2月28日金曜日です。
2月もいよいよ最後の日ですね~月並みですが今年入ってからあっという間な感じがします。
ブログも毎日更新2か月、いつもご覧いただいている皆様ありがとうございます(^^)
また3月もどうぞよろしくお願いいたしますm(__)m
ライブ情報です↓
■5月4日(日) 12:00~ 新冠町 阿部卓馬 とっておきの♪Spring ライブ in cafe ゆるり(ランチ付き!)
■5月23日(金) 札幌市 cube garden ほしのしほ 活動10周年&ニューシングルリリース記念ワンマン企画 2025『つながる絆 コンサート』
詳しくは→ライブ・メディア情報を!
さて今日は前回の記事「回転と循環②」の続きです。
前回は時間的に回転している人生の中心には何があるのか?について、自我というものを上げてその周りを身(行動)口(言葉)意(思い)の三業が回っている、という見立てをしました。
そして、その3つのカルマそれぞれに、気分・機嫌というものが大きく関わっているのではないか?と考察を進めました。
今回は別な観点から、ヨーガから見た世界をもとに考察してみます。
■プルシャとプラクリティ
サーンキヤ学派 Wikipedia
ヨーガ、主にサーンキャ哲学では、世界はプルシャの鑑賞を機にプラクリティが現れたとします。
プルシャは真我(神我、自己、純粋意識など)、プラクリティは物質の根源物質で、世界はプルシャに見られることでプラクリティのバランスが崩れ、世界が現れていく、とします。
…良くわからないでしょうけど進めます(自分も良くわかってないので(笑))。
ヨーガでは心の働きというものを重要視していまして、簡単に言ってしまえば「心が世界を作っている」という風に言えるかと思います。
その心もまたプラクリティから出来ている、微細な物質としています。
■3種のグナ
詳しい説明は省きますが、世界を構成する根源物質プラクリティは3つのグナという性質を持つとしています。
サットヴァ質 純粋質(調和的で純粋な性質)
ラジャス質 激動質(活発に動く性質)
タマス質 怠惰質(鈍く暗い性質)
良くろうそくに例えられ、サットヴァ質は光、ラジャス質は炎、タマス質は蝋(ろう)の部分となります。
世界のあらゆる物質がこの3つの性質を持ち、それぞれが影響し合って世界を構成している、とみるようです。
それぞれ個人の心もまたこの3つの性質を持ち、どの性質が優勢になるかで現れる印象や言葉、行動が発生していき、人生を形作ると言えるかと思います。
ヨーガではまず自身のサットヴァ質を優勢にして、最終的にはこの3つのグナから離れ純粋意識のプルシャに留まることを目的としています。
■サンスカーラ(輪廻)
このように見ていくと、中心には本当の私である純粋意識のプルシャがあり、それはただ鑑賞しているだけの存在で、プラクリティが目の前を通り過ぎていく、ということだと思います。
が、プラクリティの厄介なところは、この心の動きを「私」「自我」と見間違うことで、3つのグナ性質に巻き込まれてしまい、世界を展開させてしまう、というところです。
それらが苦楽の執着を生み、「サンスカーラ(輪廻)」の原因となります。
私たちは人生を展開する上で、苦痛と快楽の経験や記憶をもとに、それを手放すどころか強めたりしながら、永遠と輪廻を繰り返しているのでしょうか?
今自分を見つめてみても、確かに自分の中にうごめく傾向があり、それらが現れるがままに翻弄されているような気がします。
これがいわゆる、プラクリティが生み出す自我意識に取り込まれている状態、と言えるかもしれません。
もちろん、このままで良いと思えば翻弄され続ける生もあると思いますが、ただ苦楽を繰り返すのもそれはそれで大変なことではあります。
過去の聖者たちもそのことに気づき、それを解消するためにヨーガが発展したと思います。
またその他の仏教をはじめとする宗教も、これらの問題に取り組んで発展しているのは、やはりこの世に生を受けた人間のためであると思います。
人間として生まれたということは、これらは避けては通れない問題として、引き続き考察を進めたいと思います。
今回もざっくりですが、ヨーガの視点から考察してみました。
2月もいよいよ最後の日ですね~月並みですが今年入ってからあっという間な感じがします。
ブログも毎日更新2か月、いつもご覧いただいている皆様ありがとうございます(^^)
また3月もどうぞよろしくお願いいたしますm(__)m
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■5月4日(日) 12:00~ 新冠町 阿部卓馬 とっておきの♪Spring ライブ in cafe ゆるり(ランチ付き!)
