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九電やらせメール事件はあくまで氷山の一角にしか過ぎず

2011年07月10日 23時45分26秒 | 福島原発震災・脱原発
東電帝国―その失敗の本質 (文春新書)
クリエーター情報なし
文藝春秋


 今、世間では九州電力の「やらせメール」事件で大騒ぎしていますが、何を今さらという気がしますね。メール発信直後から既にネットで噂になっていたのに、最初はどのマスコミも一向に取り上げようとはせず、下請け労働者からの告発によって共産党が県議会や国会で問題にしてから、ようやく取り上げ始めたくせに。
 また、この件に関する菅首相や枝野官房長官・海江田経産相あたりの発言を聞いていると、「九電はケシカラン、政府はいい迷惑だ」と、まるで九電だけの不始末であるかのように言っていますが、これも何をか況やですね。「やらせ」の舞台となった県民向け説明会そのものが、玄海原発再稼動に向けた「儀式」に過ぎず、そういう意味では、政府や佐賀県・地元自治体も所詮は「同じ穴のムジナ」でしかない。菅首相が原発再開の条件として急遽表明したストレステスト実施にしても、ただ単にパソコン上で安全性についてシュミレートするだけのものでしょう。何故そんな条件を唐突に持ち出してきたのか、よく分かりませんが、恐らく海江田経産相の再開表明が余りにも不人気なのを見て、もう少し時間稼ぎを図っているだけでしょう。
 そう言えば、かつての教育基本法改悪タウンミーティングの時も、当時の自民党・安倍内閣が今の九電と同じような事をしていて、この時も「赤旗」のスクープの後で、ようやくマスコミが取り上げるようになりましたね。

 今ちょうど志村嘉一郎・著「東電帝国 その失敗の本質」(文春新書)という本を読んでいる所ですが、その「第2章 朝日が原発賛成に転向した日」にも、これは九電ではなく東京電力の話ですが、電力会社が地域独占企業としての政治力・経済力をバックに、如何に政治を私物化しマスコミを手なずけていったか、その舞台裏が赤裸々に描かれています。
 それによると、1970年代初期、既に読売新聞が露骨に原発推進キャンペーンを張っていたのに引き換え、朝日新聞や毎日新聞はまだそこまであからさまには「偏向」していませんでした。そこで、朝日や毎日も明確に原発容認路線に転向させるべく辣腕を振るったのが、当時「天皇」と呼ばれた東電第4代社長の木川田一隆でした。

 木川田は、福島第一原発の営業運転が始まった1971年に、新聞社出身で当時ダイヤモンド社の取締役論説主幹だった鈴木建を、業界団体・電気事業連合会(電事連)の広報部長に引き抜きます。そして鈴木を使って、原発に批判的(No,But)だった朝日新聞の社論を、徐々に原発容認(Yes,But)に転換させていきます。
 まず手始めに、朝日に電事連の名で原発PR広告を掲載させます。この朝日への広告掲載から程なくして、毎日新聞なども広告掲載に踏み切るようになります。そして、1979年には全国の原子力問題担当記者を集め、朝日社内で社論統一のための研修会が開催されます。会場では「原子力発電の手引き」というハンドブックが配布され、折からの第一次オイルショックを追い風に、原発容認への転向が図られる事になります。それに対して、現場取材の第一線記者からは当然異論が噴出する事になりますが、当時の論説主幹は「原発では事故はまず起こらない。かと言って絶対に安全であるとも思わないが、では他にどんな代替エネルギーがあるというのか。」「そういう事も含め、ここは社論を統一しておく必要がある。従来どおり原発を批判するのは構わないが、記事掲載の決定権はあくまで編集局にある。」という理屈で押し切ります。

 そうして、業界団体(圧力団体)を通したロビー活動と、広告主・株主としての金の力で、マスコミを牛耳っていくのです。そして政治家に対しても、自民党には業界団体を通し(一部は質問封じの為に社会党にも)、当時の社会党・民社党や今の民主党には御用労組を通して、それぞれ政治献金をばら撒いていきます(電力業界は鉄鋼・金融と並ぶ「献金ご三家」)。原発立地予定地の自治体も、電源三法交付金によって手なずけていきます。その影響力の大きさは、例えば今の公共広告機構(AC)の役員にも、電力大企業幹部の名がずらっと並んでいる事からも充分伺えます。
 そして、広島・長崎での被爆体験を基に核廃絶運動が広がったのに引き換え、原発については「あくまで平和利用であり、しかも安全である」という誤ったイメージが広められた結果(当初は共産党もその嘘を見抜けなかった)、反原発運動は日本ではヨーロッパの様には広がらなかったのです。

 その「原発安全神話の嘘」を木っ端微塵に打ち砕いたのが、今回の福島原発事故でした。放射能汚染による住民生活・国土の破壊という、取り返しのつかない代償と引き換えに。
 今回の事件について、単なるロビー活動と看做したり、一企業・一担当者の個人的暴走と矮小化する動きが一部で見られますが、これは大間違いです。
 今回の「九電やらせメール」事件は、単に一国民が個人の意見として原発容認を表明したのとは訳が違います。政治権力と癒着した独占企業が、その政治力・経済力を背景に、自分たちの私利私欲の為に、危険なものを危険であると知りながら、恰も安全であるかのように嘘をついてまで、組織ぐるみで政治を私物化しようとした。その金権・賄賂政治の横行によって、福島に続いて九州でも住民の生存権が損なわれようとしている。それが今回の事件の本質です。
 そこにメスが入れられ是正されない限り、たとえ、やらせメールを直接指示した人物や実行犯だけが処罰されても、また別の時・所で同じような事が何度も繰り返されるに決まっています。
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