世相を斬る あいば達也

民主主義、資本主義とグローバル経済や金融資本主義の異様な違いについて

●痛い目に遭うのは国民 “ないものねだりのアベノミクス”

2018年06月03日 | 日記
株式会社の終焉
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閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済 (集英社新書)
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●痛い目に遭うのは国民 “ないものねだりのアベノミクス”

21世紀は「よりゆっくり、より近く、より寛容に」は、水野和夫氏(法政大学教授)の言葉だが、おおむね間違いではないのだろう。水野氏は、100年がかりで、資本主義は徐々に衰退してゆくとしている。それに対して、 北村行伸氏(一橋大学教授)は、まだまだ数百年は資本主義経済が活発に生き延びると主張している。

今夜は時間がないので、両者のコラムを参考掲載するので、どちらの主張に軍配を上げるか、お考えいただきたい。少なくとも、日銀黒田、高橋洋一や竹中平蔵、浜田宏一氏らのマネタリストの金融経済論では、現実の日本経済を解説できない状況に陥らせているのは確実だ。個人的には、北村氏が、中国4.35%、インド6.0%、ブラジル6.75%、ロシア7.5%、インドネシア4.25%と金利の高さを示しているが、これらの地域は世界のフロンティア地域のお流れ事情で起きている金利であり、早晩、開発の勢いはなくなると考える。

個人的には、トランプ大統領の保護貿易的な考えは、偶然の産物だが、時代の大きな潮流に沿った為政なのだと思う。中国以上のフロンティア地域は、世界広しと雖も見出せないわけで、中国が20世紀最後のフロンティア地域であって、21世紀にのフロンティア地域は現れないと考えている。チマチマしたフロンティア地域はあるが、中国にはかなわない。水野氏、北村氏ともに、戦争経済による、緊急時のフロンティア事情には意図的か、触れていない。しかし、アメリカや日本の政治の中では、それを考えている勢力があるのは確実だろう。

考えてみれば、経済学者は、過去の経済活動のデータをもとに、自己の理論を証明しているわけで、予言者ではない。つまり、過去問を解いているようなものであり、明日の試験に、その問題が出る保証は一切ない。それよりも、社会学者や哲学者の領域から、100年後の世界経済などをテーマとする論が展開せれる時代を望みたいものである。筆者の考えに近い水野氏の言葉を借りれば、「よりゆっくり、より近く、より寛容に」21世紀の生き方を考えなければならない。

いま、悪名高いアベノミクスと云う経済金融政策を継続中の安倍政権は、「よりゆっくり、より近く、より寛容に」の逆さまを、ひた走っているようにみえる。「よりはやく、より遠く、より合理的に」日本と云う国の方向を選択しているようあだ。この馬鹿げた経済金融政策の仕上げが、「戦争経済」でないことを祈りたいが、どうも怪しい。手短だが、以下、参考のコラムをお愉しみください。


