世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

●全国紙は政府官報 国家が醸成してきた半官半民のガリ版屋

2014年06月16日 | 日記
メディア・コントロール―正義なき民主主義と国際社会 (集英社新書)
ノーム チョムスキー
集英社


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●全国紙は政府官報 国家が醸成してきた半官半民のガリ版屋

 ゆえに、新聞社に正気を取り戻せは無理無体な要望なのである。このことは後述する。
昨日はおっつけ仕事で、“いかに日本のメディアが愚劣か 結果、国民の意識が劣化している”と云うことを書いたのだが、本日も同じテーマを異なる角度から考えてみようと思う。サッカーは天才児のように崇められた連中が“路傍の石”と相成り、見事に討死した。まあ現実はこんなものだと云う不都合な事実であり、友人と苦い酒を酌み交わしたが、お互いにピッチが上がらず、早々に友人宅を辞し帰路に就いた。

 梅雨の晴れ間に顔を出した太陽が、真昼間から酒を飲み、不快なほろ酔いでいい加減な中年の脳天を温めている。あぁコーラが飲みたいな、と思った(笑)。いやいや、ありゃアメリカンの麻薬だ、やめておこう。数か所の自動販売機を覗いたが、三ツ矢サイダーがない。コーラにスプライト、ラムネなんぞはありゃしない。公園の中を突っ切れば近道なのだが、敢えて公園の周囲を囲む歩道を歩いた。自動販売機を覗く目的もあったが、健康な肉体を躍動させている公園内の人々の姿を目にしたくない気分が、遠回りをさせた。若葉が夏の鬱陶しい深緑との中間点で初夏の香りを運んでいるのだが、筆者の気分は炭酸が飲みてぇ一心だった(笑)。

 そんなほろ酔い中年男を救うように「氷」の幟が目に入る。こんなところに、こんな店が?筆者は当然のように、その店に頭を突っ込んだ。何と入り口にはブリキのタライと氷水、明らかにラムネらしきものが没しているではないか。昭和4、50年にタイムスリップした空間が、そこにあった。実は自分が飲み過ぎで妙な夢でも見ていると云う不安を払しょくするように、奥に声をかけた。「ハーイいらっしゃい」夢ではない。年の頃、高校か大学くらいの可愛い娘が元気な笑顔で出てきた。「このラムネ、売ってるんだよね?」、「さっきも同じこと聞かれたの」その娘が感心したような言葉を発し、「150円ですけど、いいですか?」これも面白い表現だった。

 筆者は一気に2本のラムネを飲み干し、二度と巡り合わないかもしれないと別途2本のラムネを買った。つごう600円の筈なのだが、千円への釣りがワンコイン500円玉だ。キョトンとする筆者に向かって娘は「オマケです」と笑顔で答えた。その瞬間、あぁ1000円札出して、“釣りはいらん”と言えばよかったと思ったが、キップの良さは、その娘さんに譲ることにして、何か温かい500円玉をポケットにしまいこんで、帰路に就いた。まぁ余計な話に紙面を割いたが、たまにはこう云うことを書いても罰は当たらないだろう(笑)。

 WCサッカーの結果は、負けであり、素人が敗因など特に考える必要は皆無だ。コーチや選手の仕事である。最低でもたしかなことは、もう2試合、万が一、日本が勝たないだろうかと云う期待を180分以上味わえるだけで良いではないか。ところで、昨日のコラムで書いたが、日本と云う国が、異様に同一方向に向かう国家、或は民族だと、ワールドカップへの突出した関心度から推し量ったのだが、この国には、速攻で「空気」が醸成されるメカニズム存在する点について考えてみた。

 結論から先にいうが、メディアの寡占と云うものがすべてのように思えてきた。殆ど、独占禁止法の法理に合致した寡占状態なのである。日本人は識字率の高さ「世界一」などと云う記憶があったのだが、国連調査によると、日本の識字率は99.0%で、旧ソ連邦の国々の99.9%のレベルには及ばず、世界で23位なのだそうだ。いい気になっていた己が馬鹿である。これも思考停止の一種で、思い込みによる落とし穴に落っこちたと云うことだ。貿易立国日本と云う記憶とよく似ている。ちなみに1位はキューバに続き、エストニア、ラトビア、バルバドル、ベラルーシ、グルジア、リトアニア、スロベニア、ウクライナ、アルメニア、カザフスタン、タジキスタン、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、ロシア、ハンガリー、キルギス、ポーランド、トンガ等々と続き、わが国はドイツ、フランス、北朝鮮、韓国並である。嫌韓人種には納得できない結果だろう(笑)。蛇足だが、トンガの識字率には驚いた。

 この調査方法には疑問もある。特に99%のレベルに米国が入っているので、この調査の信頼度はかなり落ちる点は要注意だ。それはさておき、識字率が世界一だから、国民は新聞を好み、購読するのだな、と云う考えはあっさり打ち消された。それにしても、これだけ政府広報紙となんら変わらない全国紙を、日本人が好んで読むのか、今にして思えば、かなり奇妙な現象である。必ずしも識字率に相関関係がないとなると、その理由が知りたくなる。秘密の一端は、日本の新聞の歴史から得られるようだ。そのことは後述するとして、世界的に異様な高レベルな新聞購読率は、単に新聞の歴史からだけ得られるにしては、あまりにも日本人の生活文化に馴染み過ぎている。

 2012年の成人1000人当たりの新聞発行部数を見ると、日本だけが431と突出している。概ね、夫婦単位で新聞一紙は購読している勘定だ。無論、「嘘つき国家」の「嘘つき広報新聞」なのだから、発行部数にも嘘が含まれるが、各国にも嘘はあるだろうから、率的にはあまり変化ないだろう。先進諸国の1000人当たりの発行部数の平均は180~250のレンジなのに対して、日本は431.8部なのである。300発行部数に近い国も数えるほどしかない。韓国、オーストラリア、シンガポール、ドイツ、イギリス、北欧諸国などである。(注:ルクセンブルクの部数が700と特別だが、人口48万人公国なので除外した)

 やはり、冬が寒すぎて籠りがちだから新聞を読むと云う理屈からも、日本が該当するかは疑問だ。知的国民が多いと云う言説も、ほとんど嘘なのは、日常を見聞きしていればすぐに理解できる。江戸時代初期、「大阪の夏・冬の陣」辺りから、既に瓦版が存在していたようだ。当時の庶民も立札などに群れ、字の読める人間が読んで聞かせ、尚且つ講釈を加えていたようなので、事実を知る欲求と云うより、噂の源になる面白おかしい講釈の方を好んだようだ。つまり、日本人がゴシップ好きだった様子がうかがえる。震災や天災の情報紙だった瓦版(読売)はタブロイド紙的な性格を強く持っていた面もある。

 おそらく、島国であったことで、話題が下世話にならざるを得ないほど、退屈で平々凡々な庶民生活があったのだろう。また、お上とは「善政」を行うもので、「悪政」と云う概念は、当時の庶民は持っていなかった感じだ。士農工商の身分制度が緩やかになったとしても、徳川幕府の権勢は盤石で、庶民が政に過大に興味を抱く環境はなかった。ついつい、ゴシップやスキャンダルな方向に、庶民の興味が向くような伝統文化習慣を250年以上続いた江戸幕府によって形成されたのは間違いないだろう。当時の日本人の寿命を現在の平均寿命で換算すると、30歳前後になるので、猛烈に早死にだったわけだ。蛇足だが、これは生まれて間もなく死ぬ子供が多かった面もあり、金があり、健康に留意する余裕のある支配層の人々は50歳くらいまで伸びている。仮に寿命を40年と見たとして、親子代々6世代以上が繰返し、江戸幕府の文化圏にあった点を深く考慮する必要がある。

 先祖代々、6代も遡れば、泣く子も黙る伝統文化になり、民族性に繋がってもおかしくない。それも大きな理由で、筆者は日本人の現在の伝統文化のルーツは江戸幕府時代だと認識している。筆者の考えはさて置き、明治初期まで頑張っていた瓦版も、文明開化等々の流れで、新聞と云うものに圧倒され、情報発信の地位を追われた。Wikipediaの日本の新聞・歴史を一読すると判るのだが、その地位が紆余曲折はあるものの、政府広報、国民啓蒙と云う宿痾もって誕生したことが窺える。

 つまり、現在の全国紙と呼ばれる「新聞」は半官半民的メデァであり、「宿痾」あっての全国紙であることを認知すべきなのだろう。筆者などが、怒り心頭で語る新聞社の記者クラブ体質やジャーナリスト精神など皆無なメディアであることは、当然の帰結なのかもしれない。誕生と生育過程に、国家予算が大量に注がれたことに気づけば、記者クラブやその周辺のリーク情報で紙面の7割を超えると云うのだから、まさに「官報」に近い性格を有する。それに、スポーツ、芸能、放送関連番組表等々で9割に達し、独自取材報道は1割に満たない。その上、新聞紙面の大半が宣伝広告なのだから、金を出してこんなもの購読する奴らの気がしれない。

 ところが、”ギッチョンチョン”である。新聞を皿でも舐めるように読んでいる人々も想像以上に多い。教養人の端くれになる為には、テレビじゃだめだ、新聞、そう活字だ。これもお上の考えがどのようなものか、知るのが大人のルールみたいに思い込んでいる国民を江戸幕府以降も、大きく流れを変えず、お上は「善政を司る」という印象操作の賜物なのだろう。善良にしてステレオタイプな教養人意識が、こういう半端な国民を醸成したのだろう。言論人が、新聞社の体たらくを誹り、記者クラブの弊害を口が酸っぱくなるまで語っても馬耳東風で、新聞と放送の分離も、政教分離がなし崩しになっているのと、同義だと思えばいい。

 日本人の意識改革には、どうしてもメディアの修正は必須である。方法論は数々あれど、決め手に欠けるものばかりだ。一時のアメリカン・デモクラシー国家では、地域特性や得意分野別のメデァの棲み分けがあったが、現状を見る限り寡占化が経済的事情で顕著になってきている。アメリカンがジャポニカに近づいてきた稀な例である。TPPの手順が進むにつれ、日本企業の大型M&Aが目立ち始めた。ゴールが見えてきたので、一気呵成に、世界業界内でのポジション取りの速度を速めている。案外、中世の司法と悪評ばかりの23日拘留代用監獄人質司法まで真似しだすのではないかと危惧する。このような宿痾な誤った美名の悪徳のようなデモクラシーモドキを是正する改革は、すべてのシステムの「廃霞が関置藩」が必要なのだろう。これに通じるのが、地方主権なのは論を待たない。

国際メディア情報戦 (講談社現代新書)
高木 徹
講談社

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●いかに日本のメディアが愚劣か 結果、国民の意識が劣化している

2014年06月15日 | 日記
日本劣化論 (ちくま新書)
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筑摩書房


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●いかに日本のメディアが愚劣か 結果、国民の意識が劣化している

 本日は愚民の一人として、「2014 FIFA WCサッカー」を観戦のため友人の家のテレビを見せてもらいに行くので、コラムは休みと決めていた。ところが、面白い情報が目に留まり、ついつい一言書くことにした。マイナビニュースによると、SNS上でワールドカップへの言及されている程度を調査したらしいのだが、≪アドビのソーシャルメディアに対応する分析ソリューションである「Adobe Social」を使って、2013年6月から現在までのTwitterやFacebook、Google+、Instagram等のソーシャルメディアの データを収集し、分析したものだ。その結果、国別の言及率では日本が約37%と最も高く、2位以下に大差をつけての1位となった。≫のだそうである。

 まあ、NHKなんてのはサッカー専用チャネル状態なのだから、日本人たちが嫌でも、日本代表のサッカーの話を根掘り葉掘り聞かされる。今日穿いているパンツの色まで聞いてしまうのではないかと心配になるほど、国民をサッカー漬けにしている。放送権料の見合う視聴率を得ないと、幹部の首が飛ぶのかと訝るほどの力の入れようだ。どの国でもマスメディアの方向性と云うもの、大衆を常に一定方向に向かせておく習性があるのだろうから、ある程度までは仕方がない。しかし、わが国場合、やはり異常な形で、大衆を一体化させる民族性があるのかもしれない。

 どの国でも多かれ少なかれは理解する。しかし、アドビの調査によるSNS、ツイッターやフェースブック上の言及率は異常と云うか異様なレベルだ。世界230か国中のNO1、37%なのだ。それも、第二位の英国11%を大きく引き離しているのだから、これは超凄い。ちなみに開催国ブラジルは9%と驚くほど低調、それでも3位キープだが、日本の言及率の1/4なのだから、ブラジルが変か、日本が変かだ。決まっている、変なのは日本だ(笑)。4位がドイツで、5位がアメリカだそうである。

 地域的観測によると、アジアパシフィック地域が全体の48%を占め、TPP同様の地域性を出しているようだ。筆者の感想だが、EU地域はウクライナを挟んだ米ロの対決姿勢が鮮明で、WCサッカーどころではない深刻なテーマがあるのだろう。中東・東欧・アフリカも同じように深刻な状況を抱えており、サッカーに現を抜かす気分ではないのだろう。筆者なども、サッカーはサッカーで興味があるが、MLBもルマンも全米オープンゴルフも同じレベルで興味がある。どうも、アドビがわざわざ調査に及んだ意味合いから、野球やゴルフよりも、世界的スポーツがサッカーだと云うことなのだろう。サッカー以外のスポーツだと、地域差が激しく、調べるまでもないと云うことなのだろう。

 にもかかわらず、わが国だけがダントツ異常値を出している事実を、我々はどのように受け止めるべきか、かなり深刻に考える必要があるのかもしれない。山本七平の「空気」ではないが、民族的に「空気」に抗うのが困難な国民であるとすると、お祭り騒ぎに関しては、その罪状はモラトリアムにしてもらえるだろうが、外交防衛と云った国家の安全保障全般への意識が、この調子で「空気」に簡単に左右され、「世間のムードに抗う勇気はなかった」と終戦後の日本人の殆どが口にした言葉は、今後も反省の影もなく、繰り返されるのかもしれない。げに怖ろしき民族性だと世界から見られるかもしれない。

 世界の多くの知識人からは、日本イコール「嘘」と云う言説が実しやかに、裏声で君が代を歌うように語られているそうだ。決定的だったのが、安倍晋三がオリンピック招致演説で「福島原発の放射能は、私のコントロール下にある。完全に汚染水はブロックしている!」この言葉が致命的に2020年五輪を決定させたと同時に、「嘘つき国家」をも決定づけたというのだから、痛しかゆしだ。否、五輪なんてのは1か月程度の祭りだが「嘘つき国家」の勲章は永遠ものだ。昨日のコラムではないが、世界の秩序は壊れたがっている。地球の内部が軋むほどヤバイ状況が各地域で起きている。平和ボケもいい加減にしないと拙いだろう。サッカーの話題も、LIVE中継中だけで良いじゃないか、世界全体を見つめ、何が起きているのかマジに考えないと、本当青天の霹靂なんて言葉は言い訳にもならないだろう。

「見たいテレビ」が今日もない メディアの王様・崩壊の現場 (双葉新書)
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双葉社


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●「第三次世界大戦」への誘い 異なる目的で世界同時多発な戦争

2014年06月14日 | 日記
米中開戦1 (新潮文庫)
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新潮社


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●「第三次世界大戦」への誘い 異なる目的で世界同時多発な戦争

 右翼に政権を委ねれば、こういう流れが出来るのは当然で、何ひとつ安倍自民党に方針変更の変節などはない。当初の目論見通り、猪突猛進しているだけだ。このファシズム政権に、時に阿り、酒を酌み交わし、談合に次ぐ談合で紙面を埋め尽くした朝日新聞が、今更アリバイ作りの記事を書き、リベラル善人ぶるのはいい加減にして欲しい。こういう政権を日本に誕生させない為に、鳩山・小沢の民主党と云う政党に、政権交代させた朝日新聞はどこに行ったのだ。

 アメリカンや霞が関が好まぬ政治家の政権は許すまじ、と鳩山、小沢への検察、国税ファシズムに加担し、引き摺り下ろしたのは朝日を筆頭にしたマスメディアではないか。表向きは、ねじれ国会の解消、決められない政治家らの脱却。それが朝日らの論調だったろう?ネジレが解消、決められる政治が始まれば、今度は決める内容が気に入らん。これでは、三歳児の自己中のようなもので、自分たちが、どのように世論を誘導して、洗脳して、アメリカンや霞が関に都合の良い政治シーンを展開させようとしたのだから、安倍の集団的自衛権容認を阻止したいのであれば、言論のテロルをもって戦い抜けばいい。おそらく、以下のようなガス抜き、アリバイ記事を書き、口を拭うのが精々の朝日新聞である。

 正直、安倍官邸は仮想敵国・中国に心底ビビっているのだと思う。あまりにも見事なタイミングで、中国空軍の接近事件が起きている。おそらく、官邸も承知で起きている危険性ではなく、アメリカン・ネオコンと中国軍の一部、そして自衛隊の一部勢力が意図的に、日中間の危機を煽っていると観察するのが、すべてに納得がいく。兎に角、この三つ巴の勢力は、日中両政府がチキンレースに嵌りこむように仕向けている。彼らにとって、如何にも軍の跳ね上がりな兵士が犯す危険な火遊び風を装い、陰謀を容易く貫徹できる現場に立っているのだ。安倍官邸も、防衛省も外務省も、この三つ巴の「戦争を惹起したい勢力」の罠にまんまと嵌っている。

 おそらく、オバマも嵌っているのだろう。安倍官邸にしても、オバマ政権にしても、習政権にしても、軍事や諜報に精通しているわけではない。政治的に、協力と対立が入りまじり、本当の姿を掌握するに至っていないのだから、日中米の正式な政府を混乱に陥れ、疑心暗鬼と攻撃とも思える抑止力の準備姿勢を表させれば、もう彼らの独壇場だ。何といっても、彼らには現場と云う武器があるのだから。

 筆者の予想図で行けば、早晩「日中衝突」は尖閣を中心に現実のものになる可能性は高い。安倍官邸のビビりは、単に日米地位協定の締結の準備などと云う解説論とは異なる力によって操作されている危険な臭いがプンプンだ。もっと怖ろしい予想をしておけば、この三つ巴の「戦争を惹起したい勢力」は日中だけに仕掛けを施しているわけではない点がある。直近では、イラク内戦であり、ウクライナ内戦であり、シリア内戦だ。前述の三つ巴の「戦争を惹起したい勢力」以外にも、戦争することで自分たちの望みを叶えたい勢力が各国、各地域に存在し、共鳴運動に陥るリスクは増大している。つまりは、世界中で、まるで異なる目的で、引き金に手がかかり、玉が飛び出すのである。エンターテイメントな表現するなら、「第三次世界大戦への誘い(いざない)」だ。

 このような戦闘は、同時多発“もぐら叩き戦闘状態”であり、夫々の戦いが、異なる意図を持つので、対応が困難になる。誰一人、何の脈略もなく、個別の思惑で戦いが始まる。すべての衝突の価値観は違うのだから、対処のしようがなく、ただ火種が自己消滅するのを待つばかりになる。運が良ければ、各地域の戦闘で集結していくだろうが、運が悪いと、永遠に相手が消滅するまで殺しあう世界が現実のものになる。まるでSFの世界だ。これに、各国、各地域の民族独立運動を注ぎ込めば、もう打つ手は残されていない。各国の同盟関係で起きる戦争なら、いずれは収束する。しかし、この種種雑多な目的の戦争が、世界同時勃発してしまえば、第三次多発性世界大戦と云う奇妙な人類生存の危機に至るバトルが起きるのかもしれない。


≪ 集団的自衛権の行使条件、9条を逸脱 公明、容認へ調整
 自民党は13日、集団的自衛権を使えるようにするため、自衛権発動の新しい前提条件(新3要件)を公明党に示した。安倍晋三首相がめざす集団的自衛権の行使を認める閣議決定案の柱となる。公明の山口那津男代表も同日、「国民の理解を深め、合意をめざしたい」と述べ、限定的に行使を容認する方向で党内調整を始めた。だが、新3要件はあいまいで、武力行使が拡大する可能性がある。憲法9条の下で自国の防衛に徹してきた日本だが、この枠組みが外れることになる。
 これまで自衛権は、憲法9条のもと日本が直接攻撃を受けた時にだけ反撃できる「個別的自衛権」に限られ、その発動の3要件の一つが「我が国に対する急迫不正の侵害がある」ことだった。
 だが、自民党の高村正彦副総裁が13日に与党協議で示した「新3要件」では、「他国に対する武力攻撃が発生し」た時も自衛権を発動できるとし、集団的自衛権の行使容認を明確にした。
 加えて自民は新3要件の一つに、1972年の政府見解で示された「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること」との文言も盛り込んだ。公明がこの72年見解を踏まえ、集団的自衛権を狭く限定する形で容認を検討していることから、公明の理解を得やすくする狙いがある。しかし、72年見解は「集団的自衛権の行使は憲法上認められない」と結論づけており、都合のよい部分だけを切り取ったに過ぎない。
 政府は13日、新3要件を内閣法制局に示し、細かな文言調整をするように審査を指示した。公明党と合意に至れば、集団的自衛権の行使を認める閣議決定案に盛り込む考えだ。
 ただ、新3要件には、ときの政権の判断で自衛隊の活動範囲を拡大できるようなあいまいな表現がある。
 公明党は朝鮮半島有事での対応など極めて狭い範囲に限って認めることを想定しており、早速、「自衛隊の活動が際限なく広がりかねない」(党幹部)との批判が出ている。今後の協議で文言をめぐる攻防が予想される。(蔵前勝久)

