3月6日木曜日です。
ライブ情報です↓
■5月4日(日) 12:00~ 新冠町 阿部卓馬 とっておきの♪Spring ライブ in cafe ゆるり(ランチ付き!)
■5月23日(金) 札幌市 cube garden ほしのしほ 活動10周年&ニューシングルリリース記念ワンマン企画 2025『つながる絆 コンサート』
■5月31日(土) 新ひだか町静内KAVACH
詳しくは→ライブ・メディア情報を!
偉人伝、今回は古神道の偉人・川面凡児(ぼんじ)をご紹介したいと思います。

神道にはそれほど深い理解もないのですが、合気道や意識、世界のことを色々調べていくうちに、期せずして見つけてしまったお方です。
なので、自分程度がご紹介するにもおこがましいのですが、あまり一般的に知名度がないようなので微力ながら出来る範囲でご紹介したいと思います。
ざっくり取り上げていきますが、いつもながら詳しくはWikipediaを↓
川面凡児 Wikipedia
■禊(みそぎ)の伝播者
古神道は、仏教伝来以前に日本に存在した宗教のひとつで、中国由来の仏教や儒教などの影響でしばらくその存在は忘れられていましたが、江戸時代に入りその古神道を復活させる流れができ、その中でも特に霊性の研究・開発に大きな影響と成果を及ぼしたのが、この川面凡児だと言われています(古神道 Wikipedia)
禊と言えば、滝に打たれたり冷たい井戸水をかぶって願をかけたり、北海道では木古内町の1月に行われる極寒の海に入る伝統の「寒中みそぎ」など、色々イメージされる方も多いかと思います(禊(みそぎ) Wikipedia)。
その禊を霊性開発まで高めた行法を、川面凡児は体系的に示し、のちにその行法は伊勢神宮での禊の行事にも採用されたとのことです。
その秘儀を「氷川雅彦. 川面凡兒: 日本人の霊性に多大な影響を与えた神人【リフロー版】」から、ちょっと長いですが引用します↓
古神道の秘儀を復活
奈良朝以来、千有余年の間まったく忘れ去られていた古代の日本の信仰である古神道とその秘法を、凡兒は復活させた。それは、次のようなものだった。 まず大きな特徴は、「禊(みそぎ)」である。独特の拍手(かしわで)と呼吸法を行ないながら神を拝する「拝神(はいしん)」、霊動法とも言える「振魂(ふるたま)」、武道の極意にも通じる「雄健(おたけび)」と「雄詰(おころび)」、合氣道にも取り入れられた「天鳥船(あまのとりふね)」、「秘事(ひめごと)」、「伊吹(いぶき)」などで構成され、時には滝や海において、それらの〈行〉がなされるのだ。
〈拝神〉四拍手二拝で神を拝し、呼吸法とともに神の力である「稜威(みいづ)」を体内にいただく。〈行〉の初めと終わりに必ず行なわれる。
〈振魂〉正座または直立し、右手を上にして両手をヘソの前で組み、猛烈に振る。その際、「大祓戸太神(おおはらいどのおおかみ)」あるいは「天御中主太神(あまのみなかぬしのおおかみ)」の神名を高唱する。これによって外から体内へ霊を注ぎ込み、邪悪なる「禍津比(まがつび)」を逆に体内から外へ祓い出す。
〈天鳥船〉拝神の後、行水の前後に必ず行なう〈行〉。「イーエッ!」「エーイッ!」「ホーッ!」「エイサー!」などの発声とともに行なう、櫓(ろ)で船を漕(こ)ぐような運動。第1段から第3段まであり、それぞれ最後には「振魂」を行ない、大祓戸太神(おおはらいどのおおかみ)、天照太神(あまてらすおおみかみ)、天御中主太神(あまのみなかぬしのおおかみ)との一体化をはかる。
〈雄健〉直立し、「生魂(いくたま)」「足魂(たるたま)」「玉留魂(たまとまるたま)」と力強く発声した後、自分の姓名につなげて「常立命(とこたちのみこと)」と強く発声し、自分が常立命であるとの自覚に立つ。『古事記』にある須佐之男命(すさのおのみこと)が、高天原(たかまがはら)に上って来たのを、天照太神(あまてらすおおみかみ)が迎えた時にした構えだという。力士が土俵で相対する時の形でもある。
