乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:

 在野の政治研究家乾龍が『漂流日本の闇』を斬る! 日々の政治・経済等の時事ニュースの深層を探る。

【安倍昭恵夫人】:美智子さまをも驚かせた、アッキーの「鈍感力」

2018-04-22 08:59:10 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【安倍昭恵夫人】:美智子さまをも驚かせた、アッキーの「鈍感力」 ■ゴッドマザー・洋子もサジ投げた

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【安倍昭恵夫人】:美智子さまをも驚かせた、アッキーの「鈍感力」

 ■ゴッドマザー・洋子もサジ投げた 

 美智子さまは、私の気持ちを分かってくださる――そう言って昭恵夫人は喜んだという。しかし、傍から見ると決してそうは映らなかった。すべてを都合よく解釈するから、反省することを知らない。

 ◆皇后の真意

 羽田空港には、一般客の眼に決して触れることのない部屋がある。皇室、そして海外からの国賓といった「VIP」のみが利用できる貴賓室だ。

 柔らかな絨毯の敷き詰められたその部屋に、その日は天皇と美智子皇后、皇太子、そして安倍総理と昭恵夫人という、まさに日本の枢要が一堂に会していた。去る2月28日、天皇・皇后の初のベトナム訪問に先立って、お見送りのための式が行われたのだ。

 その中で、式次第に書かれていない「事件」が起きた。皇后が昭恵夫人に近づき、何やら声をかけたのである。

 「居合わせた関係者によれば、皇后の『お言葉』を、途中まで恐縮して頭を下げて聞いていた昭恵さんは、突如『ありがとうございます!』と言うと、感極まったのか、滂沱のごとく涙を流し始めたのです」(全国紙宮内庁担当記者)

 周りを固めるスタッフだけでなく、皇族方までも一瞬ギョッとした表情を浮かべ、室内にはぎこちない空気が流れた。

 しかし、昭恵夫人はどこ吹く風。天皇・皇后が歩き去った後、隣の安倍総理に「やっぱり、皇后陛下はお分かりなのよ」と、嬉々として話しかけていたという。

 その後、滑走路に移動し、飛行機に乗り込む天皇・皇后を見送る際には、夫人はまるで憧れの芸能人の海外出立を見送りに来た少女のように、ちぎれんばかりに手を振っていた。

 「しかし、この時の皇后の『お言葉』に、微妙なニュアンスがあったようなんです」(前出・全国紙宮内庁担当記者)
というのも、その内容が普通なら、

 「皇后さまに言われれば『ご心配をおかけして申し訳ありません』と、恐縮してしまうようなものだったそうなのです。あえて類推すれば、『大変な時にも、元気にいろんな場所へお出かけなさっているようですね。大丈夫ですか、お気をつけになって』というような。

 ですが昭恵夫人は、その真意に気付かず、ただ自分への『お気遣い』、『激励』の言葉であると受け取ったわけです」(前出・全国紙宮内庁担当記者)

                                                 Photo by GettyImages

 昭恵夫人の交友に端を発した森友スキャンダルで、国政がすっかり停滞し、国民はますます政治不信を強めている――その事実は、日ごろ新聞、テレビのニュースはもちろん、週刊誌や月刊誌まであらかた目を通すという天皇・皇后も、よく知っているはずだ。

 予想と異なる昭恵夫人の反応に、皇后も内心で驚いていただろうと、宮内庁関係者は「忖度」する。

 「生前退位」の問題を持ち出すまでもなく、天皇・皇后はかねてから、安倍総理の「タカ派」路線に警戒感を抱いてきたと多くの国民は見ている。

 片時も休むことなく国民のことを思う天皇・皇后から見た時、昭恵夫人の行動は、率直に言ってさぞかし「底の浅い」ものと映ることだろう。こうした背景が、皇后の言葉にはあったはずだ。

  ◆SNSがしたくてたまらない

 〈雪景色を見ながら、ちょっとのんびり……〉

 昭恵夫人は3月23日以降、騒動の後もほぼ毎日更新していたフェイスブックを停止し、いかにも事務方が書いた――事実、安倍総理の右腕・今井尚哉総理秘書官のチェックののち公開されたという――「反論文」を載せたきり、国民に対しては何の説明もしていない。

 しかし一方で、昭恵夫人が、写真と短い文章を投稿する若者に人気のSNS「インスタグラム」を、今なお更新していることを知る人は少ない。4月2日には、前述のような呑気なコメントとともに、どこかの山中だろう、雪深い林の写真が投稿された。

 自民党ベテラン議員が言う。

 「これは河口湖近くにある総理の別荘で撮った写真です。安倍総理が、自分が疲れているのはもちろん、昭恵さんがかなり参っているのを見て、珍しく『気分転換に別荘へ行こう』と誘ったらしい。

 家にいるとマスコミも来るし、(総理の母の)洋子さんにチクチク小言も言われる。安倍総理も、毎晩出歩いてはヤケ酒を飲  み、そのあげく『眠りが浅くて疲れが取れない』とこぼす昭恵さんが心配になったのでしょう」

 さすがの昭恵夫人も4月に入って、前々から引き受けていた講演依頼をキャンセルするなど、多少、自粛する気配を見せてはいる。だが、ある官邸スタッフによれば「昭恵さんは、批判に懲りてSNSを止めているわけではない」という。

 「昭恵さんのSNSページに頻繁に登場する人を対象に、官邸では身辺調査を始めています。昭恵さんの人脈に『第二の籠池』が潜んでいないかどうか調べるためです。

 昭恵さんは籠池(泰典・森友学園前理事長)氏の証人喚問が行われるにあたって、電話帳、LINEやメールのやりとりなど、携帯電話の中身を全て調べられてしまった。それにうんざりしたから、フェイスブックは止めたと聞きます。ほとぼりが冷めるまで、世間に知られていないインスタグラムを使うつもりなんです。

 本人は『次の選挙で応援依頼を受けたら、自粛を解禁しようかな』と言っています。

 万が一、この夏、東京都議選と衆院選のダブル選挙なんてことになれば、総理の地元の山口は昭恵さんがまわることになる。落ち込んでいるどころか、実は張り切っているんですよ」

                                                Photo by GettyImages

 ◆夫婦仲は良くなっている

 野党と世間からの批判の矛先は、昭恵夫人と籠池氏の関係だけでなく、「総理大臣夫人付」と呼ばれる昭恵夫人のお付きの官僚にも向いている。中でも籠池氏との実際のやりとりを担当していたことが判明、渦中の人物となったのが、経産省から昭恵夫人のもとに出向していた谷査恵子氏だ。

 「谷さんは経産省に戻されました。『口止めのために海外に飛ばされた』なんて噂も流れましたが、今のところはマスコミの取材を避けるため、静かにしてもらっている。昭恵さんはそんな中、こっそり彼女と会い、『ごめんなさい』『今までおつかれさま』と伝えた。谷さんは涙ぐんでいたと聞きます」(安倍総理周辺)