 ≪水野和夫氏「トランプ後の世界は中世に回帰」 アメリカは自らグローバル化に幕を引いた
【今回、ほとんどの人が予測できなかったトランプの大統領就任。これまで、多数の著書の中で成長信仰への批判と資本主義の限界を訴えてきた水野和夫氏は、この出来事が、マイナス金利の導入やイギリスのEU脱退にも見られる、現代世界に流れる新たな潮流、「中世への回帰」の1つなのではないかと指摘します。】
 現代を生きる私たちは、今日よりも明日がよりよくなることを疑わず、日々生活しています。こうした「成長への信仰」は、20世紀における人口の大量増加と、それに伴う資本主義システムの確立によって成り立っています。しかし、今後も世界は成長を続けていくと断言することはできるのでしょうか。
■現代社会は、再び「ゼロ成長」の時代へ戻っていく
 日本やドイツのマイナス金利導入、先進国における人口減少予測、そしてイギリスのEU離脱などを見るにつけ、世界がこれまでと変わらない歩みを続けていくことをにわかに信じることはできません。先進国の人口が減少に向かい、そして経済が成長を止める中、世界はいったいどこへ導かれていくのでしょうか。
 私は、現代社会と中世ヨーロッパとの間にいくつかの共通点を見出し、現代は今まさに、「中世への回帰」という流れの中にあると考えています。
 経済の観点から見ると、ヨーロッパ中世(500~1500年)はゼロ成長の時代でした。西ローマ帝国が滅んだ直後から中世が終わるまでの間(500~1500年)、世界の1人あたりの実質GDP成長率は、わずか年0.03%(500年間で1.35倍)です。
 それが近代(1500~2010年)になると、実質GDP成長率はぐんと上がり、年0.22%となります(同期間で26.9倍)。特に第2次世界大戦後の1950年から、石油危機直後の1975年までの成長率は著しく、世界の1人あたりの実質GDPは年3.4%となりました。
 ところが、日本が金融危機に直面した1997年から2015年までの1人当たり実質GDPは、年0.6%です。名目GDPで見ると、同期間で年マイナス0.6%になります。中世の成長率よりはまだましですが、名目利子率から期待インフレ率を差し引いた「自然利子率」がゼロ、ないしはマイナスであることを考えると、今後は中世のような定常経済と大きくは変わらない状況になると予想されます。
 人口減少社会が到来していることも、中世に共通しています。中世の人口は、減少してこそいないものの、その増加率は年0.08%と、ほとんどゼロ成長でした。一方、近代(1500~2015年)の人口増加率は年0.54%で、とりわけ戦後(1945~1975年)は年1.82%と、人口爆発の時代となります。そして、それは同時に資本主義の黄金時代でもありました。
 しかし、これは例外中の例外です。21世紀の前半に入ると、人口増加率はあっという間に減速し、2015~2050年には年0.80%になると予想されています。産業革命から第2次世界大戦まで(1850~1945年)の増加率、0.66%とほぼ等しくなるということです。
 21世紀の後半には、年0.28%の増加率となり、産業革命前(1500~1850年)の増加率である年0.29%とほぼ同水準です。現代でも人口が増加を続けているアフリカを除けば、さらにマイナス0.12%となり、ついに世界が人口減少の時代を迎えることになるのです。
 ■イギリスのEU離脱も「中世への回帰」の一潮流だ
 2016年6月23日、イギリス国民はEUからの離脱(Brexit)を選択しました。これも「中世への回帰」の動向から理解することができます。EUはEuropean Union(ヨーロッパ連合)の略であり、ヨーロッパは「中世の創造物」だからです。これを理解するためには、まずヨーロッパという概念がいつからでき上がってきたのかを検討していく必要があります。
 ヨーロッパは、地中海世界と北部ヨーロッパが一体化する過程で、徐々にその姿を現してきました。その原型は、およそ800年前にあり、現在のドイツ、フランス、ローマを含む北部イタリア、そしてバルセロナを含む北部スペインにあたる地域でした。そこで重要なのは、その中にイギリスが含まれていなかったことです。
 この史上初のヨーロッパ形成体は、アラブ人が地中海を閉鎖したことで崩壊しました。現在のヨーロッパの大きな課題の1つであり、イギリスのEU離脱の原因の1つともなったのが、アラブや東欧からの移民問題であることを思うと、中世と同じ問題に直面していることが分かります。
