脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

8月の右脳訓練ー中津の旅

2017年08月24日 | 私の右脳ライフ

8月12日の戸畑高校同窓会総会に出席するために帰省しました。
中学校の3年間、同級生の仲良しグループの一人が大分県中津市に住んでいます。病気をしたと聞いたので、今回は必ず会ってこようと決めていました。
昔は、といっても半世紀も前のことですが、日豊本線は本数が少なくて便利の悪い路線と思っていましたが、今はとんでもありません。本数は多いし、小倉から中津まで各停でも1時間しかかかりません。
と、いう訳で9時前にはもう友人と出会っていました。北九州空港への電車の発車時刻16時前まで7時間。運転してくださったご主人はきっとびっくりされたと思います。おしゃべりしっぱなし(笑)
今日はお連れいただいた記録に徹します。
まず黒田官兵衛ゆかりの中津城。小規模ながら質実剛健を形にしたような印象を持ちました。

中津藩は、黒田家から始まり小倉藩や肥後熊本藩に移封されたり、歴史は輻湊しています。江戸時代、解体新書の前田良沢を輩出し、幕末明治期の福沢諭吉も日本の近代化に大きな足跡を残しました。
福沢諭吉生家。「~眠食シテ母ノ保護ヲ蒙リタルハ此旧宅ナリ」と諭吉の筆で碑文がありました。

中津藩下級武士ということですがスッキリした屋敷でした。

同じ敷地には隣接して資料館が。

駆け足でみました。
福澤山脈!慶応義塾大学卒業生の愛校心というか結束力は有名ですが、諭吉の思いは脈々と受け継がれていると思います。

諭吉は咸臨丸で渡米し、また幕末に通訳方として渡欧もしていますから英語や蘭語に堪能ですが、基礎には漢学があったのですね。

中津の町には歴史が息づいています。立派なお寺が立ち並ぶ寺町の一角にある合元寺(赤壁寺)。戦国時代にさかのぼる戦いの話がありました。

車は耶馬渓に向って進んで行きます。「高塚愛宕地蔵に寄りますか?」何でもYESに決まってます。

暑い日でしたがたくさんの方が参拝していました。
ろうそくもあげて、友人のさらなる回復を祈りました。上から二段目の大きいろうそくの左2本目が、私が上げたろうそく。

お線香もあげました。

ボケ封じ観音!

樹齢1300年といわれるイチョウ。行基がこの木から宝珠を見つけたところからこの地蔵菩薩の縁起が始まったとか。乳銀杏の幹。

耶馬渓といえば、青の洞門ですが、江戸時代の僧禅海和尚が石工を指導して鑿と槌だけで30年かけて作ったといわれるトンネル(新しく作られた車道ですが)を車でさぁーと通り過ぎました。なんだか申し訳ないような気がしました。
山国川を隔てた青の洞門。

耶馬渓といっても、本耶馬渓、奥耶馬渓といろいろあるそうですが、夏らしく耶馬渓ダム。

一目八景といわれる、耶馬渓の中でも中心的な名所なのですが…

そうなのです、先日の九州北部を襲った豪雨の影響はそこここに見られたのですが…なんだか申し訳なくってシャッターが押せませんでした。今回はこの一枚だけを記録にあげておきましょう。といっても、これは去年の熊本地震で崩れたんですって。本当に続けての災害でお見舞いの言葉もありません。

本来ならばこのような景色であったはずなのですが…すぐ隣の景色なのです。この右側が崩落してしまったのです。

玖珠町は「日本のアンデルセン」といわれる久留島武彦の出身地で、1950年から「日本童話祭」が開催され続けています。立ち寄ってくださった道の駅のワンショット。

私は名前も知らなかったのですが、こんな素晴らしい二段の滝にも連れて行っていただきました。慈恩の滝。

駐車場から歩いてほんの2~3分で滝つぼのそばまで行けるという楽なアプローチ。
滝の裏側を歩いて通れるというおまけつき。説明板に「時計回りに回ると幸運に恵まれる」と書かれていましたので、皆さん時計回りに歩いていましたが、双方向では裏側の通行がスムーズでないのは明らかです。この工夫された表現には脱帽。説明文を考えられた方は前頭葉が豊かな方だったんですね。

説明板にいわれが詳しく書かれていました。「僧が人々を助ける」高塚愛宕地蔵にも似通った縁起は、やはり「なにか」あったはずという思いを強くさせました。

車は日田を目指します。中津駅で会ったとたんに「ちょっとおしゃれな店で食べさせたかっただけど、ちょうどお盆!それで今テレビで有名になってる日田の焼きそばを食べに行くことにしたんだけど、いい?」
私は大喜びで「ウン!連れてって」
「何軒もあるけど、ここが一番」と到着したお店は大きな構えなのに、待ってる人たちがいるのです。やっぱり。

日田の焼きそばは、最初に麺を抑えて焦げ目をつけるところが特徴だそうで、焦げ目のあるところとないところの絶妙な舌触りと味の差が評判なのだそうです。

評判通り、さすがにおいしかったですよ。お野菜もたっぷりだったし、さすがに日田、お水もおいしかった。ごちそうさまでした。
日田に来たのはいつだったでしょうか?老人大学の名前が咸宜大学と聞き、幕末にさかのぼる歴史に、「さすが天領」と感心したことを思い出しました。
そして、豆田町。ずいぶん小綺麗になっていました。観光の目玉にするには「整える」必要があるのでしょうね。
昔はもっと日常生活感が強く出ている町でした。宿泊したホテルの社長さんが「そこが豆田町の特徴です。生活するということは大切なことですから」といわれた言葉がとても印象的でしたが。

実は友人おすすめの羊羹を買いに行ったのです。売り切れ。残念!

M股S江さん、そしてご主人さま。ありがとうございました。楽しかったぁ。
あっという間の半日でしたね。過ごした時間が「あっという間」に感じたときは、脳は本当にイキイキしてるんです。
そして、ご主人が言われた言葉は重い意味がありますよ。
「病気をしたんだから、とにかく出かけるようにしている。イベントやお花の情報は欠かさないようにしてるし、温泉にも行くし、買い物もドライブも、とにかく出かけると変化が出るでしょう。ちょっと手軽なランチしたり。仕事をリタイヤしていて本当によかった」この言葉こそ、体だけでなく脳の健康も支えるものなのです。
これからも、S江さんのことよろしくお願いします。記念に写真も載せさせてくださいね。

それでは二人の写真も。









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