世相を斬る あいば達也

民主主義、資本主義とグローバル経済や金融資本主義の異様な違いについて

●世界の潮流 中国にいらだつ前に、日本の独立性を吟味しよう

2018年01月10日 | 日記



閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済 (集英社新書)
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カタツムリの知恵と脱成長: 貧しさと豊かさについての変奏曲
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大国の暴走 「米・中・露」三帝国はなぜ世界を脅かすのか
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●世界の潮流 中国にいらだつ前に、日本の独立性を吟味しよう

 一般論だが、独立国にとって、外交・防衛は大切なものである。時には、その舵取りひとつで、国民に繁栄ももたらせるし、塗炭の苦しみ与えるものである。独立国とは、ブリタニカ百科事典の解説によると ≪独立国どくりつこくindependent stateとは、主権国家ともいう。国内事項の処理ならびに国際社会の他の構成員との関係において,いかなる外部の支配からも自由である国家。非自治地域,従属国などに対立する概念である。国家は,その領域内のすべての人および物を支配する最高の権力を持ち,その組織,国民の権利,外国人の入国条件などを自由に定めることができる。また国家は対外的に他の国家との間で維持すべき関係についての決定権を持ち,条約の締結,外交使節の派遣および接受などを自由に行うことができる。言い換えれば,これらの事項を外部から命令されることなく,自由に行う地位を国際法上認められている国を独立国という。≫となっている。

 ブリタニカの理解において、我が国日本を考えると、真に独立国家であったのは、江戸時代、徳川幕府の時代まで遡らなければならないようである。明治においては、英仏米露の激烈な圧力と陰謀の渦巻く中で、暴力革命・明治維新が遂行されたわけだが、脱亜入欧という言葉の中に、欧の、激烈な干渉が存在したことは明らかすぎるのだから、明治の日本は江戸幕府と云う真の独立国から、見せかけの近代化独立国風に作り上げられたと見るべきだろう。

 昭和の時代には、第二次世界大戦を通じて、敗戦と云う過大な犠牲を国民に強いた挙句、今度はアメリカ支配の、見せかけの独立国を作ったわけである。そして現在に至っているわけだ。つまり、徳川時代が終わってからの150年近くは、他国の影響下で、一定の範囲における権限を委託された仮設テントのような政権があるだけで、残念ながら独立国家ではなかったと云うのが、歴史的な事実である。

 英国を中心とする中東アジア植民地政策の勢いは、清(中国)におけるアヘン戦争あたりで失速に至っていた。そこで、英米の植民地化勢力は、軍事的力の植民地化を、中国植民地化には「毒」(アヘン)を盛り、東方の最終地日本においては、インテリジェンスと武器供与、そして懐柔と云う方法をとって、その植民地化政策を終了した。つまり、米欧にしてみれば、手段はどうあれ、中国や日本の植民地化戦略は成功したのである。

 日本における植民地化は、産業と軍事と云う大量の資金調達を必要とする革命を遂行させることを「善」とする洗脳哲学が専らだった。この「善」の遂行には、莫大な資金が必要だったわけで、それらの資金の多くは、欧米からの調達に頼っていた。つまり、カネで植民地にされていたことになる。内政問題では、一定の範囲の独立国的自由は保証されたが、外交防衛とそれに干渉する内政は、宗主国の過大な干渉の下にあった。時々、軍部が暴発的に、外交防衛のブレークスルーを試みたが、その試みも、何らかの意味で、独立国として純化した行動ではなかった。

 日本は明治以降150年間以上、独立国であった時期は皆無なのだ。この150年間と云う期間は、世代的に言うと、4世代くらいは植民地国家に居ながら、内政的に限定自由を与えられていることで、独立国家に違いないと錯覚させれていたと云うべきだ。第二次世界大戦で、日本は独立国家として戦ったと主張する考えもあるが、どのような側面から分析しても、日本が勝利する可能性がなかったのだから、歴史的考察では、植民地国家のクーデター失敗と云う事実があるだけだ。