 ■自民提案、歯止めきかない 〈解説〉
 自民党が提示した新3要件は、日本を守る場合に限って武力を使うことを認める「専守防衛」という、戦後日本が長年にわたって守ってきた基本方針を事実上放棄するものだ。新3要件が適用されれば、日本は自分の国への攻撃がなくても、ときの政権の政治判断によって、他国どうしの戦争に参戦できるようになる。
 日本は先の大戦の反省を踏まえ、これまでの3要件では、日本を防衛する目的であっても自衛隊の出動を厳格に抑制してきた。武力行使が可能となるのは、自国が直接攻撃される「急迫不正の侵害」という明確な基準を設けた。さらに、政府は武力行使が可能となる具体的な場面を国会答弁などで例示してきた。  例えば、北朝鮮を念頭に置いた弾道ミサイル攻撃への対応については、相手国から「東京を火の海にしてやる」という表明があり、発射態勢になった場合などと、具体的に答えている。
 一方、今回の発動要件は「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれ」としており、極めてあいまいだ。ときの政権が「我が国の存立が脅かされるおそれがある」と判断すれば、「地球の裏側」での戦争でも、参戦できるようになる。
 自民党の提案は集団的自衛権の行使を認めているうえ、その歯止めにもならない。行使に慎重姿勢を示してきた公明党は、これにどう向き合うつもりか。「平和の党」を自任する公明党の存在意義が問われている。(園田耕司)

■自民党が集団的自衛権を行使するのに必要とする自衛権発動の「新3要件」
 憲法第9条の下において認められる「武力の行使」については、
(1)我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること
(2)これを排除し、国民の権利を守るために他に適当な手段がないこと
(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと  という三要件に該当する場合に限られると解する。 ≫(朝日新聞デジタル)

日中開戦1 - ダブル・ハイジャック (C・NOVELS)
大石 英司
中央公論新社


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●集団的自衛権の固執は“ヘタレ”の証拠 安全保障概念から防衛突出

2014年06月13日 | 日記

 

集団的自衛権のトリックと安倍改憲
クリエーター情報なし
高文研


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●集団的自衛権の固執は“ヘタレ”の証拠 安全保障概念から防衛突出

 パックス・アメリカーナで、国土も国民も民族も滅茶苦茶にされたイラクの状況が一気に内戦模様になってきた。同じく、アメリカに弄繰り回されたアフガニスタンも、タリバン勢力の存在が際立ち、民主化などとは程遠い。嘗ての朝鮮戦争では北朝鮮と云う鬼子を産んだし、ベトナム戦争でも決着をつけずに、撤退と云う無残さをみせたアメリカーナだが、最近はロシアの袖に位置するウクライナに介入して、またまた世界に騒乱を起こさせている。シリアも、エジプトも然りだね。

 考えるまでもなく、パックス・アメリカーナの言うところの「普遍的価値」と云う心地よい響きの言葉の誘惑に負けて、安倍晋三は恥も外聞もなく、日米同盟の深化、集団的自衛権行使容認を、ゴミ内閣内で閣議決定しようとしている。おそらく、現在は与党の公明党を揉めている寸劇に興じているが、産みの苦しみを乗り越えた快挙、とマスメディア政治部に思い切り書かせることになるだろう。いまでの強引な国会運営から考えても、今国会中の閣議決定となるのだろう。まぁ中国の横暴を産経、読売が連日囃し立てているのも、この“アベの集団自衛権”への吸気の醸成と見ておいて良いようだ。

 以下はダイアモンド・オンラインに掲載の田岡俊次の集団的自衛権と安全保障との関係性についてのコラムだが、概ね正論を語っている。EU各国の軍縮が驚異的スピードで実現したのも、安全保障と云うものが、≪軍事力だけではなく、外交や情報、経済関係、信頼醸成など多くの要素が加わって確保されることは常識だ。≫と云う点に異論はない。ただ、≪「もし戦争が起きればどうする気か」と聞くと、「もうヨーロッパでは戦争は起きませんから」と言う。EUで経済が一体化し、政治・行政も徐々に融合化する中、隣国との戦争はないと見て大軍縮ができる状態こそ、安全保障の究極の姿か、と感じ入らざるをえない。≫の部分は、その積りだったがウクライナの扱いで、NATO軍と云う枠組みでアメリカンの介入が強く、軍縮した以上、軍事力は米軍頼りにならざるを得なくなる皮肉が含まれる。

 どうも、安倍晋三はNATO軍を模して「東NATO軍」のイメージで事に臨んでいるようだが、アメリカンの好戦国家の腕力に屈する痛手を味わうだろう。自衛隊が海外に出て、血を流すことはないなんてのは冗談で、なし崩しにアフガンやイラク、ペルシャ湾、うっかりするとウクライナまで、のこのこ派兵の憂き目にあうだろう。安倍晋三にとって、仮想敵国である中国と、外交や情報、経済関係、信頼醸成など根性いれて行うだけの器量もないから、軍事防衛一辺倒な思考にしか至らない。軍事力で抑止するってのが、大変わかりやすい。ゆえに、軍事防衛で安全保障を担保する。軍事防衛が唯一なのだから、米軍と共に姿勢でないと、到底勝てそうもないし、抑止にはならないと考えているのだろう。ほとんど、直近のひらめきと、岸信介と冥途で話すときのネタを入手したいのだろう。

 田岡氏のコラムの最後に例によってアンケートがある。設問は「日本の安全保障にとって軍備の拡張は必要だと思いますか?」だが、6割が反対だが、軍備拡張に4割の人が賛意を表している。コラムの流れから、この設問には集団的自衛権の容認も踏まえて、と云う意図がある。反対が多いだろうと思ったが、意外にも4割の安全保障は軍事力なり、という人々がいるのがわかる。ただ、筆者の解釈だが、防衛のための軍事力行使や海外派兵に自分が行くわけではないから、米軍に守られている以上、何もしないのも恰好が悪い。せめて自衛隊員には汗を流してもらおう。その為に、税金で養っているのだし、折角の軍備も宝の持ち腐れは、あまりにも無駄などと云う考えの人々も多く含まれるだろう。自衛隊員がかなりの犠牲を出せば、今でも退職者が続出しているのに、退職の嵐が吹き荒れるだろう。そのあとは、もう徴兵制しか思いつかない政府なのだが、そこまで考えて答えている人は極わずかだろう。


 ≪ 大新聞すら大間違い。「安全保障とは軍隊で国を守ること」という誤解を解く
6月8日の朝日新聞朝刊に「安全保障とは」という問いに対し「国が安全でいられるよう軍隊で守ること」との答えが出ていて、唖然とした。これでは「安全保障」と「防衛」は同意語となってしまう。安全保障は軍事力だけではなく、外交や情報、経済関係、信頼醸成など多くの要素が加わって確保されることは常識だ。戦史、軍事史を振り返って、安全保障=軍事力という理解が、いかに危険なものであるかを検 証してみよう。

◆朝日新聞の解説に唖然
 6月8日の朝日新聞朝刊3面トップは、「集団的自衛権・優しい表現で考える」という解説記事だったが「安全保障とは」という問いに対し「国が安全でいられるよう軍隊で守ること」との答えがあり、それが見出しにもなっていたのには唖然とした。これでは「安全保障」と「防衛」は同意語となり、軍事力を増強すればそれだけ国の安全度は高まるということになる。軍隊一辺倒の安全保障論だ。  
 軍事力が国家の安全保障にとって重要な要素であることは確かだが、戦史、軍事史を知る者にとっては、安全保障は軍事力だけではなく、外交や情報、経済関 係、信頼醸成など多くの要素が加わって確保されることは常識だ。一国が自国の安全保障を考えて軍事力を増強すれば、それと対抗関係にある他国も増強して軍備競争になりがちで、相手も強くなれば金は掛かるが安全性は一向に高まらず、互いの破壊力が増すから、かえって危険にもなりかねない。

◆「大災厄」を招いたドイツの大艦隊
 その一例は第一次大戦前のドイツとイギリスの「建艦競争」だ。1871年、普仏戦争を勝利に導きドイツ統一を実現した宰相ビスマルクは、フランスの報復戦を警戒して、イギリスとの友好関係を保ったが、1890年に彼を罷免して実権を握った独皇帝ウィルヘルムⅡ世(当時31歳)は大海軍を造って海洋進出を目指した。1896年のドイツは戦艦6隻を保有するだけだったが、1898年の「艦隊法」では戦艦19隻、巡洋艦32隻を目指し、その2年後 1900年の「第2次艦隊法」では1917年までに戦艦38隻、巡洋艦58隻などにする壮大な計画となった。
 これは英国の海洋支配を脅かすだけに、英国は露、仏を仮想敵とし、独とは友好的だった従来の姿勢を一転し、日本、フランス、ロシアと同盟や協商関係を結ぶとともに、ドイツをしのぐ急速な海軍拡張に向かった。1909年には戦艦8隻建造の予算が付き、10年以降も毎年戦艦5隻を発注することになった (注・近年日本ではWar Ships[軍艦]を誤って「戦艦」と訳す例が多い。戦艦[Battle Ships]は大口径の砲を搭載、重装甲で砲戦を専門とする艦で、軍艦中の一種。念のため)。  
 当時のドイツにとり、イギリスは第1の輸出相手国、イギリスにとっては、ドイツは最大の投資相手国で、経済の相互依存関係が確立していた。またウィルヘ ルムⅡ世は英国のヴィクトリア女王の孫であったことが示すように、両国の上流階級は複雑な親族関係で結ばれ、政体(立憲君主制)でも、「価値観」(植民地支配を是認)でも本質的な差異はなかった。だが建艦競争による対立意識を双方の海軍当局、造船・兵器産業、新聞、出版社が煽り立てたため英独民衆の敵意が高まった。
 1904年6月28日にオーストリア皇太子夫妻が同国の支配下にあったボスニアのサライェボでボスニア人青年に暗殺された事件は、そのテロ活動の背後にいた、と見られたセルビアに対し7月28日にオーストリアが宣戦を布告する事態に発展した。日本の新聞は当初「墺塞(オーストリア・セルビア)戦争」と報じたが、8月4日までに独、露、仏、英が参戦して「欧州大戦」となり、さらに日本、イタリア、のちアメリカ、英国の自治領などが英仏側につき参戦、トルコ、ブルガリアが独墺側に加わり、「世界大戦」となった。戦後のヴェルサイユ講和会議には「戦勝国」として32ヵ国が出席し、うち22ヵ国は欧州外の国だった。この戦争の死者は軍人802万人、民間人664万人と推定されている。  
 戦後の英国では、冷静に考えれば、バルカン半島でのセルビアとオーストリアの戦争にロシア(セルビアと民族的にも宗教的にも近く、セルビア支持)とドイ ツ(オーストリアと民族的に近い)が加わったのはまだしも、英国が戦争に加わって死者94万人、負傷者者209万人を出すべき理由はなかった、との論が高まった。複雑な同盟網があったため、それを伝わって延焼したのが主因で、同盟には抑止効果があると同時に、一部に戦争が起これば他国への導火線となって参 戦に向かわせるリスクもあることを示した。また、英国人が戦争熱に浮かされたのは、ドイツとの建艦競争で敵対感情が煽られていたこと、ドイツの興隆で英国 の経済的優位が低下していることへの焦りもあった、と英国の戦史家は分析する。  
 海軍マニアだったドイツのウィルヘルムⅡ世が作った「大海艦隊」はドイツの安全保障の支柱になるどころか、大災厄を招いた。もしそれが無ければ多分英国 は中立を保ち、米国が英国救援のために参戦することもなかったはずで、独墺同盟側が、露仏連合に対して勝利を収めた公算は高かった。敗戦後のドイツでのナ チスの台頭や、「20年の休戦」をはさんでの第2次世界大戦も起きなかっただろう。「国の安全は軍隊が守る」とは言い切れない例だ。 

◆軍備拡張競争で崩壊したソ連
 第1次世界大戦前、小銃と大砲、騎兵の時代には軍が前線で戦い、国民の安全を守るという図は描きえた。だがこの戦争で航空機が兵器として発達し、 末期の1918年8月のアミアンの戦いでは仏軍1100機、英軍800機、独軍360機が投入されて大空中戦が展開され、1.8tの爆弾を搭載する複葉の 4発爆撃機も出現し、都市や工業地帯の爆撃も始まった。またこの戦争は軍隊だけでなく、工業力、食料生産、海運など全ての国力を動員した「総力戦」になったから、民間目標や商船も航空機や潜水艦の攻撃対象になり、前線と後方の区別は無くなった。第2次世界大戦ではこれは一層激しくなったが、特に核兵器の登場で「戦争になっても軍が国民を守る」とは誰も言えなくなった。
 核兵器は1945年7月16日のニューメキシコ州アラモゴルドでの初の核実験後、4年余り米国が独占していたが、49年8月29日カザフスタンのセミパラチンスクでソ連が核実験に成功し、核軍備競争が始まった。ソ連側に立って考えれば、これは米国の核攻撃を抑止し、核威嚇に対抗し、「国が安全でいられるように軍隊で守る」つもりだったろうが、核軍備競争になっては、そうとも言えない状況に陥った。米国はピーク時の1966年には3万1700発、ソ連は1986年がピークで4万0723発もの核兵器を保有し、もし核戦争になれば巻き上がるチリで太陽光線が妨げられ、地球の気温が数年間低下し、農業生産が激減、人類が滅びる「核の冬」も起きそうな気配になった。ソ連で1959年、アメリカで1960年に大陸間弾道ミサイルが配備に着くと、核戦争は相互破壊に終る公算が高まり、さらに先制攻撃でも破壊が困難な潜水艦発射の弾道ミサイルの配備が進み、米ソ間での「相互確証破壊」が成立した。
 これにより米ソの核戦争は起きず、冷戦は終結したから、核報復能力による核戦争の抑止は成功した、と言えるが、これは核の脅威をある程度相殺しただけで、米国が究極の軍事力である核兵器を持つ1945年7月以前と比べて安全になった訳ではない。第2次世界大戦では原爆がなくても米国の勝利は確実だった。一方ソ連は核を持ったことで、米国の一方的な核使用を防ぐことはできたものの、過大な軍備による経済の不振やアフガニスタン介入の失敗で国家が崩壊した。冷戦後核軍縮は進んだが、なお世界には約1万7000発(うち米国に7600発、ロシアに8400発)もの核兵器があり、人類を滅亡させるに十分と考えられる。

◆「ミサイル防衛」も気休め程度の効果
「抑止」(Deterrence)は日本では「防衛」と混同して使われることが多いが、本来は報復能力を示して、攻撃を防止することで、相手側の 理性的判断(やったらやり返されるからやめておこうという利害の計算)を前提としている。北朝鮮の核に対しては抑止はすでに十分に効いていて、もし北朝鮮が核を使えば、米海・空軍、韓国空軍の通常(非核)兵器による攻撃でも、北朝鮮の滅亡は確実だ。だから北朝鮮指導部が核使用を決意するのは、おそらく滅亡が迫って自暴自棄の状態に陥り、「死なばもろとも」の心境になった場合と考えられる。日本海軍が残っていた戦艦大和を沖縄に出撃させたような状況だ。こうした自暴自棄の相手には抑止は効かない。自爆テロに対して「死刑に処す」と言っても効果が無いのと同様だ。 「ミサイル防衛」は抑止ではなく純粋の防衛だから若干の効果はあるが、核付きのミサイル(7、8基程度と思われる)を同時に多数の火薬弾頭ミサイルと混ぜて発射されれば、そのうち一部を破壊しても突破されるし、大気圏外に上昇してロケットと弾頭を分離する際、アルミ箔の風船様のオトリを放出される と、空気の無い宇宙では弾頭と同じコース、速度で飛ぶから、どれを狙うべきか判定は困難だ。弾頭は上昇中に大気との摩擦で熱を帯び、オトリは冷たいから赤 外線の有無で識別する迎撃ミサイルが開発されているが、オトリに発炎筒をつけて熱を出すことは容易なはずだ。
 こうした問題があるため、日本のイージス艦は1隻に8発程度の「SM3」弾道ミサイル迎撃ミサイル(1発16億円)しか積んでいない。不発、故障 もあるから1度に2発ずつ発射するから相手側のミサイル4基にしか対応できない。陸上発射の「PAC3」迎撃ミサイル(8億円)は射程が20km以下で、 1地点(航空基地、橋頭堡など)しか守れず、1発射機に4発入れているから2回しか打てない。「何も対策が無いと国民が不安になる。気休め程度の効果はあります」と言った将官もいた。
 そこで「相手が弾道ミサイルを発射しそうになれば先に攻撃して破壊すべきだ」との説が出るのだが、北朝鮮の弾道ミサイルは海岸の舞水端里などのテストセンターで何週間もかけて組み立てて発射するのではなく、中国国境に近い山岳地帯など内陸のトンネルに、移動式発射台に載せて隠され、新型の「ムスダ ン」は出て来て10分程度で発射可能とされているから、発見は困難だ。偵察衛星は1日に1回程度、時速約2万9000kmで北朝鮮上空を通過するから常時監視は不可能だ。赤道上空を高度約3万6000kmで周回する静止衛星は距離が遠すぎて地表の物体の探知は出来ず、電波の中継や、ミサイル発射時の大量の赤外線を感知することにしか役に立たない。無人偵察機「グローバルホーク」でも内陸の谷間を撮影するには領空侵犯して直上を旋回させるしかなく、巡航高 度1万8000mは、旧式のソ連製SA2対空ミサイルでも届く高さだ。北朝鮮の核ミサイルは日本にとり当面もっとも深刻な脅威だが、これに対し「軍隊で守る」のは困難なのだ。

◆欧米では評価の高かった日朝平壌宣言
 2002年9月、小泉純一郎首相と金正日国防委員長が発表した日朝平壌宣言は、「双方が核問題に関し、関連するすべての国際的な合意を遵守する」とし、北朝鮮はミサイル発射のモラトリアム(停止)を続け、見返りに日本が国交正常化と経済協力をする、というのが主な内容だった。核に関する国際的合意とは北朝鮮が1985年に加盟した核不拡散条約(NPT)や1992年に南北が合意した「朝鮮半島非核化宣言」をさし、NPTを守って査察も受けるなら、 核開発は中断になるはずで安全保障上大きな意義があった。
 ロシア、中国が90年、92年に韓国と国交を結んで、北朝鮮は孤立し、通常戦力では韓国に決定的な差をつけられた北朝鮮は、日本と国交を樹立しても、なお秘かに核開発を続ける可能性は考えられたが、もしNPTにもとづくIAEA(国際原子力機関)の査察に協力せずもめ事を起せば、日本からの経済援助や融資、合弁事業などが停止するから、日本への依存度が高くなればなるほど核開発はリスクが大きくなり、少なくとも核実験はやりにくかったはずだ。拉致問題の情報収集や交渉も日本大使館が平壌にあれば今より容易だったろう。平壌宣言に対して欧米の新聞は「信じがたいほどの北朝鮮の譲歩を日本は獲得した」 と評価した。
 だが日本ではメディア、大衆の関心は核問題よりも拉致問題に集中し、平壌宣言は履行できず、逆に経済制裁に向かった。北朝鮮は2003年1月 NPTからの脱退を通告し、06年に核実験を行うに到った。威力が爆薬約2万t相当の初歩的な原爆でも、東京都心上空でウィークデーの昼間に爆発すれば、熱効果の半径は約3kmでその中に約150万人がいると推定され、数十万人の死傷者が出る。他の大都市も攻撃されれば国の存立にも関わるから、核問題の重要性は拉致問題とは比較にならない、と私は常に説き、安全保障に関心のある人々はほぼ誰もが同意したが、メディアは「国民感情」を恐れてその部分を削ったり「それは今おっしゃらないでいただきたい」と釘をさすことが多かった。
 日本人の多くにとって戦争は非現実的な話で、まして核攻撃は空想小説のように思えるのだろう。原発の安全神話もそれに似ていた。当時アメリカの情報機関が「拉致問題で騒ぐ自民党タカ派は平壌宣言を覆し、北朝鮮に核武装させ、それを口実に日本もNPTを脱退して核武装をしようと狙っているのではないか」との猜疑を抱いて、日本で裏取りに回っていた。それは的外れながら一理はある、と思わざるをえなかったし、結果としても「北朝鮮核武装」までは当たっていた。
 この経緯を考えても、「安全保障とは国の安全を軍隊で守ること」というのは幼稚な論であり、日本が国力に不相応な軍事力を持ち、第2次世界大戦で320万人の死者を出し、疲弊して降伏した教訓を忘れた説と感じざるをえない。安全保障の要諦は、敵になりそうな国は出来るだけ懐柔して敵意を和らげ、中立的な国はなるべく親日的にして、敵を減らすことにあり、わざわざ敵を作るのは愚の骨頂だ。「天下布武」を呼号し、乱暴者に思える織田信長も良く見れば敵を口説いて味方や中立にする「調略」で成功したことが多く、豊臣秀吉、徳川家康はさらにそれに長じていた。だが今日、官僚機構となった軍隊はまず敵を決めないと作戦計画が立てられず、作戦計画を基にして部隊配備や装備の要求をするから、次の敵はどの国か、と探し求め、予算、人員獲得のためにその脅威を宣伝するうち、自分も敵対感を募らせる滑稽な事態が起きがちだ。相手側もそれに対抗するから国の安全保障と逆行することも少なくない。

