弁当日記

ADACHIの行動記録です。 
青年海外協力隊で2006年4月からバングラデシュに2年間住んでました。

絶対と相対(もしくはベンガル人の決まり・法律に対する感覚)

2007年12月12日 | バングラデシュで(JOCV)
12月12日

※毒を吐きます。

日本人が全員が全員というわけではないかもしれないけれど、法律は守らなければ
いけない決まりと思う人は多いはず。
守らなければ罰もあるし、人に迷惑がかかることもあるために、決まりとして存在する。

先日ダッカに行ったときにバングラデシュ在住の日本人の方と話していて、

「ベンガル人は法律は絶対的ではなく相対的なものと捕らえているのではないか。」

という話になった。


バングラデシュに法律はもちろんあるし、罰則もある。
しかし守らない人も結構居る。それどころか、取り締まる側も、迷惑をこうむった側も
相手が偉い人(人としてではなく、役職とかの社会的地位が上の人)であれば、
取り締まれなかったり、悪いことをしても罰せられない、ということになることもある。



私の職場でも、コンピュータにやってはいけないことを教えていて、それをした場合
には、罰というか、脅しというかきつい話をしている。
※禁止されているコンピュータが壊れる操作をした場合に、修了証を出さないと脅
  している。

禁止されたことをしたので、咎めても、なにかしら訳の判らない理由を話してくる。
その場合まず謝らない。
禁止されたことは、あくまでも禁止であって、自分がやっても良いと判断すれば
禁止ではないことになるようだ(書いていて訳がわからない)

謝るのは、そんな操作をする人にコンピュータの修了証は出せない、と話をしてからだ。

 ちなみにどんな言い訳を言っていたかというと、
 ・禁止ということは知っていたが、電源を切るのには電源ボタン押して強制終了
  しても電源は切れるので、やってもかまわない。
 ・壊れるコンピュータが悪い。
 ・自分が操作した、終了の手順は正しくて、電源を切れないのがおかしい。
 ・壊れたら自分は他のコンピュータを使う。他の人が使えなくても知らない。
 ・壊したコンピュータの修理費は払わない。学校が直す。
 
 みんなで使うとか、公共性って考えはまったく無いようでした。
 この生徒、授業は出席させるけど、修了証を出すかどうかは考えることになりました。
 こんな生徒が今期のコース80人中、3,4人も居る。今までで一番多いです。



車の運転など見ていても、信号無視、車線無視、無理な右折・左折、割り込み、
なんでもある。
人が横断している信号にさえ突っ込んでくる。

 大概の理由は「自分が走っているときに前に居るのが悪い」という理由。

交差点には最近警察官がいて、信号機のほか手やホイッスル、警棒(サトウキビを
干した硬い棒)を使って、取り締まっているが警官が見えない場所や警察官から見
えない場所では違反しまくる。

 ぶつかったり、ぶつけそうになったりしても警官に謝れば許されると思っているらしい。



今日見たリキシャは対向車線の中を走っていて、警官が近寄ると謝るのに、
離れたとたん近くの人に警官の悪態をついていた。
自分に非はないと思っているらしい。
そのリキシャのおかげで繁華街の交差点では車が急ブレーキを掛けて大変だったわけだが。

警察官から離れているので、信号無視して走り出すCNG。




ベンガル人にとって、自分が守らなくても良いと思った、法律、ルール、マナーは、
周りの状況がどうなろうと「守らなくても良い」ものらしい。
町の美化にはごみのポイ捨てをやめましょう、とか、順番を守りましょう、といったものは、
自分の都合が悪ければ守らなくても問題ないらしい。
他人には問題でも。

サイクロン被災地で、ある地域で順番に配給を待ったと聞いたとき、
被災者もよくルールを守ったなと感心するより先に、
配給を担当した団体はずいぶん腕のいい人が居るんだな、と思った。
僕は毒されているのでしょうか?

そして、順番どおり(1,2,3,4、、、、a,b,c,d,e,f)はある程度わかると思うのだけど、
授業では教えるのが必要な項目になっている。

 1の次に、2をします、2の次は3です。

順番に操作することが実際出来ない人は多くて、読み飛ばしたら動かないのに、
動かないのはコンピュータが壊れているとか、操作がおかしいと主張します。
自分が判らないこと、忘れてしまったことは飛ばしても問題ないと思っているらしい。
それでも大学生(20歳から24歳前後)なんだけどね。



あるイスラム圏の旅行記にあったのだが、出来ないことをはっきりいわないことも
マナーのひとつであったという。
無下に断るよりは時間が解決してくれるかも知れない場合
(自分の仕事であってもいつか何とかなるかも、いつか仕事するかもしれない場合)は
無下に断らず、明日また来てくださいと返事をすることがあるそうだ。
別段明日までに解決する見込みも、仕事をしなくても。



よくある話で、明日電話するとか、明日までに揃えるとか、あとで連絡するといった言葉は
あんまり信用できない。
電話を待っていてもこないし、電話を掛けても出ない(実際無視されたこと多数)、
買い物に行っても物を仕入れた様子もない(そのくせ別の店で買うと文句をダラダラ述べる)



約束とか決まりとか、守らなくても何とかなると思っている人たちらしい。
協力隊の隊員として1年半以上住んでいるわけだけれど、ベンガル人と一緒に行動
するのにはストレスを感じることがある。自分でやったほうが確実だし早いし、
約束を守らないことに文句を言っても、次の日には問題なんてなかったような風に
対応してくるから。


