人生論:「生涯発展途上」を目指して

消化器内科医になった起業家・弁護士・会計士、岡本武士による人生論や新たな視点の提供、身の回りの出来事に対するコメント等。

アフィア(株)が7歳になりました

2010-06-24 00:16:42 | Afia
アフィア株式会社はおかげさまで7周年を迎えました。

それは自分が「社長8年目」であるということでもあり、それを口にするたびに自分で驚いてしまいます。年齢からか初対面の方に「ベンチャーやってるの?」と言われることもありますが、さすがに全く「ベンチャー」という気がしません。リスクをとってがむしゃらに努力をする時期は過去の話であり、今後はコツコツと小さな工夫を重ねて行ければいいなと考えています。

さて、起業して数ヵ月後に、友人でもある尊敬する証券業の先輩と食事したことをよく思い出します。座ってすぐ、以下のような会話になりました。

「How's the company? Having fun?」
「Definitely. Everything I do these days is a first for me.」
「What's the most important thing you've learned?」

・・・いきなりそうきたか、と一瞬戸惑ってしまいましたが、

「That it's not easy to reinvent the wheel」

のような答えを出したと思います。ご尤もとも言えるが、ただ言葉の流れを作ったことがバレてしまったのか、あまり納得した様子ではありませんでした。自分も納得していなかったから、当然のことでしょう。後々はこうやって、表面的なことを言ってしまうときには厳しい態度をとってくれる人がいることを貴重に思いましたが、その時点ではくやしい思いしかありませんでした。自信を持って、カッコよく答えたかった。

7年経った今でもカッコよいことは言えないかもしれませんが、同じ質問に対して

「恐れなくていいということ」

と答えます。

「卒後3年で会社を作る」というのは口癖でしたが、実際そうしたときは楽しいというより、恐ろしいと感じていました。「このまま軌道に乗らなかったらどうなってしまうんだろう」と心配したし、親にも心配をかけてしまったし、昔の勤務先に復帰する夢を何度も見ました。積み上げてきたものがすべて消えてしまうのが恐い。「エリート」じゃなくなるのが恐い。営業で断られるのも恐い。仲間の期待を裏切ってしまいそうで怖い。異業種交流会で業務内容や業績を詳しく聞かれるのが恐い。

・・・ほんとに、どうでもいいことばかりを恐れてました。

実際に営業で断られたり、業績を聞かれたりしただけでなく、数人の弁護士を相手に契約交渉をしたり、お客様の前でガキ扱いされたり、6対1でサービス不備について指摘しまくられたりしました。ついでに女性にフラれたり、資格試験に落ちたり、支払督促を出したり、逆に「訴えるぞ」と脅されたりもしました。

どれも良い思い出ではありませんが、よい経験でした。そして、これらのことがまた起こったら嫌だと思うことは確実ですが、恐くはなくなりました。

「どうにかなる」というより、「どうにかできる」と思えるようになったためです。

「生まれてから大きな失敗とかしたことなさそうだね」と言われることがありますが、それは残念です。他人が10回中7回成功しているとしたら、私は50回中20回成功する人になりたい。野球ではチャンスが限られているため打率が高い方が良いですが、人生では失敗してももう一度チャレンジすることができます。(他人に迷惑をかけない形で)恐れず30回失敗できるようになった、それがアフィアの7年間で得た最大の収穫だと思います。

(注:当然ですが、「失敗してもいいや」「仕事でミスがあってもいいや」などと思っているわけではありません。もっとマクロの話ですし、そのような事態が起こっても自信を持って対処できるため、恐れて行動を興さないことはないということです。)

そしてもちろん、引き続き打席数も打率も増やしていきたいと思います。

・・・話を戻しますが、今まで一万枚を超える資料の翻訳を行ってきたことに加え、スタッフさんの翻訳レベルが上がってきたことや個人的にカリフォルニア州弁護士になったことなどにより、ますます専門性の高いサービスを提供させて頂けると思います。

引き続き、アフィアをよろしくお願い致します。

優しいだけ

2010-06-11 21:53:54 | 恋愛
優しいだけではモテない、と中3ぐらいのときに友達から教わりました。しかし、もともとモテない人としては優しくする、我慢する、話を聞くぐらいしかなかったのです。女の子と仲良くなれることも多くなりましたが、それでモテ出したというわけでもないと思います。