 こうした昭恵夫人の近況から分かること。それは、「私には何ひとつやましい点はない。謝罪や説明をしなくたって、国民はきっと分かってくれるはず」、「むしろ、皇后さまをはじめ、みんなは私に味方してくれている」と心底思っている、ということである。

 先にも触れた通り、こうした態度に呆れ果てている女性がいる。安倍総理の母、洋子氏だ。

 「事件発覚以来、洋子さんがたびたび『総理の妻という立場を、あなたは分かっているの?』と昭恵さんにお説教している、ということはすでに漏れ伝わっています。しかし最近は総理も『もう(籠池氏の)証人喚問は終わったんだから、いいじゃないか』と昭恵さんをかばうようになり、洋子さんは諦めモードです。

 洋子さんは、かねがね一人で講演会やデモに出て好き勝手な発言をしたり、夜半すぎまで飲み歩いたりする昭恵さんの生活を快く思っていなかった。

 しかし今回は、安倍総理が『隠れていたら、かえって痛くもない腹を探られる。いつも通り、堂々としていればいいんだ』と反論して、昭恵さんの外出を自ら許可しているんです」(前出・総理周辺) 

 これまで安倍家の内情は、洋子氏と安倍総理vs.昭恵夫人という構図で語られることが多かった。政界でも、総理と昭恵夫人はほとんどすれ違いの日々を送っており、夫婦仲は冷え切っている、という認識が大勢だった。

 しかし今は、まるで「苦難にともに立ち向かうことで、夫婦の絆を取り戻した」かのように、総理と昭恵夫人の距離は急速に縮まっている。

 「国会でも、昭恵さんを責める野党に、総理は顔を真っ赤にして反論していた。総理はあれだけ責められてもかたく口を閉ざしている昭恵さんに、相当感謝しているようです。

 『(森友スキャンダルは)昭恵には気の毒だったよ』、『今は総理より注目されているからね。選挙に出たら当選できるんじゃないか』と軽口を言う余裕も出ている。官邸では、今までとは感じがちょっと違うな、という雰囲気になっています」(前出・官邸スタッフ)

 昭恵夫人は、原発や憲法改正といった重要政策で安倍総理と食い違う、「家庭内野党」と言われてきた。しかし今回の件で、昭恵夫人を単なる「アンチ安倍」とする見方はやや表面的だった、ということが分かったのではないか。

 昭恵夫人とその関係者に取材し、『安倍昭恵「家庭内野党」の真実』(文藝春秋より電子版で販売中)を著した、ノンフィクション作家の石井妙子氏が指摘する。

 「昭恵夫人は、森友学園の教育方針についても、本心から感銘を受け支持していたのだと思います。森友学園は『日本唯一の神道の学校』を標榜していますから、『日本の伝統』が好きな昭恵夫人には、自然に受け入れることができたはずです。

 ふつうの人が見れば一見、昭恵夫人の行動は思想的な一貫性がなく、支離滅裂に見えます。

 しかし、客観的な是非はともかく、彼女の中には『日本のためにいいことをしたい』という明確な信念がある。だから、『神道を重んじるのも、被災地支援をするのも、すべて日本のためにやっていること』、『私も主人も、神に選ばれて国のために頑張っているだけ』と、心から考えているのだと思います」

                                                      Photo by iStock

 ◆お酒はやめられない

 籠池氏の証人喚問の前後には、時に日本酒一升、時にワイン数本などと昭恵夫人の酒量はいつになく増え、未明になってから姑・洋子氏のいる私邸ではなく、公邸へと泥酔して帰る日々が続いていたという。しかし、安倍総理が必死でかばったことが効いたのか、そのような乱れた生活も落ち着きつつあるようだ。

 前出の自民党ベテラン議員はこう評する。

 「結局、総理と昭恵さんは根っこのところでは『似た者同士』なんですよ。理屈よりもその時の感情で動いてしまう。自分が信頼する人の言うことは、無条件に信用してしまう。本はあまり読まないし、学歴で人を見ることを嫌う。よく言えば先入観がない。悪く言えば、ものごとを深く考えられない」

 昭恵夫人は、今年の2月以降に籠池氏の妻と交わしたメールの中で、「神様は全てご覧になっています」「何でこんなことになってしまったのか、神様は何を望んでるのでしょう」「祈ります」などと述べている。

 一方で事件の前、「総理大臣になるっていうのは(中略)『神』という言い方をしなくてもいいんだけど、なんかこう、『大いなる力』が働いていると私は思っていて」(「BLOGOS」'16年11月9日のインタビューより)とも語った。

 全ては神様の意志、運命で決まる。自分はその流れに身をゆだねるだけ――昭恵夫人がまさに「私人」として、このような考え方を持つぶんには一向に構わない。

 しかし、それが例えば「特定の人物・団体への、国有地の格安払い下げ」のように、国民の具体的な利害に影響を及ぼすならば、国民にとってはたまったものではないだろう。

 「ゴッドマザー」洋子氏すら匙を投げた今、昭恵夫人の「勘違い」を止めることは、もう誰にもできそうにない。

「週刊現代」2017年4月22日号より

 元稿:現代ビジネス 主要ニュース 不正・事件・犯罪 政局 【担当:週刊現代・講談社 毎週月曜日発売】  2017年04月17日  09:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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【社説】:①両陛下沖縄訪問 平和への思いを引き継ぎたい

2018-04-02 06:05:20 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【社説】:①両陛下沖縄訪問 平和への思いを引き継ぎたい

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【社説】:①両陛下沖縄訪問 平和への思いを引き継ぎたい

 退位を前にして、いま一度訪れたい、という強い願いを果たされた。

 天皇、皇后両陛下が沖縄県を訪問された。両陛下にとっては通算11回目だ。天皇陛下の在位中は、これが最後になるとみられる。

 陛下は到着早々、糸満市の国立沖縄戦没者墓苑で沖縄戦の犠牲者を慰霊された。墓苑の関係者には「たくさんの戦没者を守っていただいて」と謝意を伝えられた。

 沖縄では、先の大戦中に、住民が約9万4000人も犠牲になったとされる。

 陛下は皇太子時代、「日本人の忘れてはならない四つの日」として、終戦記念日、広島、長崎の原爆投下の日に加えて、6月23日の沖縄慰霊の日を挙げられた。

 昭和天皇も晩年、沖縄訪問を切望されたが、病により実現しなかった。その遺志を継いだ面もあろう。苦難の道を歩んだ沖縄の人々に徹底して寄り添い、平和を祈念する。陛下の行動からは、そのような信念が伝わってくる。

