週末は時間がなかったのと体調を崩していたので反応が鈍ってしまいました。
多くの、最近あまり見かけなかったコメンテーターの方々からも有意義なコメントを寄せてもらうことができ嬉しいです。
どういう考え、意見があるのかを把握できるし、それぞれにそれぞれの洞察や想いがあって、勉強になります。
いつもありがとうございます。 m(_ _)m
今は峯岸みなみの件で盛り上がっていますが、続報の噂もありますし、今後も他のネタも出てくるでしょうから、
本件に関してはここだけで終わらせるのではなく、長い間付き合っていくものだと考えた方がいいと思います。
毎度の言葉ですが、健康とは病気をしないことではなく、病気とうまく付き合っていくことです。
病気を全くしない人生などというものは有り得ないし、現代人の健康に関する悩みの多くは生活習慣病ですから、
0か1かというような議論は現実的ではないし、生産的でもないので、その点をしっかり押さえて話を進めていければ、
新しい気づきなりのキッカケを作れたりしないものかと、自分自身含めて期待するところでもあります。
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さて、これまでと同様、今回も「恋愛禁止条例」が槍玉に挙がっておりますが、正直言って驚くほどこの話題に関する議論は進まないなという印象を持っております。
一つ思うのは、これまでAKB48ローカルの話題であったものが、AKB48の認知が広まるとともに外部から議論に参加するプレーヤー(しかもAKB48を知ろうなんて全く思っていない人々)が増えたので、その度同じ議論が繰り返されるということも有るのかなと。
しかし、面倒ですし、うんざりする部分もありますが、何にも事情を知らない人たちにわかるような言葉で説明するのは、外部の理解を得る為ではなく、内部での理解を深めるのにいい機会にもあります。
わかっているつもりが、説明しようとしたら理解が不十分だったというこは、何事においてもよくあることです。
私は、こういう時だからこそ、AKB48は殻に閉じこもり嵐が過ぎるのを待つのではなく、外部に向けてオープンに対話をしていくべきだと思いますが、その時に足元がグラついていたのではお話になりません。
ということで、今日も私自身の理解を確かめるために書いていこうと思います(笑)
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「恋愛禁止条例とは何か?」という話題については、当Blogでは過去何度も議論されてきたわけですけれども、今日は少し違った観点で考えを述べたいです。
いきなりですが、私が社会人1年目、つまり新人の時に経験した短い小話です。
そこでは、部署に配属されるとOJT(On the Job Training)としてチューター役の先輩社員(この場合役職は自分より上で、現場リーダークラスの人)が新人に付くのです。
その先輩と新人(私)とのやりとりが、今回私が言いたいことをうまく代弁できるなと思います。(もっといい話ないのかよ)
ありがちな話ではありますが、新人当時の私には少し傲慢なところがありまして事あるごとに先輩と反目していました。
原因のほとんどは私にありました。
気に食わないことは命令されても聞かない、反論する、最悪なのは無視してやらない。
当然ながら、話し合いになります。(話し合いという名の説教ね)
私は自分の考えを述べます。
如何に今やろうとしていることが無意味で非生産的なのか、もっとやるべきことがあるはずだと。
そうすると、先輩はこう言います。
お前の言いたいことはわかった。
で、どうするの?
私の答えは
ぬぐぐ・・。
私は問題意識を共有したいわけですが、先輩からすると「それはわかった。その先を聞かせてくれ。」ということなわけです。
意識も高く主張も立派だが、問題と理想の間のギャップをどう解決するのか、それがなければ仕事にならない。
今、○○さん(私)がやらされてると言ってる仕事は、誰かがその解決策を考えたからであり、それがために仕事がある。
○○さん(私)がやりたい仕事を創れないでいるのに、他の人が創った仕事はやれないということらしいけど、
で、どうするの?
