おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

季節を探す

2018-06-14 11:22:50 | 福島

 人間の視野の広さは、大体の180度くらいということになっているらしい。とは言え、180度が全部いっぺんに鮮明に見えているわけではない。物を見ようとすれば、どこかに集中しなければならず、周辺のものはぼんやり見えている程度になる。優れたスポーツ選手などは、この周辺視野と呼ばれている部分の感覚が鋭い。反対に歳をとると周辺視野の感覚が鈍くなってくるので、見ている場所しか見えていないということになる。ただ、周辺視野の感覚が鋭いとは言っても、それは動きのあるものに対してであって、漠然と広い風景を眺める時には、おそらく周辺視野は働かない。

 海へ行って、どこまでも広がる青い海原や水平線に沈む夕日を写真に収め、あとで見返してみると、ちっとも雄大さが写っていないということは多々あるものだ。人間の目というのは180度を同時に見ているわけではなく、忙しくあちこちを集中的に見ながら総合的に感じているのだとすれば、写真が凡庸なものになってしまうことは仕方がないことだ。だから、プロのカメラマンの写真などは、広さを感じさせるために、あえてほんの少しだけ切り取ったりする。路地の合間から、一瞬見える海の断片に、海の大きさを感じたりするのと同様に。

 朝、犬の散歩に出ようと外出した途端、「ああ、夏だなあ」と感じる時がある。それはおそらく気温だけのことではない。近頃では春先だって真夏より暑い日もある。夏と感じるには、緑の濃さとか夏鳥の鳴き声とか、光線の強さとか、様々な要素が必要になってくるのだろう。夕立とともに匂い立つアスファルトの埃っぽい匂いに、子供の頃の夏休みを思い出すかもしれない。田舎育ちの人ならば、稲刈り後の稲の切り株を踏んだ感触が子供の頃に連れ戻すかもしれない。

 絵を描く時に探す題材も、漠然と海を描けば夏らしくなるかといえば、そんなに上手くはいかない。夏らしさを感じているということは、夏らしい要素を感じているということだ。そこで僕は目を皿のようにし、どこに夏が潜んでいるかを探す。聞き耳を立て、夏の物音を聞こうとする。風の触感や匂いに注意する。

 季節を感じるとは、すぐに口をついて出る言葉だが、季節を探してそれを形にするというのは、案外大変なことだ。

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