 ヨーロッパへの脅威は、いつも東から来ます。北は北極海、南はサハラ砂漠、西は大西洋といった天然の要塞で守られているのですが、東は無防備なのです。EUの中で人の移動を自由にした結果、「陸の国」である東欧や中東からの移民流入に対して、「海の国」イギリスは自国の秩序が守れなくなったので、EU離脱を選んだのです。
 一方、アメリカにおけるグローバリゼーションの幕引きは、オバマ大統領から始まったといえます。クリントン、ブッシュ大統領が続けてきたグローバリゼーションは、イスラームの反撃という形で世界の平和秩序を破壊するようになりました。
 ■アメリカ国民がトランプを支持するのは必然だった
 オバマ大統領は、このことを受けて、アメリカが「世界の警察」であることを辞めると宣言したのです。しかし、平和秩序を保たないものが、経済秩序だけを保つことはできません。あの発言から、グローバリゼーションの終わりが始まりました。
 そして2年前、ピケティ氏の「1%対99%の格差」の言説は、グローバリゼーションを通して貧困に苦しむ多くの人々に「反エスタブリッシュメント(反既存体制)」という目標を与えました。現状を維持しようとするクリントン氏と、反資本主義、孤立主義など、この反エスタブリッシュメントを支持する人々の心に響くフレーズを連呼したトランプ氏が戦った大統領選において、国民がどちらを選択するかは、明白でした。
 そして、トランプ氏が大統領として選挙公約を守るとすれば、アメリカは自らの手で推進してきたグローバリゼーションに幕を引くことになるのです。
 ドイツの法学者であり、政治学者でもあるカール・シュミットは、世界史は「陸と海との闘い」であると定義しました。市場を通じて資本を蒐集するのが「海の国」であるのに対して、「陸の国」は領土拡大を通じて富を蒐集します。どちらも蒐集の目的は、社会秩序の維持です。
 フランク王国に起源をもつヨーロッパは「陸の国」ですが、近代を作ったのはオランダ、イギリス、アメリカといずれも「海の国」です。「陸と海との闘い」において、近代とは「海の国」の勝利の時代でした。
 しかし、今はそれが揺らいでいます。「海の国」がもっとも恐れていたこと、すなわち世界最大の大陸であるユーラシアの一体化が現実味を帯びてきたのです。
 そしてまさに、米大統領選においても、トランプが大統領に就任したことによって、TPPをはじめとしたグローバリゼーションは収斂に向かい始めました。「海の国」である英米が、グローバリゼーションを推進することにより、地球が1つになったかに見えたまさにその瞬間、「陸の時代」へと逆向きの力が作動し始めたというわけです。これも中世への回帰の流れの1つと言えます。
 19世紀半ば以降、蒸気の力を得て発達していった近代社会の原理は、「より早く、より遠くに、より合理的に」でした。そしてそれは、資本経済社会を支配してきた「成長」という概念にほかなりません。 ■21世紀は「よりゆっくり、より近く、より寛容に」
 しかし、「より遠く」は、太平洋をノンストップで飛行するジャンボジェットの引退で、「より速く」は、大西洋をマッハ2で横断したコンコルドの運航停止で、そして「より合理的に」も、最も効率的エネルギー源であった原子力工学における安全神話が、2011年の東日本大震災で自然の力の前にあっけなく崩壊したことで、それぞれ限界を迎えたと言えます。
 もはや「物理的・物的空間」にはそれらの成長を実現する場所はありません。 21世紀のシステムは、20世紀の延長線上ではなく、潜在成長率がゼロであるということを前提に構築していくことが必要です。それにのっとれば「よりゆっくり、より近く、より寛容に」が、21世紀の原理であるのです。
 これを資本主義の中核を担っていた株式会社に当てはめれば、減益計画で十分だということ、現金配当をやめること、過剰な内部保留金を国庫に戻すことです。
 おそらく2020年の東京五輪くらいまでは、「成長がすべての怪我を治す」と考える近代勢力が力を増していくでしょうが、それも向こう100年という長期のタイムスパンで見れば、ほんのさざ波に過ぎません。この22世紀へ向かう大きな潮流こそが、「中世への回帰」であるといえるのではないでしょうか。
 ≫(東洋経済on-line:水野 和夫 : 法政大学教授)