◆ドイツに学ぶ究極の安全保障
 近年「調略」に成功したのはドイツだろう。NATOの有力国として米、英、仏などと連携し、親密な関係を築く一方、1970年からは東独との首脳会談、ソ連との武力不行使、現状承認、ポーランドとの国交正常化を行い、プロシア発祥の地で、第2次大戦後はポーランドが支配していた旧ドイツ東部、オーデル川、ナイセ川の東、約10万3000平方km(統一ドイツの面積の約29%)の領土を、旧住民の不満を抑えて、ポーランド領と認めるなどの「東方政策」で、東側の諸国との関係改善につとめた。私もNATO軍の演習などの取材や、安全保障関係の会議に招かれるなど、何度も西独を訪れたが、他国との親善友好をはかる官民挙げての努力には感嘆した。その甲斐あって、1989年にベルリンの壁が崩れ、90年10月にドイツが再統一した際にも、国際政治の常識ではそれに反発しそうなフランスやポーランドから横槍が入ることはなく、EUでのドイツの存在感はますます高まっている。
 こののち欧州諸国は急速な軍縮に向かい、統一前、1990年の西独陸軍は現役30.8万人、予備役71.7万人、戦車5045輌だったのが、 2013年には現役6.2万人、予備役1.3万人、戦車322輌に減り、陸上自衛隊の15.1万人、予備役4.6万人、戦車777輌とくらべ半分以下に なった。ドイツ空軍も戦闘機・攻撃機511機が205機に急減した。仏、英の陸軍、空軍も同様な縮小を行い、英海軍もかつての水上艦48隻が今は18隻 に、潜水艦も32隻が10隻になるなど、海上自衛隊の水上艦48隻(他に訓練用3隻)、潜水艦16隻(同2隻)よりずっと小さくなった。特に財政負担になることが少ない予備役がほとんど廃止になったのは驚きで「もし戦争が起きればどうする気か」と聞くと、「もうヨーロッパでは戦争は起きませんから」と言う。EUで経済が一体化し、政治・行政も徐々に融合化する中、隣国との戦争はないと見て大軍縮ができる状態こそ、安全保障の究極の姿か、と感じ入らざるをえない。
 また、歴史的には最も激しい戦争が続き、20世紀には2回の大戦が起きたヨーロッパで、スウェーデンとスイスはナポレオン戦争の末期1814年以来、今年で200年間戦乱に呑み込まれず平和を保ち、他国が壮大な浪費と人的損害を重ねたなか、両側の交戦国に武器や部品を売り、戦時利得を得て最富裕国 となった手際も見事だ。どの交戦国もうかつにスイスやスウェーデンに攻めこめば相当厄介な相手になるだけの軍備を整え、どの国とも軍事的関わりを持たない中立政策を保ったことで、安全保障に成功したのだ。
 これらの例を考えれば国の安全保障は、慎重、穏健な対外政策、正確な情勢判断に基づく巧妙な外交、近隣諸国との良好な経済関係、他国の侵略をため らわせるには十分だが、脅威は感じさせない防衛能力、などが相まって全う出来るものであり「安全保障は軍隊で国を守ること」との解説は、むしろ国民を軍事 偏重に導き、国を危うくすることになりかねない。 ≫(ダイアモンドONLINE:田岡俊次の「目から鱗」)

日米同盟と原発 (隠された核の戦後史)
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●目を伏せても隷米に逃げ込んでも、そこに中国がある、これが現実

2014年06月12日 | 日記

 

「見たいテレビ」が今日もない メディアの王様・崩壊の現場 (双葉新書)
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●目を伏せても隷米に逃げ込んでも、そこに中国がある、これが現実 

 以下は、マハティール元マレーシア首相のインタビューだが、呆れるくらい真っ当な世界観だ。オバマやアベやキャメロンに爪の垢でも煎じて飲ませたいものだ。下痢に効果満点とかたぶらかし(笑)。最後の部分で、マハティール元マレーシア首相が日本や日本人を買い被って貰っている点は、かなりくすぐったい。この部分だけ、マハティールはお世辞を言ったのだろう。過去の同氏の発言を正当化する意味合いも込められているが、それ以外の世界観は、流石だ。

 今夜は時間の都合で、とやかく語るのは避けておくが、昨日の党首討論、海江田君が善戦したと見た。不十分だが、言うべきことは言ったようだ。しかし、海江田の喧嘩下手が現れた追及でもあった。「あなたは、自衛隊員に血を流させたいのですね?」こういう発言を多用して、もう少し印象操作に専念すべきだったろう。はぐらかされて、次の話題に移るのは愚だ。徹底して、子供の喧嘩状態を醸すべき。相手も子供なのだから、興奮して、何を言い出すか、その情緒的弱さをつくべきであった。

 それにしても、アメリカと云う国が、公式、非公式に関与する国々がことごとくぼろ糞になり、国家分解の危機を迎えている。北朝鮮、イラク、シリア、エジプト、アフガン、パキスタン、ウクライナ、南米諸国…。これらの事実が、米国の凋落を無言で語っている。介入して成功した事例がわが国と云うのも、大変な皮肉である。覇権国の地位がないと、もうアメリカ合衆国と云う新参者国家が立ち行かないと泣き叫び、あらゆる狼藉の限りを尽くしている様は、なんとも憐れとしか言いようがない。

 こんな国が、世界の警察とか、民主主義を死守する国とか、驚くべき偽善である。キリスト教、ユダヤ教には、偽善的なことを誉めそやす傾向があるが、まさに本性が現れている。貧すれば鈍するだけでなく、貧して凶暴になるとは、呆れてものも言えない。アメリカ抜きの国際連合の方が、実は世界は丸く収まる?と世界の人々が気づくのはいつなのだろう?それまで、極力生きていられるように努力しよう(笑)。


 ≪ 「中国がそこにある」という現実を受け入れなければならない
   マレーシア・マハティール元首相インタビュー
【 「アジア旋回」を宣言した米国と、国内総生産(GDP)世界一を視界に捉え、経済的影響力を増している中国との“綱引き”により、アジア諸国が「開国」を迫られようとしている。地域経済のダイナミズムに自らを組み込むために、もしくは大国の横暴を「自由の輪」で封じるために。いずれにしても、アジアの多くの国が自らを閉ざしていられない時代を迎える。
 守るべき国内市場と産業が大きければ大きいほど「開国」のリスクは高まる。失うものの小さいアジアの新興諸国にとって、GDP世界上位3カ国である米・中・日が参加する何らかの自由貿易の枠組みに参加することには大きなメリットがある。小国であればあるほど有利に見える。
 だが、その理屈は、現実を前には机上の空論とのそしりをまぬかれないだろう。失う可能性のあるものを単純に量で比べれば、確かに大国の方が大きい。しかし、失うものの価値は国によって異なる。小さなものでも、自国発展のためにはかけがえのないものかもしれない。金銭換算できない文化や誇りかもし れない。
 だが、今やそれでもなお開国するしかない、というのが、米中が加速させ、アジアが直面する「グローバリズム」というものの現実なのではないか。
 本誌特集「アジアの苦悩 米中激突の最前線」では、その現実に直面している国の1つ、マレーシアのマハティール元首相へのインタビューを掲載した。ここでは、その紙幅の制約で本誌に掲載できなかった問答も含めて、そのインタビューを掲載する。(聞き手は日経ビジネス 香港支局 池田 信太朗)】

FTAは自国経済を守る自由を制約するものだ
――ナジブ・ラザク首相はTPPに参加する意向を示し、マレーシアとしては交渉に参加しています。ですが、マハティール元首相としてはTPPに参加するのは「反対」とお考えと聞きました。なぜでしょうか。

 マハティール:国家を開放するということには同意します。我々は1960年代から外国資本を積極的に受け入れてきました。ですが同時に、国家は自国の経済を守らねばなりません。FTA(自由貿易協定)とは自国を守るという自由を制限するものです。
 また、協定の中に含まれる条件には、我々にとって不利になるものがあると考えています。例えば、(協定に違反したとして)企業は莫大な賠償金を求めて相手国政府を訴えることができます。我々にとって、好意的な協定とは言えないと思います。

――まず前者のお答えから。「自国を守る」とは、具体的にどのような行動を指しますか。

マハティール:マレーシアは異なる3種の人種が融合して生活しています。中華系は経済的に豊かですが、インド系、マレー系はまだ貧しい。我々は、貧しい者が豊かになり、富を分配するという経済改革の過程にいます。ですが、諸外国に対して国家を開くとき、人種によって優遇するような政策は取れなくなります。
 また、マレーシアの産業は小規模です。我々は、彼らを守る必要があります。もし我々が国家をオープンにすれば、大規模な産業を持つほかのTPP参加国との競争に勝つことはできないでしょう。

――首相就任中に、公務員などの採用や課税、会社設立時の手続きなどでマレー系などを優遇する「ブミプトラ政策」をされました。現状、その格差是正はどの程度まで進捗しているのでしょうか。

マハティール:格差は多くの分野で残っています。具体的にいつ解決するかは言えませんが、積極的な是正措置により状況は少しずつ改善しています。

――もう1つ、TPPが定めようとしている貿易の条件に不利なものが含まれている、という点についても、具体的に教えてください。

 マハティール:一部の条文には、 我々が自国を守れないような内容が入っています。しかも、そもそも不利か有利かを吟味するのも難しい。TPPは29章あり、すべて法律家によって書かれています。オリジナルの草案を我々が書いたわけではありませんから、自国の経済がTPPによってどのような圧力を受けることになるのかをしっかりと確認しなければなりませんが、すべてを理解するのは非常に難しいというのが現実です。

 TPPは中国への対抗策
 ――TPPの一部の条文が「マレーシアにとって不利である」というご発言には「米国に対して有利である」という意味が含められていると考えていいですか。

マハティール:そもそもTPPの パートナー国は、経済的に等しい立場ではありません。(たとえ各国が等しく市場を開放したとしても)強い経済を持つ国によって製造された強い製品に対して、我々(弱い国)の市場を開放することになるのです。しかも、豊かな国の市場にアクセスできるようになっても、マレーシアには非常に小さな生産力しかありません。得られるものが小さい。
 加えてTPPは、米国によって草案が作成されています。何かを提案しようとする場合、提案する側が有利に立つような内容になるのは当然です。

――米国がTPPを推進するのは、アジアにおける中国の影響力拡大への対抗策だと考える向きもあるようです。これについてどう思いますか。

マハティール:TPPには中国が含まれていません。それはつまり、「中国に対抗する」という意味です。

――周辺国がTPPに参加して、マレーシアだけが参加しない場合、域内経済のダイナミズムから取り残されてしまうという懸念はありませんか。

マハティール:TPPに含まれていない中国はマレーシアにとって、大きな貿易パートナーです。この政治的な意図があるとしか思えないTPPによって、よき貿易パートナーでありよき友人でもある中国を敵に回したくはありません。

――仮に中国がTPPに参加するとしたらお考えは変わりますか。

マハティール:中国がTPPに参加すれば、参加の必要性がより高まることになると思います。南米諸国やロシアなども含まれれば、さらに参加の必要性は高まるでしょう。政治でなく、貿易なのですから、そこには(地域の)すべての国が含まれなければなりません。 中国には脅威外交に屈した屈辱の歴史がある

――東アジアにおける中国の経済的、軍事的な影響力があまりにも増大することを懸念する向きもあります。

マハティール:中国が成長することを恐れていますが、中国との貿易が増すというメリットもあります。中国は巨大な市場ですから、我々マレーシアにもメリットがあります。

――台頭する中国とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。

 マハティール:我々は「対立」を好みません。「競争」は好みます。我々は「中国はそこにいる」という事実を受け入れなければなりません。中国はどこに向かって成長していくのか。そして、中国とともにどうやって生きていくのか。中国の台頭とともに、私たちは中国と生きていかなくてはならなくなったのです。
 以前、中国は貧しい国でした。だから脅威だった。けれども今は豊かになりました。豊かになった中国は、自由な取引を受け入れ、市場を開いています。脅威ではなく友人として接することができます。
 中国が巨大な軍事力を築いていると見る人もいるかもしれませんが、豊かになれば当然のことです。同じくGDPの1%を軍事費に回したとしても、貧しい時の1%と豊かになった後の1%ではまるで規模が違うのですから。

――米国と中国は今後、深刻な対立には向かうことになるとお考えですか。

 マハティール:中国は成長しています。世界首位の経済大国になるでしょう。米国は、世界のトップにいることを諦めたいとは思わないはずです。ですが米国が中国を威嚇することがよいこととは思えません。この地域に必要なのは平和です。通商関係です。軍艦はいらないのです。かつて西洋の国々が軍艦を送りつけ、同意を強要するような「ガン・ ボート外交」を展開し、中国がそれに屈したという歴史があります。今また同様のことをしているように見えます。
 戦争が起こることはないかもしれません。ですが、米国から中国への圧力はこの地域に緊張を生みだします。それはビジネス環境としてよいものではありません。

――ですが、中国は、日本とは尖閣諸島の、そして、フィリピン、マレーシアも南シナ海の島嶼の領有権をめぐって争っており、その中で強硬な手段をとっているように思いますが、それについてはどのようにお考えでしょうか。

マハティール:中国は、これらの島が中国のものであると主張しています。そして、我々は、我々のものであると主張しています。この争いが戦争となれば、勝利を収めたとしても莫大なコストがかかります。交渉するしかありません。これはマレーシアの経験でもあります。インドネシア、シンガポール、タイなどと領有権をめぐる問題が起きた場合、マレーシアはすべて交渉をすることで問題を解決してきました。これが文明人のふるまいです。

――それでは交渉は粘り強く続けるとして、中国の強硬手段にはどのように対処すべきなのでしょうか。

マハティール:中国に軍艦を送れば送るほど、中国はより攻撃的になります。中国も戦争をしたいとは思っていないはずです。平和に暮らし、貿易をし、豊かになりたいと考える人が大半です。そうした人たちと話し合う方法を探すべきです。

過去を忘れなさい、先を見ることが繁栄をもたらす
――今、アジアで最も信用に足るとお考えになる国はどこですか。中国でしょうか。

マハティール:我々は、すべての国と友人です。中国、あるいは、日本とも対立したくありません。ドイツとフランスが過去を忘れて友人となれたのに、なぜ、中国と日本はできないでしょうか。過去を忘れなさい。過去には、何度も戦争が起き、多くの残虐行為がありました。しかし、忘れなければならない。連合軍はドイツのドレスデンなどの都市を壊滅的に破壊しました。しかし、今日、ドイツはEU(欧州連合)のメンバーではありませんか。これによって、欧州には戦争はなくなりました。しかし、ここ東のアジアでは、未だに60年以上の前のことで言い合いを続けている。その戦争が、今日の我々の行動にまだ影響を及ぼしているのです。過去を見るのではなく、将来を見なければなりません。もちろん過去の記憶は、二度と過ちを繰り返すことのないように覚えておかなければならない。しかし、平和に暮らすためには先を見なければならない。それが繁栄をもたらすのです。

――ウクライナ情勢については、どのようにご覧になっていますか。

マハティール:西洋国家は「民主主義」を標榜しています。しかし民主主義とはいったい何でしょうか。多数決の勝者を受け入れられない場合、民主主義ではありません。ウクライナも、エジプ トもそうですが、選挙によって政府が生まれたのちに、それに満足できない人々がデモを組み、政府を打倒しようとする。これは民主主義ではありません。本来 は次の選挙まで待ち、競い、勝てばよいのです。しかし、米国は、国民によって選ばれた政府を打倒しようとする非民主主義なプロセスを支持している。選挙で選ばれた政府を打倒する人々をサポートすることは、民主主義ではありません。民主主義を支持すると言いながら、選挙で選ばれた政府が嫌いだから政府をデモで倒そうとしている人々をサポートする。これは偽善でしかありません。

――安倍政権をどう見ていますか。

 マハティール:安倍晋三首相は、日本経済に対して(アベノミクスによって)非常に良い仕事をしました。しかし、中国を挑発する必要はありません。中国や韓国の怒りを分かっていながら、わざわざ靖国神社に参拝する必要はないでしょう。お互い挑発し合うべきでありません。

――最後に、日本社会、もしくは日本人に対してメッセージがあればお伺いしたいと思います。

 マハティール:日本は戦争を経験し、破壊から立ち直りました。日本は常に平和を求めなければなりません。日本が戦争を禁止しているのは、一番素晴らしいことです。戦争を禁じる条項を持つ国は世界中で日本だけです。しかし今、その条項を書き直そうとしたり、取り除こうとしている。我々は、緊張関係を作らない様に努力すべきです。  日本には高い技術力があります。他に負けない優位性を持っている。しかし、中国、韓国などとの競争に直面している今、日本は、それらを生かして、 強い経済を取り戻すためのルールや条件作りが出来ていないと思います。日本が得意とするハイテクを通して、地位を奪い返すべきです。他と戦うために、技術をどう活用してくのかを考えてほしいと思っています。

*マハティール・ビン・モハマド(Mahathir bin Mohamad)氏 1925年生まれ。81年から2003年までマレーシア首相を務め、日本などの経済成長に学ぼうという「ルックイースト政策」を進めた。 
≫(日経ビジネス:アジア・国際:アジアの苦悩 米中激突の最前線 )

ブラックアジアインド番外編 絶対貧困の光景 夢見ることを許されない女たち (ラピュータブックス)
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●中身など問題外!ボクちゃんは“集団的自衛権”と云う言葉が命なのだ

2014年06月11日 | 日記

 

世界 2014年 07月号 [雑誌]
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●中身など問題外!ボクちゃんは“集団的自衛権”と云う言葉が命なのだ

 安倍晋三と云う男の腹の中、頭の中は、本日の見出しで充分言い表されていると思う。彼が強引な国会運営で行うこと、海外に出向き、日本の恥を晒し捲っているのも、すべて、中身のない国家運営を国際社会や自国内からの、冷静な観察視点を曇らせる“目くらまし”を連発しているだけだと云うことが、概ね理解できた。安倍の右翼的言動も、実際は中身スカスカで、おそらく聞くに堪えないものだろう。右翼でもなければ、国家主義者でもなく、日米同盟の信奉者でもなく、グローバリストでもなく、原発推進者でもないのだ。では、安倍晋三は何なのだ?と云うことになるが、何でもないのだ。ひと言、何も持っていない、時代のあだ花と云うことだ。

 以前から“政治ごっこ”に勤しむ政治家だと思っていたが、あまりにも考える能力に欠けているので、意外なほど簡単に危険な方向性を打ち出す。当然、本人は、そのような言動、乃至は法律が、国家や国民にどのような影響を及ぼすか、のっぴきならない国家存亡に陥るか、思考力も想像力も持ちえない。ゆえに、やることなすこと矢継ぎ早に行える。真っ当な思考経路で、安倍晋三の考えを罵っても意味はない。すべてが“ごっこ”なわけで、三歳児のオモチャ遊びなのである。このように理解してしまえば、何てことはない。数年後には、この嵐は胡散霧消するだろう。

 安倍が国会審議無視で、強引な手法に走るのも、三歳児のオモチャ遊びだからなのだ。外野の論者が、どれほど理路整然と、その問題点を指摘しても、無駄骨なのは確かだ。三歳児に遊びを中断させるには、その場から引き離すか、柵にでも入れておくしかない。ゆえに、怖れる必要は、ほとんどないと筆者などは無責任に考えている。時代のあだ花、いつまでも咲き誇るはずもない。数年後には、安倍自民党政権てのは、あれは何だった?と永田町の七不思議のひとつに加えられるだろう。外交安全保障を含め、政治は意外にオーバーライト可能なものだ。総理が変われば、世界は嘘のように変わる。ただ、この「ごっこ男」のお陰で、奇妙な敵対的国家主義者が連帯を組み、その空気を心地よいと思う人種層が生まれるのが、多少怖い。


