時々新聞社

慌ただしい日々の合い間を縫って、感じたことを時々報告したいと思います

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資産形成というけれど・・・

2006年08月16日 | 経済問題
規制緩和の影響で、銀行や郵便局でも元本保証のない投資信託などへの投資が気軽にできるようになり、一般庶民にとっても、資産形成、投資という言葉が身近なものとなってきた。編集長は、経済についてはズブの素人だが、今回は、このことについて考えてみた。
さて資産形成というが、資産とはそもそも何であろう。
一般には、現金や不動産や貴金属、宝石、・・・等々を思い浮かべるが、単純に言えば換金できるありとあらゆるもの(商品)を指す言葉であろう。
アダム・スミスが言ったように「富の源泉は労働」である。人間労働によって、自然界の様々なものに新たな価値が付け加えられ、商品として生まれ変わり、これが社会に流通し、そこで得られた収益が様々な人たちに分配されるのである。
人々は、分配された収益の一部あるいは全部を自らの労働力の維持や家族の生活のために消費し、残った部分は蓄えられる。しかし、一方で、自らの労働力を維持することさえできないような低収入で暮らしている人たちも世界には多い。
そして最終的には、その分配の帳尻は、経済が成長している時には全体としてはプラスになり、成長が止まるとゼロあるいはマイナスになるであろう。
現金を山のように積み上げておいても、そこに人間の労働が加わらなければ、何も生み出されない。全人類が丸1年間(1ヶ月でも十分だが。)パソコンの前に座って投資にのみ没頭すればどうなるかを考えてみれば良い。衣食住さえままならない暮らしになることだろう。富、資産は、労働によってのみ生み出されるため、投資による収益というのは、所詮は労働によって生み出される収益の上前をはねる行為であり、不労所得である。投資そのものは実際には何も生み出さない。
すなわち、株、貴金属、資源、農作物等々の現物あるいは先物取引といったあらゆる投資は、競馬、競輪、パチンコなどのギャンブルあるいは宝くじと基本的にはまったく同じである。社会全体として、得をする人がいれば、必ず同じ位の損失を抱える人が生まれるのである。
投資の際には、成長が期待できそうな企業を選択し、逆に危ない会社は投資対象から除いて、リスクを最小限に設定するため、なんとなく必ず儲かる、自分だけは儲かるような感じがするだけである。
ライブドアの株価がどんどん上がっている時に、誰が損をすることを考えただろうか?多くの人たちが、将来有望な企業と判断し、株を買い上げて行ったのである。さっさと売り逃げて儲けた人もいるだろうが、一方で損をした人もいる。きちんと帳尻は合っているのである。
結論を言おう。
資産形成の基本は生産労働であり、そこで生み出された商品を流通、販売することによってのみ生み出すことができる。投資というのは、所詮は、労働によって得られた収益の上前を他の投資家たちと「奪い合う」ことである。そして、この「奪い合い」に勝ち残った者が「勝ち組」と呼ばれるのである。もちろん、「勝ち組」の陰には、必ずそれに相当する多くの「負け組」が新たに生まれ、資産の格差が広がっていくことを正しく認識して、あくまでも投資は自己責任で取り組まねばならない。
同時に、ライブドア事件のように、歪められた情報により庶民が多大な被害を受けることは避けなければならない。まもなく団塊の世代の退職金が投資市場に流れ込むと言われているが、法律の整備や証券業界などの投資会社によるルール作りが急務であることは言うまでもない。
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