たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

『クリスマス・キャロル』_岩波少年文庫版より

2013年12月15日 13時14分59秒 | ミュージカル・舞台・映画
このようなブログを読んでくださり、ありがとうございます。
水曜日は更新する時間はないけれど自分でもアクセスして読み返してエネルギーをもらいました。
いくらかでも何か伝えることができていればいいなと思います。
書きたいことが次々とあふれてきますが少しずつ・・・。

昨日もお昼すぎにまた地震があって長く揺れたので緊張しました。
今の平穏な日々が一日でも長く続いていくことを祈り続けるしかありません。
子供たちの笑顔とすれ違うと、この子たちの瞳が輝き続ける社会でありますように、希望がもてる社会でありますように、みんなに愛されてすくすくと育っていきますように・・・と心の中で祈っています。

街に出かけるとあちらもこちらもクリスマスソングが流れているこの頃ですが、ただ贅沢しているだけで、気持ちのこもっていない空騒ぎのように今の私には思えてしまって、一刻も早く逃げ出したくなります。何を思ってクリスマスツリー飾っているんだろうなあ。早く終わればいいなと思います。こんな興ざめなことを思っているの私だけでしょうか。

1987年に買った岩波少年文庫の『クリスマス・キャロル』を読み返しました。

長くなりますが訳者あとがきより引用します。

「チャールズ・ディケンズ(1812-1870)の時代の文学には、キリスト教の精神-人類愛をもとにして、社会を改善しようという気もちがつよくもられていました。イギリスという国は、宗教改革がなんどにもわたっておこなわれ、またいちばん早く社会革命を実現した国ですから、改革の伝統が、長く伝えられているのですが、18世紀の中ごろから終わりにかけて、ちょうどフランス革命がおこったころには、ウェズリ―という兄弟の牧師が、イギリスの国教の伝統にも不満をもって、メソディストという一派をはじめ、これが、ひじょうな影響を与えました。というのは、ウェズリ―は人の心を救うばかりでなく、貧しい、困っている人を救うために働いたからです。フランス革命の影響は、世界じゅうにひろがり、イギリスにも革命が起こりそうになりましたが、このウェズリ―の教えを信ずる人びとの努力が、イギリスの革命を、くいとめたとさえいわえています。

 ディケンズが生まれたころのイギリスは、これがもっとむずかしい世の中になっていました。ちょうどフランス革命前後に、イギリスにおこっていた産業上の大変化のために、イギリスの社会は、ほとんど革命といってもよいほどに変わりつつありました。人間の力で作っていたものが、機械の力で作られるようになり、自分の家で作業していたものが、機械をすえつけた大工場でやとわれて仕事をする、という形に変わってきました。景気がよい時はもう かるのですが、不景気になると工場がつぶれたり、工場の労働者の数をへらしたりしますから、労働者は不安でたまりません。労働者や失業者の暴動が、たえず、いろいろな地方でおこるようになりました。

 世の中が、こういうふうに変わったのですから、その中で生活している人間の考え方も、変わらないわけはありません。この時代に、いちばんはっきりあらわれた特長は、工場などを経営する大金持ちと、工場にやとわれている工場労働者という階級とが、はっきりできあがったことです。
昔は、他人にやとわれているといっても、個人の家庭とか、個人の経営している小さな仕事場ですから、なん百人、なん千人と一つの工場にやとわれるなどということはありませんでした。ディケンズの時代に、こういう二つの階級が社会に生まれたことは、今までの歴史にもなかったことです。そして、この二つの階級は、ことごとに利害がくいちがいますから、争いがたえずおこってきました。
工場を経営する金持ちの階級のものは、できるだけ安く労働者をはたらかせて、できるだけたくさん、もうけたいと思います。自分の利益のことだけ考えて、他人の苦しみなど少しも考えない個人主義的な考え方-それがはげしくなると利己主義となりますーが、はげしくなってゆきました。こういう考え方は、じつはお金持ちばかりでなく、国民がみなもっていました。
この「クリスマス・キャロル」の主人公のスクルージは、こういう人間の見本なのです。この時代の小説家たちは、なんとかして、社会のこういう不安をなくして、よい社会にしたいと考えていましたので、キリスト教の博愛という考えで、人間と人間との争いをなくしようとしました。お金持ちと労働者との争いというものを、個人個人が人間愛にめざめて、よくなれば、なくなると信じましたから、キリスト教の考え方でなんとか解決しようとしたのですが、どの小説をよんでも、解決できているものはありません。人間だけを変えてもよくならない原因が、ほかにもあるのですが、人間を一人一人変えることも、そうかんたんにできることではありません。
しかし、ディケンズは、その小説の中で、イギリスに伝わっているいろいろの不公平な、悪い法律や習慣や制度に批判を加えて、すこしでも社会を住みよくしようと考えました。

