特定非営利活動法人 被災者応援 愛知ボランティアセンター 公式ブログ

2011年3月17日の設立から7年。孤児遺児応援活動、現地ボランティア活動等、現在進行形で被災者応援活動を行っています。

九州北部豪雨水害ボランティアバス活動報告

2017年07月20日 16時19分21秒 | 平成29年九州豪雨

代表の久田です。

おそくなりましたが、7月14日(金)~16日(日)に実施しました大分県日田市豪雨水害ボランティアについて報告します。

今回の参加者は31人に、スタッフとして私と石田が参加し、総勢33人。
参加者は、中学3年生から78歳まで、愛知ボラセンらしく幅広い世代の方々が参加されました。

  

バスは安全・安心の鯱バスさん。
鯱バスさんは公益社団法人日本バス協会の貸切バス事業者安全性評価認定制度三ツ星。

タオルの仕分けなどをされていたボランティアさんを含む20人以上の方々の見送りを受け、定時に出発。
さらに、滋賀県在住のRさんが大津SAまで見送りにきてくれました。

バスは予定よりも早く7時30分に、日田市大鶴地区に到着。

事前に日田市災害ボランティアセンターにボランティア参加者名簿を送ってあるため、
災害ボランティアセンターに立ち寄る必要はありません。
また、日田市災害ボランティアセンターで活動されているNPO愛・知・人の赤池博美さんが、
私たちの活動をコーディネイトしてくださっていますので、
到着までに、10人、10人、5人、5人で4軒の被災されたお宅の泥だしが決まっています。
5人一組の班長さんを中心に自己紹介も終え、初参加の方は各班に1~2人にしています。
愛・知・人のメンバーとして参加されたNさんは、15日に私たちと一緒に活動されました。そして、
「16日も同じお宅で作業させて頂きました。でも前日と違って、今度は一般のボランティアさんでした。
ここでやはり、愛ボラさん達のチームワークの良さを感じました。作業の進み方が全然違いましたね。」
とフェイスブックで評価してくださいました。

無駄に待つこともなく、確実に活動でき、そして作業の進み方が早い、
こうしたことが愛知ボラセンのボランティアバスの特徴です。

さて、赤池さんは日田市災害ボランティアセンターのミーティングがあり、
大鶴地区到着は早くても午前9時とのこと。

バスが着いた場所は、やさい工房・沙羅、公民館、消防団のある公共エリア。
どの施設も中まで泥がはいり、消防車は泥につかって出せなくなっていました。
公共エリアの泥だしは後回しになるのではないかと思って被害状況を見ていました。

そこへ、やさい工房沙羅の関係者とおぼしき方がいらっしゃいました。
伺うと、大鶴まちづくり協議会理事で、やさい工房・沙羅の店長をしていらっしゃる井上榮吉さん。
ウォーミングアップかわりに、沙羅の泥だしをさせてくださいと押しかけボランティア。
   
これが豪雨前の沙羅。


  

さっそく沙羅の泥だしを始めました。
生ものもあったため、店の中は腐敗臭がきつく、マスクなしでは活動できません。

井上さんによると、沙羅では、約170軒の農家さんの野菜やお米を販売していらっしゃいます。
9年前から沙羅を始め、2015年11月に現在のところに新しいお店を建てられました。
借金もまだまだ多く、泥につかってやる気が失せていたとおっしゃっていました。

さらに自治会長の石井さんから、被災者が集まれるようにテントを張りたいと依頼され、
少し離れたところにテントを建て、テント重しには、ボランティアさんのアイデアで
土嚢袋にそのテント近くの泥をつめてテントを設営しました。

その後、赤池さんが大鶴地区に来られ、4軒の家で泥だし。
沙羅の泥だしも終わらせたかったので、各班から1人ずつ志願していただき、6人で沙羅の泥だしも続けました。

     

どのお宅も水気の多い泥に襲われていました。
愛・知・人の皆さんや社協から来られたボランティアさんたちと一緒に活動をしました。
根太を汚したり、傷つけたりしないように養生テープをはり
泥を運びだす動線にはブルーシートを貼り、床養生もします。

畳の部屋は、畳を上げ、床板をはずせば、部屋全体の泥だしを多くの人の手ですることができます。
しかし、フローリングなどの部屋はそういうわけにはいきません。
床板を1m四方くらい丁寧に切り、そこから床下にもぐります。
写真左から3枚の床板を切ったとろこが、床下への入り口です。
「もぐら」と言われる泥だしです。暗く狭い床下で泥と格闘するボランティアさん。
右端のお二人は78歳と77歳。
72歳の被災者さんが、自分より年上の人がボランティアに来られているので、
自分ももっとがんばらないとね、とおっしゃっていました。
このお二人、しっかりと活動もされていますが、そこにいらっしゃるだけで、励ましになります。

この日は相当暑く、狭い中での活動のため、作業は20分もすれば、ふらふらに。
私も左掌を骨折しつつも、スコップを握り、沙羅の泥だしをしましたが、
20分もたつと意識がやや朦朧としてきました。


そして、沙羅はこの通り、すっかり泥を出すことができました。



午後4時に、作業を終えると、大鶴地区の大肥本町自治会長の石井さん(写真左)と
沙羅の井上さん(写真右)がぜひ皆さんにお礼をということでご挨拶を頂きました。


愛・知・人の赤池代表

なお、愛知ボラセンでおなじみの方が何人も、それぞれの車などで被災地入りされ、ボランティア活動をされていました。

大鶴の造り酒屋の井上酒造さんにおじゃましました。
実は井上酒造さんは土日はお休みです。私が石井さんと井上さんと雑談している中で、井上酒造の話になり、
ぜひ井上酒造に寄ってほしいと、井上酒造さんに電話してくださいましたが、不通。
残ったタオルを大肥地区の倉庫にもっていくことになっていましたが、その倉庫と井上酒造さんがすぐ近くとのこと。
さらに店長の井上さんのご自宅は井上酒造さんの隣で、お友達。
お二人は休業の蔵に中に入り、「専務!!!」と大きな声を出して、急きょ私たちのために営業してくださいました。
朝とはちがって、すっかりお元気になられた感じのお二人でした。
石井さん、井上さん、井上酒造さん、ありがとうございました。
下の写真は私と専務の井上百合さん。百合さんは東京で30年ほど暮らした後、家業を継ぐために日田に戻られ、
杜氏見習いから酒づくりをはじめられました。
私は百合さんが仕込んだ純米吟醸 角の井「百合仕込」を買い求めました。
活動後のこういう交流もうれしいものです。
ちなみに試飲をしたのは自宅に戻ってからです。
 

その後、薬湯夜明温泉で、汗を流し、
日田焼きそばの元祖・想夫恋さんで歓待を受けました。
想夫恋さんは人気のお店で30台以上収容できる駐車場はほぼ満車。
待っているお客さんも多く、あきらめようとしたところ、
お店の中から、女将さんとおぼしき女性が来られ、
通路のようなところに、ここにバスをとめてくださいと。
さらに事前の電話確認には土日の予約は受け付けていませんとのことでしたが、私たちの座席を予約しておいてくださいました。
おいしくボリュームのある日田焼きそばを全員が完食。
そしてなんとテーブルごとに大皿にのったデザートのスイカと、一人1本のコーラのサービス、
さらには愛知ボラセンへの活動費寄付までいただきました。
ありがとうございました。

そして、安全・安心の鯱バスは、無事に定刻通り、16日(日)午前7時30分に東別院に到着。
20人ほどの方々にお出迎えいただきました。
ありがとうございました。

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