
学校における”音楽の授業”を考える。
なぜ学校の音楽の授業はつまらないのか。
つまらないことばっかりやるから、つまらない!
じゃあ面白くすればいいじゃない!
はい、結論出ました~。早!
・・・。気を取り直して続けます。
前提として、学校の音楽の先生は、体育や英語の先生と同じで、プロを目指す人の育成や、実践的に役立つように教えることは、おそらく無理であります。
方法は完全に国が決めている。
主に何かよくわからない権威のあるおじぃちゃんやおばぁちゃん達が決めてるんです。
国がこうやれっていうから、その通りにしてるだけ!
そのプログラムは、明治維新のゴタゴタの中で無理やり作られたから、ある種の当時の三流どころの外国から来た音楽教育人から伝授された部分も多いという話を何かで読んだことあるし、さらに当時の軍国主義的な日本人が引き継いでる感じがあります。
音楽とは離れるけど、英語は翻訳できればよかったし、もっと言えば、努力出来るかどうかを見ているだけなので、実践的に使えるかどうかを度外視にしている説が濃厚であります。
だから、もともと、学業なんていうものは、一般人にとっては、そもそもつまらなく出来ている説が濃厚なのです。
楽しいことは誰でも取り組む。
だから、といっては何だけど、それを熱心に教えることはしません。
残念ながら、近代から始まった教育は、インフラ整備、工場やお役所勤務などでちゃんと働いてくれる人、戦争では命がけて戦ってくれる人を育成するためにプログラムされているということにつきます。
辛いことでも、それをちゃんと取り組んでくれる人がいないと、国が維持できない。
残念!!!!
けれど、一縷の希望としては、楽しい授業に出来るかどうかは、先生のキャラや腕にかかってる部分もある。
だがしかし。その先生の人材育成も大変なので、なるべく平たく、教えやすく、採点しやすく、手間も軽く済み、かつ利権が潤う、そんな教育がされていることは事実とみて間違いなさそう。
だから「そもそも学校に期待しないこと」が一番の選択肢だけど、学校に行かないと、その後、まともな職業につけなくさせる世の中っていうものがあるから、学校にはいかないといけない、と思う人が大半です。
学校すら行けない人には、会社などのお仕事を任せられない。
毎日出勤してくれないかもしれない。突然やめちゃうかもしれない。
学校にまともに行かなかった人が、そう思われてしまうのも仕方ありません。
雇う方も賭けなのです。必死なのです。ちゃんと働いてくれるかな?って。
でもねでもね!
インフラとか戦争とか無縁の「音楽の授業」というものに絞って話をするならば、いくらかの改善策はあるのではないか?とも思えたので、こぢんまりとココで考えてみました。
まず第一に、教科書からいったん離れた方がよいと思います。
そもそも、教科書作ってる人たちの感性が古すぎる。
令和の時代に入り、今の音楽の教科書がどんなだか知りませんが・・・。
ともかく、アフロ先生案その1。
教科書なくします!
はい、ここで利権がぶっ飛んだ!ということでこの案を受け入れてくれる国や学校法人さんは皆無でございましょう。
ま、それはそれとして、その上で、プリントはありにします。先生が作ればいい。そのくらいの手間はかけましょ、ということ。
だだ、以下の流れでよろしくね、とざっくり概要だけ全国統一はしていきたい。
まずはじめに、現代の音楽から触れようと思う。
いきなりバッハ、いきなり滝廉太郎、いきなりモーツアルトはやめましょ。
その代わり、今の時点で存在する音楽のジャンルに、できる限り多く触れてもらいます。
いいサイトがあります。
例えばコレ。
▼SUNO:ジャンルのページをリンク
私は今、ここのサービスにハマってますが、ここにいわば音楽のジャンル、形式のサンプル音声が無数に提供されており、とても美味しいサイトです。
これ、私的に大好物!!!