 以上のことから理解する限り、現在の日本と云う国も、独立国家とは言い難い。まず、防衛システムは完璧に米軍の下請け機関になっているわけで、北朝鮮のような小国相手にも、戦うだけの要素を持ってはいないのが現実だ。専守防衛範囲でさえ、自立はしていない。外交も然りだ。アメリカの意に沿わない外交姿勢を示す蛮勇な政権は、常に、アメリカからのインテリジェンスな鉄槌を受け排除される。アメリカから見れば、彼らはクーデター政権に映るからである。

 まぁ、そんなことだから、河野外相が外相専用機が欲しいと言っても、安倍が訪問国で金を包もうとも、アメリカに逆らわない範囲で行われる外交なのだから、正直無駄な金使いとしか認められないので、何だかな~?と思う。世界のODAで、中国に後れをとっていると、愛国的に嘆いてみせるが、そもそも、アメリカの紐付き外交の推進は、植民地化の強化に繋がるだけで、外務省などは、害務省化しているのだから、無用の長物に過ぎない。

 口惜しいが、日本人が低俗な後進国、発展途上国と蔑む者が多い”中国”の方がブリタニカ風に言えば、あきらかに独立国である。口惜しいが、中国は、日本と違って独立国だ。外国の軍隊が駐留などしていない。民主主義国家でもない。自由も制限されているが独立国だ。社会主義自由経済国家である。良いとこ取り国家だと云う非難はあるが、それを決定する段階で、外国の関与は受けていない。習近平政権の独善的政治思考にも、欧米植民地化政策からの脱却は鮮明に見ることが出来る。

 逆に、習のアジア向けの“AIIB”(アジア向けの国際開発金融機関)や“一帯一路”(中華人民共和国(中国)が形成を目指す経済・外交圏構想のこと。略称「OBOR」。2013年に習近平国家主席が提唱し、14年11月に中国で開催された「アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議」にて広く各国にアピールされた。中国西部-中央アジア-欧州を結ぶ「シルクロード経済帯」(一帯)と、中国沿岸部-東南アジア-インド-アフリカ-中東-欧州と連なる「21世紀海上シルクロード」(一路)からなる。新たな経済圏の確立や関係各国間の相互理解の増進などを目的としており、15年10月14日~16日に北京で開催されたアジア政党国際会議(ICAPP)では「シルクロードの再構築と共同発展の促進」がテーマとなった。:ブリタニカ)

 これらの政策は、欧米やASEANを吸いつける魅力となって、世界情勢に大きな影響を及ぼしている。この中国に、軍事大国ロシアやイラン、トルコ、シリア等々が加わることで、ユーラシア大陸に世界の権力の座が「大政奉還」されると云う危機感が英米にあり、このユーラシア大政奉還趨勢の中、安倍政権や日本会議を含むネトウヨ勢力は、独立国を目指すと云うキャッチコピーの旗の下、実は植民地化強化戦略と云うアメリカ主導の政治に奔走しているようにしか、筆者には見えてこない。 

≪ 正月の北京で感じた「実験国家中国」のとんでもない変化

  経済発展か、原点回帰か 2018年新年快楽!
このコラムは、現代ビジネスの発足当初からの連載で、今回が391回目、まもなく丸8年を迎えます。今年も、深く斬り込んだ中国分析をお届けしたいと思いますので、ご愛読よろしくお願いいたします。
 
