進化する魂

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投資効果の低いものが国家を頼るのは当たり前だ

2009-11-15 01:33:56 | 政治
本エントリは駄文ですが「国家の役割」を再定義しようという問題提起です。

前回に引き続き、民主党の「事業仕分け」について、もう一つ重要なことを書くことにしよう。
というのもホリエモンのブログを見て一つ語りたくなった。
個人的に「政府に頼るのをやめよう」というのには以前から賛同するのであるが、でもそうも言ってられない人も一方に存在しているのも事実である。
(突き詰めると国会の意義がどこにあるのかというお話だ)

政府に頼るのをそろそろやめないか。(六本木で働いていた元社長のアメブロ)
http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10388307626.html

事業仕分けについての解説は池田信夫氏のブログで読んでいただくとして。

事業仕分けという人民裁判(池田信夫blog)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51310943.html


仕分けの対象になったのは概算要求に出ている約3000の国の事業のうち15%足らずの447事業にすぎないということだ。残りの85%は仕分けの対象にならないので、勝負はこの段階でついている。これを選んだのは、実質的には財務省の主計局である


多くの識者が指摘するように、今回の事業仕分けの対象となった事業は、財務省がもともと削れると踏んでる事業なので、初めから削減ありきで勝負がついているのである。
言わば「出来レース」なのだが、事業仕分けという名のセレモニーの体裁を整えることは必要だ。
初めから結果はほとんど決まっているのだが、その場で決定されるているという演出がなければ、このセレモニーは完成しない。
そこで、その場で決定するための物差しとして使われるのが「投資効果」である。

説明するまでもないが投資効果というのは、「投資した金額に対してどの程度のリターンが期待できるか」ということである。
(本来「投資効果」と「対投資効果」は別のモノだが、ここでは「対投資効果」の意味で用いる)

一般的な国民のみなさんは、この「投資効果」という極当たり前のように受け止めていると思うが、これが今回の事業仕分けを語る上でのキーワードである。

なぜか?

「投資効果」があるなら国がやらずとも民間で行われるはずだからだ
逆の言い方をすると「投資効果がないから国がやっている」のだから、国のやっている事業の投資効果が低いのは当たり前なのだ

例えば、社会インフラが行き渡った先進国における公共事業等の財政政策の乗数効果は1を切る(つまり投資効果が小さい)といわれている。
日本ではいまだに財政政策の有効性が信じられているが、それは「均衡ある国土の発展」という結果の平等を指向した思想であり、必ずしも投資効果があるわけではない。

投資効果があるなら、そこにビジネスチャンスがあるわけなので、グローバル金融ビジネスが進化した昨今、閉鎖的経済をとっていない限り世界中のどこの国でも民間資本が入り込む
そういうチャンスを狙って世界に根を張る金融ネットワークの進化は絶え間なく進化している。

JR東海もがんばってリニア作ろうとしているし、鳩山首相の演説ではないが昔は橋だって民間で作ったわけだ。

投資効果があっても民間で行うにはあまりにも大きな投資が必要な場合や、民間で背負うには高すぎるリスクがある場合、超長期的には投資効果が得られるが短期的には得られない場合などには、国家財政の出番もあるだろう。

しかしながら、実際には民間では相手にされない投資効果が低いものが国家を頼ってくる。

だから、私は、むしろそれに自覚的になって頼ったらいいと思う
我々の行おうとしていることは投資効果が低い、だけれども我々にとって非常に重要な意味を持つと。
やり方によっては投資効果を高めることができるものは「官から民へ」で進めればよく、やり方を工夫しても高い投資効果が期待できないものは「官」でやりましょうと

国民の代表ではなく地域の代表者が国会を構成する意味というのも、そこにあるように思う。
全体最適は政府がやって、個別最適を国会がやる。その調整が司法。
というのがその性質上妥当な理解なのではないかという気がする。
もちろん原理原則を振りかざすつもりは全くない。
あくまでも、現状の三権分立のあり方を突き詰めるとそうなるよという話だ。