なかなか、ジャンルや形式の話って、体系的には教えてくれないよね。でも、なんとなく、みんな感じてるんだよね。
それを体感的に、実際に音で聞ける。最高です。
映像もあれば尚よし。YouTubeも積極的に活用してください。
またその前の流れとしては、みんなに音楽のジャンルを出しあってもらうとよいでしょう。いくつかのグループに分けて、紙に書いてもらうでもよし、個々に出すもよし、いったん個々に持ち帰って宿題にしてもいい。
「あるよねー、あるある!」みたいなノリでしばらくお話大会します。
んでもって授業中も、タブレットとか使って調べたり、好きなジャンル何?から、好きな曲もどんどん出してもらう。
曲名わからないけどスタバで流れてるのって何~?とか、あのスーパー行くといつも流れてるあれが気になるけど、何のジャンルかわからないとか、ディズニーのある場所でずっと流れてるあの音楽好き、とかね。
雨の音が好きでも、とある鳥のさえずりが好きでもいい。
そんな感じで授業を始めるね。私なら。
出揃ったところで、その音楽、どっから来たの?ってことで、いよいよ先生の解説が始まる。
この方法で始まるとなると、音楽の先生側も、よっぽど見識広くないと授業できませんよ。だから音大の教育課程も改革しないとダメかもね。
まずはざっくりジャンルや形式を説明しながら、音楽の歴史を1ヶ月くらいかけてやります。こうするといかにも授業っぽいよね?
でも大変だよ?人類の音楽の歴史をエクストリームに1ヶ月でって。
まあそれでも、音楽に特化すれば出来るんでない?
とにかくジャンルを知れ、ということです。
自分が学生時代から、このあたりが薄い人がとても多いと感じてました。
部活が音楽系だったのにね。
やっぱどっかしら偏りってあるんだよね。
だから、音楽の話をしたいと思っても、なかなか深い話は出来ないんだよね。細かい話はいくらでも出来るけど。
また楽器に触れるのもモチロンいいし、歌もいいけど、歌って恥ずかしいと思う人も少なからずいますよね。
みんなの前で歌うって、よっぽどでないと嫌だし、うますぎても、引かれちゃうかもしれない。
あれですよ。英語の発音は実はめっちゃ頑張って、うまく出来たとしても、みんなの前で披露したくはありませんよ、といったあの感じ。
こと音楽、体育、語学っていうのは、運動的な面が多い!
ここでちょっと話の方向性が変わります。
小さい頃から、学校とは別に、親がパトロンとなってバックアップしてくれて、既に経験を積めた人と、そうではない人との差が歴然と出てくる科目ですよね。音楽、体育、語学って。
学校が”平等性”を大切にするなら、特に、音楽と体育は、あまり専門的に取り組まないほうがいいと思うんですけどね。
「ないよりはあったほうが」精神で、ゆるーく取り組んだほうがいいかもしれない。しっかり取り組みたい人だけ、課外活動的な、部活的なところでやればいいかな、とも思える。
語学は興味は高いけど、話すと長くなりそうだから、今ここでは語りません。
はい、音楽の話に戻ります。
”音楽の授業”ってさ( ^ω^)・・・。
もはや、今の時代、音楽の聴き方もだいぶ変わってきてるし、音楽をどこから手に入れるのか、ていうか、そもそも、
「音楽の授業」って学校に必要なのか?
もうここまで考えざるを得ないところまで来ている。
そう思いませんか???
もう、なんでもありっちゃ~ありっていう。
そんな世界なんですよ。
基本的な読み書きや作文能力、計算とは違う世界ですよね。
学校で音楽の授業をやる意味とは?
もう、そこまで考えないとやっていけないほど、今の音楽の授業は古臭い、と思うわけであります。
そんな古臭い授業の中で、それを専門とする大学内でも、おそらくは、古臭いことを永遠とやっているに違いない。
でも伝統を守る人もいていいと思う。だから、大学は好きにしてください。
問題なのは、小学校から高校まである音楽の授業です。
なぜ音楽が必須科目なのでしょうか?