■北京のランダムウォーカー
中国という国は、周知のように日本とは統治形態が異なる社会主義国である。 そのため、政府というのは元来そういうものであるけれども、日本以上にアピールしたいことは大宣伝し、都合の悪いことは隠そうとする傾向がある。日本のように政府に対する野党のチェック、マスコミの監視、そして有権者の審判がないから、為政者側の意思によって、いかようにでもできてしまうのだ。
:そのような日本とはまったく勝手の違う中国を分析していく上で、私が有用と考えている手法の一つが、「定点観測」である。
:「定点観測」とはつまり、一旅行者として、街の景色や通りの往来、交通事情、店舗の様子や価格、人々の会話や表情、現地の新聞やテレビが伝えていることなどを、つぶさに観察していくのである。その際、決めているのは、オープンになっているものだけを観察の対象にするということだ。あくまでも一旅行者の視点から、中国を眺めていく。
:私は「正月の北京」で、こうしたことを丸25年やって来た。25年も積み重ねると、いろんな「変化」が見えてくるし、感じることも多い。
:例えば、コンビニのおにぎり一つとっても、値段から包み方、店内での位置、種類、味などが、一年前とは微妙に変化している。店員も、地方出身者から北京の学生に変わっていたり、バイト代を聞くと上がっていたりする(実際、一年前に月給3000元と答えたコンビニのバイトが、今回は4000元と答えた。だがツナのおにぎりは3.6元で、値段の変動はなかった)。
:そもそも、「中国人は冷たいものは食べない」という常識を覆して、おにぎりを電子レンジで温めるという「発明」をしたのは、私の定点観測によれば、2009年の北京のセブンイレブンからだ。以後、コンビニのおにぎりが中国で浸透していった。いまや「飯団」(ファントゥアン=おにぎり)という単語は定着した感がある。
:こうしたことは、積み重ねていかないと見えてこない。だから滞在中は、ひたすら外を歩いて、多くの事物に触れていく。
:嬉しいのは、以前はたった2線しかなかった地下鉄が、この正月で20線になったことだ。しかも無人自動運転列車や、ミニ・リニアモーターカーまで走り出した。
:ただ、東京よりちょうど10度気温が低く、寒波も吹き荒れる北京の真冬の街歩きは、年々しんどくなってきており、いつまで続けられるかは不明だが……。

■壮大な実験国家と旧式シャワー
:北京ではいつも朝陽区の定宿に泊まっているが、そこの部屋の風呂場には旧式のシャワーが取りつけられている。右のレバーを捻ると水が、左のレバーを捻るとお湯が出てくる。
:お湯が出るだけありがたいのだが、何分使い勝手が悪い。右のレバーをちょいと開けすぎると、たちまち冷水となり、左のレバーを開けすぎると、逆に熱湯が飛び出す。そのため赤子をあやすように、そっと、そっと、左右のレバーを調整していかないといけない。
:調整が完了したと思っても、油断はできない。湯水が出る先端には、50くらいの小孔が開いているが、日本のシャワーのようにすべての孔が等質ではないからだ。ある孔は大きく開いていたり、別の孔はやや横向きに開いていたりして、あらぬ方向に湯水が飛び散る。しかも湯水の量が突然、増えたり減ったり、かつ温度も、勝手に上がったり下がったり……。
:今回、そんなシャワーと格闘していて、ふと気がついた。これこそまさに、中国の統治システムそのものではないかと。
:すなわち、左の湯のレバーが「放松」(ファンソン)である。「放松」とは緩めること、すなわち14億人民に、ある程度の自由を与えることを意味する。
:もう一つの右の水のレバーは「収緊」(ショウジン)である。「収緊」とは引き締めること、すなわち14億人民に冷や水を浴びせて規制していくことを意味する。
:そして四方八方に勝手に飛んでいく湯水(=中国人)と格闘している自分が、習近平政権のようなものだ。
:今年は、鄧小平が始めた改革開放政策の40周年にあたる。この40年間、中国共産党政権は、「放松」と「収緊」という二本の手綱を握りしめながら、中国という巨大な馬車を進めてきた。換言すれば、改革開放後の40年間、中国は「放松」と「収緊」という二つのことしかやっていないのだ。
:両者のベクトルは逆方向を向いているから、互いに緊張関係にある。中国は1992年以来、社会主義市場経済を採用しているが、大まかに言えば、社会主義=政治にあたるのが「収緊」、市場経済にあたるのが「放松」である。ただし市場経済国家にあるべき自由は限定されているため、日米欧は中国を、市場経済国家とは認定していない。その意味では「放松」と言っても、あくまで限定されたものだ。
:10年ほど前に、ワシントンに長年住む先輩記者から、「アメリカとは壮大な実験国家だ」と教えられたことがある。国民は150以上の国々から移り住み、食べ物も肌の色も考え方も、まるで違う。そのため全員に1票ずつ与え、4年に一度、国家を統治する大統領を選ぶことにしたというわけだ。
:いまなら私はこう言いたい。「中国もまた壮大な実験国家だ」と。国民に一人1票を与えなくても、国民生活を豊かにし、国として発展していけるのかどうかを、中国は14億という世界最大のビッグデータを使って実験しているのだ。