≪「集団的」明記を指示=安倍首相、20日閣議決定目指す-限定容認採用へ
 安倍晋三首相は10日午後、自民党の高村正彦副総裁と首相官邸で会談し、集団的自衛権の行使容認をめぐる閣議決定の文案について「集団的自衛権」と明記する意向を伝え、22日が会期末の今国会中の閣議決定に間に合うよう公明党との調整加速を指示した。現憲法が認める「必要最小限の自衛の措置」の範囲内で集団的自衛権行使を認める限定容認の考え方を盛り込む方向だ。政府・自民党は、公明党の了承取り付けに全力を挙げ、事実上の会期末である20日の閣議決定を目指す。
 これを受け、集団的自衛権をめぐる自民、公明両党の協議は、来週半ばまでに結論を得られるかどうかが焦点となる。ただ、公明党は集団的自衛権の行使容認になお慎重で、調整は難航必至だ。 
 政府は当初、閣議決定の文案に関し、集団的自衛権の行使を事実上認める内容としつつも、公明党に配慮して、自衛権を区別する「集団的」や「個別的」の文言の明記を見送る方向で調整していた。しかし、首相の強い意向を受け、軌道修正した。
  首相は高村氏との会談で、「『集団的自衛権』という言葉をしっかり入れて、自公合意できるよう、より一層頑張ってほしい」と要請した。高村氏は、閣議決定案文を13日の安全保障法制整備に関する協議会で提示することに、公明党が難色を示していると報告。「なかなか、私の思うようには進んでいない」と首相に伝えた。
 一方、公明党の井上義久幹事長は10日の内外情勢調査会の講演で、今国会中の閣議決定について「党内のコンセンサスをつくるにはかなり時間も労力もかかる感触だ。それを無視して結論は出せない」と述べ、会期内に党内の意見集約を図るのは困難との認識を示した。 ≫(時事通信)

安倍晋三と岸信介 角川SSC新書
大下 英治
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●「骨太方針・人口減対策」 本質が見えていない成長神話国家

2014年06月10日 | 日記

 

里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)
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●「骨太方針・人口減対策」 本質が見えていない成長神話国家

 人口の急減が国家存亡に関わる重大事だと云う認識に立った議論が、10年、20年前から百年一日の如く交わされている。些か食傷気味なのだが、敢えて今夜は、この「少子化問題」を取り上げてみる。おそらく、少子化で一番困るのは、生産人口が減少することで、生産能力が落込み、国家の歳入が自然減してしまうことだろう。そして、その為に、現行の社会保障制度の給付額を落としても、年金受給者や介護を受ける人々への社会保障総額は半端なものでなる。3人で一人の老人の面倒を見る時代から、一人で一人の老人の面倒を見る時代が迫っていると云う、専ら経済的事情によるものとの認識がある。

 上述の問題であれば、団塊世代の急激な高齢者増と云う“団塊ジジババ時代”が過ぎてしまえば、嵐は過ぎ去り、逆ピラミッド人口構成は、いずれ解消し、円錐型の人口構成が生まれる筈である。その意味では、極めて無責任な見方をすれば、一時の過酷時代であり、出来ないことのために、無節操な歳出を垂れ流す必要がないともいえる。官邸のHPを覗いて、森まさこの“「少子化危機突破」~少子化対策まったなし~”と云う資料をざっと眺めたが、新味はゼロ。「産めよ増やせよ」と云う音頭取りで、国家主義と誹謗されるのを怖れたのか、“個人の自由を侵害するものではない”という文言が度々登場しているのが目立つ。


 ≪ ◆目標について議論する際の《3原則》
①個人の希望を尊重
個人の産む産まないを選択する自由を侵害するものではなく、あくまでも、希望する人が結婚でき、希望する人が産むことができるようなものであること。
②国・地方自治体等の目標であることの明示
個人に対するものではなく、国、地方自治体、企業等の取組を通じて達成すべき目標であり、それを国民に丁寧に説明すること。
③必要な財源確保
必要な施策を精査・総動員した上で、そのための財源を確保すること。 ≫(官邸HP:経済財政諮問会議資料より抜粋)

 毎日新聞は以下のように、この少子化対策等の経済財政諮問会議における事務進行事務方のレジュメについて伝えている。

≪ 骨太の方針:人口減対策に本腰 法人税改革推進…骨子
 政府の経済財政諮問会議が9日開かれ、「50年後に1億人程度の安定した人口構造の保持を目指す」ことなどを柱にした経済財政運営の基本方針「骨太の方針」の骨子をまとめた。会議では安倍晋三首相が「人口急減、超高齢化への流れを変えるため、従来の枠組み にとらわれない抜本的な取り組みにより、結婚、妊娠、出産、育児への支援を行っていくことが重要だ」と述べ、人口減少問題への対応を強化する方針を示した。
 骨子は(1)アベノミクスのこれまでの成果と今後の日本経済の課題(2)経済再生の進展と中長期の発展に向けた重点課題(3)経済再生と財政健全化の好循環(4)2015年度予算編成に向けた基本的考え方−−の4章立て。
 中長期的な課題として、人口減少と高齢化を明示し、「2020年をめどに『人口急減・超高齢化』への流れを変える改革」を実行すると明記。少子化対策として第3子以降への重点的な支援の検討を盛り込んだ。また、東日本大震災の被災地で「新しい東北」の創造を目指し、少子高齢化などに対応した、世界のモデルとなるような地域社会を実現するとした。
 財政健全化では、政策経費を国の借金なしでまかなえるかを示す基礎的財政収支(プライマリーバランス) について、15年度の赤字を10年度の半分にし、20年度で黒字化する目標を堅持。諮問会議の監視機能を強化し、半年ごとに経済財政の動向を点検し、進捗 (しんちょく)状況を確認するとした。また、来年10月に消費税率を10%に引き上げるかどうかは年内に判断する方針を示した。
 このほか、経済再生に向けて、イノベーション(技術開発)とコーポレートガバナンス(企業統治)の強化が重要と指摘。原子力発電所については「原子力規制委員会の判断を尊重し、再稼働」との方針を改めて示した。
 一方、「民間投資を喚起し、(海外からの)対日直接投資を促進するため、法人税改革を推進する」方針も示した。ただ、法人実効税率の引き下げ幅などについては、政府・与党内の調整が大詰めを迎えているため、具体的な記述は骨子段階で見送った。13日開催予定の諮問会議で改めて議論する見通しだ。 ≫(毎日新聞:小倉祥徳)


 日本における少子高齢化問題は、概ね経済的問題として受け止められている。「このままでは、まともな年金も高齢者医療も維持できない。現役世代の負担が常軌を逸するレベルに達する」という議論に集約されるのだが、財政負担で行えば、現役世代への負担は軽減するわけで、要はプライマリーバランスを達成するためには、現役世代にツケ回しをしたならばと云う仮説の上に成り立っている。前述のように、いずれは円柱形の人口構成になるのだから、一時異常な財政赤字が出るが、いずれ解消すると云う問題だ。

 国債格付けが投機レベルに達しようと、国債を購入する誰かが居ればいいことで、何も海外の資金の流入がなければアウトと云う話ではない。団塊世代高齢者御用達でプレミア付き特別枠国債発行などと云う選択もある。団塊世代の金融資産から国が借金をして、プレミア金利を付加すれば、かなりの量の国債は消化されるだろう。10年物で0.6%なのだから、1%上乗せの1.6%レベルでも、充分消化可能である。やる気になれば、まだまだ出来る。それから、債権大国としては、海外に流出している金融資産の利益を最大限生かすためには、円高誘導こそ正論であり、輸出なんか増えるはずもないの、円安誘導政策なんてのは、愚の骨頂である。

 子育て支援とか、いろんな手を様々に打ってきているわけで、同様の発想から生まれる少子化対策など、上手く行くはずもない。あらゆるものを民営化方向に誘導し、グローバルに門戸を開く決意であるなら、中途半端に私企業の活動を阻害する政策が、この少子化対策で出てくること自体奇異なのだ。弱肉強食、市場原理主義、新自由主義な方向に向かうのであれば、全体主義的観念の入り込む余地はないのが自然なのである。個人の自由意思を尊重すると言いながら、子供を産み育てたら、税金で保護する政策は、明らかに論理に矛盾がある。この論理の矛盾解消の答えは、「移民」になる。おそらく、この言葉を隠しているために、論理が矛盾するのだろう。

 文明や文化の先進性。中央集権における一律統治システムは、子供を欲する環境を阻害する。無宗教の国家における自由主義とは、実は無秩序を生む。この無秩序の善悪は別にして、結果は自明なわけで、欧米と世間を構築しているベースが異なるのだから、価値基準が金銭的ものだけになってしまい、共同体も宗教もイデオロギーもない国家に自由主義、弱肉強食社会を持ち込めば、人々は究極の選択をする。その選択が、極めて個人に属する問題だけに収斂するのも、これまた当然の帰結だろう。自分の給料で、家族を養うなんてぞっとする、と云う心理に追い込まれ、団塊世代である両親世代の資産を食いつぶせば生きていけると云う、自己中心世代になってしまっても、彼らの責任だとは言えない。

 そういう中央集権な、没個性国家をつくってしまった、政治や行政の責任であり、そのツケを、彼らや、彼らの親たちに押しつける政策は、責任逃れだ。民営化と云う方向が強く打ち出されているのに、公共事業で大盤振る舞いをするのだから、政策の多くがアベコベなのだ。これ以上深入りは避けるが、なぜこのような国になったのか考えると、米国の属国でありながら、属国的振る舞いに徹し切れなかった為ともいえる。ここに、霞が関の奮闘の跡がみられるのだが、この奮戦が仇となっているとも言える。属国を続けるのであれば、最終的には韓国並の没国家になるしかない。年がら年じゅう「恨み節」を謳う国家が良いのか、日本人の矜持を選び、痩せても枯れてもの美意識に生きるか、こりゃ国民の考える事だ。筆者が、あれこれ薫陶を垂れても意味はない。少なくとも、グローバル自由主義と全体主義は調和しない。筆者の趣味からいえば、どちらも御免蒙りたい(笑)。

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●日経曰く、長命リスクを乗り切る知恵 資産運用、投機に走れ!

2014年06月09日 | 日記
成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか (一般書)
水野和夫,近藤康太郎
徳間書店


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●日経曰く、長命リスクを乗り切る知恵 資産運用、投機に走れ!

 日経新聞に、長寿を歓んで謳歌している暇はない。今すぐにでも、投資と云うものに取り組まないと、「長生きリスクの罠にはまる」みたいな解説記事と社説が掲載されていた。何という我田引水なメディアなのだろうか、政権が狂いだせば、メディアが一層狂う典型のような記事である。「資産4000万円でも底をつく 人生90年の備え方」と云う特集記事の詳細は13日の金曜日に、おどろおどろしく本紙に掲載されるようなので、この記事は前宣記事と云うことだろう。先ずは、その記事を読んでいただき、次に期せずして、畳み込むように、社説でも言及する念の入れようだ。このからくりの種明かしは、いずれ日経新聞の全面広告で検証できるのだろうが、あまりにも酷い提灯記事と思われる。

≪ 資産4000万円でも底をつく 人生90年の備え方
 「賃貸住宅に住み続けるべきか、思い切って自宅を購入すべきかどちらが得か迷っています」──。頑張って預金8000万円をためたある50代の夫婦。ファイナンシャルプランナー(FP)の小屋洋一氏に相談したが答えは意外なものだった。「持ち家でも借家でも、あなたの人生にとって大きな問題ではありません」
 小屋氏が重視したのは、今後30年以上続くこの夫婦の残りの人生のお金の問題。「運用の仕方によっては1億円以上の損得が生じますよ」。預金一辺倒で運用など考えていなかった夫婦はこの日以降、相談内容を老後のマネープランに切り替えた。
■長生きは「リスク」
  日本人の平均寿命は2012年で男性79.94歳、女性86.41歳。60歳で退職しても先は長い。2年で2%の物価上昇をうたった日銀の「異次元緩和」から1年たち、物価は上がり始めている。現金を眠らせておくままでは資産価値が目減りする。年金支給の開始年齢も段階的に引き上げられている。老後の備えは今や1人1人の切実な問題だ。
 生命保険文化センターによると、老後の通常の生活にかかるお金は夫婦で最低でも月22万円、旅行などゆとりある生活には月35万円が必要。体調を崩し入院すればさらに1日平均2万1000円、介護付き有料老人ホームに入れば入居時に1000万円近くかかる場合もある。
 日経ヴェリタスがFPの協力を得て夫の60歳の退職時に4000万円の金融資産がある年金暮らしの夫婦をシミュレーションすると、年金収入に加えて金利の付かない現金の状態のままの資産を取り崩して生活する場合、81歳で完全にお金がなくなってしまった。
 「長生きはお金の面から見ればリスクだと認識し、しっかり備えなければいけない」。老後資金を研究する山口大学の城下賢吾教授は警鐘を鳴らす。
 老後の必要資金をどのように備えるべきか。専門家は(1)資産運用(2)就労継続(3)資産の有効活用──の3点を助言する。
 ■70代でも資産形成
 フィデリティ退職・投資教育研究所の投資家3000人調査では投資目的について、70代の回答でトップだったのは「老後の資産形成のため」(47%)。70代でも資産形成に励む必要があるという、現実の厳しい一面を示す結果になった。
 先のシミュレーションによると年率3%のリターンで4000万円全額を運用した場合、お金が底をつくのは90歳。現金を眠らせる場合と比べて、9年遅らせることができる。
  仕事のリタイア時期を延ばし、趣味の夫婦旅行を楽しむのは横浜市在住の72歳男性。60歳で大手メーカーを定年退職後、ビル管理技術者資格を生かし62歳 から大型ビル管理の仕事を始めた。週4日ほどの勤務で月10万円稼ぐ。「生活費は年金、趣味は仕事の収入から。資産は取り崩さない」。金融資産の8割を株 式投資に配分し、資産運用にも励む。「仕事と趣味、投資が元気の源」と笑顔だ。
 自宅を担保に資金を借り、死後に自宅を売って返済する「リバースモーゲージ」も広がっている。東京スター銀行は2005年のサービス開始以降、利用件数は低迷し続けたが、ここ3年で急速に契約を伸ばし、2月には累計で3200件を超えた。
 人生90年。豊かに暮らすにはお金がかかる。あらかじめ老後の負担を正しく把握し、資産を上手に活用することが長生きを謳歌する第一歩と言えそうだ。 ≫(日経新聞電子版:詳細は13日付紙面に)


≪ 年金の安定へ即座に改革着手を 〈社説〉
 少子高齢化の中、厚生年金や国民年金は将来どうなるのか。厚生労働省はこのほど、おおむね100年先までの公的年金の財政状況を検証し、結果を発表した。
 それを見ると「今のままでは安心できない」と言わざるを得ない。ある程度意味のある年金を支給し続けるには、制度の改革が欠かせない。改革は国民や企業の痛みを伴うが、放置していては将来世代へのしわ寄せがひどくなるばかり。早急に着手すべきだ。
■楽観できない検証結果
 公的年金は人口構成や経済環境に大きな影響を受けるが、それらは時代とともに変化する。そこで厚労省は5年ごとに、人口や経済の新たな前提を置いて将来を検証している。今回は経済について、中長期的に高成長が続くケースからマイナス成長となるケースまで、8通りの前提で試算した。
 公的年金の支給水準は、モデル年金額が現役男性会社員の平均手取り収入に対してどの程度あるかという割合で示す。これを「所得代替率」という。モデル年金とは、平均収入で40年会社に勤めた夫と専業主婦の妻からなる世帯がもらう額をいう。
 現時点での所得代替率は62.7%。検証結果によると、8通りの経済前提のうちの中間で標準的とみられるケースの場合、所得代替率は約30年かけて50.6%にまで下がって安定する。年金は約2割の目減りだ。  政府は所得代替率50%以上の維持を目標としているから、このシナリオなら目的を達することになる。しかし、ひと安心とはいかない。前提が楽観的なのだ。
 今後10年で日本経済は急速に回復し、中長期的に物価は毎年1.2%、賃金は2.5%伸びるとする。年金積立金の運用利回りの見通しも5年前の検証の標準ケースよりわずかだが引き上げている。女性や高齢者の労働参加も大幅に増えると仮定する。
 後で「あの通りにはいきませんでした」では信頼を損なう。より堅実な前提に重きを置くべきだとわたしたちは主張してきた。
  女性らの労働参加も進まず中長期的にマイナス成長が続く最悪ケースでは、40年後の所得代替率は39%にまで下がりかねない。年金は今より4割ほど目減りすることになる。アベノミクスが功を奏すことを期待したくもなるが、厳しい未来も視野に入れ、改革を実施していく必要がある。
 公的年金は2004年、現役世代の負担ばかりが増えるという批判を踏まえて、保険料に上限を設け、その範囲内で年金を支給する制度に変更した。厚生年金の場合で給料にかかる保険料率は現在約17%だが、3年後には18.3%まで上がって固定される。
 ただ、そのときに導入した「マクロ経済スライド」はまだ一度も発動されていない。年金水準を毎年小刻みに下げる仕組みだが、デフレ経済下では機能しにくい立て付けになっているためだ。
 制度を見直し、即座に着実に実施していくべきだ。早いうちに年金の水準を切り詰めておけば、将来の水準低下をある程度抑えることができる。
 年金制度の支え手を増やすことは、年金財政健全化に役立ち支給水準も上げる。
■支え手を増やそう
 女性を中心とするパート労働者の厚生年金加入を進め、保険料を負担してもらうようにしていきたい。現在、パートの中には夫に扶養される立場として、保険料を負担していない人も多い。
 現在は原則65歳である年金の受給開始年齢を引き上げることも、検討に値する。この場合、高齢者が働きやすい環境を整えていくことが必要だ。
 年金財政が厳しいと公的年金積立金の運用に期待したくなる。だが、高い利回りを前提に制度を考えるべきではない。運用の目的は将来の年金受給者のため長期的に年金資産の価値を高めることだ。運用力の強化は進めるべきだが、目先の利回りを最優先するような運用体制にしてはならない。
 年金制度に関連した様々な制度改革も進めたい。現役世代に比べ優遇されている高齢者に対する税制は見直し、世代間格差の是正につなげてほしい。収入や資産が多い高齢者には相応の負担を求め、世代間だけでなく世代内の助け合いも強化していくべきだ。
 女性や高齢者の社会参加を進めて担い手を増やすだけでなく、将来の担い手である子供の数も増やしたい。夫婦共働きでも子育てがしやすい社会をつくるなど、年金の安定に向けて社会全体を変えていく必要もある。 ≫(日経新聞6月8日付社説)


 ご無理ごもっとものような社説だが、昨日の伊藤元重のコラム同様、根っこの前提の議論が抜け落ちている。つまり、現状のまま、どのような改革に着手しようと、“目くそ鼻くそ”の類の議論になるだけだ。定年退職しした人々の何%が、4000万の金融資産を有しているか、非常に恵まれた類の人を前提にしているのも気に入らん。 ≪生命保険文化センターによると、老後の通常の生活にかかるお金は夫婦で最低でも月22万円、旅行などゆとりある生活には月35万円が必要。≫とあるが、通常の生活費が22万円で、ゆとりある生活なら35万円と跳ね上がる。月額13万円も浪費するゆとりってのは、なんじゃい!月10万程度で若いお姉さんでもサポートするアイデアなのだろうか?(笑)

 今のままのシステム(中央集権体制)では、どのようなシミュレーションをしても、多くが捕らぬ狸の議論になるわけで、時間の無駄、金の無駄である。いまの統治システムを変えたくない連中が考える限り、永遠に答えは得られない。地方主権と地産地消的な生活観念の変革。そして、そもそも、幸福感とは何なのか、この難しい哲学的論争を経ないことには、納得な答えは出てこない。うんざりするほど気の遠くなる議論だが、いずれ、この議論の場に座らないことには、物事が前に進まない事実を国民は認めざるを得なくなるのだ。その為に、早く、現在の体制の日本と云う国が亡びるのは良いことかもしれない。亡んでしまえば、考えると云う行為が行える人間であることに気づくだろうから。

 人間には知恵がある。援けあう心もある。他人との距離感を適度に保つバランス感覚もある。しかし、人間の感性を超えた大きさに拡がった世界で置き去りになると、この持って生まれた人間の基本的感性が眠りにつく。ここが中央集権体制の国家の嵌りやすい落とし穴なのだ。知っている顔、知っている町や村を歩いている限り、落とし穴がどこにあり、どこそこの沼は底なし沼だと伝えてくれる伝承が残る。ここなんだよね、地方分権と共同体自治が成立する肝は。地域ごとに個性的に生きる面であれば、日本人は異様に優秀な民族になる。あまりに広過ぎ、早すぎると、日本人は感性を失い、民族の有能度を発揮する場を失う。

 ≪投資家3000人調査では投資目的について、70代の回答でトップだったのは「老後の資産形成のため」(47%)。70代でも資産形成に励む必要があるという、現実の厳しい一面を示す結果になった。≫こんなことも書いてある。つまり、ない金を増やそうと投資するわけだが、ない金がゼロになる話をしていないのが奇妙だ。投資は投機である。根こそぎ無くなるばかりか、借金まで抱えるリスクもあるわけだ。そのような事態が起きたら、日経は、投資・投機は自己責任の範囲で、と口を拭うのであろう。亡き邱永漢氏が言っていた。「金を貯めるコツは金を使わないことだ」貧乏な人ほど、この言葉の意味を充分理解してほしいものだ。

年金は本当にもらえるのか? (ちくま新書)
鈴木 亘
筑摩書房


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●詐術的比較論で法人減税の擁護 個別法人納税実態リスト作成を!