〈雄詰〉神と一体の己と常立命の神威を顕す叫び。右手の人差し指と中指を立てた剣指「天之沼矛(あまのぬまほこ)」を頭上高くから左腰まで斬り下ろしながら「イーエッ!」と発声し、指先を口許に返す動作とともに「エーイッ!」と発声。それらの言霊(ことたま)によって、あらゆる禍霊を、「直霊(なおひ)」という本来の根元的意識に戻す。
〈秘事〉「振魂」を行ないながら「顕幽表裏(けんゆうひょうり)、三霊魂神(さんれいこんしん)、神人万有(しんじんばんゆう)、邦土宇宙(ほうどうちゅう)、本体顕彰(ほんたいけんしょう)、天照大神(てんしょういだいじん)、稜威換発(りょういかんぱつ)、分魂統一(ぶんこんとういつ)、建業立勲(けんぎょうりっこん)、福徳増進(ふくとくぞうしん)、壮快全身(そうかいぜんしん)、悉帰天御中主太神(しっきあまのみなかぬしのおおかみ)、経緯主鎮(けいきしゅちん)、超楽無窮(ちょうらくむきゅう)」と声高らかに唱える。
〈伊吹(息吹)〉秘事の最後に行なう、氣功でいう「収功」。呼吸法とともに〈氣〉を「下丹田」に収める。
氷川雅彦. 川面凡兒: 日本人の霊性に多大な影響を与えた神人【リフロー版】 . KOSHOSHA. Kindle 版.
細かい言葉の説明は置いておいたとして、「振霊(ふるたま)」や「天鳥船」など、合気道でも気を整える行法として取り入れられ、現在も行われているようです(形骸化が進んでしまっているようですが)。
組んだ手を猛烈に振ったり、腹から声を出した気合の声など、総じて気迫が伝わってきますね。
この一連の「禊」によって、「直霊(なおひ)」という最高潜在意識を目覚めさせ統一させる、ことが出来るようです。
凡児曰く、人間は「直霊(なおひ) | 和霊(にぎみたま) | 荒魂(あらみたま)」つまり「霊体 | 魂体 | 肉体」からなり、「直霊」が覚醒すると、時空を超えてありとあらゆることが知覚できる、としています。
また、和霊(にぎみたま)は「真霊(まかみたま)」「幸霊(さきみたま)」「奇霊(くしみたま)」の三位相からなるとしています。
禊は、これらの人間の持つ霊の層が世俗で穢れてしまうため、それらを清め本来の霊性を取り戻す、という意味がありそうです。
自分もそれぞれ言葉の意味すらそれほど理解できてませんので、とりあえず雰囲気だけでも感じていただければ(^^;
凡児の人間観・宇宙観についてもここで引用したいと思います↓
すべての人はみな神の子孫として天降(あまくだ)ったもので、人間の中心にある直霊に至っては神そのものの清く、猛(たけ)く、勇ましいものである。しかし日頃、外から襲い来る悪魔によって穢(けが)れもし、禍や罪も起こるが、祓い禊げば、もとの神そのままの清らかなものに還る事が出来る。しかも、死後において神や仏になるのではなく、この世において肉体のまま神となって働かねばならない。決して人は初めから堕落(だらく)しているものではなく、煩悩(ぼんのう)の身でもなく、罪人でもない。
人間を初め宇宙のあらゆるものはみな、その身の内に宝珠を持っている。それは根本魂である直霊(最高潜在意識)であって、神と同質のものである。どんな人でも心の深奥にある直霊を通じて神を拝することが出来る。直霊を持たない者はなく、平素は神を思わない人でも、歓喜の絶頂や、悲哀のどん底、生死の境に立ったりすれば必ずや神を思うものである。
宇宙のすべてのものはことごとく神であり、ゆえに、すべての人は神である。しかし、太神(おおかみ)は唯一絶対、最尊最高の神であり、その太神に対しては、一個の人間は神ではない。太神から見れば、一個の人間は分身としての神であり、人間としての神である。
氷川雅彦. 川面凡兒: 日本人の霊性に多大な影響を与えた神人【リフロー版】 . KOSHOSHA. Kindle 版.