 ≪ゼロ金利は中国・インド中心の経済へ「大回帰」の反映だ
 金利は資本主義経済全体の価格情報であり、資本取引の基準となる指標である。日本では、日本銀行が設定する短期金利がかれこれ20年間もゼロ近傍に張り付いてきた。他の先進国でも、2007年のリーマン危機以後、日本の後を追いように超金融緩和政策がとられ、デンマークや欧州(ECB)、スイス、日本では「マイナス金利」が導入された。
 金融史上、かくも多くの国がマイナス金利、あるいはゼロ金利状態を、これだけ長く経験したことはない。 「資本主義の終焉」だとか、「成長の限界」といった声も聞かれるが、世界全体を見渡せば、社会のダイナミズムが衰えた一部の地域のみの話である。
 ■金利の理論で考えると リフレ派の主張では解決しない
 2013年4月から始まった黒田日銀の超金融緩和策では、従来から行われてきたゼロ金利政策に加えて、異次元の量的質的緩和が行われてきた。
 その際、政策目標として掲げられたのが2%のインフレ率の達成による「デフレからの脱却」だった。  この政策を実行するために安倍政権が日銀の政策執行部に送り込んできたメンバーは、いわゆるリフレ派と呼ばれる人たちだ。
 彼らは、1931年犬養毅首相の下で4度目の蔵相についた高橋是清の一連のリフレ政策、すなわち、金輸出再禁止、日銀の国債引き受けによる政府支出(時局匡救事業や軍事予算)の増額などによって、世界恐慌によって混乱していた日本経済を立て直した実績を高く評価し、その政策を模範としていた。
 経済理論としては、ミルトン・フリードマンのマネタリズム(貨幣数量説)の考え方に近い立場をとり、インフレ目標達成のための処方箋としては、日本銀行が従来の常識を超えた範囲(年間80兆円規模)で資産を購入し、市中に貨幣(ベースマネー)を供給することを行ってきた。
 また、リフレ派が金利に関して言及する場合は、アーヴィング・フィッシャーが展開した議論、貨幣利子率は実質利子率と期待インフレ率に換算(分解)できるとする議論を用いることが多い。
 その理論に依拠して、貨幣利子率が「ゼロ」になっても、日銀がインフレ目標実現までは徹底した資金供給をコミットメントすれば、期待インフレ率を上昇させ、実質利子率をマイナスにすることができるという議論もされてきた。
 しかしフィッシャーの関係式は恒等式ではないので、一つの変数を操作することで他の変数が自動的に調整される訳ではない。
 リフレ派による量的質的緩和のもう一つの理論的根拠は、同じフィッシャーによる交換方程式だ。
 経済取引は基本的に物々交換であり、貨幣は実体経済に対して中立的であるという貨幣中立説(貨幣数量説)の考え方に立つもので、交換方程式(MV=PQ;Mは流通貨幣、Vは貨幣の流通速度、Pは物価水準、Qは取引量)として表される。
 このフィッシャーの交換方程式では、短期的には貨幣の流通速度や取引量が安定しているとすれば、物価水準を上昇させるためには、流通貨幣を増加させればいいということになる。
 この理論に依拠して「インフレやデフレは貨幣的な現象だから、金融政策で解決すべき」というのが、黒田日銀の超金融緩和策導入時のリフレ派の議論だった。
 だが現実は、5年以上も日銀が金融緩和を続けても、2%のインフレ率を達成できないでいる。
 ■実体経済と貨幣経済は 相互に関連している
 なぜなのか。
 そのヒントは、利子と物価の関係を真剣に考えたもう一人の経済学者、クヌート・ヴィクセルの理論にある。  ヴィクセルは貨幣数量説を否定し、インフレやデフレは実体経済と貨幣経済の相対的なポジションによって決まってくるものだと論じた。
 主著『利子と物価』(1898年)では、貨幣の需給によって金融・資本市場で決まってくる利子率を「貨幣利子率」と定義し、一方で、実体経済の需給によって決まる利子率を「自然利子率を」定義した。
 自然利子率が貨幣利子率より高ければ、投資収益が高いので資本家は資金運用をより増やし、企業に対しては金融機関からの資金供給が増え、その結果、投資が活発になり実体経済が拡大し、物価は上昇するだろう。そして逆に低ければ、実体経済は収縮し、物価は下落するという議論を展開した。
 また自然利子率は、実体経済や資本の収益率を反映しているとすれば、それは時間とともに変動するので、必ずしも物価中立的ではない。
 そこで物価中立的な自然利子率は、特別に正常利子率と名付けられている。
 ヴィクセルの議論は、フィッシャーの議論と比べると、実体経済と貨幣経済の双方を見ながら、物価の変動を考えるというかなり複雑な構造になっている。容易には理解し難いが、説得力を持つものだ。
 ヴィクセルが『利子と物価』を書くにあたって、観察の対象としたのは1873年から1896年まで続くイギリスの大不況だった。
 当時は第二次産業革命が進行し、ドイツやアメリカなどの新興国がイギリスの工業生産にとって代わり始めた。また、金本位制が各国で採用されていった時期である。