2014年06月08日 | 日記
日本の税金 新版 (岩波新書)
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●詐術的比較論で法人減税の擁護 個別法人納税実態リスト作成を!

 日経新聞は、以下のように法人税減税の必要性の刷り込みに余念がない。しかし、よくも此処まで事実を捻じ曲げ、都合の良い表面ヅラだけを示せことが可能なのだろうか。調べたら切がないが、日本の法人が支払っている法人税が、日経の報道や政府の言うように地方税も含む法人実効税率が「36.64%」も、現実に収められているか、納税実態一覧を出しながら議論の場を作るべきだろう。

 勿論、法人実効税率が低い方が、その国で企業活動を行う企業に魅力があるのは当然だ。おそらく、あらゆる方面の施策から設けられた法人優遇の制度は多様で、国税の管轄ではないものも含まれるので、実態は驚くほど名目法人税よりも、5%~10%程度低いものになっている。15~20%しか法人税を納めていない企業が脱税をしているわけではなく、日本の法人実効税率は、税制を中心に、網の目のように網羅された制度の中で実質法人税は充分に低く抑えられている。逆に言うなら、これらブラインドになっている減税効果のあるシステムをチャラにして、これが法人税の実態だ、と云う一覧をつくるべきであり、議論はそれからだ。

 ≪ 法人実効税率 日本、主要国より高水準
 国税の法人税と地方税の法人住民税や法人事業税などを合わせ、利益に対する企業の実際の税負担率を示す。2014年度以降の日本の法人実効税率は 国と地方合計で35.64%(東京都)だ。今年3月時点の比較では、40%を超す米国を除き、ドイツ(29.59%)や英国(23%)、中国(25%)、 韓国(24.2%)など主要国に比べて高い。
 税率が高いと、日本の企業の競争力を損なううえ、海外企業の日本進出を阻む懸念が強い。政府内には「国際水準まで下げる」との声があるが、ドイツのように20%代後半とするのか、アジア各国のように25%前後にするかで意見は分かれる。
 大手会計事務所のKPMGによると、法人税率下げが進んでいる欧州各国の税率は13年に平均で約20%まで下がった。世界的に低下傾向の法人税率が、消費 税率と並ぶような国も出ている。日本はグローバル化に対応しつつ少子高齢化に備える財源も必要で、「法人減税・消費増税」という世界の潮流に合わせた税制 改革を迫られている。 ≫(日経新聞電子版)

 上述の日経の記事に対照的なのが「しんぶん赤旗」の記事である。この記事の方がより公正公平な比較に近づいている。実際には、各企業の納税状況の一覧を作成すれば、すべては簡単に判明する。しかし、どこの誰も、それをしようとしない。このことの方が不思議で胡散臭い。

≪ 法人税 「40%は高い」といいながら実は… ソニー12% 住友化学16%
 日本のトップ大企業の利益にかかる法人課税の実際の負担率が優遇措置によって30%程度であることが本紙の試算でわかりました。日本経団連は現在 40%の法人実効税率が高すぎるとし、減税を要求していますが、大企業が払っている税金ははるかに低いのが実態。法人税減税の財源を消費税増税に求めるの は身勝手すぎます。

 優遇税制で大まけ 平均3割
 試算は大企業に対する優遇税制が一段と強まった2003年度から09年度の7年間を対象にしています。経常利益の上位100社(単体)で負担率は平均33・7%でした。
 財界は法人税の実効税率を25%に引き下げるよう政府に要求していますが、日本経団連の会長企業、住友化学が払っている法人課税の負担率はわずか16・6%でした。前会長の企業、キヤノンは34・6%です。
 自動車メーカーでは最大手のトヨタ自動車が30・1%、本田技研工業は24・5%でした。電機ではパナソニックが17・6%、ソニーが12・9%。鳩山由紀夫前首相が大量の株式を保有していたブリヂストンは21・3%でした。
 大企業は研究開発減税で大幅な恩恵を受けるほか、海外進出を進めている多国籍企業には外国税額控除などの優遇措置があり、40%の税率は骨抜きにされています。
 法人実効税率は国税である法人税に地方税である法人住民税、法人事業税を加えた税率です。この試算では、景気変動の影響を除くため各社の決算デー タから7年間の税引前当期純利益と法人3税の合計額で実際の負担率を計算しました。銀行・証券・保険業と純粋持ち株会社は除きました。

 日本経団連の税制担当幹部 「法人税は高くない」
「日本の法人税はみかけほど高くない」と財界の税制担当幹部自身が認めています。
 阿部泰久・日本経団連経済基盤本部長は税の専門誌『税務弘報』1月号で、法人税について「表面税率は高いけれども、いろいろな政策税制あるいは減価償却から考えたら、実はそんなに高くない」との見解を表明。「税率は高いけれども税率を補う部分できちんと調整されている」と説明しています。
 阿部氏はまた別の専門誌『国際税制研究』(2007年)で、大企業の実際の税負担率が高くない理由について二つの要因を指摘。一つは、研究開発減 税や租税特別措置などの政策減税。製造業では「実際の税負担率はおそらく30%台前半」。もう一つは、大企業は「税金の低い国でかなりの事業活動を行っ て」いることから、「全世界所得に対する実効税率はそれほど高くない」。そして、「他の国がもっと税率を下げてしまったので、調整が必要だというのは建前的な発言」だと、明かしています。
 *研究開発減税 企業が製品開発や技術改良のために支出した試験研究費の一定割合を法人税額から差し引ける制度。研究開発費の多い大 手製造業に得な制度です。減税額の9割程度が資本金10億円以上の大企業。2007年度決算データから推計するとトヨタ自動車は822億円、キヤノンは 330億円の減税です。
 *外国税額控除 海外に進出した日本企業が外国で法人税を払う場合、その分を日本で払う法人税から差し引く制度。外国企業に優遇税制を敷いている途上国で法人税の減免措置を受けた場合でもその分を払ったとみなして控除される場合があります。 ≫(しんぶん赤旗)


 しかし、法人の実効税率をシンガポール並みに20%を切る税率まで引き下げたとして、日本に世界の企業が押し寄せ、海外に生産拠点を持つ企業がUターン現象を起こすかといえば、まったくその可能性はない。強大なマーケットがなくなる事が自明な国での生産は、輸送と云うデメリットも消化する必要があるわけだから、デバイス系はあり得ても、製品系には望み薄だ。労賃の問題もある。タイ、ベトナム、インド並の賃金の労働者を確保できるのか、それもNOである。つまり、自国のメリットが何で、デメリットが何か、その根本問題をさて置いて、法人税だけの議論をするのは狂気だ。本末転倒で、まさに安倍晋三のロジックが、いまだ狂気の中で展開している証左だ。

 伊藤元重という東京大学大学院経済学研究科教授は食わせ者である。あるコラムに『 「消費税は国民一般、特に庶民に税金を課すものである。法人税は企業、特に利益をあげている大企業に課すものである。消費税率を上げて、法人税率 を下げていくのは、国民をいじめて大企業を優遇するものである」──こうした意見を聞くと、経済がわかっていない小学生のような議論だと言いたくなる。 

 経済は複雑な体系である。法人税率によって企業行動がどう変わり、それが雇用や経済活力にどのように及ぶのか、マクロ経済全体としての思考が必要 だ。そのうえで、消費税と法人税のどちらでより多くの税収を確保することが、国民全体にとってより好ましいことなのかを議論しなくてはいけない。              
 ただ、残念ながら、現実の税に関する議論は小学生レベルの単純な見方が強い影響を及ぼしがちである。それゆえ、日本ではなかなか消費税率を上げることができなかった一方で、法人税率は世界有数の高さのままなのである。 』というような事を書いていたが、まさに東大話法、「原発神話」並みの低俗なたとえだ。そもそも、経済の仕組みは複雑で、愚民には理解できないのだから、黙って偉い人の言うことを聞け、彼はそのように東大で教鞭をとっている。

 自分の専門分野が、高尚で複雑だと云うような男は、実は経済を知らないのだ。如何に複雑なものを、本質を変えずに単純化してこそ、学者である。複雑でもないものを、一層複雑にして、複雑さ混入の過程において、様ざまな思惑的利益技法を埋め込むのが、役人や東大教授らの宿命なのだろう。たしかに、税は一体的な議論が必要なのは当たり前。ただ、経済や税体系の議論の前に、そのかき集める税の、再配分について、明確な社会的コンセンサスが必要だと云う根っこが、彼の論から抜け落ちている。つまり、スタートから、彼は詐術の枠組みでコメントしている。最低な奴だ。考えが単純なのが間違いなのではなく、その議論のテーブルに就く前、前提となる社会が、どのような社会であるか、そのベースロード社会の議論が必要だ。

私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史 (新潮選書)
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●ジワジワ溶けてゆく国際社会 加速度的に溶けるのか、日本

2014年06月07日 | 日記
市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像
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●ジワジワ溶けてゆく国際社会 加速度的に溶けるのか、日本

 ここ最近の“G7”って何だろう?と思うことが増えてきた。フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、ジャパン、イタリア、カナダの七か国。この七つの自称先進国の親睦会であることは、間違いなさそうだ(笑)。国際通貨基金(IMF)の国際通貨金融委員会や総会の際に併せて開かれ、これら7か国の財務大臣・中央銀行総裁会議のことを指す。そもそも1975年に工業化された民主国家の経済に関わる問題を協議する場として設けられた“G5”仏・米・英・西独・日本が始まりなので、伊・加が加わることで目的は曖昧化し、政治問題を討議する場に変わりつつある。

 国連と同じような問題も扱い、その役割の境界線が不明瞭になってきた。1991年、当時の米国クリントン大統領が、お調子者で欧米に神話的ボリス・エリツィン露大統領を社会主義国家に逆戻りさせない思惑で、この親睦会に参加させ、G8に変身したのだが、西側諸国の溜り場化したG5-G7-G8-G7と変移、上述7か国の親睦会になった。国連の常任理事国か中国・ロシアを排除した“仲良し倶楽部”は、まさに小沢一郎、鳩山由紀夫を異端者として排除の論理にうつつを抜かすわが国の民主党と云う政党にそっくりだ。

 国連の機能が、安保常任理事国の拒否権で機能不全に陥り、アメリカの傀儡である韓国の外交官・潘基文を事務局長に据えたことで、その機能不全は完成された。世界が、“モンスター覇権国アメリカ”が死期を迎えるに当たり、殉死の国を探したり、無理心中する相手を探し、手足を縛る獰猛さには、身の毛がよだつ。誰が考えたって、中国とロシアを排除して、世界の安定を考えるなんてのは滑稽で、単に時間を無駄遣いしているだけなのだ。この覇権国家は、死期を目の前にして、新たな愛人・ウクライナを手に入れようとしている。もう既にオスの機能を喪失しているに関わらず。支配欲、占有欲のなせる業とは、こういうものなのだろう。筆者も老成した折には、この覇権国家の真似だけはしないようにと思いながら、オバマの詐術寸劇を眺めている。

 まぁアメリカにも、「死にたくねぇ!死ぬならお前らも道連れだ!」と叫ぶ権利はあるだろう。その腐っても鯛の剛力で、ひ弱な同盟国を手籠めにする権利はあるのかもしれない。そのような行為が無駄だと知っていても、やめられないのが覇権国衰退前の悪あがきなのは、常に歴史が証明している。怖ろしいものだが、歴史の流れと云うもの、どのように強大な力をもってしても、阻止できないのだから、米国も歯がゆい思いでいるだろう。この歯がゆさは、今後一層顕著になるので、凶暴性が増す点が要注意である。NYダウが絶好調だけど、おそらく中間選挙を迎えるオバマの詐術寸劇だろうが、酷い株式バブルになりそうだ。米国債まで上昇基調なのだから、かなり変。アメリカって国は、選挙のたびに世界に迷惑をばら撒く。

 この覇権国の“燈滅せんとして光を増す”におつき合いしているような顔をして、安倍自民党や霞が関官僚組織は、国民の富を収奪しようとしている。この収奪が、アメリカ覇権国死守とか、グローバル企業育成のためとか、具体性があり、目的がハッキリしていれば、それはそれで効果もあるだろうが、実はこの、国民の富の収奪の目的が今一つ明確ではない。ここが、いま日本の一番ヤバイ点だと思う。様々な安倍官邸の目指す政策が見えてくれば見えて来るほど、売国奴の疑いが濃くなる。この売国が厄介なのは、行っている人間たちが、本気で日本を救う道だと云う確信犯に至って実行しようとしている点だ。このような流れも歴史の必然であれば、傍観する選択もあるが、心臓が衰弱している人間に強壮剤を飲ますような振る舞いは、やはり狂気なのだろう。

 公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、アベノミクスの最大にしてい唯一の効用、東証株価を上げるため、乃至は維持するために、かなりの無理な運営を行う方向に動いている。すでに、公的年金資金を取り扱う各信託銀行運用部は、株価操作紛いの買い支えを、安倍政権への忖度運用を行っているが、間接的なPKOから、もっと確実な株式市場へのアクセス権付与を考え出している。一応、専門家と思われる投資会社の運用の他に、自家運用を始めるのだと言い始めた。GPIFが安倍官邸の意向に殉じるのは確実で、ほとんど国家ぐるみのインサイダー取引の様相になってきた。

 厚生労働省はグリーンピアで基金の金を垂れ流したし、かんぽの宿も酷かったが、今度はコンクリートなしに、直に年金基金の積立金を自家用投資すると云う。この年金基金は、現在約129兆円なのだから、この1%でも1兆3千億になる。この基金運用の比率を消費増税同様に3%引き上げ、全体の20%に持っていこうとしている。彼らの年金基金の取り扱いは、前述の通り杜撰であり、且つ責任感の欠片すらないのだから、4兆円近い金が株式市場に流れ込む。この情報を頼りに、東証株価は1000円以上の値上がりをみせているが、アベノミクス成功のバロメータ、好調な株価維持の為に、国民の積立金がズブの素人役人トレーダーによって流用されるようなものだから、博打もいいところである。無論責任の所在も、投機である以上生じる可能性は少ない。

 この情報に接した国民が怒りだすかと思いきや、特に強い反対意見が出ているわけでもない。マイナスな運営はしないに違いない程度の認識にあるようだ。たしかに出来高が2兆円前後の株式市場に4兆円以上の資金が流るのだから、連想高に期待する投資家も増えるだろう。NYダウが真偽不明の米国統計数値に反応して起きる底上げよりも、一時は確実に株価に反映するだろう。日経で3000~4000円上げの効果を見込む向きもある。そうなれば、企業のファンダメンタル以上に株高が演出され、安倍官邸の行き先不明の改革は速度を増すだろう。

 問題は、このような単純に見える形でPKOを進めてしまえば、金融のプロである金融マフィアハゲタカファンドにとって絶好の餌食になる可能性は大いに高まる。流入資金が増えると云っても、やはり限定的なわけで、株価の頂上も見えやすいので、買いがファンドにとって、絶対に負けないカジノ経営を日本国家が行ってくると云うことにもなる。いまでも、郵貯簡保資金300兆円程度も、株価を引き上げる資金に流入する可能性はある。とどめには、JA農林中金の82兆円も見えている。JA解体説には、この運用の収奪も含まれているだろう。

 TPPによる金融マフィアの参入が待ったなしとなるのであれば、その前に国内組でがっちり運用構造を構築してしまおう、と云う崇高な国益に向かう話と受けとめてもいいのだが、安倍官邸にも、霞が関組織にも、そこまでの決意とか計画性よりも、当面の株価の上昇材料を提供するアナウンス効果を狙った大本営発表情報であると考える方が妥当だろう。仮に、このアナウンス効果狙いの資金流出が無度骨になった時は、国民の富が株式市場の藻屑となる。それでも、この責任を引き受けるポジションはないので、誰も傷つかず、国民だけが資産を失う。

 話はがらりと変わるが、ウクライナを挟んだ欧米対中露のいがみ合いも、膠着状態になりつつある。ウクライナ騒動で、主たるメインプレヤーは米国民間請負企業であることは明白なのだから、やはり、中国をけん制する意味も含めて、死期の近づいたモンスター国家対新興勢力中国の対決に収斂されてゆく。無論、現時点では、中国よりもロシアの軍事技術の優越性や資源の豊富さから、中国にとってロシアはパートナーでなければならないわけだから、当面ロシアが矢面に立っている状況と見ておいていいだろう。米国オバマも、茶々入れ外交で、ロシアをミサイル防衛体制でICBMを撃たせない布陣を敷くことで、一安心したいのが本音だろうが、まだまだウクライナの傀儡政権の器量がどの程度のものか、未知数が多過ぎて、二の足を踏み小康状態を迎えているようだ。

 「ロシアの声」に面白い記事があった。「ウクライナ大統領選挙で当選したポロシェンコ氏の就任式に、米国からは、バイデン副大統領、欧州連合(EU)からは、ロンパイEU大統領が出席する。また、ポーランド、リトアニア、スイスなどの首脳も参加とあるが、仏独英も首脳レベルの出席はない模様で、大統領に就任したと云うポロシェンコ(ユダヤ人)をNATO側が全面支援に乗り出すかどうか不透明さをみせている。日本も、閣僚の一角が出席する予定はなさそうだ。つまり、NATO勢力にとっても、手放しで歓迎することが出来ない“付け焼刃政権”の性格を表しているようだ。

 日本がウクライナの新政権紛いに半身に構えた姿勢は正しいだろう。まず間違いなくポロシェンコ政権は短命になるのだから、こんなところで、プーチンの機嫌を損ねる方が問題だという程度の認識はあるようだ。ロシアの識者が「この日本のプラグマティズム(実際主義)な選択は正常な判断」と評価している。暫定政権時の首相がユダヤ人で、新大統領もユダヤ人だと云う事実を、キエフのウクライナ人は、今さらながらのように知った可能性するある。ウクライナ人は新聞を読まない民族に属しており、人伝プロパガンダに靡く傾向があるため、知識や情報を得た上で、民主的選挙に臨む習慣が今一つのようだ。

 反シオニストで鳴らした国家が、よりによって、ユダヤ人の両巨頭を選んでしまった事実に、今頃ウクライナ国民は、「なんだなんだ、これはどういうことだ」と頭を抱えているかもしれない。もし仮に、ヤツェニュク首相、ポロシェンコ大統領と云うユダヤ人政権の権力維持が続いたら、第二のイスラエル建国まで視野に入るわけで、今度はイスラエル、パレスチナ、ウクライナ、ロシア、ポーランドを巻き込む、世界的大騒動に繋がるのかもしれない。

 いま、西側メディアの多くの論調は、日本の安倍政権は、オバマとプーチンの二人に股裂きに遭っていると板挟みを愉しんでいるようだが、案外、米ロの仲介者としての立場に昇格できるチャンスでもある。この仲介者の地位を得れば、なんでもイエスの日本が、米国にも物申す国家になり得る。官僚どもが羽交い絞めにしてでも、それを許そうとしないだろうが、今回の北朝鮮の日本融和策には、ロシアの影が見えているので、ロシア、北朝鮮、中国と会話できる国家になろうと思えばなれるチャンスでもある。まぁここまで安倍官邸が気づいているとは思えないし、その困難な外交をこなせる人材もいないだろう。

歴史家が見る現代世界 (講談社現代新書)
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●日本でグローバル展開可能企業は、トヨタ&ソフトバンクだけ?

2014年06月06日 | 日記
メディア・コントロール―正義なき民主主義と国際社会 (集英社新書)
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●日本でグローバル展開可能企業は、トヨタ&ソフトバンクだけ?