 1975年の初の沖縄訪問時には、「ひめゆりの塔」で火炎瓶を投げつけられる事件に遭遇した。それでも、陛下の沖縄に対するお気持ちは変わらなかった。

 93年に、天皇として初めて訪問し、戦後50年だった95年には「平和の礎」に足を運ばれた。2014年には、学童疎開船「対馬丸」の犠牲者に供花された。

 退位後は、静かな日々を送られる見通しだ。一つの区切りとなる今回のご訪問は、陛下の心に深く刻まれたのではないか。

 戦後の象徴天皇として、平和への思いを常に示されてきた陛下の姿勢は、皇太子さまにも引き継がれることだろう。

 政府は代替わりに向けた準備を着々と進めている。式典準備委員会は、一連の儀式の進め方について、基本方針を決定した。

 国内外に新天皇が即位を宣言する「即位礼正殿の儀」は、来年10月22日に行われる。新天皇が国家の安寧を祈る「大嘗祭(だいじょうさい)」は、11月14~15日となる予定だ。

 一連の儀式は、基本的に平成の代替わりを踏襲する。宗教的な性格を有するとされる「大嘗祭」は、今回も国事行為ではなく、皇室行事として執り行われる。概(おおむ)ね妥当な内容だと言えよう。

 今秋には、政府の式典委員会が新たに設置され、具体的な準備に着手する。前回は計3000人が招かれた「饗(きょう)宴(えん)の儀」の規模をどこまで縮小するか、といった問題が残る。国民に広く受け入れられる式典にしてもらいたい。

 元稿:讀賣新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】  2018年03月31日  06:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【政府】:即位宣言の儀式、来年10月22日に…基本方針

2018-03-30 12:01:30 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【政府】:即位宣言の儀式、来年10月22日に…基本方針

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【政府】:即位宣言の儀式、来年10月22日に…基本方針

 ■特集皇室

 政府は30日午前、天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に向けた式典準備委員会(委員長=菅官房長官)の第3回会合を首相官邸で開き、関連する儀式などの基本方針を決めた。

 即位の礼の中心儀式で、新天皇が国内外に即位を宣言する「即位礼正殿(せいでん)の儀」は2019年10月22日に行う。宮内庁は、新天皇が国家の安寧と五穀豊穣(ほうじょう)を祈る「大嘗祭(だいじょうさい)」を19年11月14~15日に行う方向だ。

 基本方針は一連の儀式について「憲法の趣旨に沿い、皇室の伝統等を尊重したものとする」と明記し、平成の代替わりに伴って検討した基本的考え方や内容を「踏襲されるべきもの」と位置づけた。今秋をめどに、儀式の詳細を検討する「式典委員会(仮称)」(委員長・首相)を設ける。

 元稿:讀賣新聞社 主要ニュース 政治 【政策・皇室・天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に向けた式典準備委員会】  2018年03月30日  12:01:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【社説①】:天皇沖縄訪問 命とうとし平和を願う

2018-03-29 06:10:25 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【社説①】:天皇沖縄訪問 命とうとし平和を願う

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【社説①】:天皇沖縄訪問 命とうとし平和を願う

 天皇、皇后両陛下が二十七日から沖縄県を訪問される。太平洋戦争では地上戦が繰り広げられ、戦後も米軍の施政下に置かれた。在位中では最後の訪問となりうるだけに陛下の強いお心が伝わる。

 両陛下には「忘れてはならない四つの日」がある。終戦の日、広島と長崎の原爆被災日、そして六月二十三日の沖縄慰霊の日である。その日は沖縄戦で組織的戦闘が終結したとされ、陛下は毎年欠かさず、黙とうしているという。

 それほど沖縄には格別な思いがある。昭和天皇も生前、「沖縄県に行くことはできないか」と漏らすほどだったがかなわなかった。それも重い事実としてある。

 陛下の沖縄訪問が実現したのは、皇太子時代の一九七五年のことだ。だが、慰霊碑の「ひめゆりの塔」の前で、活動家に火炎瓶を投げ付けられる事件も起きた。即位後の九三年には歴代天皇として初めて沖縄県を訪れ、「ひめゆり平和祈念資料館」で、ひめゆり学徒隊の話をお聞きになった。

 近年では二〇一四年にご訪問され、学童疎開船「対馬丸」の犠牲者を慰霊した。太平洋戦争中に米軍の魚雷攻撃を受けて沈められた船である。戦争の影が消えぬ地であり、陛下もそれを忘れぬ思いが強い。そう感じられる。

 今回の沖縄訪問は、戦後七十年を迎えるに当たって訪れた一四年六月以来で、皇太子夫妻時代も含め十一回目となる。

 初日は糸満市の国立沖縄戦没者墓苑で、沖縄戦で亡くなった犠牲者を慰霊するほか、二日目は与那国島を訪ね、日本最西端の碑や日本在来馬の一種「与那国馬」などを視察する。

 これは退位の意向をにじませた一六年のビデオメッセージで島々への旅を「天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」と語ったことにも通じる。過去には伊江島や宮古島、石垣島、久米島を訪問している。

 <みそとせの歴史流れたり摩文仁の坂平らけき世に思ふ命たふとし>

 皇太子時代の七六年の歌会始で詠まれた歌である。むろん、その前年に沖縄の摩文仁を訪れたことを踏まえている。住民を巻き込んだ大激戦地である。県民の四分の一が犠牲になったという。

 来年の四月末で退位する。その陛下が大事にされる公的行為として、沖縄の地を踏む意味は一貫し、慰霊と平和を願うお気持ちに他ならないであろう。

 元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】  2018年03月27日  06:10:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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【主張】:沖縄ご訪問 鎮魂と交流をつなげたい

2018-03-29 05:03:50 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【主張】:沖縄ご訪問 鎮魂と交流をつなげたい

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【主張】:沖縄ご訪問 鎮魂と交流をつなげたい

 天皇、皇后両陛下が沖縄県を訪問された。先の大戦の戦没者を追悼し、日本最西端の与那国島に初めて足を運ばれた。

 天皇陛下は84歳、皇后陛下は83歳になられる。慰霊を重ね、遠い島々をめぐり、国民の安寧と幸せを祈られる両陛下のご意思を深く心に受けとめたい。

 両陛下の沖縄ご訪問は、皇太子同妃時代を含め11回目となる。来年4月末の譲位を控え、再訪を強く希望されたという。

 沖縄は先の大戦の激戦地だった。昭和20年4月に沖縄本島に上陸した米軍との間で地上戦は熾烈(しれつ)を極めた。戦後も苦難の道を歩み米軍施政下から本土復帰を果たしたのは47年のことである。