ときが流れ、同年代の女性の興味がサッカー部からイケメン、カリスマ性、有名企業内定者、デキる人、3K(古い?)、安定性、などとかわって行きました。どの時点でも優しい人が一番流行ったことはありません。もちろん大事なのですが、それだけではダメのように思えました。

それでも「優しいだけ」の人になってみたい。そして、「優しいだけ」の人を好きになれる人と一緒になりたい。人生で達成したいと思っていることが多くて、小さな優しさは積極性の陰に隠れてしまっているような気がします。昔から優しい人であったわけではなく、我慢していただけかもしれません。そういう想いもあって、優しい人間になりたいという強い気持ちがあります。

本当の優しさが試される場面は、相手がそれを理解してくれないときだと思います。愛されなくても、より強く愛せるか。恩を仇で返された時、なお与え続けられるか。恥をかかされた時、逆に相手がその行為によって恥をかかないような配慮をまず考えられるか。知らない人にお節介できるか。嫌われる覚悟で相手のために動けるか。

優しくなろうという努力は、あまり美しく聞こえないかもしれません。偽善に聞こえるかも知れません。でもそれは最初のうちだけだと思います。だから、やってみます。あえて、モテないキャラになる努力を。

受け入れること

2010-06-05 00:41:04 | 出来事
医療従事者は院内で走ってはならない。焦ってはならない。検査や診察中に「あっ!」と言ってはならない。(ドラマに出てくる医師たちは、これらのすべての面において失格です。)

営業マンは逆に、走らなければならない。ときには焦るフリをしなければならない。「あっ!」とかいいながら。

この差は当然、第三者が医療従事者の動きから何かを読み取ろうとしてしまうからです。不安になってしまうからです。

しかし、医療従事者が落ち着いて話していても不安になることは多いと思います。専門用語だったり、重要性が理解できないことを言われているからだと思っていましたが、今はそうではないと感じています。

人間、わかっていても不安は感じるものです。すべてのリスクを理解していてもベンチャーに1億円投資したり、バンジージャンプに初挑戦するときには不安を感じます。

今週、病院で循環器系の検査を受けたときに偶然異常が発見されました。あまり心配しなくていいものだとは見てすぐわかりましたが、将来問題となる可能性はあります。あまり気分のいいことではありません。

患者さんに同じ所見が見られたら、私は「少し異常が見られますが、特に心配ありませんよ」などと説明したと思います。治療する必要はなく、注意事項はもしタバコを吸ってたらやめてもらう程度ですので。でも聞きたいことはたくさん出てきますし、不安になります。

その不安を取り除こうとするのも医療従事者の仕事ですが、すべて取り除けるわけではありません。ゆっくり話を聞いてくれる先生がいい先生と思われがちですが、それは外来で他の患者さんを長く待たせる先生にもなってしまいます。

結局、一患者として、「甘えてはいけない」と思いました。受け入れる覚悟は自分でしか作れない。誰のせいでもないつらさを誰かのせいにしても楽にならないし、治らない。自分のつらさは、他人に不快を与える権利ではない、と。五体満足であることを感謝して、何かに夢中になり、注意すべきところは注意する。

もう少し重症だったらこのように考えられなかったかもしれませんが、そうなれるようになりたいと感じました。社会人を数年続けていれば、診断名がつくものが2-3個、つかなくても異常所見が10個ほどあるのではないかと思います。少しずつ自分のことがわかっていき、100%未満を受け入れられるようになるのではないでしょうか。

そして、体が100%未満ならば知識や経験を身につけ、他人の指導や支援を行い、本を書き、寄付をする。そして、次世代に託す。何世紀もこの流れが当たり前のようにあったはずですが、今回の件でこの心理の移行がどれだけ大きなものかを少しわかった気がします。

年功序列の風習には未だ納得していませんが、一定の時を重ねるだけでも尊敬に値するということを少し理解できるようになりました。大きなショックや不可逆な変化を受け入れ、乗り越える・・・それも本当の大人への一歩なのかもしれません。