■習近平の偶像崇拝がさらに進化
:今回垣間見た共産党政権を簡単に言い表すなら、「自信」「剛腕」、そして「素朴」だった。 :中国は昨年10月、第19回中国共産党大会を開いて、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を採択した。これについては、北京の書店に行くと大量の解説書が売られていたが、要するに習近平総書記の権限を一層強化するということだ。これからは「プーチンのロシア」のような、「習近平の中国」にしていくということだ。
:実際、習近平総書記に対する偶像崇拝運動が始まっていた。 :例えば、「習近平同志を核心とする党中央の周囲に結集し、国際一流の和諧の都の建設に努力奮闘しよう」「習近平同志を核心とする党中央の周囲に結集し、中国の特色ある社会主義事業を新たな勝利に導こう」といったスローガンが、街のあちこちにデーンと掲げられている。交差点には習近平総書記が手を振る巨大な写真まで登場し、横に「中国の夢、人民の夢」と書かれていた。
:中国の学校は9月から始まるが、昨年の9月から「習近平語録」の学習が、小学校から大学まで必修となった。大学では、「習近平語録合戦」が盛んだ。これは日本のかるた取りのように、覚えた習近平語録を学生たちが競い合う催しだ。
:今回、国有企業に勤める友人と会食したが、彼はだいぶ遅れてやってきた。聞くと、「政治学習」が終わらなかったのだという。国有企業の社員たちは、週に何度も、習近平総書記の講話学習、講話の書き取り、講和に関する討論会などに参加しないといけないのだという。
:彼はカバンから、『国有企業党組織工作手冊』というタイトルの272ページもある本を取り出して、見せてくれた。その本を捲ると、習近平総書記が2016年10月10日と11日に「全国国有企業党建設工作会議」で行った重要講話から始まっていた。 「国有企業は党の強化され整備された指導に導かれねばならず、国有企業における党の建設を強化し改変していかねばならない……」
:そして、「国有企業内部における党の組織生活制度を厳格にする」などと書かれている。要は国有企業の社員は全員、習近平総書記の教えに忠実でありなさいということだ。毎日このような会議漬けだと、通常業務に影響が出るのではないかと、他人事ながら心配になった。
:私が「日本のように将来、国有企業を民営化する気はないのか?」と尋ねたら、「民営化は国家資産の流出と考える共産党が、そんなことするわけないだろう」と一蹴された。また、ある国家公務員は、昨年10月18日、共産党大会初日に習近平総書記が行った3時間20分に及ぶ長大な演説を、全文丸暗記したとも教えてくれた。「彼は絶対、出世するぞ」と言っていた。
:こうしたことから垣間見えるのは、「中国の壮大な実験」は、国民に大きな負荷をかけるということだ。それでもこうした「収緊」の作業は、国家を安定的に統治するために欠くことのできないものだと、共産党政権は考えている。
:中国中央テレビのニュースを見ていても、毎日頭から3分の1くらいは、習近平総書記の動向や講話の紹介にあてられるようになった。スマホニュースで中国国民に一番人気の「今日頭条」(ジンリートウティヤオ)は抵抗を試みていたが、ついに12月29日午後6時から24時間、「発信内容について点検を行う」として、当局からニュース発信を停止されてしまった。
:30日午後6時になってニュースの発信は再開されたが、「習近平総書記が……」「習近平総書記が……」「習近平総書記が……」と、トップニュースの上から6つ目までが、習近平総書記を褒め称える記事に変わっていた。「すべてのメディアは党の姓を名乗れ」というのが、習近平総書記が2016年2月から説き続けている教えなのだ。
:正月社説でささやかな抵抗を行ったのが、北京で一番人気の『新京報』と、広東省の気骨ある新聞『南方週末』だった。なんと両紙とも、習近平総書記を称えなかったのだ。『新京報』は、社説(2面)のある見開きの片面(3面)で全面、習近平総書記の「新年賀詞」を掲載し、バランスを保っていた。
:『新京報』はまた、年明けに始まったイランの民主化を求めるデモを連日、克明に報じていた。これは2010年の「アラブの春」の時に行った手法で、「独裁をやっているとひどい目に遭うぞ」という暗喩を含んでいるのだ。『新京報』も広東省から北京にやって来た新聞なので、広東人の抵抗の精神は、いまだ健在なのかもしれない。
:ちなみに、昨年10月まで5年にわたって広東省の経済を大いに振興させた胡春華・前広東省党委書記は、中央政治局委員(トップ25)には入っているものの、無役となり、すっかり動向が伝えられなくなった。習近平総書記よりちょうど10歳年下で、「革命第6世代」(ポスト習近平世代)のホープと言われた胡春華氏の今後の動向が気になるところだ。