民主党の事業仕分けは「リストラ」だけれども、小泉内閣の構造改革は「Re-Structure」で、まさにその意であった

単純に、投資効果の高いものを官がやり、投資効果の低いものを切る、というのではなく、やりようによっては投資効果を高められるものは民へ、やりようがないが必要な投資効果の低いものは官へ。
という発想も必要なのではないか。
(それが全てというつもりはない)

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[雑談]

投資効果を否定する彼らの言い分はこうだ。
「世の中には投資効果がはかれないけれど、重要なものがある。」というものだ。
例えば教育がそうだという。
(ヨーロッパでは積極的社会政策の投資効果を計算していたりするが)
確かに、教育の影響範囲はあまりに広いため、厳密に投資効果を計算することはできないと思われる。
(そもそもパラメータが多すぎる問題の投資効果を求めようとすること自体、傲慢さなのかもしれない)
また、彼らは投資効果を金額で表そうとすること自体が「金の全能イデオロギー」であり、教育の目的と相反すると。
それもまたそうなのかもしれない。

でも何か勘違いしてやいないか。
投資効果を金額で表すのは便宜上の理由であって本質的なところではない。
我々の目の前には数多の問題があるが、全てを解決するだけの能力を我々は持ち合わせてはいない。
我々はトレードオフの前に無力だ。
だから優先順位をつけて、やることと、やらないことを判断しなければならない。
だが、我々はその判断を何をもって正当化できるのだろうか。
万人が認める合理的判断であるとする論拠を、我々はどうやって示すべきなのだろうか。
一つの方法が経済的合理性、つまり金(カネであって貨幣ではない)という人工的かつメタ的ツールである。
我々は、我々のために金を作り出した。
それはコミュニケーション・ツールに過ぎないが、だが我々人類にとっての偉大な発明品だ。
金の優れた機能は、価値を固定していないことだ。
何により価値があるのかを決めるのは常に人間である。
そこから導き出されることは、モノの価値を決めているのは金ではなく人間であるということだ。
彼らの非難すべきは「金の全能イデオロギー」ではなく「人間の全能イデオロギー」であろう。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
大串・政務官のブログ (snowbees)
2009-11-17 06:19:13
大串・財務省政務官のブログが面白い!
たとえば、右肩「上がり」など。

http://blog.livedoor.jp/hiroshi_fromsaga/archives/2009-09.html?p=4
過去の呪縛からの解放 (advanced_future)
2009-11-18 00:39:14
>snowbeesさん
コメントありがとうございます!

リンク先のページを見てみました。
不勉強で大串博志氏のことを詳しく知りませんでしたが(存在は知っていたのですが・・)経験と若さを生かして飛躍して欲しいと思います。
実務能力を買われて財務省政務官に抜擢されたのだと思いますし。

日記を見た感想としては、欲を言えばもう少し踏み込んだ発言をしてもいいのかなという気はします。
政務官という立場では思い切った発言はできないと思いますが、前原国交相は次期リーダー競争で一歩前に出た感がありますし、少し独自色が欲しいところですね。
(それに今は事を荒立てる時期でもないか・・)

それはそうと、「右肩上がり」のお話ですが、「投資効果」を正当化するために「需要予測」を、それも「希望的需要予測」を用いるのが常道ですよね。
これは民間企業でも同じですが、民間と違うのは、民間の場合は無理な需要予測についてはレビューワが了承しないのに対して、国の場合は、それを後ろから支持する利益集団が圧力をかけることで了承されてしまうという点でしょうか。

説明する官僚の人も組織の理論の前に前例踏襲を覆せないから辛いと思いますので、政治は彼らをその呪縛から解放してあげないといけません。
これまで自民党の族議員が正当なレビューを妨げてきた側面がありますので、過去の政治を清算する意味を考えると、今回の事業仕分けのメッセージ効果はあるのかな。そんな風に思います。

非常に有益な情報ありがとうございました。
今後もよろしくお願い致します。

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