下線部が示す通り、人間を初め宇宙のすべてはその身の内に宝珠を持っており、それは神と同質のものである。
「分け御霊(みたま)」を示すような表現で、この力強い人間観・宇宙観はとても魂に響くように感じます。
どんな人間でも、穢れさえ祓いみそげば、清らかになるもの。
これは最近イスラム教など宗教の記事で指摘している「天国と地獄」思想よりも、あらゆる人に対して救いを差し伸べるような思想であるように感じます。
ちょっと長くなったので、また次回に続きます。
ライブ情報です↓
■5月4日(日) 12:00~ 新冠町 阿部卓馬 とっておきの♪Spring ライブ in cafe ゆるり(ランチ付き!)
■5月23日(金) 札幌市 cube garden ほしのしほ 活動10周年&ニューシングルリリース記念ワンマン企画 2025『つながる絆 コンサート』
■5月31日(土) 新ひだか町静内KAVACH
詳しくは→ライブ・メディア情報を!
偉人伝、今回は古神道の偉人・川面凡児(ぼんじ)をご紹介したいと思います。

神道にはそれほど深い理解もないのですが、合気道や意識、世界のことを色々調べていくうちに、期せずして見つけてしまったお方です。
なので、自分程度がご紹介するにもおこがましいのですが、あまり一般的に知名度がないようなので微力ながら出来る範囲でご紹介したいと思います。
ざっくり取り上げていきますが、いつもながら詳しくはWikipediaを↓
川面凡児 Wikipedia
■禊(みそぎ)の伝播者
古神道は、仏教伝来以前に日本に存在した宗教のひとつで、中国由来の仏教や儒教などの影響でしばらくその存在は忘れられていましたが、江戸時代に入りその古神道を復活させる流れができ、その中でも特に霊性の研究・開発に大きな影響と成果を及ぼしたのが、この川面凡児だと言われています(古神道 Wikipedia)
禊と言えば、滝に打たれたり冷たい井戸水をかぶって願をかけたり、北海道では木古内町の1月に行われる極寒の海に入る伝統の「寒中みそぎ」など、色々イメージされる方も多いかと思います(禊(みそぎ) Wikipedia)。
その禊を霊性開発まで高めた行法を、川面凡児は体系的に示し、のちにその行法は伊勢神宮での禊の行事にも採用されたとのことです。
その秘儀を「氷川雅彦. 川面凡兒: 日本人の霊性に多大な影響を与えた神人【リフロー版】」から、ちょっと長いですが引用します↓
古神道の秘儀を復活
奈良朝以来、千有余年の間まったく忘れ去られていた古代の日本の信仰である古神道とその秘法を、凡兒は復活させた。それは、次のようなものだった。 まず大きな特徴は、「禊(みそぎ)」である。独特の拍手(かしわで)と呼吸法を行ないながら神を拝する「拝神(はいしん)」、霊動法とも言える「振魂(ふるたま)」、武道の極意にも通じる「雄健(おたけび)」と「雄詰(おころび)」、合氣道にも取り入れられた「天鳥船(あまのとりふね)」、「秘事(ひめごと)」、「伊吹(いぶき)」などで構成され、時には滝や海において、それらの〈行〉がなされるのだ。
〈拝神〉四拍手二拝で神を拝し、呼吸法とともに神の力である「稜威(みいづ)」を体内にいただく。〈行〉の初めと終わりに必ず行なわれる。
〈振魂〉正座または直立し、右手を上にして両手をヘソの前で組み、猛烈に振る。その際、「大祓戸太神(おおはらいどのおおかみ)」あるいは「天御中主太神(あまのみなかぬしのおおかみ)」の神名を高唱する。これによって外から体内へ霊を注ぎ込み、邪悪なる「禍津比(まがつび)」を逆に体内から外へ祓い出す。
