世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

●日本メディアは政府とベッドイン 高市の電波停止とキャスター追放

2016年02月28日 | 日記
脱グローバル論 日本の未来のつくりかた
クリエーター情報なし
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●日本メディアは政府とベッドイン 高市の電波停止とキャスター追放

出来の悪い女形役者のような高市総務大臣が、媚でも売るような視線を向け、記者の質問に答える様には、身の毛がよだつ。まあ、それは、個人的肌感覚なので、さて置くとして、この問題は、本来、民主主義国家の、いろはに属する問題なのだから、朝日、毎日、東京、しんぶん赤旗、日刊ゲンダイなどは、連載特集を組んでも良いようなテーマである。官邸のドギツイ圧力に屈して、古賀茂明、古館一郎、岸井成格、膳場貴子、国谷裕子と、時の権力の問題点に焦点を当てる番組のキャスター、コメンテータが追放の憂き目に遭っているのだ。これが、日本流の民主主義なのだろうか。

英経済誌エコノミストは「日本のメディアは常に政府と仲良くやってきて、今ではベッドを共にしている」エコノミストクラスに、このような屈辱的評価を受けているのが、日本のメディアだと云うことを、我々日本人は、肝に銘じておくべきだ。「日本のニュースキャスター“トリプル追放”」“クロ現の国谷さんは、菅官房長官に対するインタビューが原因」とまで書かれている。ガーディアン紙も「Japanese TV anchors lose their jobs amid claims of political pressure 」と大見出しで報道している。インディペンデント紙も報じていた。イギリスでは、俺たちの国の方がマシみたいだねと云うツイートが拡散している。

盛田隆二さんのツイッターは、≪この英国「エコノミスト」の “Anchors away” という見出しが秀逸。ニュース・アンカー(錨の意味)に引っかけて、「日本の錨が流される」として、国谷氏・古館氏・岸井氏が安倍政権の報道介入により番組降板となった経緯を伝えている≫そうか、情報の閉鎖空間に強く追い込まれ、錨を失い、太平洋を漂うと云う、象徴的表現だ。海外から見た日本と云う国は、中国・北朝鮮と同一レベルにあると思われているのだろう。権力に歯向かう意味では、韓国のマスメディアの方が感情的だが、社会の木鐸度はある。

昨日のコラムで言及したように、多くの日本人には、政治に文句は言うが、端から、多くを期待しても挫折するだけと云う生活者としても知恵が醸成されているのかもしれない。ゆえに、いざと云う時の蓄えに、自助努力する傾向があるのだろう。先ずは、自らを助ける努力は怠らないことだ。政府が、助けるか助けないか、それは時の運。そんなものを当てにして、生活なんかしていられない。そう云うことだろう。投票率が落ちたままと云う現象も、そういう側面を暗示している。つまり、歴史の中で、国民が、望んだような方向に動いてくれた時代が少なかったとも言える。

おそらく、その通りだと思うが、そのような無関心やニヒルな態度が許されるのも、政治家や政党に、戦前の反省と云う共通認識があったればこそである。しかし、今目の前にある安倍政権は、その共通認識を、自虐的歴史観だと否定する人々が群れて出来上がっている政権なので、政府を信用していないからレベルだと、彼らは、国民が「自助」の為に貯めている金まで奪おうと試みる。NISA,ジュニアNISAなどは、典型的。孫への教育資金を贈与1,500万円まで非課税なども、その一環だと言える。

現安倍政権の奴らや、それに利益損得で唯々諾々と、国有不動産の払い下げなどで、不動産業を営み、再販制度を適用して貰い、軽減税率を適用して貰い、安い電波を使わせて貰い、記者クラブ制度で、オフィスの提供と情報の提供を受けて成り立っているメディアなのだから、御用メディアになる体質が、そもそもある。その上、脅されたとなると。こんなものだろう。しかし、この現象こそが、戦争への一里塚になる可能性も大いにある。


