世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

●政治にまつわる金目問題 邪論だが何でもありにするのも選択

2016年02月08日 | 日記
リンゴが腐るまで 原発30km圏からの報告‐記者ノートから‐ (角川新書)
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●政治にまつわる金目問題 邪論だが何でもありにするのも選択

以下のコラムは、古賀茂明氏の企業・団体政治献金に関するもので、概ね正論である。企業や団体が政治家や政党に政治献金すると云う事は、教祖への信仰心で献金するのとは異なるわけで、何らかの見返りを期待しているのは当然だ。個別具体的案件が絡めばあっせん利得や贈収賄事件にもなるわけだが、包括的業界利益であるとか、総体的団体利益に対しての政治献金は、法的に、これといった縛りはない。つまり極論すれば、電力業界の利益のためなら何でもしちゃってくれと云う包括的要望に対し、判った全面的に為政の中の政策に反映させちゃいます、と談合が行われたとしても、罪にはならない。立件すべき法律がないからだ。

上述の極論は、現実の政治社会を言い当てているわけで、包括的総合的な見地、すなわち国益と企業団体益の一致がある場合、包括的に贈収賄が成立しているのだが、あまりにも総合的で包括的なので、政治を買収しているように見えなくなる。アベノミクスなんてのも、考え方によれば、輸出製造業界への利益供与だと言える。新聞への軽減税率適用も、新聞業界への利益供与だ。筆者が言いたいことは、資本主義における政治には、常に贈収賄的要素が組み込まれているわけで、包括的に大きな枠で贈収賄が起きているのが事実なのである。

大きな犯罪は大きすぎるので裁けないが、小さな犯罪なら裁けると云う不正義、不条理が起きるわけである。アメリカと云う国の、犯罪的他国政治への侵略なども、典型例だと云えるだろう。ただ、唯一の大国で、逆らえる国がないゆえの暴挙が許されるのも、誤った欧米デモクラシーの宿痾だと断言しても良い。哲学的に分析してしまえば、国益による、一定の方向性は、常に贈収賄のベルト地帯にある。国家のなしうる政策には、常に贈収賄的な要因が底流に流れている。小さく、具体的な場合は贈収賄等の犯罪を構成し、裁くことが可能だが、包括的な利益供与は、国家政策と云う名を借りて、裁くことは出来ない。それが現実だと認識できる。

こんな風に考えると、すべてが贈収賄的であり、高齢者を優遇する政策導入を試みることは、高齢者への公選法違反を公然と公認化しているわけで、罪の度合いは、現金授受の投票依頼以上に罪は重い。障がい者支援に優しい政策を導入すれば、その見返りの投票行動が得られると云う思惑を持っているのも事実なのだから、本質的には買収だ。企業の研究開発費を税控除の対象に大きな枠を取れば、設備投資に要する機材の業界への利益供与である。以上のように、政治における、政策の立案と実行には、哲学的には、利益供与と政治献金及び投票行動と云う見返りが存在しているので、現代民主主義は、底流において汚職的なのだ。

筆者のように極論に身を沈めてから思考経路を構築するタイプの人間から眺めてしまうと、民主主義、資本主義は汚職体質なのである。であるならば、買収だろうが饗応であろうが、政治献金であろうが、すべて自由に解禁してしまった方が結構正しい地点に着地するのではないかと、妄想する。安倍官邸のマスメディア統制も、当然、マスメディア側にもメリットがありバーター取引をしたに過ぎない。つまりは、金の代わりに、記事やニュースを思い通りに流す業務で、金の代わりをさせているだけだ。であるならば、いっそ、公職選挙法を取っ払い、政党助成金も取っ払い、政治資金規正法も取っ払い、自由主義一本槍で、「金目がすべて」の政治をやってみるのも選択だ。案外、金目が汚いものだと、今さらのように悟るかもしれない。