〈天鳥船〉拝神の後、行水の前後に必ず行なう〈行〉。「イーエッ!」「エーイッ!」「ホーッ!」「エイサー!」などの発声とともに行なう、櫓(ろ)で船を漕(こ)ぐような運動。第1段から第3段まであり、それぞれ最後には「振魂」を行ない、大祓戸太神(おおはらいどのおおかみ)、天照太神(あまてらすおおみかみ)、天御中主太神(あまのみなかぬしのおおかみ)との一体化をはかる。
〈雄健〉直立し、「生魂(いくたま)」「足魂(たるたま)」「玉留魂(たまとまるたま)」と力強く発声した後、自分の姓名につなげて「常立命(とこたちのみこと)」と強く発声し、自分が常立命であるとの自覚に立つ。『古事記』にある須佐之男命(すさのおのみこと)が、高天原(たかまがはら)に上って来たのを、天照太神(あまてらすおおみかみ)が迎えた時にした構えだという。力士が土俵で相対する時の形でもある。
〈雄詰〉神と一体の己と常立命の神威を顕す叫び。右手の人差し指と中指を立てた剣指「天之沼矛(あまのぬまほこ)」を頭上高くから左腰まで斬り下ろしながら「イーエッ!」と発声し、指先を口許に返す動作とともに「エーイッ!」と発声。それらの言霊(ことたま)によって、あらゆる禍霊を、「直霊(なおひ)」という本来の根元的意識に戻す。
〈秘事〉「振魂」を行ないながら「顕幽表裏(けんゆうひょうり)、三霊魂神(さんれいこんしん)、神人万有(しんじんばんゆう)、邦土宇宙(ほうどうちゅう)、本体顕彰(ほんたいけんしょう)、天照大神(てんしょういだいじん)、稜威換発(りょういかんぱつ)、分魂統一(ぶんこんとういつ)、建業立勲(けんぎょうりっこん)、福徳増進(ふくとくぞうしん)、壮快全身(そうかいぜんしん)、悉帰天御中主太神(しっきあまのみなかぬしのおおかみ)、経緯主鎮(けいきしゅちん)、超楽無窮(ちょうらくむきゅう)」と声高らかに唱える。
〈伊吹(息吹)〉秘事の最後に行なう、氣功でいう「収功」。呼吸法とともに〈氣〉を「下丹田」に収める。
氷川雅彦. 川面凡兒: 日本人の霊性に多大な影響を与えた神人【リフロー版】 . KOSHOSHA. Kindle 版.
細かい言葉の説明は置いておいたとして、「振霊(ふるたま)」や「天鳥船」など、合気道でも気を整える行法として取り入れられ、現在も行われているようです(形骸化が進んでしまっているようですが)。
組んだ手を猛烈に振ったり、腹から声を出した気合の声など、総じて気迫が伝わってきますね。
この一連の「禊」によって、「直霊(なおひ)」という最高潜在意識を目覚めさせ統一させる、ことが出来るようです。
凡児曰く、人間は「直霊(なおひ) | 和霊(にぎみたま) | 荒魂(あらみたま)」つまり「霊体 | 魂体 | 肉体」からなり、「直霊」が覚醒すると、時空を超えてありとあらゆることが知覚できる、としています。
また、和霊(にぎみたま)は「真霊(まかみたま)」「幸霊(さきみたま)」「奇霊(くしみたま)」の三位相からなるとしています。
禊は、これらの人間の持つ霊の層が世俗で穢れてしまうため、それらを清め本来の霊性を取り戻す、という意味がありそうです。
自分もそれぞれ言葉の意味すらそれほど理解できてませんので、とりあえず雰囲気だけでも感じていただければ(^^;
凡児の人間観・宇宙観についてもここで引用したいと思います↓
すべての人はみな神の子孫として天降(あまくだ)ったもので、人間の中心にある直霊に至っては神そのものの清く、猛(たけ)く、勇ましいものである。しかし日頃、外から襲い来る悪魔によって穢(けが)れもし、禍や罪も起こるが、祓い禊げば、もとの神そのままの清らかなものに還る事が出来る。しかも、死後において神や仏になるのではなく、この世において肉体のまま神となって働かねばならない。決して人は初めから堕落(だらく)しているものではなく、煩悩(ぼんのう)の身でもなく、罪人でもない。