 陛下の沖縄への思いは、昭和天皇から引き継がれている。62年秋の国民体育大会の際、昭和天皇の初訪問が決まっていたが、体調の悪化で果たされなかった。

 陛下が挙げられる、忘れてはならない4つの日がある。8月15日の終戦の日、8月6日と9日の広島、長崎の原爆忌、そして6月23日の沖縄慰霊の日だ。

 戦後50年の節目の平成7年には、広島、長崎、沖縄、東京・下町の戦跡地をめぐる「慰霊の旅」を果たされた。

 今回は2泊3日で、27日に沖縄入りされた両陛下は、糸満市の国立沖縄戦没者墓苑で白菊を手向け、深々と頭を下げられた。

 遺族らの列に歩み寄り、「たくさんの戦没者をお守り下さり大変でしたね」「がんばってこられましたね」などと言葉をかけられたという。

 28日には与那国島で伝統芸能を鑑賞され、日本最西端の碑をご覧になった。離島訪問を重ね、交流を大切にされてきた。

 皇太子時代の昭和50年に沖縄を初めて訪問された直後のエピソードを改めて紹介したい。ご進講を受けていた沖縄学の第一人者を呼び、お歌を示された。

 沖縄伝統の琉歌を詠まれていた。《花よおしやげゆん人知らぬ魂 戦ないらぬ世よ肝に願て》(花をささげましょう 人知れず亡くなっていった多くの人々の魂に対して 戦争のない世を心から願って)。16~17世紀の琉歌集から学ばれていたという。

 両陛下の沖縄ご訪問を機会に、豊かな海に囲まれた日本の長い歴史や文化に改めて理解を深め、次代につなげていきたい。

 元稿:産経新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム  【主張】  2018年03月29日 05:03:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【皇室】:両陛下、東日本大震災の復興支援コンサート鑑賞

2018-03-10 20:05:30 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【皇室】:両陛下、東日本大震災の復興支援コンサート鑑賞

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【皇室】:両陛下、東日本大震災の復興支援コンサート鑑賞

 ■特集皇室

 天皇、皇后両陛下は10日、東京都新宿区の東京オペラシティで、東日本大震災の復興支援チャリティーコンサートを鑑賞された。

東日本大震災復興支援のチャリティコンサートを鑑賞に訪れ、会場の拍手に手を振ってこたえられる天皇、皇后両陛下(10日、東京都新宿区の東京オペラシティで)=代表撮影

 東日本大震災復興支援のチャリティコンサートを鑑賞に訪れ、会場の拍手に手を振ってこたえられる天皇、皇后両陛下(10日、東京都新宿区の東京オペラシティで)=代表撮影

 コンサートでは声楽家の独唱のほか、福島県立磐城高の生徒らが復興支援ソング「花は咲く」を合唱。最後に出演者全員が唱歌「故郷(ふるさと)」を合唱すると、両陛下も客席で一緒に歌われていた。終了後、両陛下は磐城高の生徒らと懇談し、「おうちは大丈夫でしたか」「復興はどうですか」と声をかけられたという。

 元稿:讀賣新聞社 主要ニュース 社会【話題・皇室・東日本大震災】  2018年03月10日  20:05:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【政府】:「退位の礼」を閣議決定 来年4月30日 上皇の規定も

2018-03-06 15:15:50 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【政府】:「退位の礼」を閣議決定 来年4月30日 上皇の規定も

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【政府】:「退位の礼」を閣議決定 来年4月30日 上皇の規定も

 政府は六日、二〇一九年四月三十日の天皇陛下の退位の儀式に法的な根拠を持たせる皇室典範特例法施行令を閣議決定した。政府はこれを踏まえ、退位と新天皇の即位に伴う一連の儀式の基本方針を今月中旬に決定する。

 現行憲法下で初めて行われる陛下の退位に向け、政府の式典準備委員会は二月、退位の式典を憲法で定める国事行為として行い、法令上の名称は「退位の礼」とすることを決めた。

 「即位の礼」や「大喪の礼」は皇室典範に規定があるが、退位の礼には法的な根拠がないため、新たな政令で法的に位置付けた。

 政令は、天皇、皇后両陛下が退位して上皇、上皇后となられた後の対応に関する規定も盛り込まれる。皇宮警察による警備などは新天皇らと同様にする。

 元稿:東京新聞社 夕刊 主要ニュース 政治 【政策・皇室・二〇一九年四月三十日の天皇陛下の退位の儀式に法的な根拠を持たせる皇室典範特例法施行令】  2018年03月06日  15:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【政府】:女性閣僚ら出席検討 新天皇の皇位継承儀式

2018-03-04 16:00:30 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【政府】:女性閣僚ら出席検討 新天皇の皇位継承儀式

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【政府】:女性閣僚ら出席検討 新天皇の皇位継承儀式

 政府は、2019年5月1日の新天皇即位に伴って実施される「剣璽等承継の儀」を巡り、首相や閣僚、衆参両院議長、最高裁長官ら参列者について、女性の出席を可能とする方向で検討に入った。政府筋が4日、明らかにした。

 ただ女性皇族の立ち会いについては、男性限定の前例から認められないとの意見が強く、対照的な対応となる可能性がある。

 剣璽等承継の儀は、新天皇に皇位の証しである「三種の神器」の一部である剣や璽(勾玉)などを引き継ぐ重要な儀式。昭和天皇が逝去した1989年に実施した際には、参加対象となった首相や閣僚らは全て男性だった。(共同)

 元稿:東京新聞社 主要ニュース 政治 【政策・皇室・2019年5月1日の新天皇即位に伴って実施される「剣璽等承継の儀」】 2018年03月04日  16:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【社説】:②皇太子さま58歳 即位に向けた覚悟を示された

2018-03-03 06:04:40 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【社説】:②皇太子さま58歳 即位に向けた覚悟を示された

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【社説】:②皇太子さま58歳 即位に向けた覚悟を示された

 天皇陛下の公務と思いをしっかりと受け止めつつ、新たな天皇の在り方を模索していきたい。そんな静かな覚悟が言葉の端々にうかがわれた。

 皇太子さまが58歳の誕生日を迎えられた。記者会見で、天皇陛下の退位とご自身の即位について、「改めて天皇、皇后両陛下の歩みに深い感慨と敬意の念を覚えている」と語られた。

 「自己の研鑽(けんさん)に励み、務めに取り組んでいきたい」「社会の変化に応じたかたちで、それに対応した務めを考え、行動していくことも皇室の役割だ」。ご自身の今後については、そう話された。

 多くの人々と接しながら、時代に合わせた象徴天皇像を求め続ける考えである。多くの国民は共感を覚えたのではないか。

 新皇后となる雅子さまの療養が続いていることに関しては、「焦ることなく、慎重に活動の幅を広げてほしい」と気遣われた。体調に気を配りながら、ご公務を増やされることが望まれる。