 物価は技術革新や生産力の向上による供給拡大によってデフレ状態が続いていたと解釈されていた。  ヴィクセルの理論によれば、政府の介入なしに自然利子率が貨幣利子率より長期にわたって低かったことが、デフレに結び付いたということになる。
 ヴィクセルは当時の物価の動きを見て、次のように観察し、結論付けている。 「ある者は低い利子の水準の中に、生産と投機とを刺激する手段を認め、それだから低い利子率こそ物価騰貴の原因であると説明した。けれども事実は決して理論とは一致せず、むしろ大体、割引率の低い水準は高い物価とともに現れずに、低い物価とともに現れるということ、また割引率の異常に高い水準はほとんどただ高い物価のもとでのみ現れるということが明らかになった」と。
 ヴィクセルの理論を現代にあてはめれば、黒田日銀での超金融緩和策がインフレに結び付かないのは、自然利子率が、人為的に低く抑えられた貨幣利子率よりさらに低いからだということになる。鍵はこの自然利子率をどうやって上昇させるか、にある。
 つまり、貨幣利子率を人為的に低くしても、自然利子率が上がらないと、経済は縮小し物価は上がらないのだ。  利子率について、フィッシャーとヴィクセルの議論を受ける形で、新たな考え方を提示したのがケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936年)だ。
 ケインズは彼らの利子理論を十分に咀嚼(そしゃく)した上で、「利子率は貯蓄に対する報酬ではない。そうではなく、利子率は流動性をある一定期間手放すことに対する報酬である」と定義した。  つまり、利子を通貨需要関数の中の「流動性選好」によって決まってくる貨幣的現象として捉えている。
 しかしその一方で、ケインズはヴィクセルと同様に、あるいはそれ以上に、利子を経済体系全体の中で評価することを主張している。
 すなわち、「例えば貨幣量の増加は、他の条件が同じであれば、利子率を低下させると期待してよいが、大衆の流動性選好が貨幣量の増加以上に増大しているならば、そのようなことは起こらないだろう」と。
 また、「あるいは利子率の低下は、他の条件が同じであれば、投資額を増加させると期待してよいが、もしも資本の収益率が利子率よりも速やかに低下しているならば、そのようなことは起こりはしないだろう」と注意深く述べている。
 実体経済と貨幣経済の微妙な関係の中で利子率を位置付けて、経済を物価中立的あるいは若干のインフレに誘導することが、金融政策としても物価政策としても望ましいはずである。
 ヴイクセルとケインズの理論はその処方箋を教えてくれている。
 ■「ゼロ金利」が長期化すれば 資本主義のダイナミズムを抑圧する
 ところで、数年前ベストセラーになった『21世紀の資本』(2014年)の著者トマ・ピケティの議論もヴィクセルと重なるものがあることを指摘しておきたい。
 ピケティによれば、資本主義経済で最も重要な指標は、資本収益率rと経済成長率gの関係にある。
 歴史的に見ると、r>gの期間が長く、その結果、資本家への所得配分が、労働者への所得配分よりも高くなり、所得や資産分配の不平等が拡大する時期が多かったとしている。
 例外は第二次世界大戦後の1945年から1970年代までの高度経済成長期だ。
 先進国、とりわけ戦争で大きな被害を受け、資本ストックの大半を失ったヨーロッパ大陸諸国や日本では、労働者の所得が急増し、所得・資産の不平等が急激に低下していった。
 だが1980年代以後、アメリカを中心に不平等が急速に拡大する局面に接している。
 ピケティの資本収益率rは広い意味での資本へのリターンを総称しており、一般には、利潤、賃料、配当、利子、ロイヤルティ、キャピタルゲイン等を含んでいる 。
 簡略化のために、ピケティの資本収益率rを金融市場の貨幣(実質)利子率とし、経済成長率gを自然利子率と考えれば、rとgの関係は、ヴィクセルの均衡関係、自然利子率と貨幣(実質)利子率の関係と、きわめて近い議論をしていることになる。
 ヴィクセルの累積過程論では、自然利子率が貨幣(実質)利子率より高ければ、景気は過熱して、インフレ状態になる。逆に自然利子率が貨幣利子率より低ければ、景気は収縮して、デフレ状態になる景気循環のメカニズムが説明されていた。
 一方でヴィクセルはr>gが常に成立すると想定するのではなく、rとgの関係が不均衡であることで、資本主義のダイナミズム、すなわち景気循環が発生することを説明している。
 つまり利子率の変動が資産分配や所得分配などの趨勢に影響していることにも注意を払う必要がある。  金融政策は分配問題とは無関係であると、中央銀行関係者は考えているかもしれないが、貨幣利子率を自然利子率よりも人為的に抑える政策がもたらす分配効果は、ピケティの関係式ではr<gとなる。
 ポピュリズムの支持を集める不平等を抑える方向に働き、企業家精神にあふれた資本主義のダイナミズムを抑圧してきたと言える。
■先進国の低金利は 成長のエンジンが移動したから