■5月23日(金) 札幌市 cube garden ほしのしほ 活動10周年&ニューシングルリリース記念ワンマン企画 2025『つながる絆 コンサート』
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さて今日は前回の記事「回転と循環②」の続きです。
前回は時間的に回転している人生の中心には何があるのか?について、自我というものを上げてその周りを身(行動)口(言葉)意(思い)の三業が回っている、という見立てをしました。
そして、その3つのカルマそれぞれに、気分・機嫌というものが大きく関わっているのではないか?と考察を進めました。
今回は別な観点から、ヨーガから見た世界をもとに考察してみます。
■プルシャとプラクリティ
サーンキヤ学派 Wikipedia
ヨーガ、主にサーンキャ哲学では、世界はプルシャの鑑賞を機にプラクリティが現れたとします。
プルシャは真我(神我、自己、純粋意識など)、プラクリティは物質の根源物質で、世界はプルシャに見られることでプラクリティのバランスが崩れ、世界が現れていく、とします。
…良くわからないでしょうけど進めます(自分も良くわかってないので(笑))。
ヨーガでは心の働きというものを重要視していまして、簡単に言ってしまえば「心が世界を作っている」という風に言えるかと思います。
その心もまたプラクリティから出来ている、微細な物質としています。
■3種のグナ
詳しい説明は省きますが、世界を構成する根源物質プラクリティは3つのグナという性質を持つとしています。
サットヴァ質 純粋質(調和的で純粋な性質)
ラジャス質 激動質(活発に動く性質)
タマス質 怠惰質(鈍く暗い性質)
良くろうそくに例えられ、サットヴァ質は光、ラジャス質は炎、タマス質は蝋(ろう)の部分となります。
世界のあらゆる物質がこの3つの性質を持ち、それぞれが影響し合って世界を構成している、とみるようです。
それぞれ個人の心もまたこの3つの性質を持ち、どの性質が優勢になるかで現れる印象や言葉、行動が発生していき、人生を形作ると言えるかと思います。
ヨーガではまず自身のサットヴァ質を優勢にして、最終的にはこの3つのグナから離れ純粋意識のプルシャに留まることを目的としています。
■サンスカーラ(輪廻)
このように見ていくと、中心には本当の私である純粋意識のプルシャがあり、それはただ鑑賞しているだけの存在で、プラクリティが目の前を通り過ぎていく、ということだと思います。
が、プラクリティの厄介なところは、この心の動きを「私」「自我」と見間違うことで、3つのグナ性質に巻き込まれてしまい、世界を展開させてしまう、というところです。
それらが苦楽の執着を生み、「サンスカーラ(輪廻)」の原因となります。
私たちは人生を展開する上で、苦痛と快楽の経験や記憶をもとに、それを手放すどころか強めたりしながら、永遠と輪廻を繰り返しているのでしょうか?
今自分を見つめてみても、確かに自分の中にうごめく傾向があり、それらが現れるがままに翻弄されているような気がします。
これがいわゆる、プラクリティが生み出す自我意識に取り込まれている状態、と言えるかもしれません。
もちろん、このままで良いと思えば翻弄され続ける生もあると思いますが、ただ苦楽を繰り返すのもそれはそれで大変なことではあります。
過去の聖者たちもそのことに気づき、それを解消するためにヨーガが発展したと思います。
またその他の仏教をはじめとする宗教も、これらの問題に取り組んで発展しているのは、やはりこの世に生を受けた人間のためであると思います。
人間として生まれたということは、これらは避けては通れない問題として、引き続き考察を進めたいと思います。
今回もざっくりですが、ヨーガの視点から考察してみました。