 正直、筆者も見出しに近い印象を持っている。今夜も時間がないので、現代ビジネス掲載の「週刊現代」の成毛氏と真壁氏の対談を以下に紹介してお茶を濁させてもらう。両氏の意見に全面的に賛同はしないが、以前から注目している、この2社及び経営者にスポットが当てられている点を評価し、皆様にも読んでもらおうと思う次第。

 最近は、希代の米国唯一の哲学者で言語学者の、エイヴラム・ノーム・チョムスキーに心酔している。大変失礼なことだが、彼の殆どの考えに、強く同調できるからだ。ノム・チョムスキーは自らを「自らの視点を『啓蒙主義や古典的自由主義に起源を持つ、中核的かつ伝統的なアナキズム』と述べている点が興味深い。あぁ筆者も啓蒙的であり(押しつけがましいがW)古典的な自由主義である。まさか、アナキズムまで至っているとは思わなかったが、本来の古典的アナキズムの言葉の意味を深く知ると、たしかに、筆者もアナキストだと理解できた。この辺は、近々、自分の考えとアナキズムの同調性に関して、コラムを書いてみようと思っている。
 

≪ 変化は速い、流れが読めない会社は死ぬ PART2 孫正義はどこまで大丈夫か。あの巨大企業はきっと消える
日本の有名企業これから大きく伸びる会社消えるかもしれない会社
成毛眞(元マイクロソフト日本法人社長)×真壁昭夫(信州大学経済学部教授)×本誌経済担当

■ 実は古典的な経営者
本誌 ソフトバンクが営業利益1兆円の大台を突破しました。同時に孫正義社長の悲願だったNTドコモ抜きを達成し、携帯業界で日本トップの地位を獲得しました。

真壁 孫さんはいままでの日本の経営者では考えられないような巨大リスクに挑んできた。その勝利の証でしょう。先日、あるIT関連の創業経営者に「孫さんはどうしてあんなにリスクを取れるんですか」と聞いたら、「彼は死にかけたことがあるからだ」と言っていました。

成毛 そうなんです。孫さんは25歳の時に慢性肝炎で倒れて経営の一線から退いたことがある。その時に真壁さんがおっしゃる通り、本当に死にかけて、そこから失うものがなくなった。だから外野からは巨大なリスクを背負っているように見える時でも、孫さん自身はとても冷静でいられるんです。

本誌 ただこの間NTTの人に取材したら、「ソフトバンクだけには負けられない」といきり立っていましたよ。巨大NTTがなりふり構わぬ反転攻勢に出てきたら、再逆転もあるのでは。

成毛 NTTの人って、昔から通信インフラだけを提供する「土管屋」にはなりたくないと言うんです。実際、独自のサービスやアプリも開発しようとするんだけど、これが全然使い物にならないものばかりでね。ほかにもはなから勝算がないインドに進出し、先日撤退が決まったばかり。一方で孫さんが偉いのは「土管屋」に徹して、サービスなどはヤフーや中国のアリババと手を組む戦略をとってきた。NTTは余計なところに経営資源を使い過ぎている。差は開くばかりでしょう。

真壁 通信業者にとっての強みは通信網なんだから、言いかえればNTTは自らの強みを消してしまっていることになる。孫さんはリスク経営ばかりが注目されますが、実は自分の強みを理解してそこで勝負できるとても古典的な経営者でもあるんです。

本誌 携帯電話関連で話題を転換すると、任天堂の岩田聡社長が「スマホ専用ゲームは作らない」との意思を改めて語ったことが話題です。任天堂が3期連続で営業赤字 になっている中で、グリーやディー・エヌ・エーが主導してきた携帯ゲームに活路を見出すべきだとの意見は真っ当に聞こえるんですが、岩田社長の経営判断をどう評価しますか。

成毛 なぜ岩田社長が「スマホ無視」をするかというと、任天堂は昔からずっと「10歳」の子供をターゲットにしている会社だからなんです。スクウェア・エニックスなどほかのゲーム会社のユーザーというのは年々高齢化しているけど、任天堂だけは唯一無二、この「10歳」というのを貫いている。そして11歳の子を持つ親は子供が塾に通い始めるからスマホを買い与えるけど、10歳の子に年間通信料6万円も払う親は限りなく少ない。だからスマホ用ゲームを作らないのは経営方針がブレていないという意味で正しい。英断です。

本誌 問題は10歳がワクワクできるゲームを任天堂が作り続けられるかどうかですね。ブレる、ブレないという点でいうとソニーの経営がブレまくっている気がするんですが。不動産会社まで始めるということで、どこに向かおうとしているのか見えてこない。

 ■名経営者は人事で間違える
真壁 パソコン事業を売却した選択は正しいですよ。もうパソコンは稼げる商品ではない。

成毛 私もそう思います。それにパナソニックとの比較でいくと、実はソニーのほうが生き残るかもしれない。というのも、デジカメなどに使うイメージセンサー(撮像素子)の技術力がソニーは世界随一で、これはスマホにも医療用機器にも使われていて需要がうなぎ上り。一方でパナソニックが強い白物家電のライバルは中国や韓国勢。これからアフリカなどで競争が始まる中で、現地に入って行くパナソニックの営業マンが、ハングリー精神旺盛な韓国人・中国人に勝てるとは思えません。

真壁 パナソニックが力を入れている車載用機器も世界に強豪が多いですしね。ソニーはイメージセンサーに経営資源をきちんと投入できるかどうかが、ポイントでしょう。どうにも社内で金融系の人たちの発言力が高まっているようにも見えるので。

成毛 確かにそれは課題ですね。たとえソニーが生き残るにしても、みんな知っているようなソニーは消えているでしょう。数十年後には、カメラを作っているソニーは昔ウォークマンとかテレビもやっていたらしいよ、という会社になっているかもしれない。

真壁 同じ電機業界でいうと、東芝と日立製作所は完全に勝ち組に変貌しました。いち早く電力、鉄道などの重電部門にシフトしましたが、これはひとえに経営者の決断によるところが大きい。日立は中西宏明社長、東芝は2代前の西田厚聰社長が名経営者といえます。

本誌 ただ西田さんは自分が後継指名した佐々木則夫社長が思うような業績を上げられないとその座から引きずり下ろした。当時、西田さんに取材しましたが、「佐々木は全然わかっていない」と語る一方で、任命責任はどこへやら自分は会長に居座った。今年6月にやっと相談役に退きますが。

成毛 自分が指名した社長を更迭するのであれば、西田さん自らがもう一度社長に戻って、業績を回復させるのが筋でしたね。西田さんは米原子力大手のウェスティングハウスの 巨額買収を牽引するなどその剛腕でいまの東芝の礎を築いた功績者だけど、人を見る目はなかったということ。名経営者は最後に人事で間違えるんです。でも東芝とか日立などの「国策重厚長大系」企業というのは、不思議と社内のどこかに逸材がいつもいて、「こんなやつがいたのか」という人が経営者として抜擢されるからおもしろい。

真壁 JR九州などもそうですよね。なぜ人材が分厚いかというと、国策系会社というのはかつて『鉄は国家なり』と言ったように、青雲の志を持って日本の経済をどうにかしてやろうという人が入ってくる。だから目先の給料や待遇だけを気にするような小粒ではない人間が出てくる。

■豊田家の遺伝子
本誌 人材という意味では、いま腕自慢の学生が集まるのが総合商社ですよね。かつて「商社不要論」が語られていたのが嘘みたいにボロ儲けしていますが、この好調は続きますか。

真壁 三菱商事、三井物産は資源分野に偏っているので、いまはいいけど未来永劫とはいえません。

成毛 資源価格の変動は大きいですからね。だから米ドールを買収するなど食料やアパレルといった非資源で儲けている伊藤忠商事が三菱、三井のトップ2を抜く日が来るかもしれない。食料分野の勢いがいい丸紅も期待大です。住友商事は資源も非資源も中途半端なので一番ダメですね。

真壁 伊藤忠の岡藤正広社長は社内のイントラネットで社員に向けてたくさんメッセージを送っていて、その内容も「ついに住商を抜いたでぇ」とノリが良かったりするらしいです。岡藤社長の個性的なコテコテの商売人気質が社員にも伝播して好循環を生んでいるようにも見えますね。

本誌 最後に日本を代表するトップ企業、トヨタの今後についてのお話を聞かせてください。豊田章男社長のもと、今決算で約2兆3000億円の営業利益を叩き出し、ついにリーマン・ショック前の過去最高益を6年ぶりに更新した。まだまだ成長しそうな勢いですが、どこまでいけますか。

成毛 まずなぜトヨタが好調かと言うと、実は立地にヒントが隠されている。トヨタの本社は愛知県豊田市で、ほかにも業績好調なスズキは静岡の浜松市、ダイハツは大阪のダイハツ町(池田市)。いずれも地方に拠点がある会社が伸びているのは、日本の若者の中で急増している地方志向の強い「マイルドヤンキー層」をちゃんとターゲットにできているからなんです。

真壁 経営理論でもそれは正しいんです。「辺境理論」と言って、成熟産業においては中心から離れたところで作ったものが売れる。

成毛 インドなど発展途上国の若者も実は日本のマイルドヤンキーみたいなもので、だからスズキのクルマがインドで売れるわけです。

真壁 それにトヨタが凄いのはとにかくブレない。

成毛 そう、ブレない。これは豊田家の遺伝子と言っていいかもしれないけれど、彼らは利益とかシェアには本当はこだわっていないんです。自分が欲しい、おもしろいと思うクルマを作れば、一台、また一台と売れるはずだと考えている。だから利益というのはその結果に過ぎないと。

真壁 これから自動車業界は自動運転技術に代表されるようにIT化が進んでいきますが、その取り組みもトヨタは早い。

成毛 実はマイク ロソフト創業者のビル・ゲイツは日本企業の中で唯一トヨタからは学んでいて、訪日時はトヨタの幹部と会っていました。ある時、私も同席して(元トヨタ社長 の)豊田達郎さんと話していたら、『電気ポットにセンサーをつけたら、そのポットを眺めるだけでお茶を入れられるか』と聞いてこられた。いまから20年以上前の話ですが、これって自動運転の話を先取りしているわけです。

真壁 これまで日本経済は家電とクルマを売って成長してきたわけで、家電はもう厳しいけれど、自動車はまだまだいける。その中心は間違いなくトヨタで、日本が誇れるその独特の遺伝子を最大限発揮して、日本経済全体を牽引して欲しい。 成毛 トヨタの友山茂樹さんという常務がクルマのIT化を進めていますが、実は友山さんはボートなどを作るマリン事業も担当しているんです。トヨタは2兆円を稼ぐ裏で、自動車以外の「次の布石」も育てようとしているわけです。この会社は底知れないですよ。 ≫(現代ビジネス:週刊現代・経済の死角)

破綻するアメリカ 壊れゆく世界
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●並べ立て、まくし立てる安倍成長戦略 何ひとつ勝者になれない戦略か~

2014年06月05日 | 日記
Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2014年 5/6号 [ロボットと人間の未来]
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●並べ立て、まくし立てる安倍成長戦略 何ひとつ勝者になれない戦略か~

 概ねアベノミクスの成長戦略 “ IR(投資家向け広報)” が出揃ったようだ。どうせ各省庁の出鱈目ご託を並べただけの代物で、一々論評するだけ無駄骨間違いなしなので、こりゃ省略だ(笑)。ただ、99%の国民からの搾取強化を謳った心根はハッキリしている。ただ、おそらく愚民の多くは、実現すればまことに結構、なんて思っている人も多いのだろう。永遠に騙し続けて欲しかった、と云う人々は、筆者のコラムなど読む必要もない。わざわざ読んだ上でケチをつけるなら、それ相当の勉強をしてからケチをつけるべきだ。筆者にもアキレス腱はあるのだが、まだ、誰一人筆者のアキレス腱に言及したケチが見当たらないのは、何ともお寒い国である。

 個人的な不遜な態度はこの程度にして、安倍ちゃんの成長戦略にチョっとだけ言及しよう。今夜は、早朝から外出なので、一言で終わらせるので、つまらぬコラムを手間は省ける(笑)。成長戦略の中で、グローバル経済世界で競争する分野の戦略は、悉く大失敗する。無闇に役人のポストが増えるばかりで、財政支出させると云うことは、税金を国民ではない人種にばら撒くと云うことだ。成長戦略の中で、期待可能性があるとすれば「イノベーション支援」だが、ほとんど具体性にかけ、イノベーションへのチャレンジ支援で規制・制度改革だとか、「ビッグデータ」ビジネス普及とか、自動車の自動走行実験などを進め、「実証先進国」と云うアメリカンの後追いアイディアしか羅列されていない。いかにも役人らの知恵、こんなものかと微笑ましくもある。

 グローバル世界において勝ちたければ、市場への訴求力がズバリみえる独創性と世界の市場ニーズが合致するものを探しまくる、作りまくる事である。この独創性と市場性の合致を探求するのは博打でもある。ゆえに、政府が直接関与することは難しい。本来は、こういう時のために官民ファンドが存在する。場合によれば、官制ファンドでも構わんだろう。どうせ、税金投入で無駄銭を垂れ流しているのだから、日本国がグローバル世界の“ハスラー”になっても構わんではないか。とことん、その分野を追及し切るのである。わが国の債権国家としてのメリットを生かすのは、こういうファンドに最適である。

 胴元が、日本国でも構わん。世界のマネーが群がっても良いのだが、50%は絶対的に、日本政府が握る。参入障壁だとアメリカンが喚いても、独創性や市場性がダントツなら、最終的に勝利者になれる。5兆円程度のファンドなんて、すぐ作れるだろう。そんなこんなで、今夜はソフトバンクとトヨタの孤軍奮闘情報を参照掲載して寝ることにする。おやすみなさい。


≪ トヨタ、燃料電池車発売へ 年内にも、市場でリード狙う
 トヨタ自動車が、二酸化炭素を出さずに走るエコカーの燃料電池車(FCV)について、今年末にも国内で市販する方向で検討していることがわかった。世界の自動車メーカーに先駆けて売り出し、市場の開拓でリードをねらう。
 FCVは、酸素を取り込み、燃料の水素と反応させて生み出した電気で動く。走る時に水しか排出せず、空気を汚さないため、「究極のエコカー」と呼ばれる。1回の燃料補給で500キロ超走れるのも特徴だ。
 トヨタはこれまで、「2015年中にFCVの市販車を投入する」と説明してきた。同社の関係者によると、愛知県豊田市の元町工場で年内にもセダン型の生産を始める準備を進めており、市販の時期は今年12月~来年1月を軸に検討している。生産は月100台前後とする予定だ。
 発売時期は最終的に、国の普及支援策などを見極めて決める考え。販売地域は、燃料を供給する水素ステーションがある首都圏や大阪、名古屋、福岡圏が中心で、価格は1千万円を切る見通しだ。
 トヨタは、モーターとエンジンで動くハイブリッド車(HV)を世界に先駆けて発売した。エコカーの将来の主役とされるFCVは、トヨタやホンダ、日産自動車が実験的に行政機関などに貸し出している段階。世界のメーカーが市販車の開発でしのぎを削っている。トヨタは、同じく15年中の発売を表明しているホンダなど、ライバルの先を行きたい考えだ。
 ただ、普及にはハードルが多い。利用に欠かせない水素ステーションは、石油会社などが運営を手がけるが、コストの高さが障害になり、整備が遅れている。国内では稼働中が17カ所、建設が決まったのは31カ所にとどまる。政府は整備費を補助し、15年までに100カ所に増やす計画だが、達成できるか不透明だ。
 価格の高さも大きな課題だ。FCVに対しても、すでに市販されているプラグインハイブリッド車(PHV)や電気自動車(EV)と同様に、大きさや排気量の近いガソリン車との差額の3分の2程度を購入者に補助する制度が適用される見通し。トヨタは「実売額を500万円ぐらいまで下げたい」とするが、めどは立っていない。トヨタが発売を早める背景には、水素ステーションの整備や購入補助などで、行政からさらに支援を引き出したい思惑もある。 ≫(朝日新聞デジタル:大内奏、大畑滋生)


≪ ソフトバンク、ロボット事業参入 まず接客用
  ソフトバンクは ロボット事業に参入する。会話ができるヒト型ロボットなどを開発、今夏をメドに一部の携帯電話販売店に設置し、接客に利用する見通し。開発体制を段階的に拡充、家庭への販売をにらむ。ロボット市場には米グーグルなどIT(情報技術)大手の参入が相次いでいる。ソフトバンクも高度な人工知能(AI)を搭載した製品の開発・生産を成長戦略の一つにする。
 孫正義社長が5日に記者会見を開き発表する。ソフトバンクは通信サービスが中核だが、半導体の処理能力向上やセンサー技術の高度化、高速通信の普及でロボットの事業化が可能と判断した。
 開発したロボットはまず接客で使う。人と高度なやり取りができるようなノウハウを積み、家庭向けロボットとして商品化する見通し。介護分野などでの活用を検討するとみられる。
  ソフトバンクは2010年、高度なAIを持つ「脳型コンピューター」を搭載したロボットを実用化する構想を明らかにしていた。その一環で12年にヒト型ロ ボット「NAO(ナオ)」を開発した仏ベンチャーのアルデバラン・ロボティクス社に出資した。昨年はロボット事業を手がける会社も設立し、市場調査などを 進めている。
 発表するヒト型ロボットは自社開発で、生産を電子機器の受託製造サービス(EMS)世界最大手の台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業グループに委託する。今後、アルデバランが持つ技術なども取り込み、ロボットの高度化を進めるもよう。
 米IT業界ではグーグルが日本企業を含む複数のロボット関連ベンチャーを相次ぎ買収、事業化に意欲を示している。交流サイト(SNS)最大手のフェイスブックもロボットに応用できる技術を持つベンチャーを傘下に収めるなど、IT企業がソフト技術を活用してロボット事業に進出する動きが広がってきた。  ≫(日経新聞電子版)

トヨタ対VW(フォルクスワーゲン) 2020年の覇者をめざす最強企業
中西 孝樹
日本経済新聞出版社


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●“ 良い不平等と悪い不平等 ” ピケッティの経済哲学論争の行方

2014年06月04日 | 日記
Capital in the Twenty-First Century
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●“ 良い不平等と悪い不平等 ” ピケッティの経済哲学論争の行方

 再び、フランス人経済学者トマ・ピケティ(Thomas Piketty)氏の世界を揺るがす著書「21世紀の資本論」を考える特集が、現代ビジネスに続き、日経ビジネスでも取り上げられている。同サイトのアクセスランキング1位であるところを見ると、日本人を捨てたものではない、と気持ちがなごむ。多くのビジネスマンが、走り続けるのは構わなけど、どうも、自分たちの動きは無駄骨ではないのか?と思う人々が多い点、益々注目に値する。以下は、渋谷浩氏のコラムだが、中々読み甲斐がある。疑心暗鬼で前に進んでいる不安と云うものは、かなり辛いに違いない。

 しかし、このような重大な議論が世界的になされていると云うのに、安倍晋三は、20世紀の遺物のような経済政策、構造改革で海外資金の日本株への更なる再投資に腐心している。アベノミクスにしろ、リバタリアンの経済政策は、超法規的自由主義、超市場原理依存の信者である。どんな修飾語や逃げ道を用意しても、弱肉強食社会は強靭化するシステムだ。読んでみて判ったことだが、この渋谷浩のピケティの著書「21世紀の資本論」への渋谷の反論コラムである。渋谷が、唐突に人間の良い本性(共感、理性、モラル、信頼、協力)に刺激を与え、悪い本性(支配、イデオロギー、復讐、不信、対立)を抑制する、とノブレス・オブリ-ジュ政策を引き込む。

 これは単に弥縫策に過ぎず、経済学に、社会倫理哲学心理学等々の論理を紛れ込ませている。もっとも、ピケッティの『21世紀の資本論』も、経済学の著書というより、社会経済学的な次元で書かれているので、まぁそれなりの手法ではある。大きな政府は、既得権益を守ってしまう元凶なのだから、富裕層から富を略奪し、再配分するメカニズムは、その既得権益勢力を、守に過ぎないと主張している。そこまでは、正しい。ただ、渋谷の視界には、地域に富の再配分権利が移動する「地方主権(見える共同体)」と云う、国家の大構造変革がスッポリ抜け落ちている。最後には、取ってつけたように「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」の宣伝文まで飛び出すのはいき過ぎだろう(笑)正直、このコラムを読むよりも、トマ・ピケティの著書『21世紀の資本論(Capital in the Twenty-First Century)』(英文)を直に読むことを推奨する。


≪ 世界で大論争、大著『21世紀の資本論』で考える良い不平等と悪い不平等 フランス人経済学者トマ・ピケティ氏が起こした波紋  
フランス人経済学者トマ・ピケティ(Thomas Piketty)氏が書いた『21世紀の資本論(Capital in the Twenty-First Century)』が今、米国をはじめ世界中で注目を集め、売れに売れまくっている。700ページ程の分厚い経済書としては異例の出来事だ。皮肉にも、ピケティが上位1パーセントの高額所得者に仲間入りするのは確実だ。『資本論』出版のタイミングと誰にでも理解できる大胆な政策提言(富裕層から富を税金で 奪い取れ)は、米国政治の右派と左派の感情を刺激するには完璧であった。
 2008年に始まった世界金融危機以降、一般大衆は失業や低賃金など経済苦境を長く経験してきた。同時に、かれらは金融危機を引き起こした張本人であるはずの、投資銀行の最高経営責任者(CEO)達が一般労働者の1000倍近い超高額報酬を得ているのを見ている。
 そして、多くの人びとが資本主義そのものに疑問を感じ始めた丁度その時、ピケティの『資本論』が店頭に出てきたのである。それは多くの人びとが感じていた貧富格差拡大の事実をデータで裏打ちし、しかも不平等是正のための政策提言を積極的に行ったのである。すなわち、「富裕層の所得と富に高い税金をかけて奪い取れば不平等は解決するのだ」と。

 *データ不備の指摘は本筋にあまり影響がない
 そのメッセージはあっという間に、近年ますます顕著になってきた米国政治の右派・左派対立の火種に油を注ぐことになった。ポール・クルーグマン米 プリンストン大学教授やジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授などの左派有名人がピケティの『資本論』を褒め称えると、右派はさまざまな側面から 攻撃を始めた。
 例えば、右派は1980年以降の不平等拡大を示すデータの不備を指摘している。ただし、これはピケティ以前に多くの研究者が異なる資料を使って示していた点であり、今後事実として覆る可能性は小さいと思われる。いずれにせよ、論争は激しさを増しており、まさに乾いた薪に一気に火が燃え広がった状況にある。

