あるサラリーマンの徒然日記

元々は、釣りブログでしたが、最近はスマホゲームのデリバリープラネットの記事ばかりで恐縮です。

樋口一葉「大つごもり」

2017-08-13 23:19:58 | 読書

一葉女史の「大つごもり」を読んだ。大つごもりとは、大晦日を意味するらしい。召使のお峯が、奉公している評判の悪い富豪山村家から、大晦日の借金返済のために、当初は、山村家から前借しようとしたが、断られ、止む無く盗むことにした話であるが、結末が、何ともという感じであった。

お峯の家は貧しく、父母は他界し、親戚の八百屋の伯父の家に預けられたが、伯父も病気で働けなくなり、8歳の息子が、シジミ売りの天秤を担いで、商売している始末である。それにしても、今では、8歳の小学生が、シジミ売りの天秤を担いで働くと言われても、ピーンと来ないが、一葉女史が小説に書いてあるということは、一葉女史の時代は普通にあったのかと思うと、非常に暗い時代だったと思う。お正月の3ヶ日には、息子に餅を食べさてやりたいと、父親の願いとか聞くと、今では考えられない感じがする。経済的な理由で、雑煮とかも食べれないというのは、あまり聞いたことがない。自分を育ててくれた叔父親子のために、借金を山村家の御新造さんに相談すべくお峯は奔走するのである。

山村家も富豪は富豪であるが、継母であったり、放蕩息子がいたりで内部事情は荒れているのである。今はあまり継母という言葉は聞かないが、その昔、医学が発達していないせいか、子供を産むと、余程丈夫な体でないと、母親は死んでしまったそうなので、再婚が多かったせいで、腹違いの子供が居るは普通だったのかもしれない。一葉女史は継母は持つべきものでないと言っているが、漱石の虞美人草にも、継母が出てくるが、常に腹の中では、逆のことを考えている謎の女として描かれており、たしかに、あまりよい印象はしない。しかし、継母がすべてこんなかと言えば、そうでもない。鴎外の小説だったと思うが、渋江抽斎の最後の奥さん(名前を忘れた)は、一人、腹違いの抽斎の息子を抱えていたが、抽斎のことがかなり好きだったらしく、抽斎の息子だということで、わが子のように、何か問題起こせば助けた。明治に入り、士族が凋落すると、抽斎の奥さんも、もろに影響を被り、どん底に落ちるが、その腹違いの息子が、小さい時の恩を忘れないでいて、今度は息子が奥さんを助けるという感動的なエピソードがあった記憶がある。要は、継母とその子次第ということになろうが、当時、一葉女史が描いているように、あまりいい感じはしないのが一般的であったのであろう。

そんな継母に、お峯の困窮ぶりを言ったところでかまってくれるはずはなく、突っぱねられるが、お峯としては、どうしても、借金を返さないと、伯父が大変なことになるので、止む得ず、必要な金だけ盗むのである。ところが、放蕩息子が、書置きを残して、残りの金を盗んでしまったので、結局、放蕩息子が、金を盗んだことになってしまい、お峯の盗みはうやむやになって終わるのである。お峯が黙っていれば、そのままってわけである。ここで、放蕩息子が、お峯を窮状を理解して、金を盗んだところを目撃し、お峯に同情して、自分が金を盗んだのかははっきりとは書かれていない。単に、自分の金欲しさに家の金を盗んだだけかもしれないのが、たまたま、お峯にとっては、幸いしたとも取れるようにもなっている。このあたりがあいまいなまま、物語は閉じるのである。

5千円札が、たまたまあったので、貼っておきました。一葉女史は、今や、日本のお札の顔なのです。

 

 

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