■半永久政権に向けて着々と
省略
■あのPM2.5はどこへ?
:変化ということで言えば、今回最も驚愕した変化が、「空気」だった。北京の冬の名物だった「霧霾」(ウーマイ)が消えたのである。難しい漢字だが、日本語に訳すと「PM2.5」。そう、世界一深刻な大気汚染のことだ。
以下省略
■習近平政権の最大の成果
:先ほど、「中国の壮大な実験は国民に大きな負荷をかける」と書いたが、逆にプラスの面もある。それは重要政策を、有無を言わさず中央突破する強引さだ。特に、いまの習近平総書記は、そうした傾向が顕著である。
:環境部は昨年、「大気汚染防止行動計画」を発表した。「京津冀」(北京市・天津市・河北省)に「煤転気」(メイジュアンチー)、「煤転電」(メイジュアンディエン)の大号令をかけたのだ。
:淮河より北方では、11月15日から翌年3月15日まで、暖房代を事前に払った住民や企業などに、集団暖房を提供している。この集団暖房には、これまで主に石炭を燃やしていたが、これを大気汚染が少ない天然ガスか電気に変更するよう命じたのだ。
:期限は、昨年11月15日の集団暖房の提供日までである。かつ2市1省の製鉄所なども、生産量を約半分に抑えるよう命じた。車両の通行制限や規制も、さらに厳格にした。今年1月からは「環境保護税法」を施行し、大気汚染物質を発する工場などに重税を課した。
:加えて、昨年9月から今年3月まで、北京市内のすべての工事を中止させたのである。北京には建設中のマンションやビルが山ほどあるが、すべてストップ。さらに建設工事ばかりか、すべての内装工事も中止させた。いわゆるセメント販売禁止令である。
:北京のマンションやオフィスは、鉄骨剥き出しのまま買い手に渡され、買い手が自分で内装業者に頼んで好きなように内装を施す方式が主流だ。だからマンションを買ったはよいが、内装を施せないから、そこに住むことができない。同様に、オフィスビルも使用できない。
:そんなバカな、法律はどうなってるのか? と疑問が湧くかもしれないが、「実験国家中国」においては、皇帝様の「鶴の一声」は、法律を超えるのである。実は中国は、秦の始皇帝から清朝のラスト・エンペラーまで、すべての皇帝がそうした流儀を貫いてきた。だから中国人は、意外に抵抗感がない。
:ともあれ、こうした強引な手腕を発揮した結果、北京首都国際空港に降り立った私が真っ先に行ったのは、日本で買った最新鋭のマスクを顔から外すことだった。北京では十数年ぶりに、冬の眩しい太陽を見た。スマホで確認すると、「霧霾」の指標は「29」。以前ではあり得ない数値だ。
:日本の環境省は、「指標が35を超えると危険」としているが、北京は「霧霾」の指標が1000を突破した世界最初の都市である。以前、ある北京市の関係者に聞いたら、指標計の数値が500までしかなく、市内20数ヵ所に設置している指標計の針が振り切れてしまったのだという。
:ちなみに北京市環境保護局では、0~50が「優」、50~100が「良」、100~150が「軽度」、150~200が「中度」、200~300が「重度」、300~500が「厳重」と、6段階に分類している。つまり、500以上はないという前提だ。
:ところが、中国当局の発表を信じない北京のアメリカ大使館は、2009年冬から独自に観測し始め、そのデータをHP上で発表してきた。それ以降、同じ街の同じ場所において、まったく異なる数値が日々発表されるという不思議な現象が起こった。当時、北京に住んでいた私が、市の関係者に確認したら、「2.2分の1に希釈して発表しているようだ」とあっさり認めた。
:だが、今回の「29」がウソでないことは、確かだった。日本と同様、深呼吸ができるし、何より燦々と太陽が降り注いでいるのだから。
:「経済発展よりも、まずは新鮮な空気を」――習近平政権はこの政策実現によって、北京での支持率を大きくアップさせた。
:中国メディアは日本のメディアのような政権支持率の世論調査を禁じられているので、実際にどのくらい支持されているのは不明だ。だが、私が北京人に聞くたびに、彼らは「習総書記は、江胡時代(江沢民と胡錦涛の時代)にはできなかった新鮮な空気を取り戻した」と褒め称える。
:かつて「霧霾」に悩まされた私から見ても、新鮮な空気を取り戻したことは、習近平政権5年間の最大の成果ではないかと思う。