1967年11月 訳者 村山英太郎」


日本の高度経済成長後期に書かれた文章で、イギリスのことを言っていますが、今の日本にも同じことが言えませんか。根っこは同じ。ものすごく単純化して言ってしまえば、高度経済成長期のツケを私たちは今引き受けなければならない状況になっているように思えます。わたしなどが簡単に論じられることではないですが、高度経済成長期って日本にとってなんだったのだろう、アベノミクスの目指すところの強い日本が高度経済成長期の日本への回帰であるならば、ここで考えなすことが大事だと思います。

2-3日前労働者派遣法改正案のニュースをヤフーでみましたが内容がわたしにはあまり理解できなかった。ただ働く人が中心にいない仕組みであることには変わりなさそうです。
企業の数字がよくなって、これで誰が幸せなんでしょうね。
消費税をあげればお給料もあがるというまやかしのような話とどうリンクするのか、わたしには理解できない。日々一生懸命働いていても希望の先がわからない。



2013年5月12日に、乳幼児精神保健学会の国際シンポジウム「子どもと家族に優しい社会を造る〰いま、日本の大人はなにをすべきか〰」を聴講しました。

北欧のフィンランドから来日されたカイヤ・プーラ先生(タンベレ大学小児精神科副部長)のお話の中から(以前にも書いているかもしれませんが)、メモ書きです。

フィンランドは第二次世界大戦で敗れ、ロシアに借金を返すために男性も女性も国をあげて働く必要があった。
その結果、女性の労働力なくして社会は成り立たなくなった。
働く母親が幸せ→子供も幸せな社会になった。

フィンランド・オランダは個人の豊かさよりも社会全体として豊かさを求める社会、
だから高い税金も払う、
優先順位が日本とは異なる。



日本の弁護士の長谷川京子さんのお話もありました。

今日本では、子供の性被害、DVがうなぎ上りに増えているそうです(家の中で)。
社会の変革の流れの中で、家庭は地域とつながっている。その間で子供が犠牲になっていると考えられる。

その場で声をあげていくことが専門家に求められている。
虐待にならないようにしていくのが、今の課題。

せまい領域の中で生きてきた専門家とひとすじなわではいかない人間とがつながっていない、
窮屈なシステムの中で私たちは生きている。


日本も優先順位を変えていく時にきている。
私がこのようなシンポジウムを聴講したからといって今すぐ何かできるわけではない。
でも乳幼児精神保健学会のセミナーに参加し続けて、自分に何ができるのか、何をすべきなのか、引き続き考えていきたいと思います。


『クリスマス・キャロル』の中に、金貸しを営むスクルージの事務所で働くボブの末っ子
ティム坊や登場します。

「こつこつというまつば杖の、小さな、元気な音が床の上にきこえてきたと思うと、ちょっと話がとぎれている間に、兄や姉に助けられながら、ティム坊やがはいってきて、暖炉の前のいすに腰をおろしました。ボブはシャツの袖をまくりあげ-気のどくに、あの袖口が、まだそれ以上、すりきれるとでも思っているのでしょうかー大きなびんにジン酒と、レモンで、熱い飲み物をこしえられ、ぐるぐるかきまぜで、暖炉の火にかけました。ピータ君と、どこへでもでじゃばる、ふたりのクラチットちゃんたちは、ガチョウを取りにゆきましたが、すぐにおおはしゃぎで帰ってきました。」

「彼は、おとうさんのそばにくっついて、じぶんのいすにかけていました。ボブは、この子どもがかわいくて、いつも自分のそばにすわらせておきたいので、とられてしまっては大変だというように、その子のやせたかわいい手を、しっかり自分の手の中ににぎっていました。」

    (1950年12月25日第1刷発行 岩波少年文庫『クリスマス・キャロル』より)

第3の幽霊にティム坊や亡くなった後と自分の葬式の場面の未来をみせられたけちんぼのスクルージは生まれ変わっていきます。ティム坊やの第二の父親となり、クリスマスをお祝いし、神さま、わたしたちをおめぐみください、ほかのすべての人たちも!と祈って物語は終わります。、

ミュージカル『スクルージ』今赤坂で上演中ですが、職場はなぜか中間決算とかで、コンタクトレンズの目もボロボロで残念ですが余裕がない。ツィッターなどみて楽しむにとどめています。


今日も長くなりました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

写真はドイツのヴィース巡礼聖堂(世界遺産)、草原の中にぽつんと立っていました。
10月ですが雪の中でした。



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