続けるのが困難な聖書通読  週単位で、全部が読めなくても、かまわず進んで行こう。

黙示録--マタイ--ヨハネⅠⅡⅢ・ユダ--マルコ--ペテロⅠⅡ--ルカ

ガラテヤ書の1節から、6つのクイズ

2018-06-05 | 宿題

ガラテヤ2章1節を理解するために、自分にクイズを出しました

1---「それから」とは、いつ、何があってのそれからなの?

2---14年間、パウロはどこで何をしていたの?

3---パウロとバルナバ。どんな関係だったの? これからどうなるの?

4---パウロとテトス どんな関係だったの? これからどうなるの?

5---どんな啓示、用件があって、エルサレムに上ることになったの?

6---この聖句から、私は何を学ぶべきなの?

 

ガラテヤ書2:1

それから14年たって、 私は、 バルナバといっしょに、 テトスも連れて、 再びエルサレムに上りました。

 

コメント

五千人の給食の奇蹟のメッージから

2018-06-04 | 宿題

ヨハネ6:16-21より  

弟子達はそれまで見たイエスの奇蹟からイエスが神の御子であることをどれだけ理解しているかをテストなさる。弟子達は、これから次になされる奇蹟を、それまでのことを思い出して、次にどれくらい応用して考えられるかをテストなさる。

 

私は主がなしてくださった奇蹟のような恵みを経験し、またみことばから教えられているのに、深く聞いて正しく応えて、それを次に生かしていないことを悔い改めます。ピリポのようなこの世的な計算をして足りないとイエスに聞かなくて自分で結論を出して動いていなかった。またアンデレがやったように、それが何になりましょうと思えるほどに小さいく少しの貧しいものに思えるものでも、捜し出してイエスのもとに差し出して、委ね、献げることをしていませんでした。

 

主が豊かに祝福してくださることに信頼して、先に感謝する信仰の大胆さがなければ、「信仰の薄い人」と言われて、主には喜ばれません。今日は、午前中の2時間とお花代金をささげ委ねました。自転車に40分乗ってU兄の妹さんの花屋さんに、赤ちゃんが生まれた姉妹に届けるお祝いのお花を買いに行ったのです。U兄の妹さんとは、お花をアレンジしてもらっている間、なんてことのない話をしました。初対面でした。

 

午後に赤ちゃんが生まれた御宅を訪問しました。写真を撮ったので、手紙と一緒に郵送します。そして、道もわかったことだし、また時を見て、もうひとり、赤ちゃんが生まれた姉妹のためにも、お花も買い物に行くことにします。伝道につながることを願います。

 

炎天下に、地図を見ながら知らない道を行くことに、不安はなく楽しくて、お店についたら缶コーヒーを出していただいて驚いた。エゴーエイミあってある方、主イエスがともなってくださっていたのだと感謝しました。

 

明日は公民館の歌う会に出席する予定です。雨が降ったら歩いて行くことになる。ギノマイ、ギノマイと、主が自然に導かれることに信頼をします。

 

コメント

美しいものを好むように造られた人間

2018-05-31 | 宿題

奉仕の研修会で「エレガントな奉仕」という言葉が語られました記憶があります。今回もこの言葉が語られました。自分は粗野で大雑把で、アートなどと洗練された感性が全くないと悲しくなりました。部屋も台所も汚いし、自分で自分が嫌になりました。

 

 

しかし、神様は天地のすべてを創造された時「見よ。それは非常によかった」とおおせられました。ですから、その神に造られた人間は美しいものを求める人間性があり、感性や敏感さは養われるものであることを学びました。

 

 

そこで、整理や掃除が苦手だと落ち込んで、そこで開き直ることは罪であると気づきました。私自身も、元々、美しく整っていると心地よく感じるように造られているのだと気づいて感謝です。

 

 

悔い改めて、自分自身に注目するよりも、神のアートの緻密さ、麗しさに目を留めて、創造主を讃美する方向に目を向けるようにしようと思いました。私は種類によって違う植物のつくり、生態の巧妙さを知ると感動するので、そのような時間もまた取ってみたいと思いました。

 

 

うつぎの花

コメント

しるしを見ても洞察できなかった弟子達

2018-05-29 | 宿題

5000人給食の時
ピリポを試して言われたと書いてある。テスト。--ヨハネ
あなたがたで、食べるものをあげなさいと言った。チャレンジ。---マタイ

 



次に4000人給食の時も弟子達はイエスがメシヤであることがわかっていなかった。イエスは前と同じようになさった(イエスの寛容)
目がありながら見えない、耳がありながら聞こえない、しるしを見ても覚えていない状態であった---マルコ

 

 

 

私達、キリストの弟子にも、テスト、チャレンジが与えられる。自分たちでやるように促される。自分を捨てて、困難、問題を通る時、イエス・キリストのみことばが与えられ、思い起こされて、キリスト理解が深められる。驚くような経験を積んでいく

 

 

 

 

コメント

5000人給食と嵐の湖でのしるしは弟子訓練のため

2018-05-29 | 宿題

5000人給食の奇蹟の後、どうしてすぐに弟子達を強いて舟に乘り込ませたのだろうか。

---弟子達を世の考えから守るため----イエスを正しく理解できないで、政治的な指導者だと思って王にしようと熱狂的になっていて、弟子達もそれに同調するような危険性が感じられたから、まず、群衆から弟子達を離した。それから群衆を帰らせた。

----弟子達の信仰を試練を通して成長させるため---弟子達はパンのことから悟らず、心が堅く閉じていた。鈍くなっていた。力あるわざを見ても、イエスが神であることに霊的な理解力がなかった。それで波が荒れている湖の上を歩いて来るイエスを見て驚き、ペテロが水の上を歩いたが波を見てこわくなり沈みかけたがイエスに助けられて、イエスとともに舟に乗った。すると風がやんだ。「確かにあなたは神の子です」という信仰告白をした。

試練を通して信仰が少しずつ成長している。しかし、まだ弟子達には政治的メシヤ観がまとわりついている。

----イエスがひとりで山で祈るため----バプテスマのヨハネの首がはねられたことを聞いた後、自分だけで寂しいところに行って、天の父なる神に祈る必要を覚えていた。しかし、群衆に追って来たので癒してパンを食べさせる奇蹟を行なうことを優先した。それが終わったので一段落で山で夕方から夜まで祈りに集中した。

コメント