 ■ゴジラと同じやり方で…
:ところで、習近平政権が最近、北京から追い出したのは、「霧霾」ばかりではない。「低端人口」(ディートアンレンコウ)も同時に、追い出してしまった。
:北京市民2200万人は、うち約6割が「本地人」(北京戸籍保有者)で、約4割が「外地人」(非北京戸籍保有者)である。「外地人」は、「本地人」と結婚していたり、北京の「単位」(職場・学校など)に帰属している人と、そうでない出稼ぎ労働者などに分かれる。そうでない出稼ぎ労働者などを、「低端人口」(下層の人々)と呼んでいるのだ。
以下省略
 ■習近平のメッセージ
:2018年元旦の早朝、習近平政権は、気温マイナス9度の天安門広場に、9万人の市民を集めて、初日の出の国旗掲揚儀式を行った。
:この儀式は過去35年にわたって、武装警察(機動隊に相当)が担当してきた。だがこの日をもって、全国65万の武装警察は、国務院(中央官庁)の傘下から、習近平総書記が主席を務める中央軍事委員会の傘下に移った。すなわち、「習近平の武装警察」になった。
:こうした機構改編に伴い、元旦の初日の出から、国旗掲揚儀式は、200万人民解放軍の担当となったのだ。陸海空の国旗保護隊員96名、礼兵30名の計126名で編成された儀仗隊が、午前7時36分、日の出とともに国歌が演奏される中、威風堂々と国旗の掲揚を行った。
:北京の元旦のニュースは、この国旗掲揚儀式と習近平総書記の「新年賀詞」一色となり、まさに習近平新時代の到来を告げていた。
:天安門広場の西北に広がる人工湖「后海」(ホウハイ)の畔を歩いてみた。后海と言えば、胡錦涛時代に市内有数のカフェバー通りができ、100軒を超えるカフェバーが、軒を連ねていた。私も北京に住んでいた当時、日本から観光客が来ると案内したものだ。かつて皇帝の園庭だった后海と、ギンギラギンのネオンのミスマッチが面白く、胡錦濤時代の北京文化の換骨奪胎の象徴とされていた。
:ところが、今回訪れてみると、前述の理由でカフェバーの多くが撤去されていた。観光客もほぼ皆無で、公園で乾布摩擦をする近所の爺さんや、昔は虫歯も抜いてくれた青空床屋などが出ていた。これは、私が北京に留学していた1990年代半ばの風景だった。
:后海の北の端では、懐かしい天然のスケートリンクが営業しており、近所の子供たちが滑っていた。私も留学生時代、2元でスケート靴を借りて滑ったものだ。今回見たら、20元に値上がりしていた。 :北の端から、激変した后海の風景を眺めながら思った。きっとこうした北京の原風景こそが、「習近平の北京」なのだ。「経済発展もいいが、もう一度原点に立ち返る」――習近平総書記の朴訥なメッセージが聞こえてくるような気がした。
 ≫(現代ビジネス:週刊現代特別編集委員・近藤大介)

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