 今後は、円滑な代替わりに向けて、一連の準備を滞りなく進めていくことが肝要である。

 政府の式典準備委員会は、退位に伴う「退位礼正殿の儀」を憲法に基づく国事行為として来年4月30日に行うことを決めた。重要な儀式であり、妥当な判断だ。

 陛下が皇位を譲る旨の「宣命」は行わず、首相が国民を代表して陛下の退位を表明する。これにより、天皇自らの意思で退位するような形式は回避される。

 「天皇は国政に関する権能を有しない」とした憲法4条の規定からすれば、適切な対応である。

 秋篠宮さまが皇位継承順位1位となることを示す「立皇嗣の礼」も、国事行為として2020年に行われる。皇太子に準ずる皇嗣の立場を重視したのだろう。

 準備委員会は、3月中旬に基本方針を取りまとめる。即位を披露する「饗宴(きょうえん)の儀」の規模などについても議論を尽くし、国民が納得できる結論を出す必要がある。

 政府は、退位後の上皇の活動内容についても十分に協議し、方針を示すべきだ。

 新元号の公表時期について、政府は当初の予定より遅らせ、今年末以降とする方向で検討している。新天皇に国民の関心が急速に移るのを懸念したとみられる。

 改元は、コンピューターシステムの変更など社会全般に影響を及ぼす。国民生活の混乱を避け、改元に伴う様々な準備を支障なく進めるため、できるだけ早期に公表することが望ましい。

 元稿:讀賣新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】  2018年02月24日  06:09:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【皇室】:皇太子さま新時代要請「真摯に」 58歳に、象徴への決意

2018-02-23 05:00:30 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【皇室】:皇太子さま新時代要請「真摯に」 58歳に、象徴への決意

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【皇室】:皇太子さま新時代要請「真摯に」 58歳に、象徴への決意

 皇太子さまは23日、58歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち宮内記者会と会見し、来年5月1日の即位が決まったことを受け「自己の研さんに励む」と決意を語った。新時代の象徴天皇の在り方には「社会の変化に応じて公務に対する要請も変わってくる。新しい要請に応えていくことは大切。そうした公務に真摯に取り組んでまいりたい」と意欲を示した。

 58歳の誕生日を迎えられた皇太子さま=東京・元赤坂の東宮御所(宮内庁提供)

 58歳の誕生日を迎えられた皇太子さま=東京・元赤坂の東宮御所(宮内庁提供)

 昨年12月に2019年4月30日の天皇陛下の退位と新天皇の即位日が決まって以降、皇太子さまが公式に心境を語るのは初めて。

 皇太子さまは「憲法の規定に思いを致して、象徴とはどうあるべきか、望ましい在り方を求め続ける」と語った。(共同)

 元稿:東京新聞社 主要ニュース 社会 【皇室】  2018年02月23日  05:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。 

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【昭和天皇独白録】:高須院長、昭和天皇独白録届ける 米競売で落札、

2018-02-19 21:29:30 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【昭和天皇独白録】:高須院長、昭和天皇独白録届ける 米競売で落札、宮内庁に

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【昭和天皇独白録】:高須院長、昭和天皇独白録届ける 米競売で落札、宮内庁に

 昭和天皇が太平洋戦争前や戦中の出来事を回想した「昭和天皇独白録」を、米ニューヨークの競売で落札した美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長が19日、宮内庁に原本を届けたことを明らかにした。

 高須克弥院長

 高須克弥院長

 高須氏の秘書によると、落札後に宮内庁への寄贈を表明していた高須氏本人が同日、独白録を宮内庁の担当者に手渡した。宮内庁側は「1カ月ほど預かり、(寄贈を受けるかどうかなどの)対応を決めたい」と応じたという。

 独白録は、昭和天皇が1946年春、日本の関東軍の謀略だった張作霖爆殺事件から、太平洋戦争終戦に至るまでの経緯を側近に語った昭和史の第一級資料。(共同)

 元稿:東京新聞社 主要ニュース 社会 【話題・皇室・昭和天皇が太平洋戦争前や戦中の出来事を回想した「昭和天皇独白録」】  2018年02月19日  21:29:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【筆洗】:<アイ・ラブ・ユー。できるか青年><燃えるような恋をしろ>。

2018-02-10 06:10:15 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【筆洗】:<アイ・ラブ・ユー。できるか青年><燃えるような恋をしろ><青年!行け>。

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【筆洗】:<アイ・ラブ・ユー。できるか青年><燃えるような恋をしろ><青年!行け>。

 いずれも映画「男はつらいよ」の寅さんのせりふから集めた。恋に悩む若者に対する寅さんの指導方法は自分のことは棚に上げ「当たって砕けろ」「なんとかなる」と強気である▼いくら寅さんでもこの件では「ぐずぐずしてないで早くいっしょになっちまえばいいのよ」と無責任な助言はできないか。ことは普通の若い二人ではない。秋篠宮家の長女、眞子さま(26)と大学時代の同級生の小室圭さん(26)のお二人。十一月予定の結婚式を突然、延期した▼驚き、心配の半面、結婚の意思に変わりはないと聞く。結婚の儀式や結婚後の生活について、十分な準備を行う時間的余裕がなかったというお二人の説明通りならば、心配は無用だろう▼されど、どうも気になってしまうのは、二年というその延期期間の長さだろう。比較は無意味と承知だが、普通の若いカップルが結婚式を突然、二年も延ばしたと聞けば、あまり、めでたい予感はしない▼宮内庁は否定するが、週刊誌で報じられる小室家をめぐる金銭トラブルの影響もあるのか。事情は分からぬが、今回の延期が単なる延期であることを願う▼<重くなるとも 持つ手は二人 傘に降れ降れ 夜の雪>。古い都々逸が浮かぶ。二年の雪の重さにも焦らず、幸せへの道を歩んでいただきたい。

 元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【筆洗】  2018年02月08日  06:10:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【特集・皇室】:お二人「急ぎ過ぎた」…宮内庁「説明難しい」

2018-02-07 07:49:30 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【特集・皇室】:お二人「急ぎ過ぎた」…宮内庁「説明難しい」

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【特集・皇室】:お二人「急ぎ過ぎた」…宮内庁「説明難しい」 

 ■特集皇室

 一般の結納に当たる「納采(のうさい)の儀」を約1か月後に控えた6日、秋篠宮(あきしののみや)家の長女、眞子(まこ)さま(26)と小室圭さん(26)の結婚関連の儀式の延期が発表された。

 「諸行事や結婚後の生活について十分な準備を行う余裕がなかった」。宮内庁はお二人の気持ちを説明する文書を公表したが、正式発表した皇族の結婚の日程が大幅に変更されるという異例の決断については、同庁幹部から「説明が難しい」と苦渋の言葉も漏れた。

自宅に戻る小室圭さん(6日午後、横浜市で)

  自宅に戻る小室圭さん(6日午後、横浜市で)

 「色々なことを急ぎ過ぎていたのだと思います」。眞子さまは文書で、昨年5月に報道が先行する形で発表が前倒しになったことに触れ、「予期せぬ時期で困惑した」と心情をつづられた。物事の進む速度が自分たちに合っているか慎重に考えるべきだったが、十分に準備ができず、「私たちの未熟さゆえと反省するばかり」と胸中を明かされた。