 金利の変化が実体経済に波及するダイナミズムを認識するとともに、現在の金利を考える上で、もう一つの重要な論点は、世界的に見て、マイナス金利やゼロ金利が普遍的に広がっている訳ではないということだ。
 我々はともすれば、先進国経済の問題が世界経済の問題であり、他の移行経済国や新興国、発展途上国地域で起こっていることにはほとんど関心を払わない。
 しかし、人口規模から見ても、世界のGDP規模から見ても、すでにG8以外の国の経済シェアがG8経済シェアを凌駕しているし、今後もその傾向は続くだろう。
 より具体的に言えば、資本主義経済の「重心」が、欧米からアジアへ移ったということである。  そもそも資本主義とは、基本的に資本を投資して収益を上げていくシステムを意味している。
 資本主義経済の金利とは、資本の収益率を反映したものとなるはずである。だとすれば、金利の低い資本主義経済とは、ヴィクセルの主張するように資本収益率の低い経済を意味することになる。
 日米欧の主要国の金利が軒並みゼロ近傍にあることから、資本主義の終焉(しゅうえん)を論ずる向きもあるが、2018年3月時点で、中国4.35%、インド6.0%、ブラジル6.75%、ロシア7.5%、インドネシア4.25%と新興経済国はそれなりの金利水準で経済を回している。
 このことは、明らかに資本主義経済のエンジンがアジア及びその周辺新興国へ移っていることを意味しており、それが一時的なものではなく、資本主義の中心地が移動している可能性を示唆しているのだ。
 欧米先進国の中には、アジアの成長を認めつつも、国際資本主義の制度設計は、ブレトンウッズ体制とそれを支えるIMF・世界銀行・WTOといった「ワシントン・ジュネーブ・コネクション」が主導権を持ち続けると考える人が多い  また、世界の金融市場もニューヨークとロンドンがその中心的役割を果たしていくだろうという見通しを多くの人が持つ。
 特に、英米中心の金融界に近い人たちは、なかなかそれ以外の選択肢を想像はできないだろうし、既得権益を守るためにあらゆる努力(それには他の金融市場勃興への妨害も含まれる)をするだろう。
 だが、資本主義経済勃興以来の長い歴史で位置付ければ、ポメランツが主張するように、18世紀以後、産業革命が起こった西欧諸国とアジア諸国の間に「大分岐」が起こったが、それ以前の16-17世紀にはむしろアジアの経済活動の方が活発だった。
 現在は、西欧経済から中国とインドを中心とするアジア経済への「大回帰」が起こっていると考えられる。  歴史の流れの中で考えれば、欧米先進国の「ゼロ金利」は、この資本主義の重心移動を反映したものだと考えられる。
 ■「世界の中心でゼロ金利を叫ぶ」 ことにはならない
 日本は明治時代から「脱亜入欧」を目標に近代化を進め、西欧の制度を積極的に導入することで、アジアの中で先陣を切って先進国の仲間入りを果たしてきたことを誇りにしてきた。
 いつの間にか西欧先進国の一員として自らを位置づけ、欧米寄りの考え方を是としてきた。
 これは政府もそうだし、政治家も、企業も国民もそうだった。その半面、アジアの中でどのように役割を果たしていけばいいかという視点は、著しく欠けている。
 それは戦時中の行いに対する後ろめたさもあるだろうし、そのことを外交カードに使ってくる隣国の存在もある。
 だがここらあたりで、「ゼロ金利」の意味するところを深く考え、日本は資本主義の新たな「重心」を見定め、地理的な立ち位置を十分に考慮して、どのように生き延びていくか、東アジアの中でどのような役割を果たしていくかを真剣に考えるべき時に来ている。 「ゼロ金利の経済」というと、定常状態に達して、経済的なダイナミズムが停止した中世的な世界を思い描く人もいるかもしれないが、世界全体を見渡せば、社会のダイナミズムの衰えた一部の地域のみの話である。
 先進国でも、まだまだ変革のエネルギーに満ちたアメリカのような国では、ゼロ金利からの離脱が始まっている。
 ゼロ金利の世界にとどまっている限り、借金をしている政府や家計にとっての負担は軽いだろうし、とりあえず、傷ついた財務状況を立て直すのに時間を稼ぎたければゼロ金利が続いてほしいだろう。
 しかし、経済が動き出すためには、金利がその将来の生産性を反映させるようなレベルに復帰し、経済活動と金融の歯車が回転し始める必要がある。
 資本主義をグローバルでダイナミックな経済活動として捉えるとすれば、資本主義は機能しているし、少なくとも今後、数百年は、資本主義経済は活発に生き延びると、私は判断している。
 まだまだ、そのための知恵は出てくると信じている。
 ゼロ金利の世界は、「この世界の片隅に」起こっていることであって、グローバルに起こっていることではない。 「この世界の片隅に」起こっていることは、重要ではあるが、それが「世界の中心で、ゼロ金利を叫ぶ」ことにはならないのだ。
 ≫(ダイアモンドONLINE:一橋大学経済研究所教授 北村行伸)

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