3月14日金曜日です。
ライブ情報です↓
■5月4日(日) 12:00~ 新冠町 阿部卓馬 とっておきの♪Spring ライブ in cafe ゆるり(ランチ付き!)
■5月23日(金) 札幌市 cube garden ほしのしほ 活動10周年&ニューシングルリリース記念ワンマン企画 2025『つながる絆 コンサート』
■5月31日(土) 新ひだか町静内KAVACH
詳しくは→ライブ・メディア情報を!
先週の記事「#66 メタ認知」では、人間の内面において時間とともに展開する知覚、思考や感情の中心には純粋な意識である「私」がいて、冷静にそれらを認知することも出来るが、ほとんどの場合湧きだしてくるそれらに翻弄されている、といった内容の記事を書きました。
私自身、生まれてこの方翻弄されまくっておりまして、逆にそれゆえにいろいろなことについて探求している、という部分もあります。
さて、「翻弄されている」と簡単に書きましたが、これはいったいどういうことでしょうか?
逆から考えた方がわかりやすいかもしれませんので、やってみましょう。
「翻弄されていない状態」とは?
シンプルに考えれば、「絶好調」の状態とでも言えましょうか。
能動的側面では、自分の人生において達成したい目的に向けて、気持ちも乗って思考も冷静、進んでいる状況に素直に喜べていて、トラブルにさえも落ち着いて対処し前進している状態。
受動的側面では、他者に対して受容的で寛大、必要ならば手を差し伸べる余裕のある状態。
言葉にすれば理想的ではあります。
が、なかなか人間、そうはいきません(笑)
自分の内面を見てみれば、不安や恐怖、怒りのようなネガティブな思考や感情、凝り固まった固定観念、悪い習慣や怠惰性、などなど、これでもかというぐらい表層意識に登場してくれます。
そして、登場すれば意識はすぐに囚われてしまい、半ばそれらに自動的に従ってしまう。。。
先週の記事でも書きましたが、本来の純粋意識としての「私」は思考や感情、体それらではない、ということから考えると、この調子の良い状態と悪い状態ふたつから見えてくるのは、自己の内面の主従関係です。
調子の良い状態というのは、「私」が「主」で、思考や感情は「従」の関係。
調子の悪い状態というのは、「私」が「従」で、思考や感情が「主」となっている状態。
「メタ認知」というのは、「私」が「主」の時に初めて出来るのであって、普段「私」が「従」の状態の場合は正確には出来ない、と言えるかもしれません。
実際はもっと複雑で一概にこのように述べるのは乱暴なような気がしますが、先日機嫌の良し悪しに触れた記事もありましたが、機嫌によってこの主従関係が逆転している、という見方も出来るかもしれません。
こんなこと書いている私はもちろん「従」の方で、よって翻弄されているわけです(自分で書いてて変な感じですが(笑))。
この「内面の主従関係」というのはかなり重要な気づきのように感じております。
じっくり考察してみたい内容なので、いったんここでメタ認知からの流れの記事を切ります。
ライブ情報です↓
■5月4日(日) 12:00~ 新冠町 阿部卓馬 とっておきの♪Spring ライブ in cafe ゆるり(ランチ付き!)
■5月23日(金) 札幌市 cube garden ほしのしほ 活動10周年&ニューシングルリリース記念ワンマン企画 2025『つながる絆 コンサート』
■5月31日(土) 新ひだか町静内KAVACH
詳しくは→ライブ・メディア情報を!
先週の記事「#66 メタ認知」では、人間の内面において時間とともに展開する知覚、思考や感情の中心には純粋な意識である「私」がいて、冷静にそれらを認知することも出来るが、ほとんどの場合湧きだしてくるそれらに翻弄されている、といった内容の記事を書きました。
私自身、生まれてこの方翻弄されまくっておりまして、逆にそれゆえにいろいろなことについて探求している、という部分もあります。
さて、「翻弄されている」と簡単に書きましたが、これはいったいどういうことでしょうか?
逆から考えた方がわかりやすいかもしれませんので、やってみましょう。
「翻弄されていない状態」とは?
シンプルに考えれば、「絶好調」の状態とでも言えましょうか。
能動的側面では、自分の人生において達成したい目的に向けて、気持ちも乗って思考も冷静、進んでいる状況に素直に喜べていて、トラブルにさえも落ち着いて対処し前進している状態。
受動的側面では、他者に対して受容的で寛大、必要ならば手を差し伸べる余裕のある状態。
言葉にすれば理想的ではあります。
が、なかなか人間、そうはいきません(笑)
自分の内面を見てみれば、不安や恐怖、怒りのようなネガティブな思考や感情、凝り固まった固定観念、悪い習慣や怠惰性、などなど、これでもかというぐらい表層意識に登場してくれます。
そして、登場すれば意識はすぐに囚われてしまい、半ばそれらに自動的に従ってしまう。。。
先週の記事でも書きましたが、本来の純粋意識としての「私」は思考や感情、体それらではない、ということから考えると、この調子の良い状態と悪い状態ふたつから見えてくるのは、自己の内面の主従関係です。
調子の良い状態というのは、「私」が「主」で、思考や感情は「従」の関係。
調子の悪い状態というのは、「私」が「従」で、思考や感情が「主」となっている状態。
「メタ認知」というのは、「私」が「主」の時に初めて出来るのであって、普段「私」が「従」の状態の場合は正確には出来ない、と言えるかもしれません。
実際はもっと複雑で一概にこのように述べるのは乱暴なような気がしますが、先日機嫌の良し悪しに触れた記事もありましたが、機嫌によってこの主従関係が逆転している、という見方も出来るかもしれません。
こんなこと書いている私はもちろん「従」の方で、よって翻弄されているわけです(自分で書いてて変な感じですが(笑))。
この「内面の主従関係」というのはかなり重要な気づきのように感じております。
じっくり考察してみたい内容なので、いったんここでメタ認知からの流れの記事を切ります。


それだけでも気づいていらっしゃるならなかなかのことだと思います(^^)
自分自身を見つめるというのは本当に難しいことですね。人のことの方が割と俯瞰的に見れたりすることも多いので、このあたりもいろいろ考察してみたいですね。