 文書は6日午後、宮家を支えるトップの加地隆治・宮務主管が、記者会見で発表した。延期の理由として、準備の時間がないことや、来年天皇陛下の退位に伴う代替わりの儀式を控えていることを挙げた。「必要な準備とは何か」「宮内庁は助言しなかったのか」などと、経緯を確認する質問が相次いだが、「説明が難しい」「文書の通り」「具体的には控えたい」と述べるにとどめた。

 お二人の結婚を巡っては、昨年末から週刊誌で小室家を巡る金銭トラブルなどが報じられているが、加地主管は「関係ない」と繰り返し、「ご結婚の意思は変わりない」と強調した。

 元稿:讀賣新聞社 主要ニュース 社会 【話題・皇室】  2018年02月07日  07:49:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。 

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【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(下) -沖縄と今上陛下-

2018-02-02 08:59:00 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(下) -沖縄と今上陛下-

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(下) -沖縄と今上陛下-

 戦没者の慰霊に心を砕かれてきた今上陛下は、これまで硫黄島、フィリピン、サイパン パラオ・ペリリュー島などを訪れてこられた。とりわけ、国内で唯一の地上戦が行われた沖縄に対する思いは特別だったとみられ、皇室では戦後初となる皇太子時代の訪問以来、計10回沖縄の土を踏まれている。節目ごとに発せられた“お言葉”も、陛下の沖縄に対する思いが伝わってくるものばかりだ。

83歳の誕生日を迎えられた天皇陛下=皇居・東御苑(宮内庁提供)

  83歳の誕生日を迎えられた天皇陛下=皇居・東御苑(宮内庁提供)


 一方、安倍晋三首相は沖縄の民意を無視し、普天間飛行場の辺野古移設や高江のヘリパッド建設を強行。陛下のご努力や思いを踏みにじってきた。これほど分かりやすい不敬はあるまい。改めて、今上陛下の沖縄に関するご発言を振り返ってみたい。

 ■今上陛下の沖縄への思い
 陛下が初めて沖縄を訪問されたのは、皇太子時代の昭和50年(1975年)。戦後初となる皇室の沖縄訪問だった。美智子皇后(当時は妃殿下)とともに沖縄海洋博の開会式に出席された陛下は、糸満市にあるひめゆりの塔を訪れ献花されている。この時、左翼の過激派に火炎瓶を投げつけられるという事件が起きたが、陛下の沖縄訪問はその後も続いた。平成5年には、全国植樹祭式典出席のため天皇として初の訪問。直近では平成26年、10回目となる沖縄で那覇市の対馬丸記念館を訪れ、疎開する学童783人を含む1,484人の命が奪われた対馬丸事件の生存者や遺族と懇談されている。昭和天皇が慰霊を果たせなかったせいか、今上陛下の沖縄への思いは特別なのだろう。即位などの周年記念日やお誕生日といった節目ごとに、繰り返し沖縄の苦しみを代弁されている。そのいくつかを紹介してみたい。

【天皇として初の沖縄訪問を果たした平成5年 還暦を迎えたお誕生日に際し】
 沖縄の返還も印象深いものでした。返還から3年後、沖縄を訪問、海洋博覧会名誉総裁として沖縄を訪問し、多くの人命が失われた戦跡を訪れ、また、沖縄の歴史や風土に触れたことは深く心に残っています。沖縄県が多くの困難を抱えながらも、県民の努力により、状況が改善されてきていることを、今年の春の沖縄訪問で見聞し、嬉しく思っています。
【日米が米軍普天間基地の返還に合意した平成8年 お誕生日に際し】
 沖縄の問題は、日米両国政府の間で十分に話し合われ、沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております。沖縄は、先の大戦で地上戦が行われ、大きな被害を受けました。沖縄本島の島民の3分の1の人々が亡くなったと聞いています。さらに、日本と連合国との平和条約が発効し、日本の占領期間が終わった後も、20年間にわたって米国の施政権下にありました。このような沖縄の歴史を深く認識することが、復帰に努力した沖縄の人々に対する本土の人々の務めであると思っています。戦後50年を経、戦争を遠い過去のものとしてとらえている人々が多くなった今日、沖縄を訪れる少しでも多くの人々が、さんご礁に囲まれた島と美しい海で大勢の人々の血が流された沖縄の歴史に思いを致すことを願っています
【平成11年 天皇陛下ご即位十年に際し】
 私の幼い日の記憶は、3歳の時、昭和12年に始まります。この年に廬溝橋事件が起こり、戦争は昭和20年の8月まで続きました。したがって私は戦争の無い時を知らないで育ちました。この戦争により、それぞれの祖国のために戦った軍人、戦争の及んだ地域に住んでいた数知れない人々の命が失われました。哀悼の気持ち切なるものがあります。今日の日本が享受している平和と繁栄は、このような多くの犠牲の上に築かれたものであることを心しないといけないと思います。

 沖縄県では、沖縄島や伊江島で軍人以外の多数の県民を巻き込んだ誠に悲惨な戦闘が繰り広げられました。沖縄島の戦闘が厳しい状態になり、軍人と県民が共に島の南部に退き、そこで無数の命が失われました。島の南端摩文仁に建てられた平和の礎には、敵、味方、戦闘員、非戦闘員の別なく、この戦いで亡くなった人の名が記されています。そこには多くの子供を含む一家の名が書き連ねられており、痛ましい気持ちで一杯になります。さらに、沖縄はその後米国の施政下にあり、27年を経てようやく日本に返還されました。このような苦難の道を歩み、日本への復帰を願った沖縄県民の気持ちを日本人全体が決して忘れてはならないと思います。私が沖縄の歴史と文化に関心を寄せているのも、復帰に当たって沖縄の歴史と文化を理解し、県民と共有することが県民を迎える私どもの務めだと思ったからです。後に沖縄の音楽を聞くことが非常に楽しくなりました。