≪ (池上彰の新聞ななめ読み)高市氏の電波停止発言 権力は油断も隙もない  「総務省から停波命令が出ないように気をつけないとね」
 テレビの現場では、こんな自虐的な言い方をする人が出てきました。
 「なんだか上から無言のプレッシャーがかかってくるんですよね」
 こういう言い方をする放送局の人もいます。
 高市早苗総務相の発言は、見事に効力を発揮しているようです。国が放送局に電波停止を命じることができる。まるで中国政府がやるようなことを平然と言ってのける大臣がいる。驚くべきことです。欧米の民主主義国なら、政権がひっくり返ってしまいかねない発言です。
 高市発言が最初に出たのは2月8日の衆議院予算委員会。これをいち早く大きく報じたのは朝日新聞でした。9日付朝刊の1面左肩に3段と、目立つ扱いです。この日の他の新聞朝刊は取り上げなかったり、それほど大きな扱いではなかったりで、朝日の好判断でしょう。この後、各紙も次第に高市発言に注目するようになります。
 朝日は1面で発言を報じた上で、4面の「焦点採録」で、具体的な答弁の内容を記載しています。読んでみましょう。
 〈政治的な問題を扱う放送番組の編集にあたっては、不偏不党の立場から特定の政治的見解に偏ることなく番組全体としてバランスのとれたものであることと解釈してきた。その適合性は、一つの番組ではなく放送事業者の番組全体をみて判断する〉   
   *
 「特定の政治的見解に偏ることなく」「バランスのとれたもの」ということを判断するのは、誰か。総務相が判断するのです。総務相は政治家ですから、特定の政治的見解や信念を持っています。その人から見て「偏っている」と判断されたものは、本当に偏ったものなのか。疑義が出ます。
 しかも、電波停止の根拠になるのは放送法第4条。ここには、放送事業者に対して、「政治的に公平であること」「報道は事実をまげないですること」など4項目を守ることを求めています。
 ところが、その直前の第3条には、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と規定されています。つまり放送法は、権力からの干渉を排し、放送局の自由な活動を保障したものであり、第4条は、その際の努力目標を示したものに過ぎないというのが学界の定説です。
 番組編集の基本方針を定めた第4条を、権力が放送局に対して命令する根拠として使う。まことに権力とは油断も隙もないものです。だからこそ、放送法が作られたのに。   
   *
 安倍内閣としては、歴代の総務相も発言してきたことだと説明していますが、その点に関して朝日は10日付朝刊で、2007年の福田政権(自民党政権です)での増田寛也総務相の国会答弁を紹介しています。この中で増田総務相は電波停止命令について、「適用が可能だとは思う。ただ、行政処分は大変重たいので、国民生活に必要な情報の提供が行われなくなったり、表現の自由を制約したりする側面もあることから、極めて大きな社会的影響をもたらす。したがって、そうした点も慎重に判断してしかるべきだと考えている」と述べています。
 権力の行使は抑制的でなければならない。現行法制の下での妥当な判断でしょう。
 しかし、政権が変わると、こういう方針が守られなくなってしまうということを、今回の高市発言は示しています。
 想像してみてください。今後、政権交代が行われ、反自民の政権が登場し、公正な報道をしようとしている放送局に対し、電波停止をちらつかせることになったら、どうするのか。自民党にとって、極めて憂慮すべき事態だとは思いませんか。そういうことが起きないようにするためにも、権力の行使には歯止めが必要なのです。
 こうした事態は、放送局の監督権限を総務省が持っているから。この際、アメリカの連邦通信委員会(FCC)のような独立した委員会が、国民の代表として監督するような仕組みが必要かも知れません。 ≫(朝日新聞デジタル)


