現場近くの農協さんで、荷物を大型バスから軽トラに積み替え。
なんと岡山県議会議員の上田勝義さんがご自身で軽トラを運転して協力してくださいました。
小林嘉文笠岡市長もお越しいただき、小林市長、上田県議にご挨拶いただきました。
ぞうきんプロジェクト@笠岡の共同代表の小林好恵さん(市長夫人)は、バスに乗って、皆さんの顔を見て、涙、涙、涙・・・
7月7日の水害発生翌日から、被災地を応援物資を持って走り回り、いわれなき中傷もされながらも、
民間ボランティア本部を起ち上げ、ぞうきんプロジェクト@笠岡の初のボランティア参加者が愛知ボラセンの44人です。
すてきな涙でした。

活動は、以下の5つでした。
A班=笠岡市N家での、フローリング床の泥だし
フローリング床を切っての作業。高校生が床下に潜って、もぐら泥だし。
Nさんの奥様からは以下のメッセージをいただきました。
 先週の土曜日、愛知ボラセンの皆さまに床下の泥のかきだししていただき、感謝しております💓
 自分たちではできなかったことを、あんなに一生懸命してくださったのは、本当に感謝感謝です❣️
 ボラセンありがとうございます!

B班=笠岡市K家本家での、フローリング床の泥だし
 広いお宅ですので、潜る面積が広く、時間がかかりました。が、なんとか少し時間を延長してやりきることができました。

C班=笠岡市K家分家での、フローリング床の泥だし、家具移動、片づけ
 やはり広いお宅で、当初は床下泥だしの予定ではありませんでしたが、泥だしの要望があり、泥だしも。
 重くてしっかりした30数年前の嫁入り道具の大切な箪笥をみんなで工夫しながら、運びだしました。

D班=矢掛町土砂崩れ現場での土嚢詰めと崩落個所の簡易修復
 くずれた土砂を土嚢袋につめ、それを崩現場に積み重ねる作業です。炎天下の肉体労働でしたが、なんとかやりきれました。

E班=がれきの中から思い出の品さがし
 出発直前に矢掛町役場からいただいた活動。土砂で完全に崩れた家の瓦礫の中から、位牌や思い出の品をさがす作業でした。
 地元の方がユンボでがれきや土砂をとり、その後にいろいろな品を探しました。
 矢掛町災害ボランティアセンターのボランティアさんといっしょに活動しました。
 残念ながらこの日に位牌は見つかりませんでした。
 なお、矢掛町役場建設課渡邉課長が、ダンプを運転してがれきや土砂を運んでいらっしゃいました。

矢掛町で活動したD班、E班の皆さんには山野道彦矢掛町長からご挨拶をいただきました。
矢掛町役場から現場への移動は、矢掛町役場の職員さんの運転で、町の車で。
作業中にちょっと気分が悪くなった女子高校生がでましたが、その女子高校生は役場のロビーのソファで休ませていただき、
町役場の保健師さんに診ていただきました。
矢掛町役場からの手厚いサポートに感謝しています。

心配していた熱中症ですが、上記の女子高校生が早目に気分が悪いと申し出てくれましたので、
大事に至ることはありませんでした。帰りにはすっかり元気になっていました。
今回、各班にリーダーさんの他に、女性を中心にサブリーダーさんを置き、
お二人の目で、メンバーの様子を見ていただきましした。

作業終了後には、石井正弘参議院議員(元岡山県知事)からもご挨拶をいただきました。

そして、矢掛町の矢掛屋さんで入浴と夕食。
旧街道の古民家のレストランとお風呂。一日の汗と疲れが癒されました。

午後11時前に金山駅、そして11時10分すぎに東別院に無事到着。
夜遅くにも関わらず、東別院石原総務部長をはじめ15人前後の方々が出迎えてくださいました。
「おかえりなさい」と出向かえられると、やはりうれしいですね。
そして、出迎えの方々はスコップなどの荷物の片づけてボランティア。