【沖縄本土復帰30周年の平成14年 お誕生日に際し】
 今年は、沖縄が日本に復帰して30周年に当たります。30年前の5月15日、深夜、米国旗が降ろされ、日の丸の旗が揚がっていく光景は、私の心に深く残っております。先の大戦で大きな犠牲を払い、長い時を経て、念願してきた復帰を実現した沖縄の歴史を、人々に記憶され続けていくことを願っています。そして沖縄の人々が幸せになっていくことを念じています
【8回目の沖縄訪問を1か月後に控えた平成15年12月 お誕生日に際し】
 今度の沖縄県の訪問は、国立劇場おきなわの開場記念公演を観ることと、それからまだ行ったことのない宮古島と石垣島を訪問するということが目的です。しかし、沖縄県と言いますと、私どものまず念頭にあるのは沖縄島そして伊江島で地上戦が行われ非常に多くの、特に県民が、犠牲になったということです。この度もそういうことでまず国立沖縄戦没者墓苑に参拝することにしています。この沖縄は、本当に飛行機で島に向かっていくと美しい珊瑚礁に巡らされ、いろいろな緑の美しい海がそれを囲んでいます。しかし、ここで58年前に非常に多くの血が流されたということを常に考えずにはいられません。沖縄が復帰したのは31年前になりますが、これも日本との平和条約が発効してから20年後のことです。その間、沖縄の人々は日本復帰ということを非常に願って様々な運動をしてきました。このような沖縄の人々を迎えるに当たって日本人全体で沖縄の歴史や文化を学び、沖縄の人々への理解を深めていかなければならないと思っていたわけです。私自身もそのような気持ちで沖縄への理解を深めようと努めてきました。私にとっては沖縄の歴史をひもとくということは島津氏の血を受けている者として心の痛むことでした。しかし、それであればこそ沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならないと努めてきたつもりです。沖縄県の人々にそのような気持ちから少しでも力になればという思いを抱いてきました。そのような気持ちから沖縄国際海洋博覧会の名誉総裁を務めていた機会に、その跡地に「おもろそうし」という沖縄の16世紀から17世紀にかけて編集された歌謡集がありますが、そこに表れる植物を万葉植物園のように見せる植物園ができればというつもりで提案したことがあります。海洋博の跡地は潮風も強く、植物の栽培が非常に難しいと言っていましたが、おもろ植物園ができ、一昨年には秋篠宮妃が子供たちと訪れています。また、同様の気持ちから文化財が戦争でほとんど無くなった沖縄県に組踊ができるような劇場ができればと思って、そのようなことを何人かの人に話したことがあります。この劇場が、この度開場記念公演を迎えるということで本当に感慨深いものを感じています。沖縄は離島であり、島民の生活にも、殊に現在の経済状況は厳しいものがあると聞いていますが、これから先、復帰を願ったことが、沖縄の人々にとって良かったと思えるような県になっていくよう、日本人全体が心を尽くすことを、切に願っています
【11月に沖縄を訪問した平成24年 お誕生日に際し】
 8年ぶりに沖縄県を訪問したわけですけれども、今度行きました所は、今までに行ったことのない所が含まれています。沖縄科学技術大学院大学ですね、恩納村には行きましたけれどもそこは行きませんでしたし、万座毛も初めてでした。それから久米島がやはり初めての所です。戦没者墓苑は、これは毎回お参りすることにしています。そのようなわけで、毎回お参りしている所と新しい所があって、沖縄に対する理解が更に深まったように思っています。万座毛という所は、歴史的にも琉歌で歌われたりしていまして、そこを訪問できたことは印象に残ることでした。殊に恩納岳もよく見えましたね。久米島の深層水研究所も久米島としては水産上、重要な所ではないかと思っています。多くの沖縄の人々に迎えられたことも心に残ることでした。沖縄は、いろいろな問題で苦労が多いことと察しています。その苦労があるだけに日本全体の人が、皆で沖縄の人々の苦労をしている面を考えていくということが大事ではないかと思っています。地上戦であれだけ大勢の人々が亡くなったことはほかの地域ではないわけです。そのことなども、段々時がたつと忘れられていくということが心配されます。やはり、これまでの戦争で沖縄の人々の被った災難というものは、日本人全体で分かち合うということが大切ではないかと思っています

 陛下のお言葉を、解説する必要はないだろう。戦中における沖縄での惨劇、その後の苦しみを一人でも多くの国民に伝えようとされる陛下の思いが、ひしひしと伝わってくる発言ばかりだ。いずれも、本土と沖縄の“温度差”を理解されたうえでのご発言でもある。

 ・「沖縄を訪れる少しでも多くの人々が、さんご礁に囲まれた島と美しい海で大勢の人々の血が流された沖縄の歴史に思いを致すことを願っています」(平成8年)
 ・「沖縄県民の気持ちを日本人全体が決して忘れてはならない」(平成11年)
 ・「先の大戦で大きな犠牲を払い、長い時を経て、念願してきた復帰を実現した沖縄の歴史を、人々に記憶され続けていくことを願っています」(平成14年)
 ・「復帰を願ったことが、沖縄の人々にとって良かったと思えるような県になっていくよう、日本人全体が心を尽くすことを、切に願っています」(平成15年)
 ・「日本全体の人が、皆で沖縄の人々の苦労をしている面を考えていくということが大事」「戦争で沖縄の人々の被った災難というものは、日本人全体で分かち合うということが大切」(平成24年)
 
 度々の沖縄訪問と節目ごとの“お言葉は”、国を代表した沖縄への贖罪であると同時に、陛下の国民に対する呼びかけだ。だが、こうした陛下のお気持ちを、安倍首相は一顧だにしない。県知事選をはじめ幾度もの選挙結果で示された沖縄県民の民意を無視し、辺野古移設や高江のヘリパッド建設を強行する政権の姿勢は、陛下の思いとは全く逆。ご努力を無に帰する行為と言っても過言ではあるまい。安倍の「不敬」は、歴然である。

 元稿:HUNTER 主要ニュース 政治・社会 【社会ニュース】  2017年01月17日  09:20:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

 

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【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(上) -憲法と今上陛下-

2018-02-02 08:58:50 | 【天皇家・皇室・女性宮家問題】

【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(上) -憲法と今上陛下-

 乾龍の『漂流日本の羅針盤』・【最新ニュースから見え隠れする闇】:【HUNTER】:安倍晋三 “不敬”の証明(上) -憲法と今上陛下-

20150623_h01-01t--2.jpg 右寄りと思われてきた安倍晋三だが、後にも先にも、この人ほど天皇陛下を軽んじる保守政治家はいない。
 皇室に対して敬意を欠いた言動をとることを「不敬」というが、歴代の中で、安倍は唯一「不敬」を体現している首相と言えるだろう。
 今上天皇が節目ごとに発せられたお言葉を振り返ってみると、陛下のご真意とは全く逆の方向に走る、安倍政権の実相が浮き彫りとなる。

 ■天皇陛下の憲法への思い
 陛下は、即位やご結婚などの周年記念日、お誕生日といった節目となる日に、談話や会見などの形でお気持ちを示さるのが通例だ。平成元年の即位から昨年のお誕生日までに発せられたお言葉からは、憲法と沖縄に対する陛下の“特別な思い”が伝わってくる。まず、憲法について、陛下のお言葉を確認してみたい。

 平成元年1月9日、陛下は即位後に行われた朝見の儀で、「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」と述べられ、憲法遵守の意思をお示しになられた。同年8月の記者会見で、改めて憲法への思いについて聞かれた陛下は、次のように答えられている。

 憲法は、国の最高法規ですので、国民と共に憲法を守ることに努めていきたいと思っています。終戦の翌年に、学習院初等科を卒業した私にとって、その年に憲法が公布されましたことから、私にとって憲法として意識されているものは日本国憲法ということになります。しかし、天皇は憲法に従って務めを果たすという立場にあるので、憲法に関する論議については言を謹みたいと思っております。

