粗忽な夕べの想い

落語の演目(粗忽長屋)とモーツアルトの歌曲(夕べの想い)を合成しただけで深い意味はありません

橋下市長の本音と建前

2012-06-03 12:03:05 | 国内政治

民主党政調会長代理の仙谷由人さんはさすが、橋下徹大阪市長の一連の行動心理の分析が鋭い。

国民にアピールする建前論と自身の本音は違うことを吐露した」

「法律の枠がこうとわかったうえで、たえずテレビ的なものをよく把握してから物事を言おうとする」

同じ弁護し出身として橋下市長の「(関電大飯原発再稼働について)もううわべばかり言っても建前論では仕方ない。事実上、容認です」と述べたことを皮肉っている。

「なんだ。橋下さんも始めは威勢が良かったのに、結局はただの政治家なのか」と彼の行動力に期待した人はがっかりしたことだろう。まあ無様といえば無様である。限定的な再稼働で、秋以降政府が安全対策を怠れば再度行動することとしているが、言い訳に過ぎない。秋になって、電力需給が下がってもおそらく稼働中止の声など、既成事実化したなかでは世論が沸き上がることはないだろう。

おそらく橋下市長もそれを承知で負け惜しみを言ったに過ぎない。また本音は再稼働を望んでいたのだろうと思う。夏の節電努力の厳しさを橋下市長は実際の政権を預かる身で実感していたはずだ。大阪に活気を取り戻すために登場した自分が、節電を企業や市民に強いのではそれに逆行することにもなる。

しかし建前で脱原発を強弁していてそう易々と看板を下ろせない。これに対し政府の方に、橋下市長ら関西地域連合の説得に見切りをつけようとする動きがああり、逆にこれを「助け船」と歓迎したに相違ない。

まあ明快な言葉で敗北を認めるのは、理由がどうであれ、その潔さでは橋下市長には好感がもてる。実際の政治は、当初の主義主張だけでは、実行できない。民主党政権のなかでいまだにマニフェスト云々をいう人がいるが、国民の多くはそんなこだわりをもっている人はほとんどいないのではないだろうか。

橋下市長の傷はさほど大きくならないうちに塞いだといえるだろう。市長はもっと府市統合といって地域の実務に専念して実績を挙げて欲しい。ただあまりにも特定の現実離れした思考の人を重宝しないで、本当に関西の復活ひいては日本の復興を考えているブレーンをもっと登用すべきだろう。