僕個人との間だけなら、僕の一存でなんとでもなるけど、
これが会社とか国の単位で間での出来事なら問題になるだろう。

もちろん自分が働く会社に影響があって、自分の収入が脅かされるような状況なら
解決に向けて動くのだろうけれど、自分と影響がないと思ったならたぶん放置するか、
一緒に悪さをするかもしれない。

ベンガル語で 禁止とか、してはいけないことを ニシェッド という。
コタボラ ニシェッドといえば、会話禁止となる。
禁止を破ったら、罰があっても仕方ないと僕は思うけど、こっちの人は罰を与えられ
ることは不満らしい。自分が破ることはOKのはずと主張する。



そして、謝る言葉は、「英語のSorry」が多い。
ぶつけたとか、落としたとか軽い謝りの表現がソーリー。
大概はソーリーといえば済むと思っているようだ。
しかも、にこやかに笑いながらソーリーと言われても、謝っているようには見えないし、
ソーリーといったのだから許されると考えているようだ。
(謝っていないように見えたので許さないと言ったら、逆切れされたこともある)


「マフ コルベン」というベンガル語は(罪を)許してくださいといった、すこし重い表現になる。
まず聞かない。
宗教上の贖罪なんかに使われる言葉でもあり、よっぽど非を認めない限りつかわれない。
いままで何度聞いたことあるかな。
家で使っていたカジェールの子がお金を盗んだのを咎めたとき聞いたとき、と
学校であまりにも成績が悪く修了証を出せないと言ったときくらいか?
(面接しながらの試験で、成績が悪いのは本人もわかるはずなのに、修了証は欲しいと
いわれてもね。)



ちなみに許さないというのは、「マフ コルボナ」といいます。
僕は人より使うかも。(簡単に使いすぎるかもしれない)
試験で出来なかったものは出来なかったでカウントしなきゃ。
試験のミスが謝ればパス出来たのでは、試験の意味がない。



路上でお金を求められて(喜捨:ボクシーシ)と言われたさいに、渡せないときには
「マフコレン」と言います。(何も言わず無視する人も多いけどね)



約束を守るという単語は、
 「マナ コレン(相手が対等か上の人に言う場合)」
 「マナ コロ(相手が目下に言う場合)」
役に立ったことはあんまりないですが。




今日の昼ごはん。

シャダバット(白ご飯)、ルイマーツのトルカリ、間違えて持ってきた野菜のバジ(炒め物)
ダールスープ、きゅうりの刻んだもの(サラダ)、奥のほうに青唐辛子とシャークバジ。
お茶も飲んで45タカ(約80円)でした。
ダールスープは塩水のような、ちょっと酷いのでした。

器はメラミン樹脂で出来た皿出てくることが多いです。
高級店だと焼き物のお皿です。
ほんとに安い店はアルミとかの壊れないお皿になります。


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4 コメント

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毒を吐く (濱のマダム)
2007-12-14 12:01:19
お気持ちお察ししますよ。
ベンガル人を理解させようと話をしていると、だんだん怒りが
日本人の尺度が正しいとも思いませんが、まじめにやればやるほど頭にくることも多いですね。
そして悔しいことに、相手はなぜ自分がこんなに怒っているかまったく理解していない。

私自身、バングラに行って初めて自分がこんなに感情豊かだったんだって知りました。

ルールが守れないとなると (あだち)
2007-12-14 13:11:03
濱のマダムさま>
最低限のルールが守れないとなると、やっぱり付き合うのは難しいですよね。
日本に行きたいとか、日本人を呼びたいとかいろいろ言われるけど、
話半分で聞かないといけないのは、結構疲れます。
本気でがんばっている人にかけてあげる気持ちも薄らいで・・・。

でも、怒るのをやめてあきらめたらベンガル人と一緒になってしまうので、
怒ること、守ること(守らせること)をやめないようにしなくては!
Unknown (liyehuku)
2007-12-15 01:08:32
>よくある話で、明日電話するとか、明日までに揃えるとか、あとで連絡するといった言葉は
あんまり信用できない。

アメリカ人にもわりとそういう人が多いですね。
メキシコ側で働いている主人の話から推測するにメキシコ人もそのようで、日本人の感覚のほうがわりと特殊なのかもしれない、と思うことがよくあります。
人間は不完全なんだから当てにならなくて当たり前、あんまり人間の能力を過信するのも(神に対する)不遜だよ、という考え方がまずあるのでしょうか。(もちろん、約束が守られなかったことで迷惑を被った側は文句は言うわけですが。)
その上で、「無下に断る」(=「できないことはできない」とはっきり言う)文化もあるわけで、ドイツなんかはそうみたいです。
分かります… (Mari)
2007-12-17 15:37:10
確かに、バングラの人(女性はどうなんでしょう?)からは、最終的にその人の過失であっても、「自分も悪かった。でもあなたが○○○だから自分はこうしたんだ」という言葉をよく聞く気がします。

そして、何かについて話あっていても、どこまでもどこまでも平行線を全速力で走り続けなければいけないことが多々ありますよね。

でも…それでも私はバングラに興味があるのも確かなんです。実際に住んだことはないので、住んでみたら自分が想像している以上に大変なんだろうとは思うけど…じゃあ、それを確かめるためにも(?)一度長期間滞在してみたいなぁと思っているんです。

ちなみに、日本在住の私が知っているバングラ人たちは、まさに彼らのカルチャーにはない(欠けている)部分、時間に敏感、親切、約束を守る…といったことをすごく好きだと言っています。そして自国にはそれが欠けているところが嫌いな点だといいます。

誰だって、相手のことを考えて行動することを嫌がる人はいないわけだから、バングラだって教育次第では変わる可能性は秘めているわけですよねぇ。
でも、それを実行していくことがとてつもなく大変な作業になるのでしょうけど…。








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