 “憲法遵守”を繰り返される陛下が、それ以上に踏み込んだ発言をされることはなかった。憲法公布から50年目にあたった平成8年のお誕生日でのご発言でも、その姿勢に変わりはなかったことが分かる。

 日本国憲法が公布された時は、私が学習院の中等科1年の時でした。その当時のことで新聞や人の話として記憶していることは、後に日本国憲法を審議することになった大日本帝国憲法下最後の衆議院の総選挙が行われ、初めて婦人代議士が選ばれたこと、選挙後、自由党の吉田内閣が成立したこと、11月3日,公布の日に昭和天皇、皇后を迎えて皇居前広場で式典が行われたことなどが挙げられます。新憲法が口語文で書かれたことが印象に残っていますが、憲法の内容については、その後に折々理解を深めてきましたので、当時、どの程度憲法を理解していたかは記憶に定かでありません。
 天皇は日本国憲法によって、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴と規定されています。この憲法に定められた天皇の在り方を念頭に置きながら、私は務めを果たしていきたいと思っております

 ■大日本帝国憲法を否定された今上陛下
 「象徴天皇」であることに徹し、頑なに憲法に関する発言を控えられていた陛下が、踏み込んだご発言をされたのが平成21年。天皇皇后両陛下御結婚満50年に際しての会見でのご発言だ。50年を振り返って、皇室の在りようや伝統を次代にどう引き継ぐか聞かれ、こう語られていた。

 時代にふさわしい新たな皇室のありようについての質問ですが、私は即位以来、昭和天皇を始め、過去の天皇の歩んできた道に度々に思いを致し、また、日本国憲法にある「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるという規定に心を致しつつ、国民の期待にこたえられるよう願ってきました。象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず、その望ましい在り方を求めて今日に至っています。なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います

 守ってきた皇室の伝統についての質問ですが、私は昭和天皇から伝わってきたものはほとんど受け継ぎ、これを守ってきました。この中には新嘗祭のように古くから伝えられてきた伝統的祭祀もありますが、田植えのように昭和天皇から始められた行事もあります。新嘗祭のように古い伝統のあるものはそのままの形を残していくことが大切と考えますが、田植えのように新しく始められた行事は、形よりはそれを行う意義を重視していくことが望ましいと考えます。したがって現在私は田植え、稲刈りに加え、前年に収穫した種籾を播くことから始めています。学士院賞や芸術院賞受賞者などを招いての茶会なども皇后と共に関係者と話し合い、招かれた全員と話ができるように形式を変えました。短時間ではありますが、受賞者、新会員皆と話をする機会が持て、私どもにとっても楽しいものになりました。

 皇室の伝統をどう引き継いでいくかという質問ですが、先ほど天皇の在り方としてその望ましい在り方を常に求めていくという話をしましたが、次世代にとってもその心持ちを持つことが大切であり、個々の行事をどうするかということは次世代の考えに譲りたいと考えます。

 注目すべきは、この時陛下が述べられた「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」のくだり。陛下は、「天皇制=日本の歴史」に沿うのは現行憲法だと明言されていたのである。大日本帝国憲法の否定であり、戦前回帰へとひた走る安倍政権とは、まったく逆の考え方を示されていたことになる。

 大日本帝国憲法と現行憲法を比較してみる。大日本帝国憲法の第1章は第1条から第17条まで。要約すれば、神聖にして侵すことのできない万世一系の天皇が国を統治し、軍の統帥を含むすべての権限を集中させるというものだ。統治権=主権と考えるなら、明らかに天皇主権。第2章以降の条文によって、国民は「臣下」と定められる。

 一方、現行憲法で天皇について規定した第1章は、第1条から第8条まで。天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であり、「内閣の助言と承認」により、国民のために、一部の国事に関する行為など限られた役割しかない。もちろん、主権は国民にある。今上陛下は、大権を有する大日本帝国憲法下の天皇ではなく、現行憲法下の天皇こそ、本来の天皇の姿だと考えておられるのだ。

 天皇陛下に大日本帝国憲法を否定されて困るのは、安倍首相と自民党だ。陛下のお考えを尊重するなら、必然的に、自民党の憲法改正草案に規定する天皇像が否定されることになるからだ。大日本帝国憲法、日本国憲法、自民党憲法改正草案の、それぞれの条文を並べてみれば分かる。

20170116_h01-01.jpg 自民党の改憲案では、第1条に大日本帝国憲法第4条にあった「元首」の二文字が復活。これだけで、うさん臭さが漂う状況だ。安倍政権が目指す自民党の改憲草案が、陛下にとっては受け入れがたいものであることが分かる。

 自民党の改正案は、「個人」より「国家」を優先する考え方に基づくもの。そのため、「緊急事態条項」などという戦前の国家総動員法をなぞった極めて危ない仕掛けも含まれている。しかも、権限の多くを握るのは天皇に代わって内閣総理大臣。自民党が示す国家像は、平和の希求という崇高な理念を破棄した「戦争ができる国」で、大日本帝国憲法下の日本と極めて似た国家と言わざるを得ない。陛下が大日本帝国憲法を事実上否定していたことを、安倍首相が知らないはずがない。安倍はつまり、現行憲法擁護という陛下の思いを、無視して事を進めているのである。

 ■両陛下の警句を無視した安倍
 現行憲法擁護の姿勢を鮮明にされた陛下は平成25年12月、集団的自衛権の行使容認や改憲に前のめりとなる安倍政権の動きを受けた形で、天皇誕生日に際する記者会見において次のように述べられている。

 80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。

 戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。

 陛下にとっての憲法とは、「平和と民主主義を、守るべき大切なものとしての日本国憲法」。これほど端的な憲法擁護の言葉はあるまい。この年には、お誕生日に際しての文書のなかで皇后陛下も憲法について言及。翌年2月には皇太子殿下が「今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも、憲法を遵守する立場に立って、必要な助言を得ながら、事に当たっていくことが大切だと考えております」と現行憲法遵守を明言されていた。両陛下、さらには皇太子殿下までが、そろって憲法に言及されるというのは極めて異例。憲法改正への動きを加速させる安倍政権への警句であったとも言えよう。しかし安倍は翌27年、皇室の御心痛をよそに、安保法を強行採決。日本が戦後70年かけて築いた「平和国家」の根幹を、あっさり崩している。安倍政権は、天皇や国民を欺き続けた戦前の軍部と同じなのだ。

 現行憲法が第99条に定めた「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という規定を遵守されてきた天皇皇后両陛下――。天皇陛下の思いを無視し、99条はもちろん、現行憲法をGHQの押し付け憲法だとして真っ向から否定する安倍晋三――。これほどの不敬を犯す政治家が、保守政治家であるはずがない。 

 元稿:HUNTER 主要ニュース 政治・社会 【政治・社会ニュース】  2017年01月16日  09:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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