世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

民主代表選、鳩山か岡田か?

2009年05月15日 | 日記
民主党代表小沢の辞任により、急遽16日に国会議員による代表選が行われることになった。
現時点で立候補したのは鳩山由紀夫幹事長と岡田克也副代表だ。仮に新たな候補者が出ても党内の2極化をぼかす程度の役割しかないだろう。
面白いのは朝日、毎日の両新聞がこぞって岡田に有利な記事乃至はアンケートを行っていることだ。読売、日経はニュートラルと云う感じだ。
両紙は“新鮮な岡田” 対“ 小沢院政の鳩山”というイメージ作りの意図が明確だが、それが真実かどうかまったく判らないのが真実である(笑)
彼らの思惑は“新鮮な岡田”の方が政治をよく知らない国民にとっては受けが良いだろう。だから岡田の方が来る解散総選挙では民主党が政権を取れると考えているようだ。
つまり両新聞は選挙民である国民が政治をイメージでだけしか見ていないと考えているとも言える。朝日等は自分で小沢バッシングを目一杯やった挙句に、岡田を擁して民主党への政権交代をしようと考えているようだ(笑)
それでは有権者・国民はそれほど政治を知らないのだろうか?たしかに、新聞・テレビの記者連中よりも政治家の事は知らない。個々の政策にも必ずしも詳しくはない。しかしだ、葉っぱも枝も木も見えないかもしれないが、実は山は見えるものだ。
案外マスコミ関係者の驕りというものは、この辺にある。個別の事情を知っているために、生活者の肌で感じる政治への動物的カンを見誤る可能性は非常に高いものだ。
各世論調査で麻生、小沢の支持率においては逆転、再逆転とシーソーゲームをしている。しかし、支持する政党は自民党が常に民主を上回っている。にもかかわらず、次の総選挙で何処に投票するかとなると常に民主党が自民党を上回っている。これは何を意味するのか?
これこそが国民の山を動かそうと云う動物的カンだ。自民党では絶対に出来ないことを、当分民主党に任せてやらせてみようじゃないかという極めてオーナー的感覚なのだ。
自民党がどうしても出来ないこと、それのナンバーワンは「公務員改革」なのだ。国民は何が何でも「公務員改革」を断行出来るのは自民ではないと云う事を麻生と霞が関の蜜月関係で完璧に理解できた。だからそれを民主にさせたいのだ。
それ以外に年金改革と地方分権だ。これを民主が出来るかどうか判らないが、自民には絶対に出来ないという事実を知った上の苦渋の選択なのだ。
さて、民主党がこの山をぼんやり見ている国民の期待を裏切らない体制はどういうものか?それを考えるべきだ。
小沢の影響にあるとかないとか、そういう次元で質問すること自体、もう意図的なのだ。それにだ、小沢の力なしで選挙に勝ったことがあるのか民主党は?小沢の睨みなしで霞が関と対峙出来るのか?筆者はそこを問いたい。
公務員改革や地方分権に関して、岡田の腰は弱い。東大法卒・元通産官僚、この経歴は立派だが公務員制度改革に関しては邪魔な経歴だと思う。

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