≪ 安倍政権に屈したテレビ局 ~ジャーナリズムはこのまま死に絶えるのか?
一線を越えた高市発言
高市早苗総務大臣の電波停止発言が話題になっている。 放送番組の政治的公平性などを定めた放送法4条は、単なる倫理規範、すなわち、各社が自らを律するための努力目標に過ぎない。これに対し、自民党 は、この条項がテレビ局に対して法的な義務を課す規範だとして、最終的にはこれを根拠に政府が電波を止めることもできるという解釈をしてきた。
 ただし、あまり露骨に言うと反発を受けるので、静かに裏で脅しに使うというのがこれまでのやり方だった。高市発言は、電波停止という「死刑」宣告もあるぞと声高に宣言したという意味でこれまでのラインを踏み越えるものだ。
 そもそも、政治家である総務相が「政治的公平性」を判断するということ自体が、完全な論理矛盾だ。先進国では、テレビ局の管理は、政府から独立した 委員会などが行うのが常識。政府が直接番組内容に介入すると言ったら、すぐに憲法違反と言われるだろう。もちろん、テレビ局は、こうした動きには、命懸けで反対して行く。
 しかし、日本のテレビ局は、個別のニュースでこの問題を取り上げても、せいぜい、コメンテーターが異を唱え、メインキャスターが相槌を打つ程度。社としてどう考えるかについてはまったく発信しない。抗議するどころか、質問さえされたくないというのが本音だろう。
 何しろ、日本のテレビ局の会長たちは、喜んで安倍晋三総理と会食し、携帯の番号を交換して、電話がかかってくるのを見せびらかして喜ぶような連中で ある。しかも、日本では、会社の経営陣が、平気で報道の現場に介入する。報道局長が、会長の意向に従って、政権批判をするコメンテーターをクビにしたり、 スポンサー批判のニュースを抑えたりというのが日常茶飯事なのだ。
 そんな会社では、政権を怒らせるような報道をしようとすると、それを潰されるだけでなく、自分が飛ばされて、記事を書くことさえままならなくなる。だから、現場の記者たちは、政権批判に及び腰になる。
 そもそもテレビ局に入った記者たちの多くは、権力を監視しようという意識さえ持っていない。先輩記者に対して、どうして政権批判をするのか、と批判する人さえいるそうだ。
 つまり、上から下まで、ジャーナリストとしての最低限の職業倫理を持ち合わせていないのである。そうした土壌を利用して、安倍政権は、ほぼ完全にテレビ局を制圧した。
 2月12日に政府が発表した統一見解では、放送法4条が定める番組の政治的公平性の判断の際に、一つの番組だけで判断するのではなく、番組全体で判断するということを強調した。
 しかし、そんなことは本質的な問題ではない。むしろ、この見解は、同条を根拠にして政府が番組内容を統制できるという政府自民党の伝統的考え方をあらためて確認しただけのものだ。
 テレビ局は、もちろん正式に抗議したりしないだろう。それ自体が、いかに日本のテレビ局が政府に従属しているかを示している。野党民主党も政権時代にこの問題を放置し、自らもテレビ局に圧力をかけていた。
 日本に真の民主主義が根付くのは無理なのだろうか。
 ≫(現代ビジネス:古賀茂明「日本再生に挑む」・『週刊現代』より)

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2 コメント

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Unknown (東北人)
2016-02-28 11:50:33
高市総務相は、自らの電波停止言及が正しいと信じるなら、まずは辛坊治郎の『ウェークアップ!ぷらす』に関して、MCの政治的偏向が著しいとして事情聴取と電波停止の検討をし、MC追放を視野に収めて良いんじゃないかなあ(笑)

私は報道の自由を侵害するので反対ですけど・・
Unknown (武尊43)
2016-02-28 22:16:22
>政府が、助けるか助けないか、それは時の運
助けないでしょう。
まぁ、イイとこ自衛隊のヘリくらいなもんですかね、、(笑)
そしてその姿を見て喜んで騒ぐ、愚民しか生き残れない。反発するわけじゃあないが、助けるのが当たり前なんで。逃げたら戦前の満州沖縄の日本軍なんだよね。
 朝毎東京も記者クラブ入りしてますんで、反発なんかしませんよ(悲)赤旗もパージだけはされたくないから、どうなんですかねぇ?(東京はクラブ内で疎外されてるって本人達が書いて下り、それでも頑張ると書いていたので、少々期待はしているんですが。)
ハッキリ言って自分で情報は集め、自分で判断するしかない世の中になってしまったんでしょう。問題は情弱な人を目覚めさせる方法が無い、、。ココですかね?

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