今回も多くの方々に支えられてのボランティア活動でした。
皆さん、ほんとうにありがとうございました。

今週末の第二陣にぜひご協力ください。

ボランティアバス(7/27-28)へのご協力よろしくお願いいたします。(お申込みはこちらから)

 

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6 コメント

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Unknown (鈴木)
2018-07-25 08:43:59
第一陣で矢掛町にて活動させていただきました。高齢の方が多いようでした。あの土砂を見ると途方にくれますが、多くの人の力であっという間に取り除くことができました。
矢掛町7/21活動 (加藤)
2018-07-25 08:45:14
裏山が崩れ埋もれてしまった家で、大切な思い出の品の掘り出しと、かたづけのお手伝いをさせていただきました。被災された方、町の関係者の方のお疲れは、とても厳しいと感じました。もっとボランティアの力が必要ですが、尋常でない高い気温での作業でしたので、自分の体力を過信しないよう体調と装備を整え、熱中症を防ぎましょう。釘、ガラスなど踏み抜き防止ソールなどの安全対策も。
たくさん学べた岡山!!🍑 (栗山リンダ)
2018-07-25 08:50:47
被災地に着いて初めに耳にしたのが炊き出し放送だった。正直な気持ちは「まだその状態なのか?」だった。

担当する家に向かう途中川があった。
周りに立っていただろう木々はすべて倒れていた。痛々しい景色だった。
「こんなに恐ろしい豪雨被害のあった人に対してどんな顔して会えばいいんだろう」って思って、足を進めさせた。

被災者であるNさんは私たちに対し、笑顔で握手を求めに来てくれた。「おはよ〜!今日はよろしくね!」「女子高生の手握ってしまった!」って笑顔で言ってくれる明るい方で、私も自然に笑顔になれた。
この豪雨の説明をしてくれて聞いたことは、「ダムがあるから起きたと私は思ってる」「良かれと思っておいたものが人災として自分たちに降り掛かってくることがある」ということ。
もう一度自分の街の防災について考え直したい。何かあった時では遅いし、私一人でどうにかなる問題じゃないけれど目を背けるということはどうなってもいいということに繋がると思うから。

作業はフローリングの床をまるのこぎりできりとり、その下に入って泥を出す。いわゆるモグラ作業。したに入るのは大人達、泥を運搬するのは高校生と役割を決め仕事を始めた。なんなく進んでいった。全員が集中しすぎて時間を忘れるくらい作業に没頭していた。(それでは熱中症になるということでタイムキーパーはつけた)
1度だけ私も床下に入れさせてもらったが、すごい暑い。こんな中ひたすら汗まみれ泥まみれになりながら仕事をこなす大人はすごいと素直に思った。

Nさんの奥さんのお話を伺う時間があった。「うち、染物屋やってて、でも浸水したから品物売れないじゃない?でもこの子が品物引き取ってネットで売ってくれるの。ありがたい限り。」って言ってた。
そのネット販売をしてる人は「アルデバランん(Nさんの染物屋)は人気が高くて浸水しようが売れるんです!主婦の方々は私たちはボランティアで現地に行けないけどこれなら支援もできるって言って喜んでくれてるんです」と言ってた。

お金がかかる事なので、高校生の自分はもう当分岡山には行けないと思うけど、現地に行けなくてもできる支援はあると改めて教えて貰った。
みんなが一人ひとり当事者の声に耳を傾けてそれぞれに行動すれば復興は早まるはず。

私は笠岡という街に行った。
よく報道される倉敷市の隣の隣の街。
あまり報道されないからこそ物資が届かない。ボランティアもなかなか来ない、と聞いた。

今私が愛知に帰ってやれることは、そうやって未だに苦しんでいる人がいるということ、偏りがあるということを伝えていくこと。いろんな方法で支援する人を増やすということだと思う。