よくわかりません。ほんと、わからない・・・。
やっぱりあれですかね。利権( ^ω^)・・・。
学校の英語の授業は、英語話者を育てるためのものではないし、体育の授業は、スポーツ選手を育てるためのものではありません。
学校でいくら英語を勉強しても、英語を使える人にはなれません。
それと同じで、学校で音楽を勉強しても、音楽を作れる、または操れる人にはなれません。
音大に行っても、ほとんどの人がミュージシャンにはなれません。
そればかりか、普通に就職したり、学校の先生になったり、業界に入るけど全然違う仕事したり、楽器や歌を教える側に回る人が多い印象です。
学生時代の同じ部活の同期や後輩で、音大行った人は数人いるけど、楽器を教える人になってました。
ふわ~っとなります。ふわ~っと・・・。
それがだめって言っているわけじゃないけど、ふわ~っとなります。
ピアノの先生にピアノ習っても、音楽を作れる人にはなれません。
おそらくプログラム的に、そうなっていないようなのです。
私は早い段階でそれに気づき、こりゃだめだ。自分でやらないと、だめなんだ。そういう世界なんだ。そう思いました。
だから、下手に習うより、自力で実践し続けるほうが、ミュージシャンになれる確率が上がるような気がします。
それでも学校の音楽の授業は、ずっとあり続ける。
楽器の教室はずっと運営し続けるのです。
はい、そして学校の音楽の授業の話に戻ります。
やっぱりね、音楽は、なくてもいいけど、あったほうが「より」いいよね、っていうことに尽きるのではないかと思います。
ないよりは、あったほうがいい。
おそらくは、文化って、ほとんどそうですよね?
なら、やりましょうか。音楽の授業。
うん、やっていいよ。でもね、やり方を変えてほしいと思うのよ。
ジャンルや形式の話を永遠とやり、歴史を教え、人間の歴史と絡めて授業にすれば、それは授業っぽくなるし、ないよりはあったほうがいい授業になる気がするんだよね。
見識が広がる。
意外な側面から、人間の歴史が見えてくる。
音楽は、何も歌ったり楽器を演奏するだけもものではないということ。
世の中には音楽があふれているけど、それを仕掛けている人っていうのもいるわけです。
作らないけど、仕掛ける人。
見極める人、プロデュース側に回る人。
だから、世の中にこれだけ音楽が満ちているならば、その業界、音楽の形式がどのようになっているのかを、知らないよりは、知っておいたほうがいいと思うんです。
でもそういう授業ってなかなかないんだよね。
個人的には昔から、興味が高かったジャンルなんだけど、なかなか自力でとなると、大変で。
もがきながら、いろいろなジャンルの音楽、形式に触れてきました。
趣味なら適当でいいんだけど、今は音楽の授業の話をしているので、こんな話をしてるんだけど。
楽譜とか、音楽理論より、もっとこう、歴史とかジャンルっていう世界を知ってほしい。
楽譜なんて読めなくても、書けなくてもいい。そんなもの、いくらでも知ろうと思ったら知れるから。知りたい人だけ知ればいいと思うんです。
何々が、ト音記号で、なんて、どうでもいい。
楽器も、やりたい人だけやればいい。
歌も、強制的にさせないでほしい。
音痴なのが嫌で、歌うのが苦手な人もいるんですよ。
でも音楽の先生は、もともと「デキる」人だから、できない人の気持ちはなかなかわからないんだろうね。
だから、楽器も歌も、楽譜もとにかく教えようとするんだけど、やめてほしいと思うんだよね。
そんなことより、そこは自由にさせてもらって、現代の音楽について体系的に把握させて、興味を持ってもらえるような授業にしてほしい。
退屈すぎる音楽鑑賞なんて、本当にもうやめてほしい。
子供たちは、勝手にいろいろな音楽に触れてるよ?
今や、もう、わざわざ学校で触れなくても、いくらでも触れることができるんだよ?
まぁ百歩譲って、立派なスピーカーで聴かせる、立派なオーディオで、っていうのはアリだけどね。
あと、現代を無視しないでほしいよね。
昔が多いのよw
音楽の先生、昔の音楽好きすぎるんですよ。
もちろん、私もある種ある時代の昔の音楽大好きだけど。
もうやめてほしいんですよ。
いきなりベートホーヴェンとかは、眠気との闘いになるから。
わかったから!わかった、わかった。素晴らしい。
けれど、学校でしなくてもいいんですよ。
先生が好きなのも分かったけど、学校の授業で、子供たちにそれをいきなり聞かせるかねぇ?って思います。
本当に1から考え直してほしい。
お国の偉い人達よ。
目を覚ましてくれ!!!
音楽の授業を変えてくれー!!!
(続く?)