*ピケティの論点とは?
 世間の政治的大騒ぎから距離を置いて見ても、ピケティの『資本論』は学問的に吟味するに値する本である。それは今までになかった欧米諸国の長期データに基づいた研究の集大成である。『資本論』は大きく分けて3つの部分からなる。  
 第1は、所得と富の歴史的分析、第2は所得と富の不平等が21世紀に拡大していくという予測、第3は拡大する不平等をくいとめるための政策提言である。私は、第1の部分を高く評価、第2の部分もおおむね賛成、第3の部分には反対である。まだ本を読んでない人のために、そして私が批評を始める前に、ピケティの『資本論』を要約しておこう。
 『資本論』は、数世紀にわたる膨大なデータ分析に基づいて、産業革命以降の所得と富の変動を分析した研究である。それによると、18-19世紀のヨーロッパは不平等が非常に大きな社会であった。硬直的な階級社会の下で、富は少数の富裕家族の手に集中していた。(富/所得)比率は高く、産業革命以降賃金は少しずつ上昇していくが、不平等社会はそのまま存続した。
 不平等な社会構造は、20世紀に起こった2つの世界大戦と大恐慌によって初めて崩れることになる。戦争による資本破壊、戦争をファイナンスするための高税率、高インフレ、企業倒産、そして戦後多くの先進国が採用した福祉政策によって(富/所得)比率は低下し、戦後は18-19世紀とは大きく異なる 比較的平等な社会が生まれてきた。
 しかし、20世紀の2つの世界大戦と大恐慌のショックは、次第に薄れていき、資本の論理が世界を支配し始めている。欧米先進国では、再び所得と富の不平等が拡大し、18-19世紀の水準に回帰しつつある(データについては、記事文末の注のリンク先を参照。Figure I.1 & I.2)。

 *「資本収益率は、経済成長率より常に大きい」
 これらの研究結果に基づいて、ピケティは不平等と資本の関係についての独自の理論を展開する。その基本となるのが、資本収益率(r)が経済成長率(g)よりも常に大きいという歴史的事実である(Figure 10.9)。一般に、経済成長率が高い時には(富/所得)比率が減少し、低いときには(富/所得)比率が増大する。
 しかし、歴史的事実が示しているように不等式(r>g)が常に成立する限り、富の集中を自然に抑制する経済メカニズムは存在しない。戦後復興期の高成長が今後急激な人口増加や技術革新によって再現されない限り、われわれは18-19世紀に経験した「世襲資本主義(Patrimonial Capitalism)」の時代に戻ることになる。
 そうなれば、不平等拡大によって政治不安は高まり民主主義の脅威となる。それを事前に回避するために、ピケティは「高率累進所得課税」と「グローバルな『富』への課税」という政府介入を提案する。

 *『21世紀の資本論』の批判的評価
 ピケティの分析と結論に関して複数の問題点を指摘することができる。第1に、ピケティの議論の中で重要な役割を担っている不等式【r(資本収益率)>g(経済成長率)】が21世紀になって成立しなくなる可能性を否定することはできない。
 一般に、資本蓄積が進むにつれて、資本収益率は低下していくと考えられる。技術革新のみがそれを防ぐことができる。またノーベル賞経済学者、ロバート・ソロー米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授の成長理論によれば、長期均衡は定常状態によって規定される。
 すなわち、ピケティの不等式が長期的定常状態では成立しなくなる可能性がある。問題は、ピケティが不等式(r>g)を説明する経済モデルを提示していないことにある。ある過去の現象が将来も継続することを示すには、その現象を理論的に説明できるモデルが必要だ。ピケティの不等式を説明できる経済モ デルが欠如している限り、それが21世に消滅する可能性を否定することはできない。
 第2に、実は、ピケティ不等式(r>g)は富の不平等が拡大するための必要条件ではない。ピケティの資本収益率(r)は平均収益率である。現実には資本収益率は個々の投資対象によって大きなばらつきがある。そして、資本収益率の分散(ばらつき)が大きければ、たとえ r=g であっても、結果として生まれる富の不平等は時間と共に拡大する。
 この段落は多少専門的な表現になるが、例えば、資本収益率が正規分布によってほぼ近似できると仮定すると、分散(ばらつき)が大きければ、生成される富の分布は平均値が左低位に非常に片寄った対数正規分布になる。
 すなわち、個々の投資対象の資本収益率がばらついていれば、ピケティ不等式が成立していなくても富の不平等は拡大して行くということである。不平等拡大のための条件は、資本収益率が分散しているという事実だけで理論的には十分なのである。 *投資収益率と経済成長率の差は「リスクプレミアム」
 第3に、たとえピケティの不等式が将来も常に成立するとしても、それは資本投資のリスクプレミアムを反映しているにすぎないと解釈することができ る。もし資本収益率と経済成長率の差(r-g)がリスクプレミアムを反映しているとすれば、その差(ピケティ・ギャップ)は将来も存在し続けるだろう。
 しかも、それはリスクを取って経済活動をしている資本家に対する正当な対価だと主張できる。だとすれば、課税によってピケティ・ギャップを縮める ことは、投資活動や技術革新などのリスク・テイキングのインセンティブを弱めることになるので望ましくない。リスク・テイキングこそが経済成長の原動力で あり、ピケティの課税は結果的にリスク・テイキングを抑制し経済成長率を低下させることになるからだ。

 *最高税率引き下げが高成長につながった可能性
 第4に、ピケティは高課税政策が経済成長に与えるマイナス影響を過小評価している。ピケティによれば、20世紀の特徴は、戦後の高度成長によって不平等が抑制された点にあった。しかし、21世紀には、先進国がそろって低成長に移行すると考えられるので、不平等はさらに拡大するとピケティは予想する。
 そして、所得と富に対する課税によって「世襲資本主義」への道を回避しなければならないと主張する。しかし、彼が、自身の提唱する政策によって世界経済の成長率が低下する可能性を真剣に考慮しているのかどうか疑問だ。経済成長への悪影響を否定することができなければ、ピケティの政策を正当化するこ とはできない。
 実際、彼のデータは、戦後1950-2012年の高成長と最高所得税率の低下の間には高い相関関係があることを示している(Figure 2.5 & 14.1)。すなわち、戦後の最高所得税率の引き下げが投資活動を活発にして高成長につながった可能性があるのだ。
 第5に、ピケティは明らかに大きな政府を信用している。政府は国民の利益を最優先するように慈善的に行動すると信じているようだ。この信念は大き な政府が問題解決の第一手段だと思っている人々に共通した認識である。彼らはナイーブに政府を信用しているか、もしくは、本当の動機(政府高官になって地 位・富・権力を獲得したいという欲望)を隠しているかのどちらかである。
 ピケティは良心的な学者に見えるので、前者に属しているのだろう。いずれにせよ、ピケティの高課税政策は、税収の増大、政府権力の増大を伴う大きな政府を創り出すことになる。歴史は、大きな政府が政治家や官僚や大企業なの既得権益獲得のために国民のお金を悪用したり、権力を乱用したりする事例で溢れている。
 第6に、ピケティは「なぜ不平等が問題なのか?」という根本問題に十分答えていない。彼の議論は、不平等の拡大は政治的対立を激化させ民主主義に危機をもたらす、という指摘に留まる。しかし、不平等は各自の生産性に見合う報酬の結果なので問題ない、と主張することも可能だ。すなわち、高い報酬は高い社会的貢献の結果であるということだ。
 もしそうならば、不平等に対する不満は単なる「嫉妬」にすぎない。解決策は、不平等の解消ではなく、各自が大人に成長して常に自分を他人と比較するのをやめることだ。
 この場合、不平等は経済学の問題ではなく社会心理学の問題に帰属する。政府が不平等を抑制するために市場に介入することは正当化できない。それは 合法的略奪である、という考え方である。これはリバタリアンが好んで展開する議論である。実際、各自の報酬が生産性に対応しているのならば、政府による不平等是正のための市場介入を合理的に正当化するのは非常に難しい。

 *再考・なぜ不平等は問題なのか?
 私も最近までリバタリアンの主張に対して合理的に反論するのは困難だと感じていた。すなわち、政府による所得再分配政策は正当化できず、経済成長に伴い貧困層の所得が絶対水準で上昇している限り、不平等は特に問題ではないということだ。もし、賃金上昇を望むならば、市場で自分の生産性を上昇させるしかない。
 自ら教育や資格や職業訓練を通じて生産性をあげるしかない。まさに自己責任である。政府はそのような機会を提供する政策を正当化できても、賃金が 生産性に対応している限り、所得再分配政策は正当化できない。それは略奪であり、不公正であり、社会正義に反するという考え方だ。

 *公正、正義、平等を気にする動物として進化した人間
 しかし、経済学が仮定する「経済人(homo economicus)」を現実的な人間すなわち他者の利益も配慮する人間で置き換えて考えると、大きな不平等が解決されるべき社会的問題として登場してくる。人間本性は進化の結果である。実は、人間は公正、正義、平等ということをとても気にする動物として進化してきた。
 その理由は、自然界における生存競争の中で人間が生き残るためには、お互いに協力することが不可欠な生存手段であることを学んだからである。その結果、人間は協力を通じて行動する社会的動物として進化してきたのである。
 従って極端な不平等を見た時、人間は本能的に不公正・不正義の感覚を持つようになる。特に、不平等の原因が、政治を通じた特殊な利益の追求 (rent-seeking)や遺産相続の結果であればなおさらである。それらは生産性すなわち社会的貢献を反映していないからである。
 そして、不公正、不正義、不平等の感情は、人間の協力関係をいとも簡単に崩壊してしまう。人間は進化した社会的動物である。そして社会的協力は相互依存を意味し、相互依存は外部性を意味し、外部性は「厚生経済学の基本定理」を破壊する。
 すなわち、アダム・スミスの「見えざる手」は社会では機能しない。したがって、利己的行動だけでは最適な社会は維持できない。協力こそが人間社会の生存にとって決定的に重要なのである。
 人間に特有な社会性(協力)が人間を他の動物と区別する一番重要な特徴である。人間は協力することによって、自然界で生き残り、「コモンズの悲劇」を解決し、「囚人のジレンマ」を克服してきたのである(各用語の意味はリンク先で適切に解説されているので、参照されたい)。
 人間は社会性(協力)という本性を身に付けることによって生き残り文明を築いてきたのである。しかし、大きな不平等にともなう不公正・不正義の感情によって集団、会社、組織、社会における協力は簡単に壊れる。そして、協力の崩壊は経済的停滞さらには不親切社会さらには敵対的社会をもたらす。一体誰が、そのような経済社会に住みたいと思うのだろうか?

*良い不平等と悪い不平等
 さらに、純粋に経済学の視点から見ても、賃金は生産性に対応していないことが多い。単純化して説明すると、微分可能な生産関数の情報がなければ、われわれは会社の一人ひとりの社員の生産性(marginal product)を知ることはできない。そして、現実問題として、われわれはそのような生産関数を知らないのである。
 例えば、トヨタ自動車の個々の社員に対して微分可能な生産関数を見たことがあるだろうか?トヨタの社員はみんな生産性に対応した賃金を得ている のだろうか?会社の年次報告書の中に微分可能な生産関数が記載されているだろうか?実際、各社員の生産性を客観的に知ることができないという問題が、「成果主義」がなかなかうまく成功しない大きな理由である。
 会社の賃金体系は会社内そして社会的に受け入れられている慣習によって決まる。もちろん、市場経済において、会社の平均賃金は平均労働生産性に近い水準で決定されなければならない。生産性以上の賃金を支払っていれば会社は市場で生き残れないからである。
 しかし会社内の賃金体系は、一般に、会社内で低位にいる社員は生産性以上の、そして高位にいる社員は生産性以下の報酬を得ている。高位の社員は、低位にいる社員の低地位に伴う効用減を補償することによって組織全体の効用均衡が達成されるからである。このように会社内では平等化の力が働いている。  この一般命題から大きく逸脱しているのが会社の最高経営責任者(CEO)達だ。彼らは、実質的に自らの報酬を自分で決定することができる。それを防ぐことができるのは取締役会である。しかし、現実には、取締役会役員もCEOの支配下にあることが多い。そうすると、CEOの報酬を生産性に対応させる 有効なメカニズムは存在しないことになる。
 思い出してほしい、2008年の世界金融危機の時に投資銀行のCEO達の生産性は膨大なマイナスであった。しかし、かれらの誰一人として巨額のマイナス報酬を受け取ったCEOはいない。明らかに、CEOの報酬は生産性とは関係なく決定されている。
 大きな不平等はさらに望ましくない社会問題を引き起こす。多くの研究によると、不平等は信頼、寿命、学習成績と負の相関関係があること(不平等であればあるほど信頼、寿命、学習成績の低下が見られる傾向にある)や、心の病気、肥満、10代の妊娠、殺人、囚人数と正の相関関係がある(不平等であればあるほど、心の病気、肥満、10代の妊娠などが起こりやすい傾向にある)こと、が示されている。
 *すなわち、不平等は個人のみならず、社会にとっても望ましくない影響をもたらすことが明らかになっている。信頼が希薄な社会では、お互いの協力を得るのも維持するのも困難になり、経済は停滞し犯罪も増えるだろう。これらの社会問題を解決するには不平等問題を避けては通れない。社会問題と不平等は同時に解決されなければならないのである。
 まとめると、不平等を無視できない理由は少なくても4つある。第1に、不平等は心と体の健康に悪影響をおよぼし社会問題を引き起こす。したがって、個人と社会の健康を維持するには不平等に対処しなければならない。第2に、賃金や給与は必ずしも生産性を反映しているものではない。特に、CEO達の報酬は生産性を反映していない。
 第3に、大きな不平等は信頼と協力を破壊することによって経済社会を停滞させる。人間の社会性(協力)は人類文明を作り上げるのに決定的に重要な役割を果たした本性であるが、不平等に伴う不公平・不正義の感情によって壊れる脆弱な存在でもある。最後に、大きな富は政治を支配し政策を決定する手段として有効だ。それによって、一般市民の犠牲の上に、富裕層の既得権益を守るために使われる危険がある。
 結局、不平等には良い不平等と悪い不平等があることが分かる。良い不平等とは生産性に対応した所得配分の結果生じた不平等である。それは労働意欲を刺激し起業家精神を育む正しいインセンティブを与える。
 他方、悪い不平等とは既得権益や特殊利益追究の結果生じた不平等で、生産性とは関係がない。悪い不平等によって既得権益が生まれ、政治を通じて新規の競争相手が現われないように政策(規制、補助金)を誘導する。良い不平等は経済成長を促進し、悪い不平等は成長を阻害するのである。したがって、良い不平等を促進し、悪い不平等を抑制することが良い政策の条件となる。

 *20世紀からの2つの遺産
 既に述べたように、20世紀の歴史は2つの世界大戦によって決定づけられた。そして世界大戦は現代人に2つの大きな遺産を作った。1つは、戦後の平等社会の出現であり、もう1つは大きな政府の出現である。  ここまで、われわれは不平等について議論してきたが、20世紀の平等社会はピケティによれば特殊な例外であり、21世紀において不平等はさらに拡大していくと予想されている。この不平等拡大に対してピケティは高い累進所得課税とグローバルな富課税という政策提言を行ったのである。
 しかし、もう1つの20世紀の遺産については何が言えるのだろうか? 大きな政府は21世紀にはさらに大きくなっていくのだろうか?
 確実に言えることが1つある。
 それはピケティの政策が実行されれば世界中の政府がさらに大きくなっていくということだ。大きな税収を獲得して政府はますます巨大な存在になって いくからだ。私は、この大きな政府問題が不平等問題よりもより深刻な状況を引き起こすことになるだろうと考えている。実際、日本を含めた先進諸国の成長率 が過去数十年にわたって徐々に低下してきている根本原因は、まさに民間活動の隅々まで浸透してきた行政介入、すなわち大きな政府にあると考えている。
 ピケティの高課税政策は大きな政府を作り出す。大きな政府は、国民から集めた税収を政治目的のために無駄に使ってしまう危険を伴う。必要のない箱物を建設したり、必要のない道路を作ったり、必要のない空港を建設したり、必要のない巨大堤防を建設したり、各種特殊法人に税金を流したり、官僚組織の増 殖に利用したり、政治家の地元へ補助金をばらまいたり、既得権益を維持するために規制が使われたりする。
 また大きな政府は民間企業をクラウディング・アウト(追い出し)する。大きな政府は民間活動の隅々まで行政介入してくる。他方、民間企業も市場競争を避けて政府補助金に群がって行く。その結果、市場メカニズムが健全に機能せず経済は停滞する。ピケティの政策は不平等を抑えることができるかもしれないが、大きな政府と停滞した経済をもたらす可能性が高い。

 *「ノブレス・オブリージュ政策」の提案
 そこで筆者はノブレス・オブリ-ジュ(Noblesse Oblige)政策を提案する。それは私的な富を人類の利益のために使用することを実質的に義務づける政策である。それは富裕層に家族王朝建設のために富を使う代わりに、現在そして将来の人類の利益のために富を使う義務を課す政策である。
 その具体的使い道は富所有者の自由である。この政策の特徴は、富裕層の富を使うのは政府ではなく、あくまで富所有者自身である点である。ただ1つの条件が、富を人類の利益のために使用するということである。この政策によって政府の歳出歳入構造が根本的に変わる。多くの社会資本が民間の手で構築され ることになる。同時に、政府の役割と権力を大きく制限することができる。
 この政策は、富裕層に対する非常に高い相続税と私的富を人類の利益のために使う義務を組み合わせることによって実現できる。相続税を十分高くすれば、合理的資産家は政府に富を取られるよりも自分の富を人類の利益のために一番有効だと考える目的に使うことを選択する。
 その結果、政府に相続税を支払う富裕層は実質的にいなくなる。非常に高い相続税は、富裕層に富を人類の利益のために利用する行動を促すために背中を押す(nudge)役割を果たす。それは人間の共感、理性、モラル、信頼、協力の本性を活動させるための手段である。ただし、政策が相続税逃れのために悪用されないような厳格な制度設計が前提となる。

 *参考になるビル&メリンダ・ゲイツ財団
 この政策の大きな利点は、人類の利益という条件の下に、富の使用方法を所有者自身が決めるのであって、政治家や官僚や彼らを取り巻く既得権益者ではないところにある。それは富所有者自身の義務として富を人類の利益のために使う自由とイニシアティブを行使することを要求する。良い例として、ビル&メ リンダ・ゲイツ財団(Bill & Melinda Gates Foundation、4兆円の寄付基金)をあげることができるであろう。
 B&MGFは政府が伝統的に行ってきた多くの仕事と役割(奨学金、寄付金、図書館、教育支援、感染病対策、農業開発、貧困対策など)を代替している。ノブレス・オブリージュ政策は富裕層の子供達にも適切なインセンティブを与える。すなわち、富裕層の子供達は、親の遺産に頼ることなく、独立自尊の道を自ら切り開いて行かなければならない。同時に、彼らを醜い遺産相続争いから救うことにもなる。
 ピケティの政策とは対照的に、筆者のノブレス・オブリージュ政策は不平等と大きな政府を同時に解消することができる。さらに、それは経済成長に必要な信頼と協力に基づいた社会形成に貢献できる。それは富裕層に自由とイニシアティブを奨励することを通じて一般市民にも独立自尊と起業精神を植え付け る。
 それは人間の良い本性(共感、理性、モラル、信頼、協力)に刺激を与え、悪い本性(支配、イデオロギー、復讐、不信、対立)を抑制する。人間本性の優れた部分はわれわれの関心を利己主義と対立から利他主義と協力へと向けさせる。良い政策と制度は、人間の良い本性を促進し悪い本性を抑制する機能を持ったものでなければならない。 まとめると、ノブレス・オブリージュ政策によって5つの目的を達成することができる。 (1) 不平等を抑制(同時に個人と社会の健康促進) (2) 大きな政府を抑制 (3) 自由とイニシアティブを促進 (4) 信頼と協力に基づく社会を形成 (5) 経済成長を促進
 この政策がピケティの政策に比べて、圧倒的に優れていることは明らかだ。ピケティの政策は不平等を解消できるかもしれないが、大きな政府を拡大、個人の自由とイニシアティブを制限、人間の悪い本性を刺激、そして経済成長に負の影響を与える。ピケティの敵対的政策は、右派と左派の対立を激化させ、不信と対立が溢れる社会を作り出すことになる。