そして暖かい人がたくさんいた岡山。
到着してすぐ笠岡のボランティア代表の方は涙を流して私たちを歓迎して下さった。
市長も、県議も、参議院議員の方も私たちのバスに挨拶しに来てくださった。
担当したお宅であるNさんはめっちゃ美味しいスイカを沢山出してくださった。
キャンセルがいっぱい出て困っている宿の人もすごく良くしてくださった。
常に挨拶は「ありがとうね」だった。
たくさん辛いことがあったからできた行動・言動なのかもしれないけど、人として尊敬できる人ばかりだった。

私たちがこうやって動くことはあってはいけないけど、私たちが被災した時に必ず返ってくることだと思う。だから素晴らしい活動だと思う。助け合える関係がもうすでに出来ている。

その関係を作る上での第一人者である久田先生の力はほんとにすごいと思った。いろんな人と繋がって、その繋がりをボランティアツアーに来た人達に広げて、人と人を繋ぐ、こういう大人になりたいと思った。

得るものたくさんな岡山でした!
ガレキの中のお位牌探し (小笠原)
2018-07-25 08:52:06
皆さん、お疲れ様でした。無事、怪我や熱中症にならず何よりでした。今回、梅干し、塩飴を持って行き良かっです。冷え冷えタオルも助かりました。無理をせず、こまめに休むことが重要です。目的のお位牌は、見つからなかったですが、ガレキの山が小さくなったので、人の力はすごいなと感じました。矢掛町との出逢いに感謝します。ありがとうございました。
Unknown (タカギ)
2018-07-25 08:54:42
第一陣に参加しました。笠岡から帰るときに、役所(多分)から「さすがプロのボランティア集団」という言葉をかけて頂きました。私の担当した班は床上浸水家屋の床下に潜り込み泥を掻き出すという作業でしたが、そんな事はやった事もなく、そもそも豪雨災害で活動すること自体が2回目、ほかのメンバーも初参加の高校生がいたりと、お世辞にもプロ集団とは言い難い体制に思えました。それでもベテランのボランティアの方に数名経験者がいたお陰で適格な指示のもと次第にコツを掴み、初心者多めの集団でありながら、時間内に安全に与えられた作業以上の事をする事が出来、正直驚きました。私は言われるがまま行動しただけですが、初心者も大勢いる集団でありながら、結果として現地の方にプロ集団と思って頂けるだけの作業が出来てしまう愛知ボラセンの経験値とスタッフとリーダーの方のバイタリティは本当に素晴らしく、とても印象に残りました。

今回の作業には満足のいく面もありましたが、あくまでも与えられた狭い範囲を作業しての事。地区の状況を考えると今回の活動だけではとてもやり切ったとは思えず、もう一度伺いたい気持ちが抑えられません。
Unknown (二宮)
2018-07-25 08:57:11
7/20~7/21の岡山県笠岡市災害ボランティアに参加させて頂いた二宮です。

今回、大きな箪笥を移動させるお手伝いと、床上浸水した床下をきれいにする手伝いをさせて頂きました。

たまたま男性の中に女性は自分だけのチームに入る形でしたが、知恵を出し合って作業したり、大人の本気を感じたり等、とてもいい刺激を頂いて参加することができました。

休憩をこまめに取ることも配慮されていて、無理なく行動することができました。

また、阪神大震災の時に高校生ボランティアとして参加したのが、実は久田先生が立ち上げていたものだったこと、知らずに今回参加し、それに気がついた時は鳥肌が立ちました。

そして、ご本人とそのお話をして、あの当時感じていた思いを直接お話話することができて、本当に嬉しかったです。

高校生の時ボランティアでは
・「見て見ぬふりをしない大人になる」
・「当たり前の日常は当たり前ではなく、すごく大切なことなんだと感じて過ごしていく」
・「一瞬一瞬感じた思いを大切に有言実行していく」

と自分の価値観が本当に変わりました。

大人になった今回の参加で「経験したことを周りに伝えて、つなげていく」が増えました。

高校生の時には、私は心の整理が全くできず、葛藤で終わっていました。

今回参加した中に高校生がたくさんいて、皆しっかりしているんだなぁ、と感心しました。

久田先生の仰るように「機会を作って」また是非参加したいと思います。

本当にありがとうございました。

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