Hippo日記

オーディオの事や感動した音楽の話し、お勧めの癒しの音楽など、徒然なるままに書いてみたいと思います。

スピーカー考 1/4 現代のスピーカーが失ったもの

2019年06月23日 | オーディオいろいろ

 

最近、栗山氏(国分寺オーディオ協会会長、前メグ・オーディオの会会長)のご厚意で色々なヴィンテージスピーカーを聴かせていただきました。

私自身、温故知新などと言いながら本格のヴィンテージは久しぶりだったのですが、現代のスピーカー、そして自分のやっているオリジナルスピーカーの夫々の位置づけについて、大分考えに整理がついた気がします。

そこで、何回かに分けて、この話題をしてみたいと思います。

ヴィンテージスピーカーでは、ユニット自身の力だけでは上手く鳴らないので、箱を鳴らしたり、空気負荷の具合を調整したり、アンプとの力関係を調整したり、あらゆる絶妙な工夫を凝らすことで、魅力感のある音作りをしています。安易な表現ですが、音離れが良く、尚且つ厚み感のある音作りです。また、装置としてではなくて、楽器としての音作りであるとも言えると思います。

さて、翻って現代のスピーカーは何が良くなったと思いますか? ワイドレンジ? 低音が良く出る? 低歪み? まぁ、楽器ではなく、高忠実度な装置として進化したと多くの方は思っておられるかと思います。

では、お聞きします。音の魅力感は増しましたか? よりリアルな音に本当になっているでしょうか?

私ははっきりとノーと答えます。

現代のスピーカーは確かにワイドレンジで低歪みにはなっていますが、これで音の魅力感が増すと考えるのは、もういい加減に卒業したらどうでしょうか? 方法論が間違っているのです。自分でユニットを作ってみると良く分かるのですが、音力や分解能といった魅力感に直結する要素に関しては根本的に何も進化していません。ヴィンテージ時代と同様に、ユニット自身の力ではしっかりした音や魅力感が出せないのは同じです。この事は以前から話題にしていますが、振動板の構造剛性が低いのが原因で、分割振動によって音の情報ロスが生じているのです。

小口径のドームユニットなどは硬質材料を使うと、それなりに分割振動を抑制できますが、音の魅力感を担うミッドレンジユニットは、まったくもって分割振動から逃げることが出来ません。そもそも下手に剛性を上げると、強いキャラクターが生じて実用にならないのです。金属やカーボンの様な硬質材料を使っていても、振動板は薄くしなやかに作って逃げを打っているのが実情です。騙されているのはカモネギのオーディオファンです。

結論から言うと、しなやかな振動板では力のない音しか出ません。そしてしなりを効かせた方が歪み感が減ります。お馴染みの某有名メーカーの自慢のミッドレンジの新素材コーンの実態はこの様なものです。現代のスピーカーのフワトロな音はこの様にして作られています。この方がクレームも出にくいので、商売上もやりやすいのです。それから、力のない音を救済するために、超ド級アンプなんぞが登場しますが、10トン車にジェットエンジンを積み込んで、レーシングカーと呼んでいるがごとき本末転倒な異常な状況です。

ハイテクを謳うハイエンドブランドの実態がその様な物であるはずがないとお思いですか?

では是非、一流演奏家のコンサートに行ってください。ストラディバリウスの高弦のフォルテは、離れて聴いても耳が痛くなる程の力があります。だからこそ無限の表現力があると言われるのです。グランドピアノは打楽器であることが良く分かるでしょうし、生のベルカントソプラノも耳が痛いほどの音力があります・・・しかしこれらは、現代の(高剛性と言いながら、その実は)フワトロの腰抜けスピーカーでは再現出来ません。でも、生演奏の醍醐味、音の魅力感は正にここにあります。

即ち現代のスピーカーは、技術的にヴィンテージを超えられていないどころか、よりつまらない(音を殺した魅力のない)方向に向かっているとしか、私には言いようがありません。

後日に続く・・・


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (N.H)
2019-06-25 18:13:49
かなり突っ込んだ内容で興味深いです。
生演奏とCDあるいはレコードを比較するのはオーディオを語る上でよくあることですが、生演奏というのは直接音しかなく、CDやレコードの演奏には残響音も含まれてしまうことが根本的に違います。
CDやレコードは残響音も含むことから、響きのいいところで再生すると残響音マシマシになって本来の音から離れる可能性があります。だからといってデッドな場所で再生したらいいか、というわけでもないところが、オーディオは再生芸術といわれゆえんだと思います。
Unknown (Mr. Hippo)
2019-06-25 23:03:49
N.H様今晩は。

>かなり突っ込んだ内容で・・・

そうですね。新しい話題は、勢いをつけてぶち上げないと、なかなか進まないと思いまして。(^^

>再生芸術・・・

これは重要な議論かと思います!

故池田圭氏の古い読み物などを見ますと、蓄音機初期の面白いエピソードが出てきます。この時代にエジソンは原音再生(HiFi)に非常に拘っていたようですが、あまりにLoFiなので、開き直って独グラモフォンなどは、結果的にうまく聴こえればOKという事で、ラッパ付きのヴァイオリン(ストローヴァイオリン)で録音したりして、再生のための音作りを始めた様ですね。これが再生芸術のはじまりかと思います。但し、あくまでも、何とか”本物らしく”という立場では一致していた様です。

さて現代はどうでしょうか。再生芸術という言葉は、多様な音作りがあって然るべきという意味合いで使われている様にも感じます。私は忠実度と再生芸術は混ぜて議論しない方が良いような気がします。

ところで、見破る事の出来ない完全な仮想現実(ハイパーHiFi?)があるとしたら如何でしょうか? そのホールの響きが好きとか嫌いとか、演奏が下手くそだとか、そういった議論は勿論各人活発になされば良いと思います。スタートラインがLoFiかHiFiかが違っていても、弄って音作りするのは各人の自由であり、それは再生芸術という訳です。

そして、完全な仮想現実とは申しませんが、従来あり得ないレベルの仮想現実感は出せる様になりました。

ところで先日、ヴィンテージ機器のプロの方と交流がありました。彼らはほぼゼロから音作りをしないといけませんので、ハイパーHiFiが無味乾燥な物にならないかを非常に心配しておられました。しかし、音の魅力感についての解釈では、双方同じ感覚であると感じられました。なので、先方もハイパーHiFiには強い関心を持たれた様です。

また、最近デモをやっていて感じるのですが、魅力感のある音というのは、かなり多くの方で共通だと思います。言葉で表そうとすると、各人色々になりますが、装置の完成度が上がってくるほどに、かえって難しい議論は要らなくなって来る様です。

まぁ、難しく考えないで一度お聴きになってみては如何でしょう。たとえば国分寺オーディオ協会には本当に熱心な求道者がいるので、良い情報交換が出来るかと思います。可能であれば是非!

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