*「悪い不平等」を是正する施策の実現を
 筆者は、ピケティ『資本論』の(1)所得と富の歴史分析を高く評価、(2)21世紀における不平等拡大予測におおむね同意、(3)所得と富への高課税政策には強く反対、という立場をとる。『資本論』は拡大する不平等に世間と学会の関心を向けることによって人類の利益に大きく貢献している。そして多くの人々によって世界中で議論されるべき本だと考える。特に、この機会にリバタリアンは不平等についてより深く再考してみるべきである。なぜならば、彼らの中には「不平等は問題でない!」と主張する人が多いからである。
 また筆者は、不平等には良い不平等と悪い不平等があり、悪い不平等は是正しなければならないと考える。特に、(1)不平等は個人と社会の健康に悪 影響をおよぼす、(2)所得と富は生産性(社会的貢献)を反映した結果ではない場合がある、(3)不平等拡大にともなう不公正や不正義の感情が社会的協力を破壊する、(4)富裕層が富を政治手段として利用することによって市場経済を歪めてしまう可能性がある。これらの理由によって不平等が深刻な社会問題を引き起こす可能性がある。悪い不平等は信頼と協力に基づいた自由社会の基盤を弱めてしまう。
 しかし、ピケティの課税政策は不平等に対する適切な政策だとは思えない。それは、分裂した敵対社会と大きな政府を作り出し、経済成長を阻害する可能性がある。ピケティの政策に代わるものとして筆者は、不平等を抑制し、大きな政府を抑制し、自由とイニシアティブを促進し、信頼と協力に基づく社会を形 成し、経済成長を促進し得る「ノブレス・オブリージュ政策」を提案する次第である。
(注) 原書:Thomas Piketty, Capital in the Twenty-First Century, Belknap/Harvard University Press, 2014. 原書の全ての図表(Figure)はウエブサイトで見ることができる。 本文中のFigure Xは原書のFigure Xを指す。 ≫(日経ビジネス:ニュースを斬る・渋谷浩)

二十一世紀の資本主義論 (ちくま学芸文庫)
岩井 克人
筑摩書房


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●【永田町NOW】野党再編、小沢は10年がかりで政権を取りに行くべき

2014年06月03日 | 日記
安倍政権の罠: 単純化される政治とメディア (平凡社新書)
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平凡社


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●【永田町NOW】野党再編、小沢は10年がかりで政権を取りに行くべき

 たまには、日本の政治業界にも目を向けてみることにしよう(笑)。正直、今の安倍官邸の勢いを止められるのが、自爆しかないので、敵失を待つ以外倒閣の目はない。精々興味があるとすれば、どこまで暴走するのかであり、暴走の結果、致命的ミスを犯さないように、八百万の神に祈るばかりである。今日は円安につられ日経平均も303円高、14,935円と2か月ぶりの高値を記録した。売りに徹している筆者としては思わぬ展開だが、果報は寝て待て、暫く不快な思いをすることにしよう(笑)。

 ところで、ファンダメンタルにおいて、まったく良好な方向性が出ていない日本経済だが、どのような幸運や画策がなされているか別にして、買い出動の号砲を耳にしている気分だ。中露包囲網も、西側諸国のメディアによれば優勢をキープしているし、北朝鮮拉致問題でも、一定の成果を上げる可能性が出てきた。様々な部分に蟻の一穴が確認される割には、水漏れが酷い状況になっていない不思議が安倍政権にはある。第一次安倍政権時代の、あの脆さは何だった?と思いたくなる感じだ。筆者は第二次安倍政権が、タイトロープにありながら、ズッコケそうでコケずに済んでいるのは、時代の幸運と“すだれスガ”と云う嫌らしい政治家のお陰だと思っている。

 内閣において、意外と云うか、意外でもないのだが、その政権の官房長官と云うポストが、その内閣の命運を握っているような気がしてならない。一次安倍政権の塩崎恭久、与謝野馨が官房長官だったことも一次安倍政権の命を縮める役目を果たしたのだと思う。少々時代を遡り、時の政権の官房長官を眺めていると、内閣に要は、意外に官房長官なのかもしれない、と気づく。吉田内閣の佐藤栄作、緒方竹虎、池田内閣の大平正芳、佐藤・田中内閣の竹下登、中曽根内閣の後藤田正晴、橋本内閣の梶山静六・野中広務、小渕内閣の青木幹雄、森内閣の福田康夫、そして二次安倍内閣の菅儀偉などが有能さの例、と言えるだろう。

 無能な官房長官を挙げれば枚挙にいとまがないが、特に酷かった官房長官は、新しいところから見ていくと、菅内閣の枝野・仙谷、鳩山内閣の平野博文、福田内閣の町村信孝、前述の与謝野馨、塩崎恭久、中川秀直、村岡兼造、熊谷弘、武村正義、加藤紘一と云うところだろう。ここでの好悪の例示は、政治家としてと云うわけではなく、あくまで官房長官として求められる役職上の資質を基準に選んでみた。かなり大雑把な括りなのはご容赦願おう。官房長官には向かなかったが、総理ならいい仕事をする場合もあるし、有能な官房長官イコール有能総理と云うものでもない。

 幾分横道にそれたが、官房長官の話題で時間潰しをしたくなるほど、安倍政権はトンデモナイ刺激続きの政権であるにも関わらず、思いのほか退屈な政権でもある。総理が論理矛盾を連発しても、そのアホな言動をフォローする官房長官の機転によっては、問題化しないである。安倍晋三と菅儀偉、この二人のギャップが非常に興味深い。

 筆者の感覚だけでモノ言わせてもらえば、わが国の政治状況は「はしか(麻疹)」「おたふく風邪」と云った乳幼児型の疾患で病んでいるのだと思う。ゆえに、このような疾患は“時間経過で治癒する病”と云う大らかな気持ちで眺めてしまう傾向がある。ある意味で、世界的な右傾化現象も、次なる世紀(21世紀)の枠組みと云う“大人な身体”に成長するための、思春期だと捉えることも出来るだろう。ユーロ圏、中露ユーラシア、北アフリカ、中東、ASEAN。それらの混乱は一種国家とか地域の「成長痛」のようなものとして捉えることも出来るだろう。

 日本、英国、米国は個別の様々な事情から、すでに大人な時代を過ごしてしまったわけで、好むと好まざるに関わらず、成長と無縁の世界に突入している、と理解すれば、あらゆる物事を論理的に説明できる。論理的説明が公に公認されない理由は、そこに国民感情が混入するからだろう。成熟と衰退、このような事実を認めたくない情緒が、諸悪の根源と言っても良いのではないか、と思う。開発途上国や後発開発途上国が足元に近づくまで、ウサギのように一眠りして構わないではないか。兎と亀の寓話通りに現実世界は展開するものでもない。孤高な国家、老成した国家。成熟と老成から生まれる社会のあり方を模索する国家を演じても良いのだろうと、筆者などは思うのだが、国民感情は、それを善しとしないようである。

 “成長”と云う念仏や、“覇権”と云う念仏のトラウマから抜け出せない国家は、結局無理に無理を重ねて、砂の上の植物園ならぬ、動物園を作ってしまい、とどのつまりには、飼育係や調教師が動物園の獰猛にして貪欲な野獣の餌食になってしまう。21世紀的、オーウェルの「動物農場」「1984年」を味わうことになるのだろう。まさに、アメリカンやジャパンの求めているものは、失われた青春を、回春剤で、なんとかしよう、と焦りまくる“ダボハゼ”のようなものだ。

 あぁ又横道に逸れたが、直近の永田町の営みなど、いずれは笑って語られる政局なのだが、一応触れておこう。現時点で与党安倍自民にすり寄ろうとする政治勢力(みんなの党・渡辺喜美、名称未定慎太郎軍団)はあるが、自民党内で与党の立場を自ら捨てて、去っていく勢力は見当たらない。連立与党を組む公明党だが、紆余曲折はあるだろうが、最終的には与党でいる立場のメリットを捨てるほどの熱意は感じない。冒頭で述べたように、現時点の安倍官邸に、目立った齟齬は生まれていない。無論、芽はあちこちで芽吹いているが、それらを隠蔽しうる株高現象を未だにキープしている。どのようなPKOが行われていようと、株高は株高だ。

 現在の流れを見る限り、与党陣は盤石で、ひ弱な野党勢力が内戦を惹きおこし、分裂と云う現象を起こしているに過ぎない。脆弱な組織が分裂していくのだから、より貧弱になるだけで、与党と云う敵に塩を送り続けている按配だ。野党再編と云うと聞こえは良いが、ドンドン、一人一党野党みたいになるわけで、進めば進むほど、酷い状況を呈するであろうことは、想像に難くない。しかし、仮に惨状を呈しても、通過する必要のある政治過程であり、この野党再編は政権を奪取するための一里塚と認識すべきだ。この過程を経ずに、曖昧さを残した烏合の結集は、次代を担う機能を、再び手に入れることなく、数合わせの脆弱政権になるに過ぎない。

 この野党再編を通じて、既得権益の踏襲を是とするのか、盤石に見える既得権益層の破壊を試みるか、その鬩ぎあいの中から生まれる政治集団、乃至は連立できる与党を目指すべきである。2016年のW選挙で、絶対に政権を奪取しなければ、と云う使命感を強く持ち過ぎるべきでもない。80歳の内閣総理大臣であっても、国民の進むべき方向性を示し、21世紀的日本の国家像が示せるなら、必ず国民はついてくる。その為にも、浮足立った民主党は懲り懲りだが、安倍自民党は、やはりそれ以上に腐っていた、と国民が気づくには、それ相当の時間が必要だ。何といっても、今現在騙されている最中のなのだから(笑)。茹で蛙になりかけた時、かなりの馬鹿でも、熱さは感じる(笑)。それからでも、改革は十分間に合う。なにせ、クダラヌ競争社会とは一味違う日本を創るのだから。

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 筆者の想像図だが、その頃になればグローバル経済の破壊的事象も頻発するし、大資本マネーに蹂躙される国民の生活が、猛烈な痛みを伴いだすに違いないのだ。アメリカンの凋落も雪崩を打つ可能性が大である。中露やASEANの抬頭も顕著になり、彼らも勝ち組意識の中で、世界における自分たちの地位の矜持を持つ機運が生まれるに違ないのだ。この時、鳩山由紀夫元首相の「東アジア共同体構想」の機運が明確に社会現象化する可能性がある。この「東アジア共同体構想」には、ユーラシア大陸の大国、中国ロシアを意識すべきもので、鳩山の抱いていた「東アジア共同体構想」は「アジアユーラシア共同体」とバージョンアップしているに違いない。

 このように、10年スパンで構想を練れば、特別今現在の狂気の安倍政権のトンデモ政治に一々目くじらを立てることもない。笑ってやらせておけば良いのだ。それにしても、小沢一郎が描く「最大野党民主党を軸に、オリーブの木を」と云う発想は、もう通用しないと思う。既得権益陣営の影響力を侮り過ぎた嫌いがあることは、素直に認めざるを得ない。改めて、「国民の生活が第一」の「生活」と云う概念の構造的修正が必要になってきている。ここが肝心だ。10年後まで、米国との関係を最重要視して、と云う発想には時代性で無理が出てきている。腐っても鯛の論には、変革世紀においては、些か陳腐に思えてきた。

 小沢信者と云う人々がいるとすれば、面白くはないだろうが、「生活」の観念の転換なしに突き進んでも、20世紀の延長線上にあり、日本が21世紀型最先端国家になる事を放棄するに等しいと思考せざるを得ない。民主党など糞喰らえである。連合・官公労の票がなければ成立しない政党は、既得権益政党であり、国民政党にはなりえない。ネオリベも廃れる運命なのだから、良い顔する必要もない。経済にあまり軸足を置かなくても済む時代が、10年後には必ずやってくる。

 これからの時代は、教条的が美しく頑強に思える時代に突入している。社民や共産の、ヤケクソな訴求が花開く可能性さえ見えている。勿論、彼らの政策は大きな政府を希求するので、話にはならないが、「生活」と云う価値観が異なるような方向性を打ち出す政治勢力を小さくても良いから作っておくことだ。“腹七分目の生活価値観”ここに政治勢力を結集させるべきである。30人程度の小さな所帯でも、時代の風を帆一杯に受ければ、大化けする。時代は完全にオセロゲーム時代だ。現在の「生活」と云う観念で国民を満足させようとすれば、それは破滅への道であり、その道は“自民党”に譲って良いだろう(笑)。これからは、禅の世界の「無」であり、価値観のチェンジこそが、政治に求められている。

 そのような意味では、過去の現象で、細川や小泉や鳩山や福島みずほに、重大な過去の瑕疵があるとしても、21世紀の時代に変身した細川や小泉や鳩山や福島みずほと、国民の生活が第一の、「生活」と云うものを、もう一度定義し直す作業から着手すべきだ。このような発想で永田町を眺めてみると、このような政治勢力の象徴的マイルストーンになり得る選挙が二つある。沖縄県知事選挙と福島県知事選挙だ。沖縄県知事選挙においては、鳩山由紀夫はシンボリックな意味合いがある。猛烈な沖縄の団結に繋がり、辺野古埋め立て問題が世界的話題にまで拡大させられる。福島県知事選に関しては、寡聞にして候補者の顔が見えていないが、福島県民の健康に教条的に取り組む候補者を擁立し、放射能問題を国民の共有する意識に高めさせることが出来るのだが、沖縄の鳩山のように、うってつけな候補者の顔が浮かばない。

日本は戦争をするのか――集団的自衛権と自衛隊 (岩波新書)
半田 滋
岩波書店


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●Black WaterUSA、民間軍事請負に関わる男 米国傭兵殺戮陰謀部隊

2014年06月02日 | 日記
民間軍事会社の内幕 (ちくま文庫 す 19-1)
菅原 出
筑摩書房


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●Black WaterUSA、民間軍事請負に関わる男 米国傭兵殺戮陰謀部隊

 今すぐに起きる話ではないが、いずれ本日のような“見出し”が、マスメディアを大いに賑わすことは想像できる。その現象が2016年夏以前に起きる可能性は殆どないだろう。2020年、東京オリンピック開催までの間に、最低でも二度、安倍乃至は自民政権を総括する権利が、国民に与えられている。現在、維新やみんなの党分裂以降、なにかと野党再編の話題が盛り上がっているが、野党再編自体にあまり注目する必要はない。幾つかの野党集団が幾つかの政治テーマで連立政権を組めばいいだけの話だ。勿論、自民党にも、連立することで政権を握る権利はある(笑)。

 筆者は、ウクライナ問題の事象をウォッチしていて、米国と云う国の正体が見えて思いだ。アメリカン外交政策とは、諜報活動、洗脳扇動活動、プロパガンダ活動、サイバー活動、民間軍事請負企業活動等々の代理人軍事戦略であることが、証明されつつあるようだ。アメリカン外交は、軍事戦略の一環として解釈しても構わないレベルである。特に、「民間軍事請負企業活動」に関しては、その国家の政府が直接的に軍事戦略に関与することなく、軍事的手段が選択できる“抜け道”と言っていいだろう。

 現実、金で動く自由な意思を持つ私企業なのだから、その企業の行為に、株主や経営陣は責任を負うが、仕事を依頼した政府等々の責任を追及される可能性は極めて低い。この「民間軍事請負企業」の総本山が「ブラックウォーターUSA(現在Academi社)」である。ブラックウォーターUSA(Academi)を詳しく調べていけば、アメリカンの外交戦略は、彼らの“軍事・諜報・クーデタ攪乱乱業務”が合法的に成立している事が窺える。

 「ブラックウォーターUSA(現在Academi社)」は、1997年に海軍特殊部隊を退役したエリック・プリンスによって創設された。この企業の業務内容は、
1:訓練を受けた自社要員と、ヘリコプターなど航空機を含む装備類を保持し、戦闘への参加、戦地での護衛、治安維持活動、危険地域での輸送、後方支援、軍事コンサルティング(現地の混乱醸成)等を提供する。
2:同社の訓練施設(ノースキャロライナ)において、民間人及び正規軍に対し、射撃訓練、戦闘訓練の教育を行う。時に、顧客の要望で、同社訓練施設外においても、同様のサービスを提供する。

 これらの軍事的警備会社は、日本のSECOMと同じような仕事をしている企業と思ったら、トンデモナイ間違いだ。戦場における殺戮方法から、マッチポンプに繋がる国家騒乱やテロリストの仕業と見せかける陰謀まで、幅広く正規軍が行うと都合の悪い問題を一手に引き受ける企業と位置づけて構わない。ある意味で、オバマのデモクラシー平和外交は、彼らの仕業に支えられている、虚偽の平和外交と云うことである。このような事実を、民主党オバマ政権、まして自民党政権や日本人の多くが、どこまでこのような事実を理解しているか、甚だ疑問である。2009年には民間軍事請負企業B.W.USAは社名を「Xe」に変更。2010年には、あの悪名高きモンサント社が買収するに至る点も驚きだ。「デモクラシーNOW」が、この軍事的警備会社のリーダーと見られるエリック・プリンスに関して、以下のように報道している。


≪ ブラックウォーター創業者のムスリム撲滅の使命(エリック・プリンス)
  Xe社と社名を変えてみても、ブラックウォーター時代の悪行は消せません。次々とスキャンダルが発覚していますが、今回は創業者エリック・プリンスの宗教的な背景に焦点を当てます。
 ブラックウォーター社の元従業員2人が2009年8月に連邦裁判所に提出した宣誓陳述で、エリック・プリンスが同社の犯罪を捜査するFBIに協力した人々の殺害に関与した疑いが浮上しました。イラク人殺しを奨励したという証言もあります。プリンスの直接犯罪関与についての内部の人間による初めての証言です。
  新興の民間傭兵会社ブラックウォーターが急速に勢力を伸ばした背景には、米国で隠然とした力を持つ急進的キリスト教右派の運動が大きく関わっています。2代目ジョージ・ブッシュを大統領にすえて、ほとんど共和党を乗っ取った急進的キリスト教右派。この過激な原理主義運動の仕掛け人のひとり、ゲイリー・バウアーやジェイムズ・ドブソンに資金を与えたのが、エリックの父親エドガー・プリンスです。御曹司のエリックは、まさにキリスト教右派運動のクラウン・プリンスでした。
  プリンスは最初、初代ブッシュ政権でインターンをしていましたが、伝統的保守派で宗教勢力を嫌った父ブッシュに見切りをつけ、二期目をかけた大統領選挙では共和党の対抗馬である極右のブキャナン候補の陣営につきました。ブッシュが破れ民主党政権の時代になると、彼は軍隊に入ります。海軍の特殊部隊に 入隊して経験を積み、除隊して民間の軍事訓練会社を設立します。
  やがて彼は息子ブッシュに近づいて巨額の選挙資金をつぎこみ、大統領に当選したブッシュが「対テロ戦争」を宣言すると、米国の軍事行動にブラック ウォーター社が大きな役割を果たすことになります。ブッシュ大統領はテロ戦争を「十字軍」と呼び、アフガニスタンとイラクの2つのイスラム国家を占領し て、プリンスの軍隊に警備させたのです。 プリンス自身も十字軍への思いは強く、中世の騎士団にあこがれ、その伝統に連なろうとカトリックに改宗したほどです。
 「イスラムを地上から抹殺する 世界戦争」の十字軍戦士を自認したプリンスが、社員に対し「イラク人殺しを奨励していた」との証言もあります。ブラックウォーターの職員がイラクで一般市 民に対する過剰な武力行使を行ったことには、こうした意図的なものがあったことが疑われます。 ≫(デモクラシーNOW2009年:中野訳)


 筆者は「Democracy Now」の記事も不十分で、“ムスリム撲滅の使命”と云う「冠」は賞賛でさえあると思う。「Democracy Now」が民主党・オバマ政権贔屓なのは判っているので致し方ないが、現政府のホワイトハウスの関与をネグレクトしている点で、正確な情報とは言い難い。米国務省とCIA長官がウクライナ問題に明確にコンタクトしている以上、単なる狂信的十字軍戦士と云う地位で評論するのは、あまりにリスキーだ。宗教的動機が初期においてあったとしても、その後の企業の活動をみればわかるように、「ムスリム撲滅の精神」から、「反米勢力撲滅の精神」に格上げされていると云う点に注意すべきだ。

 筆者の知り得るアングラな情報も加味すれば、ワールドセンタービル・911事件以降の重大な世界的出来事において、この「民間軍事請負企業」はアメリカンの正式政府や正規軍が実行すると不都合のある、軍事的諜報的画策的多くの戦略(虚偽の平和外交)を下支えしている可能性を疑うに充分な状況証拠は揃っている。ブット元パキスタン首相暗殺、ビンラディン殺害事件、頻発するカラー革命の数々、シリアの化学兵器使用疑惑、ウクライナ・クーデターなど、疑えば切がないほど、疑惑に満ちている。

 エリック・プリンス本人もCIA工作員であり、CIA暗殺部隊の訓練指導者の一人だとも言われている。米国CIAが経済関連に重心を移したなどと云うのはプロパガンダであり、アメリカ覇権の権威が衰退すればするほど、彼らの活動範囲は拡大の一途であることは間違いがない。表向き、米国政府のあずかり知らぬ問題であり、アメリカンデモクラシーに傷はつかないし、正規軍を使うことで起きる秘密漏えいも、永遠の身分保障も不要なので、秘密戦略の実行はアウトソーシングに限るのである。

 平和外交の推進に欠かすことの出来ない、火付け役が彼らなのである。こんなことが事実であるなら、世界で起きていることを真面目に論じていること自体、酷く滑稽だ。ちなみに、マレーシア航空機事故の関しても、マハティールはCIAがすべての情報を握っている。飛行機は、インド洋の米軍基地でピカピカに磨かれているかもしれない、と推論を展開しているが、冗談でしょう、と笑い飛ばせない情報も数々ある。

暴露:スノーデンが私に託したファイル
グレン・グリーンウォルド
新潮社


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