≪ 政治献金は「合法的な賄賂」さっさと禁止せよ 官々愕々より
 ほとんどが「自民党宛て」
 経済再生担当大臣だった甘利明氏の政治資金疑惑が、'16年通常国会冒頭最大のテーマになってしまった。引責で大臣の職を辞したとはいえ、報じられ たことが全て事実なら、議員辞職まで求められても仕方がない。そもそも、資金をもらった側はもちろん、提供した側も刑事責任を問われてしかるべき話だ。
 しかし、国民の立場から見れば、仮に甘利氏が議員辞職しても、一件落着というわけにはいかない。政治がカネによって支配されるという構造的問題は、未解決のまま残されるからだ。
 '14年に政党や、政党の献金の受け皿である政治資金団体が受け取った企業・団体献金の総額は25億7100万円だが、このうち自民党関連は何と22億1500万円。原子力発電関連企業、武器製造企業、辺野古の新基地建設の受注企業なども多額の献金をしている。
 '15年末には、これまで自粛していた3メガバンクも政治献金再開を発表した。政府の補助金を受けた企業から閣僚への献金問題も起きている。
 こうした問題を生む行為の大部分は合法とされる行為だが、国民の大多数は、これらの献金が、実は「合法的な賄賂」だということを知っている。
 だとすれば、こんなものはさっさと禁止するべきだ。そもそも、企業・団体献金をやめるために政党助成法を作って、税金で政党に巨額の交付金を支払うことにしたはずではないか。
 この夏には、参議院選挙が控えている。野党側としては、この問題を主要な争点に掲げたらどうだろう。その議論を盛り上げるために、全野党共同で、企業・団体献金を全面的に禁止する法案、文書通信交通滞在費の使途を公開する法案、さらに、国会議員関係の政治団体の収支報告書を名寄せし、インターネットにより一括掲載することを義務付ける法案などの制定を統一の公約として選挙戦の一大テーマとするべきだ。マイナンバーの活用も入れたらよい。
 しかし、団体献金禁止には、組合も含まれるから、民主党はこれに消極的だ。表向き積極的なフリはするが、実際に本気で取り組んだことはない。現に、維新の党が、これらの法案の共同提出を働きかけているが、民主の動きは鈍い。
 一方、自らを野党でも与党でもない「ゆ党」と称するおおさか維新の会は、企業・団体献金禁止法案を提出するという。ただし、パーティー券は例外にするようなので、まだ中途半端だ。
 維新の党が民主の説得に成功すれば、対抗上、おおさか維新の会もパーティー券まで含めざるを得なくなる。共産党は、政党助成法まで廃止という立場だからもちろん賛成だろう。
 安保法制廃止に絞った共闘では、おおさか維新や日本を元気にする会などは賛成できないが、企業・団体献金廃止なら、「ゆ党」も加えて法案提出ができる。
 甘利事件で苦境に立つ自民がこの法案に反対すれば、国民の批判は一気に高まるだろう。公明も同罪で、苦しい立場になる。
 企業・団体献金禁止での「ゆ・や党」共闘を実現すべきだ。その鍵は、民主党が握る。逆に言えば、民主がこの動きの足を引っ張るようであれば、民主は野党でなく「ゆ党だ」とレッテルを貼られることになるだろう。 ≫(現代ビジネス:古賀茂明「日本再生に挑む」-『週刊現代』より)

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1 コメント

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Unknown (武尊43)
2016-02-08 09:48:18
あいば氏の持論大いに結構ですね(笑)
ゆ党どころかミンスは最早政権を担う気持ちを失った政党なんだと思いますよ。きっと後ろに居る労働貴族からのお達しかなぁ、なんて妄想をしています。
まぁ、共産党も差はないんですがね。知り合いの党員曰く政権を執る気が無いそうです。何所までも批判政党で居る気みたいです。何故か?蹴落とされ消されるよりは既存を守る方が大事なのかも知れません。
 てえことになると貴殿の言うように全てを解放してしまった方が、世の中の仕組みを一般大衆に分からせられるという事になるんですね(笑)

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