「ポールドック氏は人差指を尽きだして振った。
「シャーリーはすぐ、まるっきり同じタイプの別な若僧と一緒になって帰ってくるよ。人間は自分のほしいものについてはよく承知しておる。シャーリーはヘンリーがほしいんだよ。もしも、彼という男が手にはいらなければ、あたりを見廻して、なるべくヘンリーと似たような男を探しだす。わしはそういう例を何度も見てきた。わしの親友がひどいあばずれと結婚した。細君のおかげで奴さんの生活は地獄も同然。さんさんに悩まされ、いじめられ、顎で使われて、いっとこも心の安まるときがなかった。なぜ、斧でも振りあげてぶっ殺してしまわないかと、はたでふしぎに思うくらいの悪妻だった。ところが思わぬ幸運が舞いこんだ。細君が両側肺炎にかかって死んだんだ!六か月後には奴さん、生まれかわったように見えたものだった。人柄のいい女性で、やつに関心を示すむきも二、三あった。ところが一年半のちにどういうことが起ったと思うね?前のに和をかけたひどい女と再婚したのさ。人間性というやつはまったく不可解だて」と大きく息を吸いこんで続けた。
「だからローラ、悲劇の女王のようなそんな顔をして歩きまわるのは、やめた方がいい。あんたは前にもいったように、人生を大真面目にとりすぎる。ほかの人間の人生を肩代わりするわけにはいかない。シャーリーは自分の畝を自分で耕すほかないんだ。それにわしにいわせれば、あの子だって、自分のことを自分で始末するぐらいの能力はもっているよ。おそらくあんたが手を出すより、はるかに有能にやっていくだろう。わしが心配しているのは、むしろあんた自身のことだ、ローラ。これまでもそうだったが・・・」」
(アガサ・クリスティー、中村妙子訳『愛の重さ』早川書房、昭和62年4月30日第七刷、126頁より)