人間を初め宇宙のあらゆるものはみな、その身の内に宝珠を持っている。それは根本魂である直霊(最高潜在意識)であって、神と同質のものである。どんな人でも心の深奥にある直霊を通じて神を拝することが出来る。直霊を持たない者はなく、平素は神を思わない人でも、歓喜の絶頂や、悲哀のどん底、生死の境に立ったりすれば必ずや神を思うものである。
宇宙のすべてのものはことごとく神であり、ゆえに、すべての人は神である。しかし、太神(おおかみ)は唯一絶対、最尊最高の神であり、その太神に対しては、一個の人間は神ではない。太神から見れば、一個の人間は分身としての神であり、人間としての神である。
氷川雅彦. 川面凡兒: 日本人の霊性に多大な影響を与えた神人【リフロー版】 . KOSHOSHA. Kindle 版.
下線部が示す通り、人間を初め宇宙のすべてはその身の内に宝珠を持っており、それは神と同質のものである。
「分け御霊(みたま)」を示すような表現で、この力強い人間観・宇宙観はとても魂に響くように感じます。
どんな人間でも、穢れさえ祓いみそげば、清らかになるもの。
これは最近イスラム教など宗教の記事で指摘している「天国と地獄」思想よりも、あらゆる人に対して救いを差し伸べるような思想であるように感じます。
ちょっと長くなったので、また次回に続きます。


私は無宗教であると思ってましたが、日本人は生まれながらにして宗教の「枠」の中に存在しており、「枠」には自らの意思を以ってないことから、無宗教であると信じている。
神社参りやお葬式などを行うことは、宗教的行為ではなく、慣習であるという認識。
祖先を尊い、感謝の心を持って日々の生活を大切にする。
自然を守り、自然とともに生きる。
など意識せずとも身についている、無意識に行う生理現象と同じで、宗教心がありふれているからこそ、自らのことを無宗教であると信じている・・
という論文に出会いました😃
これは神道の教えに通じますよね。
森羅万象に神が宿り、神と自然は一体。
日本人の暮らしの中から生まれた「自然宗教」が神道。私は神道の教えを無意識に取り入れ、信じていたことに気付きました🍀
「日本人の持つ宗教観」
〜日本人は無宗教なのか〜
神奈川大学外国語学部
国際文化交流学科 和田 素
自分も一応日本人で無宗教を標ぼうしておりますが(笑)
いろんな意味で日本人は不思議な存在ではあると思います。「自然宗教」の下地がかなり強くあるんでしょうか、あらゆるものを受け入れる素養がもともとあるように感じます。それでもキリスト教はやはりほとんどの人に肌に合わないようですね(クリスマスは受け入れるという良いとこどりの感覚でしょうか(笑))。
以前のブログにも書きましたが、自分は宗教は媒体として考えていて、究極的には個人の在り方、と考えています。また、宗教は信条的・社会的恩恵もあるかと思いますが、排他的、あるいは閉鎖的な価値観の形成というリスクも備えていると考えます。無用な自己正当化が必要になる宗教なら、返ってこじらせることもあると思うので、そのあたりは気をつけたいところですね。
論文読みました。
2016年あたりということで、その当時大学生でなかなか良い目の付け所の論文だと感じました。その後の情報がないので学者路線ではなく立派に社会で働いているのかもしれませんね(^^)
ネルケさん、動画で拝見したことがあります、稀有なドイツ人ですね。