(私は反省しないバカ新人だったので、このようなやりとりを何度も繰り返しやっていたのだった。)
私は、この幾度となく繰り返される「で、どうするの?」攻撃に相当悩まされたのですが、非常にいい経験になりました。
たぶん誰もが「仕事の是非」という話は、どこにいってもすることになります。
みんな大好き「そもそも論」です。
ですが、無駄な仕事というのはこの世にはないと思うのですよ。
仕事として成立している以上、小さくても何らかの意義があるものです。
(国家予算にしても、増やせても減らすのは容易じゃないですよね。無意味な予算なんか存在しないからです。)
釈迦ならトイレ掃除で宇宙を語る
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/1234f5aeb4fcb564ae33889be5d1f409
この話題を転じて、AKB48の「恋愛禁止条例」について考えてみましょう。
私は「恋愛禁止条例」の是非について、「是」と「非」のどちらの意味も認めつつ、しかし「是」としてきました。
それは「恋愛禁止条例」が「理念」を表しているからだと、主張してきました。
(リンク貼るにも数が多いから、時期が新しいやつを適当にいくつか)
「恋愛禁止条例」はAKB48の理念を表している ~ アイドル教AKB48派 ~
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/fb518f6221cfa532af9d4b1469b53676
「恋愛禁止条例」はAKB48の理念を表している [補足説明]
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/ba840f94f972945974968a742e827fc9
アイドルの恋愛禁止がそんなに特別なことかね。なら浮気も不倫も許してくれ。
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/770847507c98a5e6485e9ea1fb2838ff
アイドルにとっての「第3の道」
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/fed92786ec90a268969920f504b60e21
AKB48運営は失敗を認められるか ~危機管理の模範的教材:タイレノール事件~
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/0a80eca62b4d07869cc1780d4e713a0c
恋愛禁止条例に関する混乱を乗り越えるために ~ 5回の「なぜ」を言え ~
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/9934db1c07c0ccb131f28e7f0332d3ba
わかってもらえないようなので、もう一度、話をしよう。
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/4f8800c0672b6fcccd6b9d213a213e4d
人と自己存在を繋ぐチャネルとしてAKB48を捉え直せば、恋愛禁止条例も理解しやすい?
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/947c891f6f788bf7acdad7726e32035a
AKB市民をどう醸成していくかが本丸 ~ 恋愛禁止条例は「コモン・ロー」である ~
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/55a577149d152112419717d55ea7a760
やるな増田
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/faca55009eae53e5ef4477ede8350c29
なぜ、人はお坊さんの言葉を聴くのか?
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/ee2286f669f91e31e90e22be00196d4e
「恋愛禁止条例」違反というのは組織の問題をある一面では表しているのだ
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/3fedc6011dbd745869e4768f31049200
↑とまぁいろいろ述べてはおりますが、「恋愛禁止条例
がなければならない」とは言っておりますが、「恋愛禁止条例
でなければならない」とは言っておりません。
私は「理念(マジ)」を具体化する一つの方法論として「恋愛禁止条例」という旗を下ろしてはならないと主張してきました。
柏木由紀さんも同様の主旨のことを述べておられました。
AKB48柏木由紀「恋愛禁止条例は必要」(AKB48まとめんばー)
http://akb48matome.com/archives/51863685.html
「恋愛やプライベート、自由を捨ててもAKB48に夢を懸けているので、ファンにそういうところを応援してもらいたいです。 みんなの意思を統一するためにも(恋愛禁止条例は)必要だと思います。」
このあたりの認識がメンバーにも浸透しているのは、素晴らしいことです。
しかしながら、私は最上の方法論が「恋愛禁止条例」だとは言っておりません。
「恋愛禁止条例」よりも良いコンセプトがあるのなら、乗り換えも可能だと思います。
そのコンセプトが見つからないので、AKB48運営は「恋愛禁止条例」の旗を下ろすことができません。
当然のことながら「恋愛禁止条例」を捨てるということは、「恋愛禁止条例」が果たしている役割を捨てるということですから、単純に捨てたのではマイナス面も出てきます。
「恋愛禁止条例」が「理念」を表しているのなら、「恋愛禁止条例」よりも「理念」を表すことができるコンセプトがあればよいわけですし、
「恋愛禁止条例」を捨てることによるプラス面が、「恋愛禁止条例」によって得ているプラス面より大きくないと「恋愛禁止条例」を捨てることはできません。
また、「恋愛禁止条例」によって被っているマイナス面と、「恋愛禁止条例」捨てることによるマイナス面の視点も無視することはできません。
(「機会費用」と「機会損失」の問題は、見えにくいのですが重要です。単純にトレードオフと言ってもよいのですが。)
ですので、「恋愛禁止条例を超えるコンセプト」を考えてみませんか?
ただ、私はこれまで何度か試みましたが悉く失敗してきました。
それは、
「恋愛の力が偉大だから」だと思います。
是非、我こそはというご意見をお待ちしています。
※誤解をさけるために念のために書きますが、問題意識だけのコメント大歓迎です!!(笑)